光照らす首飾りの噂
「そのバッグ、どのくらい入るのかな?」
「ポーのことより、そっちが気になるの、とても珍しい」
彼女から、睨み付け返された。
「ははは、朝比奈は随分と噂に対して敏感になったね。彼女は、朝比奈のことを褒めているのか煽っているのかわからないけど」
花音は噂が存在していることを確信していた。
思わぬ形だけど。列車の噂にはまだたどり着いていないのだが……。
この噂はどうする?
判断はアリスに委ねさせたら良いかな。
私はアリスに目線を送る。
「やれやれ。我に視線を送るな」
しぶしぶ呆れさせてしまったご様子だが、アリスはポレッタと対話したいみたいで。
「迫られて急だったけど……。そのバッグ、何が入っているの?」
「軽々しく教えることはできません。ですけど」
彼女はバッグを地面にすんなり置いた。
「ポーの扱い方次第ですが、あなた達のお手伝いをすることもできるかと」
「つまり、まだ上手に扱えたことがないと」
「そうなの、です!」
ポレッタという商人は、自信満々に答えた。
未熟者。ひとことで表すなら、そう捉えられるだろう。
商人としては不自然な点も見受けられる。この子の視線が泳いでいるのだが、たぶん花音のことがみえているのだろう。
ただ、純粋な瞳でアリスに興味を示している思いは、伝わっていた。
「一緒に展示物を回るか?」
「えっと、本当に……ですか……?」
ポレッタは少々戸惑いながらも、アリスの腕を両手で握った。
「あれ、模型の展示物を詳しく調べないの?」
「それくらい別に調べなくても大丈夫なんじゃないかなって。それよりも、もっと気になっている道具がこの先にあるんじゃないのか?」
「朝比奈、シャルル神の首飾りというものがあってな……」
花音が耳もとで囁く。
この資料館全域を照らす、不思議な道具のことだろうか。
おそらく、次の展示物である。
あれは、強大な噂の雰囲気を解き放っている。
この建物にじゅうぶんな明かりを供給出来ているのは、展示物の噂があるから。
「それじゃあ、みなさんで行きましょう。次の展示物へ」
私が誰よりも早く、次の道へと進んでいく。
歩くにつれて、視界が少しずつ白くなっていく。
でも、目を開けれなくなるほど眩いわけではなかった。
「これが、建物内を照らす根源の……」
目の前にあるのが、シャルル神の首飾りという展示物。
すごく、美しい。
シャルル神が落とした羽を用いて、首飾りのアクセサリーにしたといったところだ。
そして、ひと目みて確信する。
この道具は噂そのものでもある。
首飾り自体に意志があってそうさせているのか、これを作った職人が噂として広めたのかは定かではないが、これだけははっきりいえる。
シャルル神の落とした羽と、同じ匂いを感じる。
間違いなく、シャルル神の落としていった、奇跡の塊でもあった。
「もっと近くで見てみたい……」
一歩、また一歩と、私は歩いていく。
「ごくりっ。うん……?」
突如、視界が真っ暗になり何も見えなくなった。
「ふふふっ――。このタイミングで、展示物の噂は頂いていくわよ」
この声は、怪盗ネプチューン……?
「えっと、あやかし将軍の元で捕まっていたはずでは……」
「そんなもの逃亡したに決まっているわ。怪盗ネプチューンのは永遠不滅なのよ!」
暗闇で足音を立てているネプチューンは、噂を持ち去って逃走を図ろうとしていた。
「それじゃあ、さらばっ――」
「あっ――。怪盗ネプチューン、待って!」
「待たないよーん!」
……駄目だ。真っ暗で何もみえない。
追いかけるのはおろか、まともに身動きが取れない。
「うーん、どこよ……」
「ひゃわっ。ポーの左足が掴まれました!」
「あっ、ごめんなさい」
ミモとポレッタが距離近いのかな。
「お主はルチェと言ったっけ、すまない。我の目に強化魔法をかけてみたのだが、そもそも地球に漂う魔力が少ないから、思ったより効力を得られなくて……」
「はい。ひとまず出口を目指しませんか?」
アリスとルチフェロが、手を取り合っているのだろう。
「朝比奈、どうする?」
「うーんと、とりあえず建物から出るのが最優先かな……」
「了解さ。それでどうする?」
「ルチェさん、私がほんの少し、周囲に明かりを灯せば道案内は出来ますか?」
「この先の展示物はシャルル神を信仰する者が残した書物だけで、複雑さはないので可能です~」
「わかりました。それでは花音くん、お歌を歌ってください!」
「はい……?」
花音は首を傾げるだろう。
でも、この場にいる人数に見えるだけの光を照らすには花音でないといけない。
「花音くんって幽体だから、実は明かりなくともみえているのでしょ?」
「うん。そうだよ」
「だから、花音くんが飛び回って、私が魔法で照らします」
魔法は使ったことないし、上手くいくかわからない。
上手に使えたとしても、長くはもたないのはわかりきっている。
「しゃーないなぁ。なんの歌が良い?」
「なんでも」
「朝比奈、ミュージック行くよ」
花音は歌い出した。
奏宮高校の校歌を――。
「なんでその選曲するの! ちょっと恥ずかしい、けど……」
頬を赤くする私は、詠唱をしはじめる。
――悪戯好きな光の妖魔よ。迷宮に潜める我らの肉体を、どうか楽園へと導きたまえ。
『騒光っ!』
手のひらを天に向けて魔法を放つと、花音の歌声が光となって照らしはじめた。
それは美しい波を描き、出口までの道しるべとなる。
「こっちです。行きましょう!」
私たちは脱出しようと走り出した。
残りの展示物に構っている余裕なんてない。
噂を盗んでいった怪盗ネプチューンを追いかけたい気持ちが湧き出るが、決して追いつけないことはわかりきっていた。
階段を降りて、その先は最初に見た壁画がある。
おそらく、展示物のエリアを一週回ってきたのだろう。
出入り口の扉を開けて、外に出ると、皆そろって息を切らしていた。
「建物の管理者がここにいながら、あんなことになるなんて。申し訳ないです」
「る、ルチェさんが謝ることではありません……」
私は、夕焼けになっている空をみていた。
「朝比奈、怪盗ネプチューンだったね」
「そうですね。あそこから脱出していたということは、また何かあるのかな……」
ほんと嫌な予感しかない。
噂あるところに怪盗ネプチューンあり。
今後は、そのような心構えをしないといけない。
あと、魔列車の噂は情報が掴めずじまいだった。
資料館に再入場しようにも、暗闇で明かりを用意しないとまともに見てまわることが出来なくなってしまった。
「アリスさん、空船に戻りますか?」
「うむ……そうだな……」
やや不満げそうなアリスは、資料館の外壁をじっと見つめていた。
「何かあるなら言ってくださいね」
「いや、ここは後回しだ。それよりも優先度の高いことがあるだろう?」
「優先度の高いこと?」
「空船っ! 世界を飛び回れる大きなお家! ポーは、とっても気になります!」
肌身外さないバッグを足元に置くポレッタは、暑苦しい視線を私に向けていた。
この流れ、彼女を空船に案内すべきなのか?




