変わったもの、変わらないもの
朝のホームルーム終了のチャイムと同時に、朝比奈小鳥のお腹の音が鳴る。
「腹が減っては戦はできないー。小鳥ちゃん、焼きそばパンでもあげようか?」
気を利かせた夏実は、学校指定のバッグの中身を漁りだす。
「あっ……。ここ、痛むなぁ……」
夏実は少し苦笑いしていた。夏実の頭には左目を覆うように包帯が巻かれており、視界がとても狭く感じているのだと実感する。
それでもなりふり構わず懸命に探し、焼きそばパンが入っているとみられる袋を取り出すことに成功すると、右目でじっと見つめた。
それから、私に差し出してくる。
「ありがとうございます。それでは頂きます……」
私は焼きそばパンを、すぐ口の中に放り込む。
はみはみ。
軽く噛みしめた後、深く味わうことなく飲み込んでしまう。
「早食いー?」
「うん。起きてから、慌てて飛び出したのもある」
「そっかー。それならよかった」
夏実はひと安心した様子で、椅子に座り直す。
会話が途切れると、教室が静かになった。
そのまま何も対話することなく、授業が始まるのかなと思ったら。
「小鳥ちゃんは、新しい噂を知ってるかな?」
私のほうに振り向いて、そう言ってきた。
「何の噂ですか?」
「冥界へと誘う悪魔の列車。誰も知らないはずの地下鉄のホームが存在するという噂ですね」
「地下鉄……悪魔の列車……」
とても聞き覚えのあるワードに対して敏感だった私は、夏実から視線を逸らした。
はじめに噂を聞きつけたアリスが中心となって懸命に探していたけど、結局見つかることがなかった噂が、どうして夏実の口から出てきたのか。
ふと、シシリィの言葉を思い返してみる。
知ってしまった噂は基本的に元の位置には戻らない――。
つまりこれは、一度その噂の存在を認知すると、たとえ未発見であっても新たな世界線に引き継がれてしまうということなのか。
そして、時空旅行の噂によって違和感なく世界に溶け込んだ。
このように捉えるのが妥当である。
「小鳥ちゃん、どうしたの? 興味ないの?」
「いえいえ、そういうことでは……」
「それならよかった。それじゃあ、放課後になったら鷹浜美術館で情報収集しようね」
顔を合わせていなくても、はっきりわかる。
いま、夏実はとても目を輝かせている。
私は息を呑むと、もう始まるであろう授業に集中したいと心の底から望んだ。
それはさておき、鷹浜美術館での情報収集か。
あそこには九蛾沙世、ポレッタ、ミモが働いている。ということになっている。
流石にあやかし将軍はいなかったが、鏡電話の噂は健在であり、もし望むのであれば連絡を取ることが可能ではあるとのことだ。
あとは赫の修道院が、隣町にあるということ。怪盗ネプチューンのことは、世間を騒がせる存在として、度々ニュースになっている。
ごく一部の人間が魔法という異能力に目覚めたという報告があり、一般人から冷たい目でみられはじめていること。
これらの情報は、昼休憩に夏実がペラペラと喋ってくれたお陰で知ることができた。
私が眠っていた間にも、世界が動いているということを実感する。
もしかしたら、冥界へと誘う悪魔の列車についての噂も、何か進展があるかもしれない。




