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地上の掟 【2025.08.19 改稿】





大通りに戻る事なく、バイクは近くの石門からヨリアミの外に出た。

ヨルにしがみ付きながらディナは遠ざかる町を眺める。外に出てしまえば続く荒野は全く代わり映えがしない景色で、たとえ一日しかいない町だったとしても、街並みが恋しく寂しく思えて眺めていた。

町が見えなくなるまで見つめ、どうやっても見ることが叶わない距離になってから、ディナは正面を向いた。向かう先は低木がまばらに生えているだけの大地。時折変わった形の緑色の植物が生えていたが、その横もあっという間に過ぎていくので、指さして名前も質問出来なかった。


ヨルの前に座っているディナは、ヨルの足の間で正面を眺めながら小さく息を吐いた。

「あのね」

「うん?」

質問口調のディナにヨルは視線を落とす。

「ヨルって何者?」

ピクリと動いたヨルの腕を、面白そうにディナが強めに握る。逃げ場も無い荒野ではヨルの心情を助けてくれるものはいない。腕を握っているディナの手の平の熱は困っているヨルの心情は汲み取らない。

ヨルはバイクのスピードを落とさずに走らせながら、ディナを視界の下半分で見ている。見返すようにヨルの顔を見ていたディナは、困惑しているヨルの表情にフフッと笑った。

「何者とは」

戸惑っているヨルを気遣う訳でもなく、ディナは質問を続ける。

「守護者って何?」

「…聞こえていたのか」

ヨルは小さく溜め息を吐く。

まだディナに地上の常識を教えてもいないのに、理の説明をするのは早いと思っていたのだが、聞きたいと言われては説明しなければならないだろうとヨルは考える。


今では絶大な力を持つと思われている守護者だが、昔は多く存在していたし力も人によってばらばらだった。それでも黒色を持たぬ地上の人々に比べたら特殊な力を身に宿してはいたが。

ただ一人残ってしまったからこそ、圧倒的な力が権力や自治などを狂わせている。当事者ならば自重も出来ようが、庇護者の権力を勘違いしないかどうか。ヨルが見極めるにはあまりにも時間が短い。

視界の半分に見える半帽から零れる金髪を見て、ヨルが静かに息を吐く。


ディナに不思議そうに見られているのは分かっているので、ヨルは考えつつ言葉を探す。

「…この地上で生きている人類を守る役目の者だ」

事実ではあるのだが、その言葉の意味は大きい。

「ヨルが守っているの?」

「俺だけでは無理だ。守り人という組織と共に安寧を図っている」

ディナが首を傾げる。説明が不足だったろうとヨルが悩むと、ディナはもっと別の事を思っていたようで、次の質問をする。


「それは何時から?」

何時からと問われて、ヨルは過去の時間を思い返す。それは遥か遠くに霞むほど昔で。

「数百年ほど前から」

想像していなかった年数を言われて、ディナの目が丸くなる。

「ヨルが?一人で?」

「いや。昔は爺さんがいた」

「ジイさん?」

誰かの名前のように発音したディナを見て小さく笑うヨルを、ディナは見上げている。ヨルが困ったように笑うのは案外好きな顔だと、ディナはひそかに思ったが、それを口には出さなかった。


「俺の育ての老人だ」

「ああ、おじいさん、かあ」

ディナが納得して頷くと、ヨルは少しバイクのスピードを緩める。話が長くなりそうならば、何処かで停めてもいいと思ったのだ。景色は流れなくなり、ディナの視界ははっきりと見えて、ヨルのゴーグルの中の目を見返すことが出来た。


「どうして?」

「うん?」

新たな質問にヨルが少し首を傾げる。

「どうしてヨルが守護者をしているの?」

ヨルが荒野の真ん中でバイクを止める。それからディナの顔を正面から見つめた。今まで見ていた半目では無い強い視線にディナは戸惑う。

「…その知識が必要か?」

少し強い問いかけの言葉に、しかしディナは付き合いが短いせいで気が付かない。

「あ、うーん。気になる」


問われた言葉に素直に答えたディナの返事に、ヨルはやはり言葉を考える。しかし自分の怒りのせいで付き合いが短いディナのいい加減さが見えないヨルには、他の言葉を選べなかった。


「俺が最後の生き残りだからだ」

ヨルの声が不快感を含んでいる事にやっと気づいたディナは、腕を握っていた力を少し弱める。それでも言葉が口から出てしまった。

「さいご」

「ああ。“よるべなき民”の最後の一人が俺だから、守護者をやっている」

ディナはヨルの言った名詞が自身の知識にある事にすぐ気付いたが、気付くと同時に背筋がぞわっと粟立った。それは天空人には禁忌の言葉で、口にするには勇気が必要だと思われた。

「それは、あの」

戸惑った声のディナを見てヨルがゴーグルの下で目を細め薄く笑う。それは今までとは違う、ディナを見ていない瞳と共に、男の腕の中にいる少女にわずかな恐怖心を引き起こす。


「天空から追放された者。それが”よるべなき民“だ。知っているのか?」

「……うん」

問われ、答えぬわけにいかないディナは慎重に頷いた。

「そうか。俺は見た通り黒い色を持って生まれたから、すぐに捨てられた。天空都市の廃棄溝から落下したら普通は死ぬのだが、たまたま落ちる先の地上に爺さんがいた。だから生きている」

ディナは言葉を口に出来ない。自分が求めた説明だったが、笑っている顔のヨルは明らかに怒っていた。それが自分になのか他の何かに対してなのかは、ディナには分からなかった。


「爺さんも目が片方黒かった。俺ほど黒いものは他にはいないが」

「そうなんだ…」

ヨルを見上げているディナが少し怯えた顔をして小さい声で答えた事を気付いたヨルはディナから視線を外し、強く目を閉じてから息を吐いた。それからヨルはディナの頭を撫でる。


今朝撫でられた時は暖かいと思えたヨルの手はひんやりと冷たく、ディナの落ち込みを加速させる。体温が低くなるほど怒ったという事だと、それほど聞いてほしくない事柄だったのかと、ディナの気持ちを下降させていく。だが、落ち着こうとしているヨルには、ディナの瞳の動きは追えていない。

「空から落とされた事は仕方のない事だ。適材適所だと思っている」

「てきざいてきしょ」

溜め息混じりの少し低い声に、ディナはオウム返しの返事しか出来ない。

「夜は地に鳥は天に。それが良いと思う」

「とり?」

何かの諺のような急な説明にディナは首を傾げる。なにかの格言だろうかと考えたディナに、ヨルは小さく笑う。手はディナの頭に乗せたまま。

「コトリは俺と双子だ」

そう小さく呟いた。


天空の長の名を言われ、ディナはヨルを見上げることが出来ない。ヨルの言葉にどれほどの気持ちが込められているか分からない。激しく瞬きをしながら頭の上のヨルの手をどけられずに俯いたままのディナは、彼の気持ちがどれほどの事かは理解できずに、けれど天空人の長が多くの天空都市を、とても長い年月の間治めて守ってきたことは、天空人なら遺伝子に刻み込まれている。


ディナの頭から手を降ろして、自分の顔を見ないディナにヨルが問いかける。

「…こんな話が聞きたかったか?」

ディナはやっとヨルを見上げる。それから首を振った。

「ううん。ごめんなさい、ヨル。言いたくなさそうなのを気付けばよかった」

「……いいさ」

少女の不安そうな声を聴いてから、小さく肯いたヨルはディナを抱えなおし、再びバイクを走らせる。スピードが落ち着くまで黙っていたディナだったが、走る先に荒野しかない事が不安に思えてきた。


気分が良くても悪くても、見える景色に変化はない。後ろのヨルにもたれかかってから、前方を見たまま、ディナがヨルに聞く。

「この先に街とかあるの?」

「随分先にある。昔と違って今は人が住んでいる地域は少ない」

「少ないの?」

「ああ、厄介な奴らが壊して回っている」


ヨルの腕の中でディナが首を傾げる。苦笑しながらヨルが話しを続けた。

「その話は何処か落ち着いてからにしよう」

「分かった」

後で説明をしてくれるならとディナはそれ以上を求めなかった。荒地には植物もさして生えておらず、乾いているから喉も乾きやすい。返事をしたディナは少し喉が渇いていたが、ヨルの腕を離すことに戸惑いを覚えて、水筒を取り出さないでいる。

ヨリアミに行く途中もそうだったが、ディナの目に映る地上は荒れ果てていて緑地が少ない。普通の町と言われたヨリアミも、植わっている木々は少なかった。今走っている荒野もはるか向こうまで続いているように見える。

またディナがヨルにもたれかかる。位置の安定のために抱え直すがその腕にしがみ付かれたのを疑問に思ったヨルがちらとディナを見ると、何やら頬が膨らんでいる。


「…どうした?」

「自分が駄目なので反省中」

ディナの顔はしかめられていて、眉間には太いしわがくっきりと浮かんでいる。半帽に隠れているので上から見ているヨルにしわは見えないが。

「ん?」

「いいの。ちょっと置いておいて」

頬のふくらみが収まらない少女を、視界の下部分に納めたままヨルは走る先を見る。深森の町へ行くにはこの先の山を越えなければならない。標高が高い山ではないがバイクで昇るのは幾らか難しい、かと言って迂回をする事は出来なかった。

水や食料などの補給は足りていると思うが、もともと行く予定ではなかった場所に向かっている事に、ヨルは少し苛立ちを感じる。


いや、それが苛立ちの原因ではないか。

自然と口の端が上がり、自嘲気味に笑うヨルは先の話を思い出しながら不機嫌の理由を考える。多分、誰かに言う事ではないと思っていた事項を話したことが嫌だったのだろうと、悟り小さく笑う。


話す事を選んだのは自分だ。それを嫌だと思うとは。

なんて器が小さいのか。


大きなサボテンの横でバイクが止まる。まだ日差しが強いが植物の影は幾らか涼しかった。ディナを座らせたままヨルがバイクを降りる。

「どうしたの?」

黙ってヨルが胸ポケットから煙草の箱を出すと、なるほどとディナは肯いた。

どうやらあれは依存性があるらしく、ヨルは割とたしなむ方だと思っている。バイクから離れていくヨルを見ながらディナは溜め息を吐く。


失敗したなあ。

あんな顔するぐらい嫌なら、聞くんじゃなかったな。


まだ出会ってから数日の、自分の親代わりに嫌な思いをさせてしまったと顔を歪ませたディナは自分で顔を撫でる。それで落ち着く訳でもないが、どうにもしようがなかった。生まれてから数日と言い換えてもいい己の好奇心を止めるのは酷く難しい。あらゆる事が興味深く思えるし、ヨルは答えようと耳を傾けてくれるから、考えなしに聞いてしまったのだ。自分の近くにずっといてくれる人なら、なおさら興味が尽きなくて。


嫌われたくない。だけど、どうすれば好かれるのかも判らない。

だいたい好いてくれる事があるのかどうか。

手元の水筒から果実水を飲みながら、ディナは小さく息を吐いた。



薄茶色の地面を歩きながら、ヨルは煙草を咥える。

自分の愚かさを恨みながら、紫煙を吸い込む。足元で乾いた土が細かく崩れ、砂になる。乾いて乾いてすべてが細かく何もかも。

終わりに向かうこの地上に、天空都市だけが生き残る。

それで良いと思っていたはずなのに。


ヨルは立ち止まり振り返り、バイクの上の小さな姿を見る。

天空都市の子供。大人しく言われたまま、バイクに座ったままこちらを見ている。ヨルは紫煙を吸い込みながらディナを眺める。少女の寿命が尽きるまでこの地を守らなければならない。それは僅かな可能性の、ただの延命。

誰にも伝えていなかったが、もうすぐ終わると思っていた世界を半ば見捨てていたヨルは、先の展望など何一つ考えていなかったのだが。

少女を守るとなると、新たな覚悟が必要で。


そこまで考えてヨルは苦笑する。さっきの自分語りがどうとか引っかかっている場合ではない。この先の事を決めていかなければ、あの命は地上ですぐに消えてしまう。

もう一本煙草を咥えて、小さな姿を見つめる。


ヨルが自分を遠くから眺めている事に気付いたディナは困っている。

怒っているのか。それとも呆れているのか。

まさか置いて行かれないだろうと思いつつもバイクの上から動くまいと、少し位置をずらして座りなおす。


もう余り過去の話を聞くのは止めよう。自分にもヨルにも良くない。


絶賛反省中のディナは自分の上に影が出来たことを不思議に思い、影を作っているサボテンの上を見る。そこには何か大きな肉塊が。


それを視界に映した途端、急にバイクが発進した。ディナは驚いてハンドルに掴まる。勝手にバイクが走る先にヨルが走って近づいて来ているのが見えた。


「そのまま走らせる!掴まっていろ!」

「うん!」

バイクに掴まりながらヨルとすれ違う。ヨルは何か鉄製の武器を握ってあの肉塊に向かっていた。振り返りヨルを見ていると、鉄製の武器は大きな音と共に何かを打ち出した。

あれは確か。

「銃だっけ?」


離れた場所から眺めていたヨルの視界に、サボテンの上のピンク色が見えた。それを見た瞬間にヨルは走り出していた。

ディナの近くのサボテンの上に、“残欠”が乗っている。

ヨルは気を抜きすぎた己を罵る時間も惜しみながら耳のカフに触れバイクを発進させる。ディナはバイクの上にいてくれたので間一髪“残欠”から離れることが出来た。バイクと一緒にヨルの方に向かってくる。


何をやっているのか自分は。


腰から銃を抜き、飛びかかって来る“残欠”に向かって放つ。大きな音と共に“残欠”の一部が千切れ飛ぶ。すかさず二発目を打つと、“残欠”の中央がはじけ飛ぶ。肉塊の中小さな内部が見える。そこに向けてもう一発。

三発目の銃弾で、“残欠”が破壊され動かなくなった。


手早く弾をリロードしてから辺りを見回す。他には居ないようだ。

バイクを振り返り、その上にディナがいる事に安心する。

近寄りながら異常がないか見ると少し青い顔をしていた。


「すまない。大丈夫かディナ」

「うん。平気」

そう言っても自衛手段のない少女には恐怖だっただろうとヨルは考える。

「本当にすまない。もっと近くにいれば」

「バイクが動いた方がびっくりした」

その言葉に少しヨルが笑う。その顔を見てディナも微笑んだ。

「移動しよう。山の麓で休もうと思っていたからそこまでは」

バイクに跨って話すヨルにディナが抱き付く。正面を向くでもなくヨルにギュッと抱きついたまま、ディナは体勢を変えなかった。

「うん。ちょっと落ち着きたいかも」

「…わかった」

ヨルはぎゅっとディナを片腕で抱きかえすとバイクを走らせる。ディナは遠くなる“残欠”の残骸を見えなくなるまでじっと見ていた。



山の麓近くにバイクを止めて、ヨルは自動ハウスを展開した。

前にも見た事はあるがディナはその家をしみじみと外から見る。その姿にヨルが首を傾げる。

「中に入らないのか?」

「ヨリアミの家よりも、綺麗だなって」

その答えにヨルが苦笑する。

「これは機械だから、石造りと違って外面はあまり変化しない」

「え、この家、機械なの?」

真面目な顔で頷かれて、ディナはポカンともう一度家を見上げる。どう見ても木製にしか見えない。この技術凄くない?

ヨルが手招くのでディナも中に入る。その中は安全なのかヨルも上着を脱ぐので、ディナもソファに座って足を投げ出した。


バテているディナにグラスで果実水を渡す。氷が入っているそれをごくごくと飲み干すと、グラスをテーブルにゴンと置き、ディナが大きな溜め息を吐いた。


「ふああ、暑かった」

今日一日の感想がそれなのかとヨルが見ると、ディナが立ち上がりヨルに近付く。

「お風呂入ってもいい?」

水は足りている。頭の中で確認をしてヨルは頷く。

「ああ。服はディナのベッドの横にあるはずだ」

「私のベッド?」

寝室に行って自分のベッドの横を指さすヨルを見てから、ディナは増えたベッドを指さす。

「私の」

「そうだ。隣で近いが」

まだ言い終わらないヨルにディナが全力で抱き付いた。


「嬉しい!」

「…それは良かった」

浮き浮きとベッドと横のタンスを見ているディナに安心して、ヨルは調理の為にキッチンに行く。

それを横目で見送ってからディナはお風呂に向かった。


自分のベッドを置いてくれるという事は。

当分追い出されることはないと思って良いのかな。


頭を洗いながらそう考えたディナは自分のジャリジャリする髪の手触りに幻滅する。一日中バイクだから仕方ないが、頭に布でも巻こうかと悩みながら洗い続ける。たっぷりのお湯が贅沢なのだとうっすらと想像しながら、自分が積み重ねている記憶を思い返す。


強い日差し。生き物がほとんどいない荒野。

それが地上の大半なのだろう。

ディナが生きていく世界。それは美しいガラスに包まれた永遠に続く先進都市ではなく、荒ぶる気候に抗いながら生きている人々がいる広大な大地の上の。


清潔なタオルで頭を拭きながら、風呂上がりでキッチンへ行くと、良い香りがする料理が並んでいてディナは満面の笑みを浮かべる。

「んふふ」

嬉しそうな声に、テーブルに料理を並べていたヨルも微笑む。

「ディナの分は辛くないから大丈夫だ」

「ん?」

見るとヨルの分は赤い色で、ディナの分は赤くはない。

「それは」

「ディナには無理だと思うのだが」

「一口欲しい」

「いや、辛いから」

「辛いって?」

疑問を口にしたディナの眼がキラキラと輝いている。これは、あげなくてはいけないのかとヨルが悩んでいる間に、皿から一口分取られてディナの口の中に入った。


「あ」

「!!!」

顔が真っ赤になり、果実水が一息で飲まれる。叫びはしなかったがディナはボロボロと涙をこぼしていた。果実水のピッチャーから何度もグラスに入れて飲んでいる。

「…大丈夫か?」

「う、べべ、だいじょ、ぶ、べ」

自分で食べたからか無理に笑おうとしているディナは喋るのも辛そうだ。ヨルは溜め息を吐いてから、キッチンの大形の箱から出した小さなカップを持って来る。

「これでも食べるか?」

「ごれ、なに?」

「…アイスだ」

涙目で首を傾げながら、ディナは両手でそのカップを受け取ると蓋を開けて中身を眺める。手のひらから伝わる温度で冷たいものだとは分かった様で、ヨルを見てからスプーンで掬って口に入れる。

ディナの眼がぱっと開かれた。スプーンを咥えながら再度ヨルを見る。

「そうか。良かったな」

激しく肯きながら喜々としてアイスを食べているディナを見ながら、さっさとヨルは食事をすます。一緒の時は辛い物は控えようと思いながら。ディナの脅威の表情はあえて無視した。

その後ディナも自分の食事を終わらせてから、リビングのソファに座っている。


ディナはウトウトと少し眠いが、ヨルに話があると言われて起きていた。

「すまないな、眠いだろうが少し付き合ってくれ」

「うん」

そう頷いたディナの前に、ホログラムが立ち上がる。映ったのは今日走って来た荒野に見えた。ヨルが指先を動かすと、その光景が変わった。


「今日はディナに怖い思いをさせた。すまない」

「ううん。そこまで怖くなかったよ」

答えるディナを見ながら、ヨルがさらに画像を変える。映っていた荒地から画像が切り替わり、何か大きな化け物が映る。


「何これ?」

「今日見た、“残欠”の親玉みたいな物だ」

「ざんけつ?今日の変な奴?」

「そうだ。元は死んだ生物の肉塊だが、それが取りつかれると動き出す」

死んだ生物。ほとんど他の生物が見当たらない場所で生きているのは。


「…うん」

「気分が悪いだろうが聞いてほしい。あれが集まって大きな物になり、何故か一つの意識を持つ。人格というべきか。そういう物が幾つか存在している」

「喋ったりするの?」

「ああ。喋るし眠るし生活もする。今は確認しているだけで五体居る」

「大きいの?」

画像を見ながら質問するディナにヨルが肯く。


「一番大きいのは町を飲み込むほどの大きさだ」

「え」

「その大きさになると、機械や他の物も取り込んでいるので、厄介なのだが」

「それと戦う?」

そう聞いてきたディナをヨルが見る。ディナにしてみればヨルは守護者と呼ばれるのだから、戦うだろうと考えても不思議はなかった。だがヨルはその質問を勘違いする。


「戦いたいのか?」

「え?うーん。あんまり?」

何故か自分が戦う前提に、ディナが顎に指を当てて出した結論にヨルは笑う。


「そうだな。あまり戦いたくはない。お互いに牽制しながら生存している関係だな」

「でも、そのお化けたちのご飯は?」

その言葉を聞いてヨルが眉を顰めて立ち上がる。物置部屋のようなところから何かを持ってきてディナの前に置いた。テーブルにぶつかりガタンと少し重たい音がする。


「もちろん、俺達が喰われる」

「うう」

ディナは目の前に置かれた物を見る。カラフルだが武器の形をしていた。

「それはディナが使ってくれ。弾丸は出ないが、網と粘着物が出る。逃げるためには有効だ」

銃口が筒の様な、玩具のような外見の銃だ。

「明日、ホルスターも探しておく」

「うん」

珍しそうに指先で触るディナをヨルが見ている。


「殺すことは出来ない。あくまで足止めだ。だから過信せず打ったらすぐに逃げるようにして欲しい」

「うん。使い方は教えてくれる?」

「もちろん。明日、外で教える」

「分かった」

欠伸をしたディナの頭を撫でて、ヨルが寝るように促す。


ディナは自分のベッドに横になりながら、地上で生き残るのは大変なんだと思った。自然が厳しいのに、更に怪物までいるとは。

しかし目を閉じたら続きを考える隙もなく、眠ってしまった。



リビングに座ったままのヨルは、耳に小さな振動を感じて外に出る。耳に触るとニュッとインカムが出て来た。

「誰だ?」

『すみません、ヨル様。トラストです』

珍しい人物からの連絡で、咥えようと思っていた煙草を持つ手が止まる。

「トラスト?どうした?」

『はい。“厄災”の行方が分かりましたので』

「…ビリーフから聞いたのか?」

『はい。お伝えしたと聞いたので。このままの進行先ですと、多分海岸に出ます』

ヨルが煙草を咥えて星空を見る。カチリと煙草に火をつける音がして、トラストはヨルが喋るまで口を閉じる。ゆっくりと煙を吐き出してからヨルは話を続けた。


「海か」

『はい。何の目的かは知れませんが、被害はないかと』

「それならいい。連絡ありがとう」

『はい。それでは』

唐突にブツッと切られて、ヨルはインカム側の耳に視線をやる。


荒れた山の麓とはいえ、生えている木々もあり、夜風も涼しくなっている。どこかで夜の鳥が鳴き、虫の声もうっすら聞こえる。荒野とは違う静けさにヨルは耳を澄ます。降るような星空を眺めながら、ヨルは少し嫌な予感がした。わずかに事態が動くような、この終末の平穏が壊れるような。

目を閉じて煙と共に溜め息を吐く。


やはり、天空都市が堕ちたのは何かの前触れだろうか。

何百年も落ちた事がなかった天空都市。それが故障の前兆もなく落下をした。老朽はしていただろうがメンテナンスは完璧にやっていたはずで。

代わりの新しい天空都市を作るとなると、地上からかなりの物資を搾取しなければならない。それはさすがにしないだろうし。土台の空中に浮いた島は幾つか存在しているので、作れない事もないが、住人の配分が難しいだろうし。


今回の事が事件性があるとして。それを探るには天空人はあまりにもシステマティックが過ぎているし、感情を募らせた反政府のような団体があるとして。

それが地上に降りてくるだろうか。この汚れた地上に。


これからディナを守らなければならないのに、面倒な。



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