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覚醒者の憂鬱



レイタは木の上でじっと待っていた。

プレシャは守り人としてはあまり戦闘が得意ではない人物だった。


特に恨みがあるわけでは無い。

ただ自分よりも弱いから狙っただけだ。この土地にも興味はない。

森に何かの価値があるとは思えないが、それでも自分の陣地を増やすのは良い事だと思えた。守り人としての自分の力を他の守り人に見せつけるには。


レイタがいる木の下に、人の気配がする。

傷つけて追い返したはずのプレシャが、たった半日でまた森に帰ってくるとは。

この木の上から飛び降りて、首を折る。それで決着が付くだろう。


見降ろしたレイタの視線を、見上げたプレシャが見返した。

なんだ?何か違和感が。

レイタが考える時間はなかった。プレシャが長い鞭を振るってレイタを木から引き摺り下ろした。


「は!?」

足に絡んだ鞭に引っ張られて、地面に叩きつけられる。不自然な体勢で落ちたレイタは自分の腕が折れた事を知ったが、それどころではない。

プレシャが片手で自分を木から引き落とすなど、信じられなかった。

そんな腕力などなかったはずだ。


倒れた地面から、自分を見降ろしているプレシャを見上げる。

その眼を見た、レイタの顎が震える。


「お前、その眼は」

見降ろしているプレシャの右の瞳孔が、黒い色に染まっていた。

「どうして」

プレシャはレイタの声に答えない。鞭を握っているのと逆の手で銃を構えてレイタを狙う。その動きは手練れの狩人の動きだ。


ひたりとレイタの左目に照準があっている。

「自分でカウントをするのかしら。それとも私がしましょうか?」

レイタが緩く首を振る。

ばかな。こんな事が。


「3、2、1」

「待ってくれ!」

プレシャの指の動きに迷いがないと知ったレイタが叫び声をあげる。折れていない方の手を伸ばしてプレシャに手のひらを見せた。

プレシャは銃口を下げないまま、まだレイタを見ている。


前のプレシャなら、ここからの反撃も出来ただろう。

しかし今のプレシャには出来ない。

それは憶測では無い。レイタはゆっくりと手を降ろした。

その眼は、その色は。

自分との力の差を表していた。


「俺の負けだ」

「そんな言葉を聞きたい訳ではないのよ?」

まだ銃口はレイタを狙っている。ぞわっと背中に寒気が昇る。

プレシャの眼はレイタを許す気などなかった。


「あなたを返しては、ハトゥラが他の人に舐められるの」

にっこりとプレシャが笑う。

「だから、決着をつけないと」

「ま、待ってくれ。俺は帰るから、だから」

湿度の高い森の中で、背中を冷たい汗が伝う。


うそだろ?こんな事が。

レイタの考えは銃声で遮られ、それ以上考える必要もなくなった。



ヨルは自動ハウスの外で煙草を吸っていた。

遠い森の中で銃声が聞こえて、ゆっくり目を閉じる。


守り人の中にも、崩壊が始まっているのかも知れない。何百年と続いてきた組織は統制が取れなくなってきているのか。

森の中からプレシャが現れる。そこに立っているヨルを見て悲しそうに笑いながら、何も言わないヨルに静かに問いかける。


「この力は私には不釣り合いです。”覚醒“は解除できますか?」

ヨルが眉を顰めて、首を横に降った。

「そんな便利なものではない」

「そうですか。この状態は少しつらいのです」


森を振り返りプレシャが呟く。

「この力に振り回されそうで、不安なのです」

そう言って佇んでいるプレシャに、ヨルが掛ける言葉は無い。

ヨルが力を振るっては、この地を守るプレシャが困る事になったからだ。守り人の力が無いと認識をされては、この町は誰にも守られなくなる。


それは、プレシャにも困る事になるだろう。

ヨルの前に立ちプレシャが頭を下げた。銜え煙草のままヨルはプレシャを見ている。

「有難うございました。今からまた、この町を守らせていただきます」

「ああ、頼む」


肯くヨルは町に帰って行くプレシャを見送る。

姿が見えなくなってから溜め息を吐いた。


”覚醒“は、身体能力が向上するだけではなく意識も変わってしまう。精神が汚染されるものだ。弱気なものは強気になり、強気なものは狂気を帯びる。

気軽に使う物では無い。


仕方なかったとはいえ、人一人の人生を変える事になってしまった結果に、ヨルは煙草の苦みが増した気がした。



自動ハウスをしまってバイクに横を走らせながら、ハトゥラの町で食品や必要な物資を買って自動ハウスの変化した形、小さな箱に入れていく。

ディナは店で売っている煙草を見ながら、ヨルが吸っている煙草の銘柄が並んでいない事が少し気になった。


そういえば、この間の町でも買ったところは見た事がなかったような。

あんなに頻繁に吸うのに?

ヨルを見上げると、ディナが何か聞いてくるだろうと思っている顔をしてヨルが見返してきた。

それなら遠慮なく。


「ヨルが吸っている模様の煙草が無いね?」

どうしてこの娘は答えにくい事から、質問してくるんだ。

「後で話す」

ヨルの返事に、ディナの方が驚く。

え、これも難しい質問だったの?じゃあ別の話は?


「プレシャさんは?今日は会わないの?」

「忙しいのだろう」

”覚醒“した守り人は、力を持て余すことがよくある。想像するに”骨無“を狩りに行っているのだろう。いまのプレシャなら苦も無く駆逐できるだろうから。

「そっかあ。お話したかったな」

「…何か聞きたい事でもあったのか?」


ヨルの疑問にディナは小さく笑う。

「女性の話を聞きたかったの。私はそっちだろうし」

ディナの返事はおかしな返事だったが、聞いている人がいてもそこまで違和感は湧かなかっただろう。


言い方が気になったのはヨルだけだ。

きちんとした話をした方が良いのか、それとも、きっかけがあるまではしない方が良いのか。ディナの情緒がヨルには分からない。

少し空を見たヨルにディナが首を傾げた。



買い物を続けていたヨルとディナに、歩いて来たプレシャが暗い笑顔で声を掛ける。

「必要なものは揃いましたか?」

「だいたい、な」

少し変わったプレシャに、ディナがあけすけに訪ねた。

「なんだか違う人みたいだね?」


素直というか直球というか。

ヨルが困った顔になり、プレシャは不機嫌になる。その違いにディナは驚くが、どんな言葉を言っていいか分からずに、グッと口を噤んだ。


ディナの顔を見てから、プレシャに話しかける。

「…つらいか?」

ヨルを見て、苦い顔でプレシャが肯く。

「はい」

「そうか」

少し悩んだ顔をして、ヨルが言った。


「条件がある。それを聞くか?」

「何とかできるならば、お願いしたいのですが」

「…わかった」

買い物が終わるまでプレシャを付き合わせて、ヨルは町の入り口外側にまた、自動ハウスを出した。今日中には出て行く予定だと聞いていたディナは不思議に思ったが、プレシャの顔を見て仕方なしと悟る。


中に入り、お茶を出した後に、一緒に座ったディナをヨルが見る。

「話を聞きたいのか?」

「うん」

素直に頷かれてヨルは少しだけ考えた。


「いても良いが、口出ししないでほしい。質問も禁止だ」

「え、うん。分かった」

ヨルは肯いたディナを見てから、相向かいに座っているプレシャに目線を戻した。


「それの治し方は二つある。ただし、ただでその処置をやってやるわけでは無い」

「はい。これのおかげでこの町が守られたのです。そう都合よく出来ると思っていません」

ヨルの言葉にプレシャも頷く。


「条件がある。いくつか」

「…どうぞ、おっしゃってください」

「一つは、ディナにこの世界の常識を教えて欲しい」

「この世界の、とは?」

プレシャの質問にヨルが真剣に答える。


「地上の常識を、教えて欲しい」

「地上の、」

そこまで言って、プレシャがディナを凝視した。


「あなたは、て」

「言っては駄目だ、プレシャ。それ以上言ってはいけない」

ヨルがプレシャを止める。プレシャは口を閉じてごくりと唾を飲んだ。自分の片手で口を塞ぎ、ソファに寄りかかる。


目を閉じて息を吐く。片手でふさいでいても重く感じる溜め息だった。

「…分かりました。私で教えられることでしたら」

「ここを守りながらだから、通信機を二人に渡す。それでやり取りしてくれ」

ディナを見ると、うんと頷かれた。

プレシャは口から手を離し、ディナを見る。

質問ばかりなのはそういう事かと納得しながら。


「あとは、少し難しい事だが」

「はい」

今の話以上に難しい事があるだろうか。

「トラストに余り従わないでほしい」

「え」

プレシャが固まった。

ヨルは眉間にしわが寄っているものの、真剣で嘘もついてはいなかった。


「それはどういう…」

「あいつは多分、自滅する。それに巻き込まれないでほしい」

「…それは」

もう一度質問が重なってしまったが、プレシャは気付いていない。


「軍事だけではだめなんだ。それは、昔そうだった。今言い聞かせても当事者はそう思わないだろう。昔とはやっている事が違うというだろう。だが、軍事で天空を落としても地上は救われない。そういう物なのだ」

はっきりとヨルが宣言する。

プレシャは口を結んで話さない。


「天空が落ちて地上が救われると考えるのはどうして?」

不意にディナが質問した。


ヨルがディナを見る。当事者ともいえるディナに小さく頷いた。

「天空が美しく保たれているのは、あの囲われた空間だからだ。ガラスで覆われた空間で生きているなら、健康で長生きでいられるが、地上で同じことをしようとしても出来ない」

「出来ないの?」

「できない。あれは高い空間にいて他の障害が少ない大気に存在しているから出来る芸当だ。地上で同じ状態を作るには何倍もの作業が必要で、それは今の地上では不可能だ」


ディナが首を傾げる。

「技術的に不可能なの?」

その眼は天空人と同じように、何かを考えて瞬いている。

「地上には前に話した、五体の怪物がいる。あれがいる限りここで安穏とガラスの都市など作れない」

「壊されるという事?」

「そうだ。あれらは人が多くいる場所を選んで攻撃する癖がある。思考もするから話してわかるかもしれないが、命がけでそれを試す人物はいない」

ディナが肯いた。


「それでは無理だね」

「…そうだ。だから武力でここを収める気のトラストは生き残れない。あれら五体に勝ち、天空も収めるとかは無理な話だ。天空の武器はシャレにならない」

ディナと話していたヨルに、プレシャが問いかける。


「天空都市にも武器があるのですか?」

「…逆に聞きたい。何であんな大きな都市に武装が無いと思うのか」

それは確かに、そうか。

プレシャは少し唸って口を閉じた。


「今まで使っている所を見たことが無いからなんて理由は、あまり良くないな」

「そうですね」

「使われていても、その相手は一人も生きていないだろうが」

プレシャは落ち着くために紅茶を飲む。

そうだ。天空都市の武装なのだ。我々が勝てる訳がない。


「ディナちゃんの質問に答える事。トラストをあしらう事。その他には?」

「…生き延びろ。それだけだ」


ヨルの言葉にプレシャが笑う。

「”覚醒“しておいて生き延びろなど」

皮肉気に笑うプレシャを、ディナが見つめる。


「それじゃあ、その処置の話をしよう。一つは簡単だ。その眼を取る」

はっとしてプレシャがヨルを見た。

そんな方法で良いのかと。


「その後は今まで通りの力になるし、ここを守るだけならできるだろう。ただし、守り人を一人処理した人物という話はもう出回っているだろうから、自分で処理してくれ」

プレシャが肩を落とす。

それは無理だ。自力で何とかできるなら、そもそも”覚醒”を頼んでいない。


「もう一つは、これだな」

ヨルは自分の煙草を差し出した。

「これは」

「いま、吸ってみるか?」


プレシャを手招いて外に出る。ディナはそのままソファに座っていた。

外に出たヨルはプレシャに一本渡す。

貰ったプレシャは咥えて火をつけた。ひと口吸うとぎょっと目を開いた。


「え、これは」

「…いわゆる違法薬剤がたっぷりの代物だが、力の押さえは出来る」

「それで、あんな頻繁に吸っていらしたんですね」

口調が落ち着いたプレシャに、ヨルが笑いかける。

「煙草が好きなのは本当だが」

「私が吸いだしたら、周りがどう思うかしら」

「好きなように思わせておけ。使うなら届けさせる」

「売っていないですよね、これは?」

ヨルが肯く。


「作っているのは、夜摩たちだ。おおっぴらにも出来ない」

「ああ、なるほど」

地上でも最下層と言われている夜摩達一族だが、何故か細々と生活できるぐらいには生活が安定している。

その原因を見上げて、プレシャが笑った。


「私の分となりますと、ヨル様ほどはいらないと思いますが」

「連絡方法を教える。それで運んでもらえばいい」

「お高いのでは?」

「…俺が払っておく。ディナの話に付き合ってくれるならな」

あら。

やっぱり甘い気がする。そう思って見上げて、自分の気持ちの変化に驚く。

これを吸えば、今までと同じでいられる。

戦う時は、少な目にして切り替えればいい。


「少しいただいても?」

「…ああ。これでしのげるなら、それが一番だ」

目を取るのは嫌だろうと思ってヨルが頷く。

プレシャとしては取っても良かったのだが。そこの相違は仕方ない。


「お腹空いたよ?」

ドアからディナが顔を半分だけ出して、ヨルに話しかける。

「わかった。何を食べたい?」

「あのね、今日はね」

話ながら中に入っていくヨルを、笑いながらプレシャが見送る。

通信機で、いろいろ聞いてしまおう。

自分がにやついている事が分かっているプレシャは、もう一本煙草を咥えた。



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