番外編:元婚約者視点
元婚約者、キース・デルタ視点です。
華やかなパーティー会場で、私は挨拶をする。難しい事はない、今までもやってきた事だから。
「デルタ伯爵、夫人はご一緒ではないのか?」
「…知人のところにいるようです。」
ただ、私の傍にミリナはいない…ミリナはアルネ…シルドバッド侯爵夫人と一緒に居る筈だ。もう、どうにもならないと言うのに…。
◆◇◆
アルネとの婚約に、不満なんてなかった。けれど、私はミリナを好きになってしまった。ミリナは裏表がなく、嘘をつかない。思った事を口にし、表情にする。本音を隠し、建前で振る舞う事が当たり前な貴族社会において、ミリナの存在は新鮮で、とても魅力的に思えた。私の事を好きなんだと分かった瞬間、運命なんだと思った。この想いを、抑える必要なんてない。ポーマ子爵家との繋がりは出来るのだから、相手が姉から妹に代わるだけなのだから…。
(この想いは、仕方がない事なんだ。)
アルネに婚約破棄を告げるまで、アルネの気持ちなんて全く考えていなかった。面と向かった瞬間、心苦しく、気まずい気持ちはあった。でも、だからといって今更私の気持ちが変わる事はない。それに、ミリナを愛している私と結ばれたところで、アルネも幸せになんてなれないに決まっている。
「キース様、大丈夫ですよ。お姉様は婚約破棄の事を分かってくれましたから!」
後日、ミリナが微笑みながらそう聞いたとき、少し安心した。私以上にアルネの事を分かっているのは妹であるミリナだ。ミリナが言うならアルネは分かってくれたのだろう。完全に私達の事を許す事はまだ出来ていないだろうけれど。でも、時間が経てば今回の件も昔話となり、笑い話になると思っている。アルネの事は好ましく思っているし、今後も家族としての繋がりはある。だから、険悪な関係になりたくなかった。
両親にアルネと婚約破棄をし、ミリナと婚約したい事を伝えた。案の定、不満そうな顔をされた。アルネの事を両親が気に入っていた事は知っていた。けれど、私の想いが強い事を知ると、伯爵家に迷惑をかけるなと言い、渋々納得した。確かに、ミリナの立ち振る舞いや知識はアルネに遠く及ばないと思う。けれど、ミリナも今後は伯爵家の為、私の為に努力するに決まっている。今は周りの人間や、ポーマ子爵から良く想われていないし、嫌な噂も絶えないけれど、それも時間の問題だ。落ち着くまで、私がミリナを支えるのだ。ミリナが、大好きな姉と父の反感をかってでも、私と結婚する事を選んでくれたのだから。私とミリナは、お互いが一番の存在なのだから…。
◇◆◇
「…ねぇ、お姉様。あれからもう何日も過ぎてるんですよ? そろそろ意地を張るのをやめて下さい。私もキース様も、お姉様に申し訳ないと思っているのです…お姉様のお相手を探すの手伝いますから! 身分が変わっても私達は家族なのですから、仲良くしましょうよ!!」
ポーマ子爵家に、結婚式の話をする為に訪れた。アルネは表面上は微笑んでいたけれど、纏う空気は重いと感じた。仕方がない、当然の対応だと思う。でも、分かっていても気不味さを拭えなかった。そんな中で、ミリナがアルネにかけた言葉に、唖然とした。
(っ、何を…言ってるんだ、ミリナは?)
ミリナはアルネと仲直りしたくて仕方がない様子だった。それは当然だろう。しかし、アルネの立場を考えれば、完全に吹っ切るにはまだまだ時間はかかっても可笑しくない。ミリナだって、それくらいは分かっているだろうと思っていた。冷え込む空気の中、ポーマ子爵に帰るように促され、子爵家を後にした…。
「ミリナ…どうしてあんな事を言ったんだ?」
帰りの馬車の中で、私はミリナに質問した。ミリナは可愛らしく頬を膨らませて、拗ねた様子をみせた。
「だって、お姉様が何時まで経っても機嫌を直してくれないからです。あのねキース様、お姉様は私が伯爵夫人になって、身分が上になる事に嫉妬してるんですよ! だから、不機嫌なままなんです。でも何時までもあんな態度じゃ困るから…優しいお姉様に戻って欲しいから言ったんです!」
貴族の中には、姉妹、兄弟の仲が悪く、蹴落とし合う者達もいる。遠回しに嫌味を言う事なんて珍しくはない。しかし、ミリナはアルネを大切に思っているし、今の言葉にも嫌味や裏なんてない事は、私には分かった。しかし、アルネはどう思ったのだろうか…姉であるアルネが、妹のミリナの事を理解していない筈はないと思いたい。しかし、最後に見たアルネの表情は………考えるのが不安になってやめてしまった。
◇◆◇
「お姉様が、侯爵夫人に…?」
結婚式当日、アルネがシルドバッド侯爵の婚約者になった事を知った。二人がどういった経緯でそうなったのかは分からない。アルネに不幸になって欲しくはなかったが、正直な話、私より身分が上になった事に、モヤモヤとした不安がよぎった。そんな私とは対象的に、ミリナはとても嬉しそうに瞳を輝かせていた。ミリナとしては、身分の事で拗ねている姉の立場が上になった事で、仲直りに近づいたのだと思ったのだろう。心から祝福しているに決まっている。なんせ、ミリナがアルネの事を口にしない日なんてなかったのだから…。
「お姉様、本当に良かった! 二人の結婚式、楽しみにしていますからね!! あ、そうだわ、明日にでも結婚しちゃいませんか? 早い方が良いですよ! 他の人に取られる前に…。」
けれど、ミリナはまたしてもその場の空気を凍りつかせた。ミリナの発言はあまりにも…。案の定、シルドバッド侯爵は気分を害し、ミリナを冷たく睨みつけた。ミリナを庇おうにも、反論する言葉なんて出てこない。そんな中で声を出し、庇ってくれたのはアルネだった。アルネがミリナを完全に許せていない事は雰囲気から伝わってきていた。けれど、貴族令嬢としてこの場を収めるために行動したのだろう。
「アルネ、貴女の謝罪は必要ありませんよ。……デルタ伯爵夫人、すぐに結婚する事が正解とは限りませんし、それは私達が考える事です。それと、私はアルネを心から愛しておりますのでご心配なく。…婚約者がいる相手に手を出す非常識な連中なんか、相手にしませんよ。」
シルドバッド侯爵の言葉に、顔色を悪くし、涙目になったミリナを庇いつつ、謝罪をした事で事無きを得た。しかし、シルドバッド侯爵の言葉は重く心にのしかかった。その言葉はミリナだけではなく、私にも向けられていた。私とミリナは、アルネに対する悪意なんてない。私達が想いあった事は仕方がない事で、悪ではないと思っている。けれど、世間での私達の行いは、「非常識な連中」と言われても反論できない事だったと、第三者に言われてようやく自覚した。そんな私達が…ミリナがアルネを気にかけるなんて烏滸がましかったのだ。
(もし…アルネがシルドバッド侯爵と結婚したら、侯爵家の力を使って私達に報復してくるのではないか…?)
モヤモヤとした不安が、言葉として明確となった。アルネに許されなければ、仲直りしなければ大変な事になるかもしれない。そう思った…。
◇◆◇
(ダメだ、今日も眠れそうにない。早くこの件を処理しなければ…。)
月日が流れ、アルネがシルドバッド侯爵夫人となって1年が過ぎた。私は溜まった業務の処理と、貴族同士の交流のための準備で忙しい日々を送っていた。心休まる日なんて無い…。部屋で業務処理をしていると、ミリナが部屋に入ってきた。
「…キース、また断られたわ。もう1年も経ってるのに、どうしてお姉様は不機嫌なままなのよ!!」
結局、私達とアルネ…シルドバッド侯爵夫人との仲が修復される事はなかった。むしろ、私達を嫌う人物が増えた事で、状況は悪化しているのかもしれない。
私とミリナは、どうにかしようと贈り物をしたり、遊びに誘ったりと行動したが、何の意味も持たなかった。その後、シルドバッド侯爵家の事ばかり気にかけ、デルタ伯爵家の事を疎かにしてしまった事に気が付き、それどころではなくなっていた。疎かにした分、巻き返そうと奮闘している状況だ。
「ねぇ、キース! ちゃんと聞いてくれてるの? どうしたら良いと思う?」
ミリナは涙目になっている。もう何度目になるかも分からない表情だ。ミリナが悲しむと、私も自分の事のように胸が締め付けられていた。けれど、それももう、昔の話だ。
「ミリナ、」
出会った時と変わらず、何時までも伯爵夫人として成長しない伯爵夫人。
「もう、やめないか?」
私は、ミリナの事を一番に想っていた。けれど、ミリナは姉と仲直りする事ばかり考えている。
「ミリナ、もうシルドバッド侯爵夫人達の事は諦めよう…余計な事はしない方が良い。今は、今度我が家が主催するパーティーについて考えなければ…。」
デルタ伯爵家…夫の事を考えてくれているのかい? 蓄積されていく疲労感から、限界が来ていた私の言葉に対してミリナは、
「な、なんでそんな事を言うの!!? 酷いわキース…うぅっ!」
涙を流しながら部屋を出ていってしまった。一人きりになった部屋で、思わず天井を見上げた。
おそらく、シルドバッド侯爵家がデルタ伯爵家を襲う事はない。それがシルドバッド侯爵か、シルドバッド侯爵夫人の意向なのかは分からない。私情だけで権力を使うような事をしない人達なのかもしれない…何れにしても、本当に有り難い事だ。それと同時に、私情で婚約破棄をした私とは違うと証明されているようで、胸が苦しくなった。
伯爵家を陥れないが、私達の行いを許す事は出来ない。そういう事なのだろう。シルドバッド侯爵夫人達の望みは、少しでも私とミリナに会わない、関わらない事。仲良くなんて出来ないという事が嫌という程伝わってきた。時間が解決してくれる…そんな甘い事を考えていた私は本当に愚かだった。
そして、ミリナが私の為に努力し、伯爵夫人としての立ち振る舞いを身につけていくだろうという考えも甘かったと思い知らされた。シルドバッド侯爵夫人の事に意識が向いていたのもあるかもしれない。けれど、ミリナは相手の気持ちを汲み取る事が出来ない。自分の想いを優先してしまう。今までの言動や振る舞いから、そんな人だったのだと理解した。そんなミリナが、私とデルタ伯爵家の為に努力する姿なんて想像出来なかった。
けれど、仕方がない事だと言い訳し、シルドバッド侯爵夫人を傷付けてミリナを選んだ私に、文句をいう資格なんて無い。今更遅いと言われるだろうが、これ以上不誠実な事をしたくないと思っている。だからミリナと共に、デルタ伯爵家を守っていかなければならない。だから、どうかミリナもこの現状を仕方がない事なんだと受け入れて、前に進んで欲しいのに…。
「私、明日のパーティーでお姉様に直接話してくるわ。だからキース、途中から別行動でよろしくね。」
現状を受け入れられない、理解していないミリナは、叶わない希望を抱きながら私に言う。そんなミリナが翌日、大泣きをし、打ちひしがれた姿を見せたが、私が思った事はただ一つ。
「…仕方がないだろう。」
長らくお待たせしました。お待ちくださってた皆様、本当にありがとうございます。リクエストにあった元婚約者視点でした。ざまぁ、と言えるほどの物ではなかったかもしれませんが楽しんで頂けたら幸いです。
時系列は本編の後編の最初のところまでですね。キースの心情はここまでで充分かなと思った次第でございます 笑
キースもどうしようもない男ではありますが、ミリナよりは常識人であり、何だかんだで伯爵なんだというキャラにしようと思ってこのようになりました。
誤字脱字、読みにくいところもあると思いますが、最後まで読んでいただきありがとうございました! 評価や感想を頂けて嬉しかったです。