隣町へお出かけ
「こーちゃんは、お出かけの用意って出来てる?」
「えっと……。いまから着替えてきます!」
私は周囲の目を気にした。
お出かけする準備が万端だった周囲に対して、確実な遅れをとっていたのである。
赫の修道院にあるピアノのことも思うと、少しでも早く現地へと向かいたい気持ちでいっぱいになる。
「朝比奈、そんなに慌てなくても」
「うん。でも、ゆったりとしたい気分ではないからね」
「そうか。それじゃあ、僕はのんびり下の方で待っているよ」
「それでお願いします」
花音の姿が徐々に小さくなっていく。
もはや私は駆け足ではなく、天使の羽を使って飛んでいた。
黒いグランドピアノのある教会エリアを素通りし、小部屋に入り込むと、青い神官の服装が入っていとタンスを開ける。
手際よく着替えて、部屋を飛び出す。
今回は流石に窓の外に、身を投げ出すわけにもいかないだろう。
素直に教会エリアへと戻り、皆が待っている出入り口まで飛んでいった。
「はい、お待たせしました!」
私は支度を済ませたことを伝えつつ、胸を張る。
見慣れている者たちしかいないのなら、天使の羽を隠す必要性を感じない。
「そういえば、皆で出かけたら美術館の管理はどうするのです?」
「それは心配ご不要だ、花音がいる。あとは、我の依り代のひとつである、アリス人形の噂がそこにある」
沙世は知っていた。
鷹浜美術館は従業員が不在になると、アリス人形が表に出てくることを。
「それなら安心出来ますね。それでは隣町に行きましょうか」
結局、花音はお留守番か……。
あのピアノから遠くへ離れられない縛りが厳しく思う。
でも、それくらい割りきっていかないといけない。
私が先陣を切って、鷹浜美術館をあとにした。
今回の目的地である隣町へは、高校の近所にあるバス停から簡単に行くことができる。
隣町の地名はたしか……。
政木町だ。
景気が活発な商店街があって、海風がじわりと押し寄せてくる場所。
学校のすぐ近くにあるバス停から、バスへ乗り込む。
座席には余裕があったので、皆揃って座ることができた。
「沙世さん、質問よろしいですか?」
「何だ?」
「仮にですが、魔列車の噂を見つけたとして、私たちは何をするのでしょうか?」
「ああ、それは……。そういえば、何でだろう。花音が言っていた、新たに発見されたピアノの音色のことだったような」
沙世の口が止まった。
上手く言葉で表現できないのか、それとも。
魔列車の噂を通じて、私たちが何かに導かれているのかもしれない。
いまはただ、そう思うしかなかった。




