番外編:妹視点(後編)
後編になります。
「…ミリナ。」
散々泣いて、座り込んでからどれくらい時間が過ぎたのだろうか。いつの間にかキースが来ていた事に気が付かなかった。
「…お姉様に、嫌いだって言われちゃったの…。仲良くするつもりなんて無いって…許せないって。」
私はキースに、お姉様との事を全て話した。頭から離れない刃全てを…。キースは何て言うのだろうか、泣いている私を励ましてくれるだろうか? それとも、お姉様に怒ってくれるだろうか?
「…仕方がないだろう。」
けれど、私の想いとは裏腹に、今一番聞きたくない言葉が出てきた。
「何で…なんでそんな事を言うの!? キースもお姉様も酷いわ! 仕方がないなんて言葉で済まさないでよっ!!」
「ミリナ、仕方がないと思う気持ちは僕と君がよく知ってる筈だよ。」
怒る私に対して、キースは冷静だった。かつて、私がお姉様やお父様に言った事でもあり、今でも間違っていないと思っている言葉だ。でも、そんな現実を受け入れたくない…。
「ミリナ、僕と君はお互いの為にシルドバッド侯爵夫人を傷付けた。そして、その後の君の態度はさらに彼女を苦しめてしまった。もうどうにもならないんだよ。だから頼むよ…もう、いい加減諦めてくれ。そして今後は、僕と伯爵家の事を何よりも考えて欲しい。」
お姉様から嫌われて、キースからは呆れられてしまった……どうして、こんな事になってしまったの? 何故、何故なの…一体誰のせいでこうなったの?
…ふと、私の脳裏に原因となった存在が浮かび上がった……。
◇◆◇
「全部…全部、お父様のせいよ!! お父様が、お姉様とキースを婚約者にしたからよ! お姉様と婚約させる前に、私にも紹介してくれたらこんな事にはならなかったのにっ…、何とかしてよぉ!!」
私はポーマ子爵家に来ていた。お父様とお話しする為に。私は気づいた、全てはお父様のせいだと。お姉様とキースが婚約者でなければ、もっと早く私とキースが出逢っていれば何も問題がなかったのだと。責任を取ってほしくて、何とかして欲しくて、私は目の前にいるお父様を泣きながら責めた。お父様は何も言わずに、表情を変えずに私の話を聞いていた。
「…そうだな。すまなかった、ミリナ。」
お父様は目を伏せると素直に謝罪をした。少し胸の中が和らいだ気がするけれど、今は少しでも早くお姉様の事をどうにかして欲しい。さぁ、早く私を救って…!!
「全てはお前を甘やかした私の責任だ。お前の教育を疎かにし、アルネに全てを押し付けたせいだ。」
「…な、何を言っているのですか!?」
お父様が何を言っているのか分からずに、私は困惑する。
「ミリナ、お前は昔から苦手な事から逃げていたな。好きな事以外に目を向けようとしなかった。勉強も作法も最低限はこなせていたが、続けられなかっただろう? でも、お前は妹だったから、将来の事はしっかり者の姉のアルネに任せれば良いと思ってしまっていた。伯爵家との縁談も、アルネだから上手くいくと思っていたのだ。ミリナ、お前では力不足だと判断してしまった。」
「…ひ、酷いわお父様!!」
「…そうだな。お前を甘やかし、許していた私が悪い。だが、お前自身が努力をせずに楽な道ばかり選んだ結果でもあるだろう。そんな私達の選択が結果としてアルネを傷つけ、苦しい想いをさせてしまった…。」
私が悪い? 努力を怠ったなんて…ただ嫌な事を嫌だと言っていただけなのに…今苦しんでいるのは私で、苦しめているのはお姉様だというのに、何故お姉様を気に掛けるの?
「私の事は好きなだけ責めていい。恨みたいなら恨め。だが、アルネとお前の事はアルネの気持ち次第だ。私には何も出来ないし、するつもりもない。ミリナ、お前はもう伯爵夫人なのだ。節度を持ち、伯爵夫人として相応しい振る舞いをしなさい。感情のままに動かずに、思慮深くありなさい。」
「そ、そんな言い方………どうして!? 私はお姉様にわざと傷付けられたのに! お姉様とキースの婚約を邪魔しちゃったけど、お姉様を苦しめる為じゃない。悪意なんてなかった! お姉様はもうシルドバッド侯爵様と結婚したのに、私の事許さないままで……うぅっ。」
「…仕方がないだろう。」
納得できない、理不尽だ。そんな私の訴えを、お父様は何処か悲しそうに見つめながらもそう言ってきた…。
◆◇◆
「………ミリナ待って!」
私を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、走ってきた様子のお姉様が少し息を切らせながら必死な様子で私を見ていた。
「……。」
私は何も言えずにお姉様を見ていると、お姉様は私に向かって頭を下げた。
「…ミリナ、ごめんなさい。貴女に酷い事を言ってしまったわ。」
「えっ……お、お姉様?」
驚く私に、お姉様は下げていた頭を戻して私を見た後、少し俯いた。
「…私、デルタ伯爵に婚約破棄された事が本当に悲しくて、ミリナに嫉妬してしまったのよ。シルドバッド侯爵様と結婚した後も忘れる事が出来なくて、どうしても素直になれなかったの…うぅっ。」
お姉様は泣き始めてしまった。私はどう反応すれば良いのか分からない…。とりあえず泣き止んで貰おうと手を伸ばそうとした。
「…でも、仕方がないでしょう?」
伸ばそうとした手は、お姉様の一言で止まってしまった。
「だって私は、ミリナに凄く傷つけられたんだもの…。酷い態度をとってしまったのはどうしようもなかったのよ。分かってくれるわよね? でも、これからは昔みたいに仲良くしましょう。用事がなければ明日二人で買い物に行きましょうか! …いえ、折角ならトーマスとデルタ伯爵も呼んで、お話をするのも良いわね。」
「……っ、」
微笑みながら、楽しそうに話すお姉様に私は……。
目を開けると、私の部屋の天井が見えた。私はお父様と会った後、そのまま伯爵邸に戻って来たんだった。何も考えられずに部屋で過ごしている内に眠ってしまったみたい。
夢の中で、私が望んだ通りにお姉様が謝ってくれた。とても嬉しかった…夢であった事がとても残念でならない。けれど、微笑むお姉様に私が言おうとした言葉は、
「ふざけないで。」
だった。散々私を傷つけて、仲良くなりたいと願う私を拒絶しておいて、仲良くしましょうだなんて…納得出来なかった。そして、ようやくお姉様の気持ちが分かったような気がした。
「仕方がない」という言葉で切り捨てられる事がどれだけ悲しい事なのか。理由はどうであれ、婚約者を奪った私を嫌うのは当然の事で、気持ちの整理もつかないまま仲良くしてくれない事を責められて…どれだけ嫌な思いをさせたのだろう。その事実に、私のしてきた事に胸が苦しくなった…。
今後、お姉様との関係がどうなるかは分からないけれど、お姉様から言われた言葉は忘れられない…永遠に胸の中に巣食うかもしれない。少なくとも、私はもうお姉様の事を好きとは思えない……きっと、お姉様も同じように私がした事を忘れられないんだ。自分が幸せか、相手が不幸になったかなんて関係ない。これはもう、仕方がない事だった。
何となく部屋を出て、キースの部屋に入ってみると、彼は机に顔を伏せて眠っていた。周りには資料が何枚か散らばっている。前に言っていた、伯爵家主催のパーティーについての書類だった。
キースに言われていた、私も手伝わないといけない内容だった。でも私は、お姉様の事がずっと気になって伯爵家の手伝いなんてした事が無かった。キースは私に、お姉様の事は諦めて伯爵家の事を考えて欲しいと言っていた。仕事をしない私の事を、キースはどう思っていたのだろう…でも、仕方がなかった。お姉様と仲直りするのに必死で、それどころではなくて…
「ははっ…。」
思わず出てしまった笑い声の後に、慌てて口を手で覆いながらキースを見た。キースは気付く事なく眠っていて、ホッとした。
…そんな風に思う私に、キースが優しくしてくれなくなった事だって、仕方がない事だった。理不尽だと思う気持ちもあるし、納得出来ないとも思うけれど、こうなったのは私のせいなんだと、ようやく分かった…。
番外編:妹視点でした。
デルタ伯爵視点は書けたら書こうと思いますが、先の話になると思いますし未定ですので一度完結済みとさせて貰います。
内容に変化はありませんが、何箇所か書き直しました(2025.5/30)
妹の結末は賛否あると思いますが、一応姉の気持ちを少し理解し、一歩進めたのかな? という感じにしました。妹の性格も問題ありますが、周りの環境や物事のタイミングにより、仕方がなかった所もありました。
最終的に姉妹が仲良くなれるのか、それともこのままギスギスした感じで終わるかはご想像にお任せしますが、悪化する事は無いと思いますね。
沢山の評価や感想、誤字脱字報告ありがとうございました。