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山を越えて




今日も晴天。

ディナは目が覚めてから隣のベッドにヨルが居ない事に気付く。というか寝た形跡がない。シーツも掛け布団も綺麗なままだ。

目を擦りながら起きてリビングに行くと、不思議な眼鏡を掛けて銃をいじっているヨルがいた。


ヨルはスコープを目からずらすと、ディナを見る。

「おはようディナ」

「おはよう、ヨル。寝なかったの?」

「仮眠は取った」

そこで寝たんだねと、ディナが納得をする。

この人は案外、しっかり見てないと駄目かもしれない。


朝食を食べてから、家の外に連れ出される。

ディナに可愛い銃を握らせたヨルは、その握っている手に自分の手を添える。

「ここの短いレバーを上に上げる。そうすると打てるようになるから」

「うん」

指先で軽いレバーを押し上げてみる。

それから軽くトリガーに指を添えさせられる。

「軽く握って。抵抗があるだろう?」

「うん。少し」

「それを引き切ると中身が出る。撃ちたくなければ指を放せばいい」

「うん」

肯くディナを見てからヨルは前方の岩を指し示す。


「じゃあ、あれを狙って見よう。出来るか?」

「やってみる」

両手で構えてディナがトリガーを引く。ボンという音がして岩に何かがベトッと着いた。


何か緑色の柔らかそうな。

乾燥しているからか見ているうちに乾いていった。

一歩だけ反動で下がったディナは、ヨルを見上げる。

「使えそうだな」

「うん。打てそう」

「使わない時は、そのレバーを戻す」

「うん」

指先で戻すとヨルが肯いた。


「弾は六発。考えながら使ってくれ」

「分かった」

「勿論危険だと思ったら人間に使ってもいい」

「え」

驚いてヨルを見ると、真面目な顔で見返された。

「悪い人間は大勢いる。俺がいない時は全部打っても良いぐらいだ」


どれだけ信用がないのか。


「小さい子供を狙う人間がまともなはずは無いからな」

言われればその通りなのだが。

パステルカラーの黄色と水色と桃色で構成された銃を、腰に付けられたホルスターもどきに引っ掛ける。ヨルの腰には本物の銃が下がっているので厳ついのだが。


自分には重そうだとディナは思う。

それに何かを殺す覚悟はまだない。これから先にはできるかも知れないが、今はまだ。


自分が打ったものを見に行く。岩に着いた緑色の物は完全に乾いて固い。これが付いた人間は可哀想だと思う。剥がす時に怪我をしそうだった。

確認をしている自分をヨルが見ているのは知っている。彼の視線が離れることはそうない。昨日の事態は本当に、自分の発言のせいだ。


ディナが溜め息を吐く。

探求禁止。ほんと。良くない。


振り向いてヨルの傍に行く。見上げると頭を撫でられた。

悪い人ではない、もちろん。

自分の親代わり。


黒髪、黒い瞳。多分二十歳ぐらいの姿。ごついブーツも腰までのフード付きマントも、中の服も全部黒い。

まるで世界から自分を切り取るように。


青空の光の下、影のように。


パチパチと瞬きをしてから頭の上のヨルの手に降れる。

ディナに目を向けるヨルににっこりと笑った。

「どうした?」

「何でもないよ、ヨル」

ディナが言うと納得したのか肯いて、家の中に手招きされる。

中に入ると、予備の弾が入ったマガジンを渡された。その他に新しい装備もいくつか。昨日の事を随分反省しているようで、ディナは申し訳なくなる。


離れたくなるような話をしたのは自分なので。


頭を抱えて嘆きたいが、それも心配されそうで。

ディナは微妙なジレンマに悩まされている。


自動ハウスがポンと消えてバイクの後ろの小さな箱になるのを、ディナは見守る。こんな技術が地上の常識とは思えない。

これは多分ヨルが持っているだけの極めて珍しい技術だと思うのだが、その確認はまだしていない。何を聞いていいのか分からなくて。


ヨルがバイクに跨りディナを片手で抱きかかえる。その体に抱き付いて前を向くが、何だか口がもにょっとしている。

ディナの顔を見てヨルが不思議そうな顔をしたが、ディナは完全に前を向いてその視線を切った。質問しちゃいそうだから。


バイクが山越えをする為にゆっくり上り坂を走っていく。

会話がない事にディナが安心しているとはヨルは考えていなかった。



枯れた山。

荒地がそのまま隆起したような。

生息しているのは、背の低い木とまばらな草花。あとは数種の虫だろうか。


ディナは初めて見る美しい虫に目を奪われる。

ゆっくり走っているバイクの横を、ひらひらと揺蕩う虫を横を向いて見ている。

ヨルがその様子をちらりと見て話しかける。


「それは、高所にいるアサギマダラだ」

「綺麗だね」

溜め息と共に行ったディナに、ヨルが小さく笑う。

「種族としてはもう、少なくなっているが、まだ見ることが出来る蝶だ」

「見れないのもいるの?」

「希少種になってしまうと、なかなか見られないのもいる」

「そうかあ」

少し肩を落として呟くディナをちらと見て、速度を均一に保つ。


儚い蝶は何を気に入ってか横をついて来るように飛んでいる。

ディナが飽きるまで眺めた後に、ふいっと何処かへ飛んで行った。


じきに低木すらなくなった光景にディナは黙っている。

荒地ですらなく、ただただ何もない場所。

そんな山の光景に、ディナの言葉は出て来ない。


湿度もなく色もなく。

ただ白と灰色の景色。

自分の横にあるハンドルを握っているヨルの腕をギュッと掴んだ。


「どうした?」

「ちょっと怖いなって」

「そうか」

ヨルが片手でディナを抱きかかえる。その手にそっと縋る。

この世界は、果てしなく終わりに近い。

そう思ってしまうほどの虚無。


「登り切れば、全く違う場所が見える」

「全く違う場所?」


ディナが言い終わるより早く頂上に着いたのか、ヨルが山の下を指さす。

「この先は森が続く地域だ」

「うわあ、凄い」


今いる場所の無色さが際立つほどの緑。

夕暮れの世界に、この先一面に続く木々の群れ。

止められているバイクの、ヨルのついている片足の下の大地を見る。


「これは極端だね」

「そうだな。この場所は生態系の変化が顕著だな」

そんな学者みたいなご意見。

そう思ったディナの頭をヨルが撫でる。

「だから、もう怖がらなくていい。生き物も見えるから」

「…うん」


ヨルに寄りかかり、ディナが肯く。

怖がっていたから、蝶がいなくなってからスピードを上げてくれたのは知っている。何も言わずに気遣ってくれるのは、本当に嬉しくて。

寄りかかったまま腕もギュッと握ると、ヨルが笑った気がした。


「降りるから、しっかり掴まっていてくれ」

「分かった」

ゆっくりとバイクで下がっていくが、登る時の三倍くらい怖い気がする。体勢が前のめりになるので、バイクのタンクに腕を着けて頑張っているが、ヨルがお腹を抱えてくれているので落ちはしない。分かっているが手は着いてしまう。何せ角度が。


運転しているヨルは、あまり気にならないだろうが。

前に乗っているだけのディナは、下りは苦手かもしれないと思う。

強く思う。


「そんなに緊張しなくても」

「この角度が」

「角度」

目線を下げてディナを見るヨル。何だか猫みたいに手を突っぱねている姿に口の端が上がる。それには気付かずに頑張っているディナ。


山の麓に近付いたのは日も落ちて暫くしてから。

「…ここら辺で今日は過ごそうか」

「う、ん」

ディナはずっと伸ばしていた手を激しく降りながら、ヨルに答える。

ちょっと笑ったヨルを無視してポンと立った自動ハウスに入っていく。少し斜めの場所に立っている家に不安だったが、中は普通に平坦でほっとする。


どうなっているのかシステムが分からないが、とにかく真っ直ぐな地面は良い。

今日のディナの意見だが、ヨルには全く関係なさそうだった。


何も言わずに普通にキッチンに入っていく。

運転手は平気なのだろうな。後姿を見ながらそう思う。

この先は森だ。山では無い。多分安心。

そんな事を思いながらお風呂に入る。ディナの気が抜けていく。


バイクの旅は平地に限る。

でも、無理な話だとは思うけど。ヨルはバイクで旅をしているし。

この先も変な地形はあるだろうし。

フンと鼻から息を出して、ディナは湯船に埋まった。


ヨルは調理しながら、女の子は毎日お風呂に入るものなんだなと思っていた。水のタンクを一基増やさないといけないと悩んでいる。

まあ、それぐらいなら増やせるが。

他にも何か変更が必要だろうか。手元のフライパンを揺すってからベーコンをひっくり返す。野菜とベーコンがクルリと宙を舞う。


「お腹空いたよ?」

その声に振り向く。

「もうすぐ出来るから」

「うん」

男の一人旅とは何か違う。

女性に聞いた方が良いかも知れない。


そういう話が出来る女性。丁度この先は女性の守り人だったはずだが。

そんな話はしたことが無くて、いきなりでも失礼な気はするし。

ヨルが眉根を寄せながら食事をしているのを、半分寝ながらディナが見ていた。


ディナは目が覚めてみると、自分のベッドに入って寝ていた。

食事の途中までの記憶しかない。


「昨日、ありがと」

「おはようディナ」

そう言って笑っているヨルは、また銃をいじっている。それも今度は長くて大きい銃だ。とても腰に下げるサイズでは無い。

「何だか大きいね」

「森に入る。これぐらいは無いと危険だ」

「ん?森が危険?」

ヨルが頷く。

「荒野は視界が通るから察知しやすいが、森は視界が悪い。荒野よりは危険な地域だ」

「そう、なんだ」


緑がある方が安全な気がしていたが、そういう訳ではないらしい。

ヨルは銃弾を入れるがそれも大きな物で、その弾で打ち抜くべき何かは強いだろうと思う。


「今日は耳栓をしてくれ」

「耳栓」

「ああ、これの音が大きすぎる。ディナの耳では耐えられないと思う」

「…うん、分かった」

そんなに大きい音なのか。確かに昨日、荒地でヨルが打った銃は大きな音を出していたが、それほどと思ったのは距離があったせいだろうか。


「さすがにショットガンにサイレンサーはな」

「?」

謎の言葉を言われ首を傾げるディナの頭をヨルが撫でる。

訳が分からないが、ヨルのやる事に異存はない。というか、異存が言えるほど知識が無い。ディナは今日も小さな溜め息と共に、ヨルのバイクに乗る。


バイクはゆっくりと残りの山道を下り、完全に森の中に入っていった。



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