表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪談ピアノの掃除当番  作者: 愛原ひかな
Ⅳ 不死鳥の神
62/67

世界を壊す覚悟



「何を奏でようかな……」


 鍵盤に手をかけると、いま演奏してみたい譜面を思い浮かべてみる。


 ――隠された地下迷宮。その最深部に廃墟と化した駅がある。


 でも、列車一向に来ません。

 どうしたら走ってくるのでしょうか。


 そもそもの話、どうやったら駅にたどり着くことができるのでしょうか?


 怪しい館? 消えた灯火。

 森の神さまが守っている。


 怯えるゾンビの集団。


 浄化の作用。


 魔法贈物(マジカルギフト)。魔法が与えられて。


 いずれ、世界は救われるだろう。


「そうだ……!」


 本日の出来事を楽譜に書き上げる。

 思考が加速する私は、紙とペンを用意することにした。


「えっと、たしかこのへんに……あった!」


 黒いグランドピアノの傍にある小棚の中には、いつでも楽譜が書けるように、紙とペンが収納されている。


「朝比奈はすぐに演奏しないのか。それなら、僕はあっちの手伝いをしてくるよ」


 そう言った花音は、アリスがいるところへ飛んでいく。


「花音くん、いってらっしゃい」


 暇つぶしにならないと思ったのかな。それでも私は気にしない。


 ……ポレッタさんは、まだ寝ている。


 やっぱり、起きるまで演奏は控えようかな。


 私はピアノの前に座ると、紙を広げてペンを握った。



「お姉さん、何しているの?」


「うんと……」


 楽譜作成を開始してすぐのこと。金髪の美少女が背後にいた。


「どちら様です?」


「自己紹介がまだだったね、私はシシリィよ。いつもお兄ちゃんがお世話になっています」


「お兄ちゃん……? もしかして、花音くんの……」


「そうだよー」


 振り返った私は、彼女(いもうと)と顔を合わせた。


「お姉さん、妄想中に申し訳ないんだけど、この世界は救われないね」


 緑色に染まっている瞳で見つめてきたかと思えば、シシリィはそう言ってきた。


 ……もしかして、私の心が読まれている?


 まだ殆ど書いていない楽譜からは、私が考えていることを読み取れないはずだから。


「世界が救われないとは、どういうこと?」


「正確には、この世界線と呼ぶべきかも。笹倉家の魔女がいないこの世界線は、もうすぐ終わりを告げる」


「夏実さんがいない、世界が終わる……?」


 私の筆が、ピタリと止まってしまった。



 そんなことが起こせるのか?


 あの石の姿、砂のように崩れた残骸。思い返すだけでおぞましい気分になるだけだ。


「お姉さん、悲しい顔をしないで。私がこうして姿をみせたということは、まだ希望が残されているということだよ」


 気持ちが混迷する私に対して、偽りのなさそうな言葉をかけてくる。

 シシリィが嘘をついているとは、何故か思えない。


「妹さんの目的は……何なの?」


「受け入れてくれるなら、教えてあげてもよいかもね。お姉さんの、お迎えにあがりました」


 シシリィは蔓延の微笑みをみせると、私の右隣に座ってきた。


「私のお迎え、ということは……?」


「うんっ。いまから、この世界を壊すんだよ」


 キッパリと、告げられた。


 わけがわからない。

 シシリィは何を考えているのだろうか。


 第一、世界は既に壊れている。崩壊カルマの噂によってこうなってしまったのだから、もう未来に向かって突き進むしかないというのに、いったいどうやって――。


「規則に囚われているお姉さんには、特別に教えてあげる。この世の全ての事象は、噂によって出来ているんだよ」


「わわ、私の手が――――」


 私の指先が、自分の意思とは無関係に動き始めていた。

 黒いグランドピアノの鍵盤に触れて、音を奏でる。


「あっ、お姉さんだけだと力不足だから、私も手伝ってあげるね」

「ええっと……」

「遠慮はいらないよ。こう見えても演奏は上手なほうだからね」


 そう言うと、シシリィは高めの音が鳴るであろう鍵盤部分に手を添えた。


 これで世界を壊す? 普通に無理では?

 そもそも、二人でピアノの演奏なんてしたことないのだけど。


 妙に緊張する。そのひと言に尽きる。


 一方で、外の様子が気になり始めている自分がいた。


「お外が気になるって? いまごろ黒い太陽が現れて大騒ぎでしょうね」


 世界に終焉をもたらす。そんなことが出来るのなら、そのくらい起きてもさぞ不思議ではない。

 シシリィは、そう言いたいのだろう。


「もうひとつ教えてあげる。いや、ふたつくらいかな。よく耳の穴をかっぽじって聞いてくださいね」

「はい……」

「いま演奏しているのは、崩壊カルマの噂。……の逆再生バージョン」


 シシリィは、不気味な微笑みを見せた。


「これでも、噂そのものをここの世界線で探すのが大変だったよ。――で、二つ目が『知ってしまった噂は基本的に元の位置には戻らない』ということ」

「それってつまり……」

「鷹浜美術館の噂は途絶えない。そしてこれから起こることは、察せるよね」


 この世界線に終焉をもたらすのは確定事象。崩壊カルマを逆さにして、巻き戻し。


 時の逆行(リバース)……いや、時空旅行(ラグナロク)の噂と呼ぶべきか。


 まるで禁忌の魔法を唱えているようにも思えてくる。


 あと、私が時空旅行(ラグナロク)の噂を認知しているのは、どうしてなのだろうか。


 胸が少々痛む。過去にこの噂に接触した機会でもあったのかな。

 時空旅行の噂によって世界が再形成される際、パラドックスが発生しないよう変化した部分の落としどころが自動的に決められるのは、たしかであって……。


 今はこの噂について、深く考える必要はなさそうだけど。


 それはさておき、まぶたが急激に重くなりだして――。


 演奏している最中、朝比奈小鳥の意識が消えたのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ