鏡電話の噂
展示されている置物のあいだを通り抜けて、大きな置物の前で立ち止まった。
私の顔が映りこんでいる。
これは、鏡電話の噂だ。
イメージした者の顔を想像すると、鏡の別の顔が映りこむ。
これで、遠くにいる者と通話することができる。
まるで魔法のようだが、もともとはさぞおぞましい内容の噂で用いられた道具である。
「玉藻さん。いまお時間よろしいですか?」
「平気ですが、何のご用でしょうか」
緑の湯呑みを握りしめ、ゆったりと寛ぐ玉藻は椅子に腰掛けている。
「用意してもらいたい物があるのですが……」
玉藻とやり取りする上で、きょうの私は赫の修道院にある壊れたピアノのことを第一に考えていた。
「なんでしょうか?」
「いつも掃除しているものとは別のピアノを、修理したくて……」
「先日、降ってきた流星群の中に使えそうなものがあったような……。すぐに用意します」
「ありがとうございます。あとでミモさんの転送魔法で送ってもらおっと。ミモさんの魔法はたしか一日二回までだから、回数には気をつけないと」
「そうですね。……小鳥さん、他になにかありますか?」
勘が鋭い玉藻は何かに期待でもしているのだろうか。
別に喋ることもないような……。
あっ、アレがあったか。
「特別なお願いはないけけど、とある噂を怪盗ネプチューンが盗んでいくのを目撃しました」
「それはどういうこと……はっ……」
少し戸惑う玉藻は、命令を下す。
「クロハ。至急、獄中の確認を」
「――す、すみませんでした!」
白状したみたいな声が聞こえてきた。
クロハ自身、鏡には映りこんでいないが、始めから玉藻の傍に立っていたのだろう。
「怪盗ネプチューンは、既に脱走しております」
「報告はどうしました?」
「各あやかし将軍にバレたらいけないと思ってしまい……」
「沈黙してしまった、ですか……。仕方ないですね、怪盗ネプチューンのことは暫く放置しておくとしましょう」
玉藻はとても呆れていた。
怪盗ネプチューンのことを、とても恨んでいるようで。
「あの、事情とかよくわからないけど、クロハちゃんのことを悪く思わないでほしいです」
「あそこからの脱走はこちらも油断していたし、他者に責任をなすりつける意固地な性格は持ち合わせていないの」
「それならよかった……」
私はホッと、安心を覚える。
「転送するのは今日じゃなくても大丈夫だから。それじゃあ失礼します」
私はそっと鏡の表面に触れた。
すると、フワッと玉藻の姿が消えて、私とポレッタの姿が映っていた。
「こ、これが噂……」
ポレッタは鏡電話の噂に、とても興味を持ち始めていた。
扱いに慣れた私やミモ以外がみると、だいたいこのような反応をするのだろう。
「それに転送魔法ですか。この空船はとても裕福な暮らしを望めますね!」
「そ、そうかな……」
否定は出来なかった。
いつでもどこでもゾンビに襲われる危険性が潜んでいる野宿と比べると、たしかに快適だと言わざる得ない。
そう考えると、ポレッタが求めるのは、さぞ不思議ではないことであるか。
「この空船、本当に凄いです。噂とか、もっとみせてもらいます!」
更なる噂を求めるポレッタが、先走っていく。
うっかり転んで怪我をして、私が魔法を使う羽目になったりしないと良いけど。
「……お姉さんは、魔法贈物の噂のこと、知ってる?」
聞き覚えのない愛らしい少女の声が聞こえると、背中からとてつもない寒気がした。
「そんな噂のこと、まったく知らないですけど。……えっ、本当に誰かいる?」
私は咄嗟に振り返ると、ピンク色の格好をした金髪ツインテールの美少女が目の前にいた。
「いま教えてあげても良いけど、お姉さんの反応が面白そうだから黙っておくね」
微笑む美少女は、それだけを言い残すと、前に歩き始めた。
「あの、どちら様……」
姿を追いかけようと目線を動かしたら、美少女の体がすっと消えていく。
それはまるで、幽霊のように。
でも……夏実とは雰囲気がまったく違う。何の幽霊かな?
いや、ひょっとしたら幽霊では説明がつかないかもしれない。
消える直前、美少女の左腕が、キラッと輝いた気がした。




