勇者のハーレム要員など辞退します
「迎えに来たぞ」
「アレス!!」
「ぐあっっ」
私を羽交締めにしていたケイレブが、見えない力で後ろに吹き飛ばされた。
そして私はアレスの腕の中に閉じ込められる。
安心できるその温もりにしがみつき、私は子供のように泣いた。
「アレス……っ、アレス……っ」
「怖い思いをしたんだな。すまない。手続きに手間取って遅くなっちまった。もう大丈夫だ。安心しろ」
突然現れたアレスに驚いたのか、ケイレブの威圧と彼女たちの殺気が解かれた。そして全員が言葉を失くしている。
彼女たちにいたっては、アレスの美貌に見惚れて頬を染めていた。
「誰だお前は……ミーシャから離れろ!!」
再びケイレブの威圧が放たれるが、アレスと一緒にいるからか、息苦しくなることはない。
「おいおい、長年力を貸した相棒に対して随分なご挨拶だな」
「相棒……?」
「これでもわからないか?」
アレスの体が白金のオーラを纏う。
「その力……なんでお前から……それは聖剣のもの……」
「その聖剣に宿っていたのが俺だよ」
「は? 意味がわかんねーよ」
「だから、俺が聖剣に宿っていた武神アレスだ。お前に勇者の力を授けたのは俺だよ」
突然神だと名乗る男の言葉に皆が困惑する。
明らかに頭のおかしい発言をしているのに、彼の体が纏うオーラと人外レベルの美貌に、誰も否と言えない。
「魔王の排除も終わったし、新たな制約も結び直してやっと自由に動けるぜ。ついでに精霊たちも躾けてきたしな。これで心置きなくミーシャを愛でられる」
「何をわけのわからないことを言っているんだ。ミーシャを離せ! 彼女は俺のものだ!」
ケイレブが怒りに震え、アレスに抱きしめられている私に手を伸ばす。だが届く前にまた吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。
「お前、マジで調子に乗りすぎだな。綺麗な魂の男だったから選んだっつーのに、どんどん欲に塗れて汚れていきやがって。お前なんかにミーシャを汚されてたまるか。もう勇者は用済みだ。その女たちを連れてさっさと消えろ」
「貴様……っっ」
「ケイレブ様やめて!」
「ケイレブ!」
アウロラとイリーナがケイレブを押さえる。二人とも顔を真っ青にしてガタガタ震えていた。
「ほう。アウロラとイリーナには俺に逆らっちゃいけないというのがわかるようだな」
「……どういうこと?」
私が質問すると、アレスは優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくれる。
「俺の強さを本能的にわかっているんだろう。この三人の女は魔王討伐の業績を差し引いても救いようのないクズ共だからな。腹が立ちすぎて俺の殺気を抑えるのが難しい。なんせこの女たちは俺の愛し子であるミーシャを散々虐めてくれたからなぁ?」
「「「…………」」」
「ミーシャを虐めた……? どういうことだ!?」
アレスとケイレブの言葉に三人は顔面蒼白になった。
「この女共はお前に隠れてミーシャを甚振ってたんだよ。故郷の両親の命を人質にとり、鍛錬だと称してミーシャを攻撃の的にしていた。そのあと、そこのクソ姫が治癒して証拠隠滅ってな」
アレスに指を差され、サラ姫の体がビクッと大きく跳ねる。緊張しているのだろうか、顔に冷や汗をかいていた。
ケイレブはそんなサラ姫たちを、信じられないという目で見ている。そして何かに気づいたようにハッとしてアウロラを見た。
「ま……まさか、隠蔽魔法……」
「ご名答。アウロラの魔法で暴行現場は誰にも気づかれてなかったというわけだ。俺には見えていたがな」
(アレスは知ってたんだ……)
アレスが現れたのと同時期に、彼女たちの暴力がなくなったのはアレスの力なのだろうか?
見上げると、またフッと笑って頭を撫でてくれた。
「本当はもっと早く助けてやりたかったんだ。だが神界の制約で力が制限されていて、すぐには動けなくてな。許可を取るのにだいぶ手間取ったが、なんとかお前が完全に壊れる前に加護を与えることができた」
神界の事情はよくわからないけれど、アレスが自分を助けるために動いてくれていたと知り、嬉しくて涙が込み上げた。
彼の胸に顔を埋めて涙を流していると、再び背後からピリピリとした威圧が放たれる。
一触即発の空気が部屋を圧迫した。
「早くミーシャを離せ……彼女は俺の女だと言っているだろ!」
「俺の女? ……はっ。お前の女はそこの三人だろ? ミーシャは俺が連れていくから、お前は心置きなくその三人を嫁にしてハーレム作れよ」
「俺が愛しているのはミーシャだけだ! 彼女たちはそれを承知で誘ってきたんだ。……それに、彼女たちを娶るのは王命だから逃れられないと言われて……平民の俺が国王に逆らえるわけないじゃないか。だから俺は……」
ケイレブが泣きそうな顔で私を見る。
被害者ぶった目で見られても、腹立たしいだけだ。
だって、それは真実ではないから。
私は何度も、彼女たちとの情事を見せつけられてきたと言ったはずだ。ケイレブは彼女たちとの関係に、苦しんでなんかいなかった。
彼女たちを組み敷き、恍惚な表情を浮かべて睦言を囁いていたのだ。
『可愛い』
『キレイだ』
『好きだ』
『みんな俺のもの』
『五人で幸せに暮らそう』
『俺はみんなを愛してるよ』
ハーレムを受け入れているケイレブに、吐き気がした。
だから彼への愛が冷めた。
もう私が愛したケイレブはいないのだと、思い知ったから。
「嘘つき」
「ミーシャ?」
「喜んで彼女たちを抱いていたくせに、被害者ぶらないでよ」
「そんなわけ──」
「そんなわけあるだろ。お前たちが毎日のように盛ってんのを俺もミーシャも強制的に見せられてたからな。最中のアウロラの隠蔽魔法はミーシャだけが対象外だって聞いただろ? お前いつも喜んで盛ってたじゃねえか」
「……っ」
そのことを思い出したのか、ケイレブは動揺してアウロラを見た。だがアウロラは俯いたまま顔を上げようとしない。
イリーナもサラ姫も同様に下を向いていた。
彼女たちも知っていたのだろう。
すべて私への悪意でやられたこと。
(もう、どうでもいい)
とにかくこの人たちから離れたい。
そして出来ることなら、二度と会いたくない──
「ケイレブ」
「ミーシャ……」
「ごめんね、ケイレブ。私はもう貴方を愛せない」
「どうして!!」
「私が愛していたのは幼馴染だった頃のケイレブで、今の貴方じゃないの」
「昔も今も、俺は俺だろ!? 幼馴染で恋人で、ミーシャの婚約者だろ!」
私は首を横に振る。
「ミーシャ!」
「昔のケイレブだったら、私に不誠実なことはしなかったわ。ハーレムに引き入れようなんてしなかった。心変わりしたなら、ちゃんと教えてくれたはず」
「心変わりなんてしてない。俺は今でもミーシャが一番好きだよ!」
「さっきも言ったでしょ。一番だと言われても嬉しくないって。私は、一人の男を誰かと共有するのは嫌なの。そんな男は要らない。私を殴る男も要らない」
「ミーシャ……っ」
「貴方と、姉弟のままでいれば良かった。そしたら……いつかまた会えたのに……」
「嫌だ……いやだよミーシャ……っっ」
ケイレブの表情が悲痛に歪む。
首を横に振り、私に手を伸ばす。
でもその手はアレスの結界によって阻まれた。
そして私とアレスの足元に魔法陣が浮かび上がる。耳元で「約束通りお前を攫う」とアレスに囁かれ、私は頷いた。
「ミーシャ!!」
「さようなら、勇者様。私は貴方のハーレム要員など辞退します。どうぞ四人でお幸せに」
役立たずの平民のことは、
どうか忘れてください。
もう二度と会いません。
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『私の愛する人は、私ではない人を愛しています』も連載中です。
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