私の好きな人が勇者になった日
「愛してるよ、ミーシャ。魔王を倒して世界が平和になったら、結婚しよう」
「うん」
ある日突然、神託で勇者に選ばれた大好きな幼馴染。
物心ついた頃から一緒にいた、姉弟のような私たち。
時が過ぎて、親愛からいつしか恋心に変わり、それはやがて愛に変わった。
今までもこれからも、彼の隣にいるのは私だと思っていた。
思っていたのに——
私と幼馴染——ケイレブは、辺境の小さな村で生まれ育った。
彼は私の家の隣に住む同い年の少年で、父子家庭の彼を心配した両親が、何かと彼を気にかけ、世話を焼いた。
そんな背景があり、いつも我が家にいるケイレブと私は家族同然で育った。朝が弱いケイレブを私が起こしに行ったり、食事の用意をしたり、弟のように何かと面倒をみていた。
ケイレブの家が父子家庭なのは、彼が五歳の時に母親が魔物の被害で亡くなっているからだ。
彼の父親は傭兵で、ちょうど出稼ぎで村を不在にしていた時の出来事だった。母親がいない寂しさで一人涙を流すケイレブを、私はずっと慰め続けた。
彼が大好きだったから、いつかまた笑ってほしくて、彼が寂しくないようにずっと寄り添っていた。
訃報を聞いて出稼ぎから戻った彼の父親は大層悲しみ、一時は仕事も手につかないほど憔悴していたけれど、愛息子のために何とか立ち直り、父子二人三脚で助け合いながら暮らしていた。
ケイレブ自身も母の死を乗り越え、父親に剣を習い始めたのは十歳の頃。
「俺は、ミーシャのことを守りたい。もしまた魔物が村を襲った時、母さんのようにミーシャを失ってしまったらと思うと、怖くて体が震えるんだ」
だから強くなりたい。
そう言って、ケイレブは私を抱きしめた。
嬉しかった。
胸がドキドキした。
この時、私は初めてケイレブに恋をしているのだと気付いた。でもケイレブはきっと私を家族のようにしか思っていないだろう。
あまりにも距離が近すぎて、私はケイレブに恋心を伝えることはできなかった。今の関係性が壊れるかもしれないと思うと、怖くてそんなことはできない。
そう思い悩む日々は、唐突に終わりを告げた。
私たちが十八歳の時、魔王の封印が解け、そしてケイレブが勇者であると神託が下りたのだ。
国宝である聖剣を持ち、王宮の使者一行がケイレブを迎えに来た。百年間誰にも抜けなかった聖剣を、ケイレブは見事に鞘から抜いてみせた。ケイレブが触れるだけで、聖剣が淡い光を纏ったのだ。
「おおっ、やはり神の声は真実だった! 勇者がこの国に誕生したのだ!」
村はお祭り騒ぎでケイレブを祝福した。なんの変哲もない村から勇者が誕生したのだ。
とても栄誉なことである。
それに勇者が魔王を倒せば、魔物に脅かされる生活から解放されるかもしれない。そんな平和を夢見て、誰もがケイレブに期待と羨望の眼差しを送った。
そしてケイレブは使者たちと共に王宮に行くことになった。
これから魔王を倒すために、国の精鋭たちと共に魔族の国へ旅立つらしい。全ての準備が整い、ケイレブが王都へ旅立つ前夜、私は泣きたくなる気持ちを我慢して、彼に餞別を贈った。
「明日でお別れだね、ケイレブ。これ、いつもの傷薬。もし怪我したらちゃんとこれを塗って手当してね。治りが早くなるはずだから」
「ありがとう、ミーシャ。君の作る薬はとても効き目がいいから助かるよ」
私の家は村で薬師を稼業にしているので、私も両親に幼い頃から仕事を叩き込まれている。
だから薬店で売られているような一般薬なら私でも簡単に作れる。剣の稽古で生傷の絶えないケイレブのために、私はよく薬を作ってあげていたのだ。
「足りなくなったら手紙で教えて。滞在先に薬を送るから」
「…………」
「これから大変な旅になると思うけど、弱者の痛みがわかるケイレブなら、きっとやり遂げられるって信じているから。だから、頑張ってね。もし弱音吐きたくなったら、私が聞いてあげるから、手紙でちょうだいね」
「…………」
「ケイレブ?」
急に黙り込んだケイレブに首を傾げると、彼が私の手を握った。
「ミーシャ……俺と一緒に来てくれないか? ミーシャと離れるなんて考えられないし、俺はきっと耐えられない。ミーシャのことが好きなんだ。絶対守るから、ずっと俺の側にいてくれないか?」
私はケイレブの告白が嬉しくて涙を流した。
気づいたら何度も頷いている自分がいた。
「ほんとか!? ほんとに俺についてきてくれるのか!?」
「うん。だって……私もケイレブが好き。ずっと好きだった」
「本当に!? ……弟としてじゃなく?」
「うん。ケイレブの恋人になりたい好き」
「じゃ、じゃあ……キスしていい?」
「うん」
「好きだよ、ミーシャ」
十八歳の春、旅立ちの日、私とケイレブは恋人になった。
それから二年、私はサポート役として魔王討伐の旅に同行している。
戦力にならない私は、薬草を煎じて彼らの体調管理をしたり、野営の時に調理をしたり、掃除洗濯を引き受けたりと、彼らが万全の体制で戦いに挑めるように世話をしている。
以前は、ケイレブの世話をすることに、なんの疑問も持っていなかった。
でも今はどうだろう。
今の私は、自分の存在価値を見失いかけている——
『愛してるよ、ミーシャ。魔王を倒して世界が平和になったら、結婚しよう』
魔王討伐メンバーと合流して魔族の国へ旅立つ日、ケイレブは私にプロポーズをした。
これから、命がけの旅が始まる。だから心の支えになるものが欲しいと言われ、何が欲しいのかと尋ねた私に、彼は「ミーシャとの未来が欲しい」と言ったのだ。
『すべて終わったら、二人で故郷に帰って、結婚して、子供を作って、ミーシャと本当の家族になるんだ。そんな幸せな未来が待っていると思えば、俺はいくらでも頑張れるよ』
そう言って彼は私を抱きしめた。
そしてその時に気づいた。
彼の手が震えていることに。
これから強い魔族たちと戦わなければならない。実戦経験の少ない彼が、怖くないはずがない。
それでも、母親のように魔物に殺される民が少しでも減るように、そして平和な世界で私とずっと一緒にいるために、ケイレブは戦うことを決めたのだ。
だから私も、誰よりも彼の側にいて、彼を支えていこうと決めた。勇者ではない、私の恋人のケイレブのために。
でも——今の私は、ケイレブの支えになれているのかわからなくなっている。
「んっ……ケイレブ様……好き」
「可愛い……可愛いよサラ姫」
私の恋人だった勇者は今、
私以外の女と抱き合っている。
面白いと思っていただけたら☆評価&ブックマークをいただけると励みになります(^^)
『私の愛する人は、私ではない人を愛しています』も連載中です。
https://ncode.syosetu.com/n3934hu/
こちらも読んでいただけたら嬉しいです。