赫の資料館
「花音君に、妹がいたのね……」
「僕が貴族だった頃だけどさ」
花音は語りそうになるが、自ら語り始めるのをぐっと堪える。
過去を知ることのできそうな機会。だけど、花音はどこか気乗りしないでいる。
首を右に傾ける私は、花音の手をそっと触れた。
「無理しなくて大丈夫ですよ?」
それは優しいひと声になるだろうか。
むしろ、花音がよりいっそう気を遣うようにならないか心配になる。
「朝比奈……ありがとう……。アレにはけじめをつけないといけないし、僕は語るよ」
どこか吹っ切れたのか、花音は口を開いた。
「確かにアリスの言うとおりで、僕の妹はシャルル神に帰依していた。……たしかこの修道院に資料館があったはずだよね。そこに行ってみたい」
「資料館ですね。……バステトさん、大丈夫ですか?」
「シャルル神にまつわる資料館……。それならすぐそこにあるから、今から入るかにゃ?」
「はい。よろしくお願いします」
「はぁ、はぁ、そのことなんだけど……」
息を切らすルチフェロがやって来て、頭を下げた。
「本当にすみません……。バステトさんには、あっちの方でやってもらいたいことがあるの」
「にゃにゃ?」
「子どもたちを寝かしつけるのに、猫さんを要求されまして」
「それはそれは、大変なことにゃ。このバステト様にまかせてくれにゃ!」
気合いが入ったバステトは、せかせかしてこの場を離れていく。
「あの、資料館……」
ひとりごとの大きさで口ずさむも、遠く離れていく者の耳には届かない。
この瞳で見えなくなるまで、バステトの姿を見続けた。
「資料館ですか? ……なるほど、代わりにわたくしが案内させて頂きますね」
ルチフェロは私たちのことを、より興味をもっていた。
私がシャルル神に帰依したというのもありそうだが……。
「くふふ……知り合いさんのことを綴った資料あるかな……?」
ルチフェロの顔、どこかなまめかしいところがある。
花音の妹がシャルル神に帰依されていたという話は、既に耳にしてそうだけど……。
「えっと、バステトさんの手伝いをしなくても大丈夫なのですか?」
「お構いなく。わたくしの手は空いてしまっているので」
いかにも暇を持て余している、という態度をみせるルチフェロは、資料館があると思われる建物の方向へと歩いていった。
シャルル神の資料館といっても、さっきお祈りした場所とさほど離れていない位置にあるということで間違いない。
私たちは、すぐにたどり着く。
そこにあるのは、祈った場所と変わらない外見の扉。
それが開かれると、シャルル神に関する資料がたくさんある空間へと誘われる。
「ふわーっ……。大きくて立派な壁画ですね」
資料館の入り口では、色味と模様のある壁がお出迎え。
黒い服装で祈りを捧げる者、青い服装で袋を所持している者が描かれており、上部には、シャルル神と思われる鳥が羽ばたいていた。
それと、少し離れた位置には、ピンク色の帽子とドレスを身に纏う者が、大きな一つ目玉と対話している様子が描かれていた。
「黒い格好をした者は修道院として祈りを捧げて、青い服装をした者は旅人として世界にシャルル神の名を広める役目を担っているの」
「なんだか、私とルチェさんみたいですね」
「まさにその通りかもね。貴方、冒険者っぽいし」
「そ、そうなのかな?」
「疑問を抱く必要性なんてまったくないわ……」
ルチフェロは、ゆったりと歩いていく。
「ここ、シャルル神と少し離れた位置にあるピンク色の服装をした者は、他の神様との文通を表現しているのよ」
「文通の役目?」
「シャルル神の使いとして、のね」
「なるほど……。お勉強になります」
私の記憶上で、このような格好をした者をみた覚えがない。
けど、この壁画が示しているのはかなり重要なことで間違いない。シャルル神さまは案外、他の神様と馴れ合っているのかもしれないと思うと、この格好をした者に会ってみたい気もする。
「次の展示物へと行きましょうか」
「ルチェさん、そうですね。見学は始まったばっかりだし」
ルチェといてると、サクサクと進みたくなる。
「こーちゃんに言っておく。あたしのことも忘れないでね」
シャルル神が描かれているところをずーっと見続けているミモは、小声でそう呟いた。
「私、先に行ってるね」
「うん。花音が迷子にならないよう、こっちでみとくから」
「迷子になんかならないと思うけど。朝比奈、なんか面白いのあったら知らせてね」
「私から知らせにいくという以前に、ちゃんとついてきなさい」
「えー。僕ってそんなに信用ないかなぁ」
「妹さんのこと……」
「あー、わかったよ。朝比奈について行けば良いのだろ?」
「あれ、行くの? こーちゃん置いていかないで」
「みんな置いていかないから、一緒に回ろ?」
私はまっすぐな瞳を、ミモに向けていた。
展示物は結局、皆で一緒に巡ることになりそうだ。




