後編
後編です。
「こ、こんにちはシルドバッド侯爵様、お姉様。」
トーマス様…トーマスと結婚してから半年が経過した。私とトーマスは、とあるパーティーに出席している。挨拶もそこそこに、二人でワインを飲みながら談笑していたところに、何処か緊張した面持ちのミリナが声をかけてきた。
「…どうも、デルタ伯爵夫人。」
「こんにちは。」
トーマスは笑顔だが棘を感じさせる雰囲気と圧を放っている。ミリナ達の結婚式で対面したあの日から、トーマスの態度はずっとこんな感じだ。私達がプライベートで会う事なんてまずないし、誘いがあっても断っていた。伯爵家と侯爵家として避けられない用事では会うものの、中身のない、当たり障り無い会話しかしていない。
「伯爵は一緒ではないようですね、独りで寂しく参加したのですか?」
「っ、…向こうで挨拶をしています。」
「それなら、貴女も一緒に挨拶に回ったらどうかしら?」
トーマスと私の言葉に、ミリナの表情が曇る。挨拶はすんだのだから早くデルタ伯爵の元に戻るか、誰かの下に行けば良いのにと思ってしまう。
「お、お姉様、二人きりでお話ししたい事があります。来ていただけませんか?」
ミリナからの要求に、私は大して驚かなかった。勘でしかないけれど、予想していたからかもしれない。
「…デルタ伯爵夫人、一体何を言って――」
「構わないわ。トーマス、私は大丈夫ですよ。」
「アルネ…分かったよ。でもすぐに戻ってきて欲しいな。」
「はい、勿論です。」
トーマスはミリナに何かを言おうとしてくれたけれど、私はそれを制した。トーマスに安心してもらえる様に微笑むと、トーマスは渋々ながらも頷いてくれた。そんな私達を、ミリナがどんな顔で見ていたかは分からなかった。
私とミリナは、客人用の個室に入った。部屋に来るまでの間、お互い何も話さず、無言だった。ミリナは最近、笑顔でいる事が減って、私の前であまり話をしなくなっていた。
「…お姉様、もういい加減にしてくれないかしら?」
「…何の事?」
部屋について早々、ミリナは悲しげな顔をして私に詰め寄った。
「私達への態度よ! お姉様とシルドバッド侯爵様は私とキースにだけ酷い態度で、心から笑ってくれないじゃない!! 侯爵様が冷たいのはお姉様のせいでしょ!? …まだ私の事が許せないの? あれからもう1年以上過ぎたのよ。いい加減にしてっ!!」
ミリナの目から涙が一筋流れていく。ミリナはそれを拭う事なく私を悲しげに、けれど怒りを込めて睨んでくる。私はそんなミリナを真顔で見返す。
「…貴女がやった事は、1年以上経っても許されないような酷い事だったとは思わないの?」
「だから、その事は謝ったじゃない! それに、あの時も言ったけれど、キースを好きになってしまったのは、私が悪い訳じゃないでしょう? 別にお姉様を苦しめたかった訳じゃないのに…。私だって大変だったんだから!」
「好きになってしまったのだから、仕方がなかったのよね?」
「そうよ、お姉様! この想いは、感情は自分でどうにか出来る物ではないでしょう? 私もキースも、好きって気持ちを抑えられなかったの! …それに、お姉様は侯爵家に嫁ぐ事が出来たのよ。伯爵家よりも身分が上になれたし、侯爵様と居られて幸せなんでしょう? だったら、もう良いじゃない! …何時までも冷たくしないで、昔みたいに仲良くしましょうよ!!」
ミリナは縋るように私を見てくる。私はそんなミリナから目線を一旦そらした後、再びミリナを見た。
「…確かに、感情は自分で決められるものじゃないわね。ミリナがデルタ伯爵を好きになって、デルタ伯爵もミリナを好きになった…二人が結婚したいと思うのは、仕方がない事だったわ。それに、私がトーマスと結婚して幸せに過ごしているのも間違ってない。」
「…お姉様っ!」
私の言葉にミリナは安心したような顔をした。
「……でも、仕方ないじゃない。私はミリナが嫌いなんだから。」
「………え?」
「正確に言えば、私とトーマスはミリナとデルタ伯爵が嫌いなんだから、心から仲良くできないのは仕方がないでしょう?」
私の言葉にミリナは笑顔のままビシッと固まった。
「貴女とデルタ伯爵はお互いの感情を優先して、私の気持ちを無視して婚約したわよね。それと同じように、私とトーマスはミリナ達が嫌いだから、優しく出来ないのよ。感情は自分でどうにか出来る物ではないでしょう?」
「…そ、それは…で、でもどうして?」
私はミリナを冷たく見つめる。ミリナはそんな私を怯えたように見つめ返してくる。
「…デルタ伯爵に婚約破棄されて、しかも妹に「仕方がないでしょ」と言われたあの時、私がどんなに苦しかったのか分かる? その後も私の都合や気持ちを無視して会いに来るし、好き勝手な事を言ってきて、嫌がらせかと思ったわ。時間が経ったのだからいい加減に機嫌を直せ? 侯爵と結婚出来たのだから良いじゃないか? 貴女が決める事じゃないわ。それとこれとは話は別よ。そもそも、何故そんなに私と仲良くしようとするの?」
ミリナの顔色がどんどん悪くなっていくけれど、私はそんな事に構わなかった。
「そ、それは…私とお姉様は、仲良しだったからっ…私、私はお姉様を好きだからっ…。」
「…ねぇ、ミリナは気づいてる? 自分の感情を優先して言った言葉や行動が、私を傷つけて苦しめている事に。どんな感情を抱いても、弁えなければならない場面は沢山あるわ。それが常識というものよ。それが出来なければ反感を買うものなの。私とトーマスが貴女を嫌いなのは、貴女が感情任せに行動して、仕方がないと言い聞かせてきた結果なのよ。」
終わりよければ全て良し、なんて言葉を聞いた事があるけれど、私には到底受け入れられない。そんな自分に悩んだ事もあったけれど、私がそう思う事は仕方がない事なんだと、ミリナ達の結婚式の日に思えたのだ。
「ミリナなら分かってくれるわよね? 感情はどうにもならない事なんだって。だから私は貴女と、デルタ伯爵と仲良くなるつもりなんてないわ。トーマス様も私の味方をして下さってるけれど、私の事を抜きにしても貴方達を不快に思っているそうよ。今後も、周囲に影響を与えない程度で好きにさせて貰うから。」
「…ま、まって…お、お願いだから、赦して。」
「どうやって赦せばいいの? どうすれば貴女を嫌う感情を抑えられるのかしら? 貴女は好きという感情を抑えられなかったのに…。」
私の言葉が余程ショックだったのか、ミリナの顔色は青くなっていく。でも、私はミリナが嫌いだし、気遣おうなんてつもりは全く無い。
「いいかしら? 貴女は私とトーマスが貴方達に冷たいと言ったわね。でも少なくとも伯爵家を貶めてないし、将来の邪魔もしてないわ。…私達は其々の家に嫁いだけれど、ポーマ家やお父様の事も考えなくてはならない。常識として公の場でお互いを避ける訳にはいかないから、今後も縁を切れないわ。でもね、表面上の付き合いだけ出来れば充分な事でしょう? 「私達と心から仲良くしたい」だなんて、ミリナの都合に合わせる必要は無いの。だからミリナが悲しんだって知った事ではないわ。私だって、貴女とデルタ伯爵に会うなんて、顔を見るなんて何時もすごく嫌なのよ? でも、割り切って我慢しているの。貴女も伯爵夫人として、我慢する事を覚えたらどうかしら?」
打ちひしがれるミリナに、モヤモヤとした感情が和らぐのを感じながらトドメの一言をもう一度放った。
「だって、仕方がないじゃない。そうでしょ?」
ミリナは何も答えずに、ただ泣き出した。私はそんなミリナを放って部屋を出て、トーマスの元へと歩き出した。
読んで下さり、ありがとうございます! トーマスのいきなりの求婚はツッコミどころ満載だったと思いますが、小説の中なので見逃して下さい 笑
好き、嫌いといった感情はコントロール出来ないので難しいよねといった感じのお話でした。感情のままに行動して、相手を傷つければ嫌われるのは自然な事ですよね。ミリナのような立場にたった時、皆さんならどうしますかね? 私は本気の恋をした事がない人間なので、諦める選択を迷わずしますが 笑
誤字脱字の報告、何時もありがとうございます。