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地方都市ヨリアミ 【2025.02.28 改稿】




夜が明けてから、ヨルは自動ハウスを畳み、疲れて深く眠っているディナを抱えたまま、バイクを走らせている。

荒野というのは日が昇り始めの気温は酷く低いのだが、バイクの周りは何かの薄い膜に覆われていて、寝ているディナも運転しているヨルも、吐いている息が白くなる事はなかった。


ヨルの視界に映る空が、紺色から青色に変わっていく。今日は薄い雲が流れているが、天気が崩れる気配はない。

ヨルが元々訪れるはずだった場所は、いまバイクが走っている場所とは遠く離れていて、今更戻るには少々遠回りになるために、後回しにすると連絡を入れてある。相手は事務的に承諾して連絡を切った。


最近は廻る先の応対する人たちも世代交代が進み、ヨルとの関係も希薄になりつつある。ヨルはそろそろ自分の役目が終わるのではないかと想像していた。その矢先に、この少女を預かるという事件が起こってしまったが最後の仕事だと思えばそれほど嫌でもなかった。


バイクの駆動音は、大きなバイクとは思えないほど小さく、ディナの眠りを邪魔するほどでもない。ヨルはゴーグルの砂埃を指で拭ってから、また前を向く。視界の下半分を占めているディナの金髪が風でなびいている。

その金糸にヨルは複雑な思いを抱く。


本来、天空人には色らしい色は付いていない。白い髪、薄い銀色か薄い白灰色の目を持つ者たちが大半だ。ディナに色が付いているのは、用意したコトリの配慮だった。地上人には天空人の色を持つものは生まれない。つまり天空人として作られた人型にディナを入れられなかったのだ。だからコトリは色を付けたのだろう。

それにしても。ヨルは少しだけ空を睨む。

金髪に金目とか。地上人の中でも珍しい色合いを入れてくるとは。


バイクのサイドミラーに小さく映る黒い煙は、未だに燃え燻ぶる落下した都市の今の姿。バイクの速度では、みるみるうちに離れることは出来ない相談だったが、ヨルはなるべく天空都市の落下地点から離れておきたかった。傍に居て一般の人々に何かの関連を疑われるのが嫌だった。自分だけなら関与したと思われても対処できるが、ディナが関与している事は伏せておきたかった。


地上の人間は天空の白き鳥たちを恨んでいる。心情的に憎む人もいれば、遺伝子的に悪感情を持っているのではないかという人々もいる。羨んでいるのとは違うのかもわからないが遥か昔に二分された命の営みは時に諍いを起こし、お互いの心に遺恨は残ったままだ。


それは大きな都市でも地方の村でも、変わらない。

何せ誰が何時見上げても、空には美しき麗しの天空都市が浮かんでいるのだ。それと比較して自分たちの暮らしはと、思う者たちが多数いる。もちろん全てがそういう人達では無いが。



ヨルは景色の変わらない荒野の中で、無言でバイクを走らせる。ヨルには慣れた行為だが、不思議に思う人もいるかも知れない。話すでもなく曲を聞くでもなく、無音でただただバイクを走らせている姿に。

新しい行く先はヨルの記憶が正しければ、この近くにあるはずだった。荒野に立て看板は無く目立つ建造物も無い。町の場所に印をつけた紙の地図をレーダーの上に張り付けてあるヨルは、ちらりとそれを見てまた前を向く。


その時、ヨルの腕の中でディナが動いた。


目線を下げると小さく伸びをして、ヨルを見上げてくる。

「おはよ、う、ヨル」

寝起きの舌足らずな言葉使いに、小さくヨルが笑う。

「ああ、おはよう、ディナ」

返された言葉に肯いてから、ディナは周りを見回す。自分はヨルの腕の中で抱きかかえられてバイクの座席に座っていると、再認識してからもう一度肯いた。

「何処に行くの?」

「この先に地方都市がある。そこで水の補給をしたい」

「ふうん」

あまり興味のない、分かったのか分からない返事をされて、ヨルは眉を下げる。

目を擦り片手でヨルの胸元の服を握っているディナは、ヨルの太ももの間で少しだけ身体を伸ばして、バイクで走っていると感じる風に、目を細めて心地よさそうな顔をしていた。


ヨルはディナの微笑みを見て、人にしか見えないその造りに感心する。ディナを入れた人型は届いた時には殆んど空洞で、ディナの伸ばされた神経系と、作られた内臓で埋まっている。数日かけて調整された中身は、地上の人が見ても作られた物にはもう見えないだろう。

脳に関しては元々あったそれに、ディナの一部が入り込んで作られたようだ。知識などは記憶されていたらしく、見た目通りの十歳程度の行動は出来る。


そもそも天空では、足りない人員を補てんするために生まれるので人型の年齢外見はバラバラだが、大概は成人として生まれるためにディナが子供になったのは極めて異例だったようだ。実例が少ないためなのか年齢よりも大人びている。

目を覚ました時に、この状態だったのはヨルも驚いたが、天空のシステムを思い出して納得をした。多少の知識がある事は生きていくうえで便利だろう。


子供服が無かったので、ディナはヨルの服を折り曲げたりしながら着ている。ワンピースのまま荒野を走るバイクに乗せるほど、ヨルのデリカシーは欠落していなかった。

ただ、動き辛そうではある。

「お腹空いたよ、ヨル」

ヨルを見上げてディナが言うと、ヨルはディナに目線を下げた。

「…そうか、街に着くまで待てるか?」

「うーん。どれくらい?」

チラッとヨルが地図を見る。それを一緒にディナも見た。

「30分ぐらいか」

「じゃあ、待つ」

「そうか」

ヨルにしがみついてディナが黙る。するがままにさせているヨルは少しだけアクセルを開けた。タイヤが多めに砂を巻き上げる。


ディナの金色の髪が光を反射している。作られた体の為に日焼けしない白い肌。今は閉じている眼は琥珀にも見える金の色。そのキラキラ光っている髪を視界の下に納めながら、ディナの服以外に半帽も買わなければと考えつつヨルはハンドルを握りなおす。




やがて地面から砂が無くなり、タイヤが噛む土の感触にディナが薄目を開ける。砂埃を避けて目を閉じていたが、速度が緩くなった事で町が近いと考えて身体を起し前を向く。腕の中のディナが前を向いたので、ヨルが軽く肯いて口を開いた。


「もう、着くぞ」

「うん、見えてる。あれはなんていう町なの?」

「ヨリアミ。普通の町だ」

「普通」

ディナが復唱して首を傾げる。

「普通って何?」

難しい質問だと思って、ヨルは何も言わない。そのヨルの服をディナが引っ張る。答えないままで済まそうとしていたヨルは、腕の中の子供が生まれたての赤ん坊だと思い返し、その時期特有の質問の嵐には答えようと、深く決意してからディナに目線を合わせた。


「普通って」

「…そのままだ。軍事もなく異常現象もなく。普通に生きる人たちが住んでいる」

「ふうん?」

疑問符で終わったディナの言葉は気にせず、ヨルはバイクの速度を緩めて町中に入る。


町の名前が書いてある石の門はあったが、その場所に門番などは存在せず、バイクはするりと街の中に入り石畳を踏む。町の道は石で敷き詰められていて、バイクが走っても少しの土煙しか上がらない。ゆっくりと街中を抜けていくバイクを町の人達が少し不思議そうに見るが、それほど関心を引かないのか、営みに大きな変化はなかった。

ディナはヨルの腕の中で町を眺める。古い町並みではあるが町としては大きい方だと思った。バイクが進んでいる大通りには多数の店が軒を連ねていて、軒下には食材や布地など生活に必要な物が並べられて売られている。

背の高い建物は無いが、くすんだレンガ作りの建物には温かみがあった。


ディナの知識にある地上の景色とは少しずれた、崩壊はしていない落ち着いた町。それがディナの第一印象だった。街並みを眺めているディナに気を使いながらヨルはゆっくりとバイクを進めて行く。

バイクを避けて歩いていく人たちは、殆んどが大人で年齢層も高いようだ。街中に木々はなく小さな緑が植えられた鉢植えがぽつぽつと並んでいる。

入った石門から、長く続く大通りを抜けて反対側といえる、もう一つの石門近くの場所までバイクは進んで行った。やがてヨルがバイクを止めたのは古びた宿屋の前だった。


通って来た町中にもいくつか宿屋があったのだが、そこには止まらずにここまで来た事に、ディナは小さく首を傾げる。

バイクの音に気付いてか、宿屋の中から中年の男性が出て来た。何処かの民族衣装を着ている白髪交じりの茶髪の男性だ。その姿を確認するとヨルはバイクを降りて、ゴーグルを額の上に持ち上げて少し笑った。


「ヨル様。お久しぶりでございます」

すぐ傍まで近づいて来て笑顔で挨拶をする男に、ヨルが苦笑する。

「さま、は止めろって前に言った記憶があるんだが?」

ヨルに言われて男性は肩を竦める。

「守護者様に軽口など」

「ビリーフ」

「はあ、そう言われるなら仕方ないですなあ」

ビリーフと言われた男が諦めて少し口調を整える。それからヨルの隣に立つディナに視線を移した。見られたディナはニコッと微笑む。


「まさか、お子様ですか?」

「違う。連れだ」

ビリーフがぎょっとしてヨルを見る。犯罪者と言っていいのか悩む視線だ。その勘違いに気付いたヨルは大きめの溜め息を吐いた。

「…そういう連れじゃない。預かっている子だ」

「おお、そうですか。いやあ、焦った」

ヨルを犯罪者認定しそうだったビリーフは、ほっと息を吐く。二人の会話を面白そうに聞いていたディナは、ヨルの服を引っ張った。ヨルが目線を下げるとニコニコとしたままディナが自分のお腹を触る。


「お腹空いたよ?」

「そうだったな。何処かで食べるか」

「もちろん!」

ディナと手を繋ぎ町中に引き返していくヨルを、バイクの傍に立ったビリーフが見送る。それから胸を撫で下ろした。

「いやあ、本当に驚いたなあ」

そう言った後で、ビリーフは二人が帰ってくる前に部屋を綺麗にしておこうと、宿屋の中に入っていく。久々の守護者様の来訪だから出来るだけ寛いで貰いたいと思っていた。



再び大通りに戻った二人は、灯りをともし始めた少し古びた食堂に入って、出されたメニューを見ている。使い込まれたメニューには地上人の言葉が書かれているが、読めても料理の想像が出来なかったディナは、さっぱり分からないと首を横に降ってヨルに選んでもらおうとメニューを渡した。眉尻を下げて笑ったヨルは幾つかの品を頼み、最初に運ばれた果実水を嬉しそうに飲んでいるディナを見ている。


ディナは自分を見ているヨルに気付いて見返す。

この町の中にヨルと同じ色の人はいなかった。黒い髪。黒い瞳。肌の色はそこまで黒くはないが着ている服も黒いので、黒い人と言っても差し支えが無いように思う。


街中は茶髪や金髪の人が多いように見えた。目の色も緑や青、薄茶や栗色。黒髪の人はいない。自分も金髪だ。ディナは自分の髪を右手で掴んで見てからもう一度ヨルを見る。


「なんだ?」

さすがに視線が気になったヨルがディナに問いかける。

「うん。ヨルと同じ色の人はいないなと思って」

ヨルの口が開く前に、店員が料理をテーブルに並べる。湯気が上がっていて良い匂いがした。ディナの前に置かれたのは少し洒落た鶏肉の料理だった。

今話していたことなど忘れたように、ディナがフォークで料理を食べ始める。

「美味しいっ」

どうやって話そうかと迷っていたヨルは、ディナの笑顔につられて笑いながら自分も食べ始める。

ディナの頭からさっきの質問は消えただろうと、パンを口に入れながら想像した。少し話しづらい事だったので、この場での会話が中断した事にほっとしていた。


満足するまで食べたディナの手を引いて、ヨルは食堂の近くの服飾店に入る。

子供服の事など分からないヨルは女性の店員にお願いして、少女用の服をいくつか見繕ってもらう。女性店員は可愛らしいディナに似合う様に、張り切って選んでくれた。

店の中をディナを連れて店員が歩き回る。ディナは服を当てられたり靴を履いたり、髪飾りをあてがわれたりして、落ち着かない様子ながらも店員と相談して自分で決めていく。

店のカウンターには、小さな山のようにディナの服が積まれていった。

「これ、全部、私の服?」

聞かれて、待っているヨルが肯く。

「そうだ」

「わあ、嬉しいなあ」

ニコニコしているディナはカラフルな服を抱えて喜んだ。

ヨルは困って笑う。天空都市の流行りとは似つかない様々な地上の服。その違いが分からないのは幸福なのか、ヨルには分からない。

閉店間際に多数の紙袋に入れて渡された荷物を、ヨルが持ってその指先をディナが掴んで、二人は大通りを歩いていく。

歩きながらディナは通り過ぎる人たちを眺めているが、今度は大荷物を持っているためか、ディナとヨルを見ていく人たちも何名かいた。

その後にも足りないものを買い集めて遅くに帰ると、宿屋の前でビリーフが立って待っていた。二人の姿を確認すると安心したように微笑んでから近づいて来る。

「これは、凄い荷物ですな」

「そうだな、少し買い過ぎたか」

そう言って苦笑するヨルをディナが眺める。宿屋の中に置くには本当に大荷物で、どうするのか心配だったが、ヨルがバイクの後ろ側についている家型の箱に荷物を押し付けると、その荷物はするっと全て中に入ってしまった。手ぶらになったヨルが箱をひと撫でする。

「え、どこにいったの!?」

「家の中だ」

驚くディナにヨルが説明する。説明と言っても一言なのだが。

空になった手を見て、ヨルを見上げるが見ても仕方ないとディナは諦めた。とにかく自分は物を知らないのだから、これが地上では常識なのかもしれないのだ。


「さあ、部屋に案内しますよ」

荷物をしまい込んだヨルにビリーフが声を掛ける。

「ああ。行こうディナ」

肯いてからヨルはディナに手を差し出す。ディナは差し出された手を見つめる。よく見れば沢山の傷跡がついた大きな手は、沢山の金属製のリングをはめた長い指までうっすらと日焼けしている。

いまだ謎のこの男に、自分の運命は握られている。ディナは頷いてその手を握った。


丁寧に掃除された部屋に案内されると、ディナはひとしきり部屋を探検したが、部屋の中に何も潜んでおらず少しがっかりした。

部屋に隣接した風呂でお湯に身体を沈めて砂埃を洗い流す。清潔なタオルで身体を拭くと、脱衣所に今日買ったパジャマが置いてあった。買ってもらった服を着てディナはベッドに横たわる。何か聞き忘れた気もするが、疲れた身体は質問を許さない。

目を閉じればもう寝入ってしまった


ディナが寝たのを確認してから、ヨルが階段を降りて外に行く。もう外の喧騒は収まっていて、大通りの方を眺めても灯りの下に人はいなかった。

煙草を咥えると、隣にビリーフが立った。ヨルがチラッと視線を向けるとビリーフは頭を垂れた。その仕草にヨルは目を細めるが、ビリーフが顔を上げるまで言葉はかけなかった。


「ディナ様はお休みですか」

顔を上げたビリーフは微笑みながら質問してくる。その物言いにヨルが苦笑するが、今度は窘めない。

「…この地域に変わりはないか?」

「はい。特段に話す事もなく。皆平穏に過ごしております」

「それは、良かった」

目を細めてヨルが言うと、ビリーフは頭を下げる。また顔を上げてからヨルが見ている街並みを同じように眺める。ビリーフにとっては何時も見ている日常の光景だ。


そのまま数分はどちらも口を開かなかった。少し考えてからビリーフが口を開く。

「“破壊”は別方向に向かっている様です。ヨル様の行く先に現われることはないかと」

「守り人のお前が言うなら、そうなのだろう」

特に関心がない様なヨルの声音に、ビリーフは小さく肯く。

「“厄災”は行方知れずです」

けれど、つがれた言葉にヨルが眉を顰めた。


「またか」

「はい。人のいない地域にでも行っているのか」

「あいつが、そんな殊勝でもあるまい」

白煙を吐きながらヨルは眉をしかめる。怪物と呼べる人類の脅威たちの動向をヨルも守り人たちも注意しているが、観測しきれない事も多々ある。特に”厄災”と呼ばれる個体は動きが不定期で観測が難しく、時々観測域を外れてしまう。

ヨルが少し悩んだような顔をしているのをビリーフが眺めている。


ヨルが新しい煙草を咥えるタイミングで、ビリーフが口を開いた。

「よろしければ、次は深森の町に向かわれては、と」

ビリーフの進言にヨルが目線を向ける。見られたビリーフは溜め息を吐いてから言葉を続けた。


「守り人のレイタが行っているようです」

「……なぜ、守り人が守護地域を離れている?」

首を傾げたヨルは質問を投げかけるが、ビリーフは首を横に降った。

「そこまでは」

「深森の…ハトゥラの守り人は、プレシャだったか?」

「はい」

素直に返事をされてヨルは無言になる。その沈黙を煙草の焼ける小さなジリッという音が遮っているだけの静かな夜。

かすかな音に導かれてヨルが空を見れば、星空に遠く漂う天空都市。話が途切れれば、穏やかな町はずれの宿屋。ビリーフが守っている平和な世界。

これ以上は憤りの声をあげたく無くて、ヨルは紫煙を胸に沈めた。



翌日も晴天で、窓から射している光に起こされたディナは、ベッドの上で伸びをした。

そこから跳ね起きたディナは枕元を見て、少し微笑む。昨日買った服装が枕元に置かれていたからだ。隣のベッドに居るはずのヨルはもう下に降りたのか部屋にはいなかった。

見慣れない装身具もあるようだったが、ディナは自分の記憶を探りながら、服を身に付けて行く。昨日は履いてなかった靴下も自分用のサイズの靴も履いて、床でトントンと足を打ち鳴らす。

昨日来ていたぶかぶかの服に比べたら、断然動きやすかった。色味もたくさんあって、嬉しくなったディナはクルリと回ってから姿見を見る。


金髪は幼い顔周りを縁取り、金の眼は興味深そうに自分を見ている。薄い桃色と濃い赤が交互に編まれているシャツに、ひざ丈のキュロットは濃い臙脂で、靴も同じ色をしている。もう一度クルリと回ってから鏡の前を離れたディナは、部屋を出て宿屋の一階に行く。

昨日見たヨルと一緒にいた中年男性に声を掛けると、にこりと微笑まれた。

「おはようございます、ディナ様。ヨル様は外に居ますよ」

「そうなんだ、有難う」

宿屋の外に出ると、ヨルはバイクの傍で佇んでいた。近づいたディナに気付いてヨルが微笑む。微笑み返してディナはヨルの隣に立った。


「今日はどうするの?」

「まだ見たい所はあるか?」

ディナは首を傾げる。街並みをずっと見ていたいという気はない。生きている人々は自分に感心はなく、ヨルは更に街中に感心が無さそうだった。


ヨルのバイクに寄りかかって町を眺める。

商売をしている人がいて、住宅街があって宿屋がある。旅する人は少なく、定住者が多い。行きかう人に貧富の差はなく全体的に古い感じがする、ディナにとって住みたいとも思わない、普通の町。

「もう無いかな」

「そうか」

ヨルは頷いて持っていた薄桃色の半帽をディナに被せる。被せられたそれをディナは手で触る。ヨルが被っている半帽についている耳たれはなかったが、自分用のそれを嬉しそうに撫でた。

「あとはこれも」

ヨルがバイクのハンドルに引っ掛けていた小さなゴーグルもディナに渡す。やはりヨルの物ほど厳つくはないが、砂を避けるには十分だろう。浮き浮きと目に掛けるディナを見ながら、ヨルは自分達を微笑ましそうに見ているビリーフに片手を上げた。深く頭を下げたビリーフを見ながら、ヨルはディナを抱き上げてバイクに跨る。


静かな音がしてバイクが動き出すと、ディナはビリーフに向かって手を振った。気付いたビリーフが手を振り返す。

何処の旅人も行う習慣だと記憶していたが、実際にしてみると楽しさと寂しさが混じる不思議な気持ちが湧くものだと、ディナは思った。




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