白いピアノの点検
「さてと、次はピアノの修理ですね。ちょっとみせてもらいますよ」
私はピンク色の天使の羽を背中に出して、ふわっと軽く飛んでいった。
途端に目を細めるバステトは、開いた口がふさがらない。
「なにゃ、神の使いだったのかにゃ?」
「えっとね――。死神の、ですけどね」
大げさにするほどでもないから、バステトには小声で伝えた。
「し、信じるしかないのか、にゃー」
バステトは戸惑いを隠しきれていない。
その証拠として、猫耳のシルエットがピクピクと動く。
そういえば、シャルル神に帰依したいと伝えた際、アリスはまったく怒らなかった気がする。
複数の神様を信仰を許すことがあれば、それを禁じる場合もあったと思うけど。
死神、独自の決まりごとでもあるのかな?
あとで理由を尋ねておきたい。
「それじゃあ、ピアノさんにお邪魔させて頂きます」
まず、ピアノのカバーはどんな感じかな。
手触りもわりと大事。
何度か開け閉めをして、耐久性のチェックを行う。
「うむぅ、少しゆるいかな?」
満足できる硬さはないという感じであった。
カバーを止めている小さな部品が、きっと痛んでいるのだろう。
交換が必要だ。
続いて、鍵盤をひとつずつ押していく。
音は辛うじて鳴るようだが、鍵盤が楽しく弾まない。
「花音君、これはどう思いますか?」
「なになに? 朝比奈が押している感じだと、修理というより買い替えたほうが良いレベルだけど……なんとかしろと言われそうだ」
「そ、そうですね……」
「ピアノの弦だけ交換して、朝比奈の魔法を試すのはどうかな?」
「やってみる価値はありそうです」
考えがまとまったが、ひとつ問題がある。
ピアノの弦をどうやって手に入れるかだ。
ルチフェロが言ったとおり、修道院周辺の95パーセントが壊滅状態というのなら、そもそもお店が実在する可能性が著しく低いということ。
アリスに相談してみるのも悪くないけど、地下鉄の噂も探さないといけないので、非常に悩ましい。
「そうだ。玉藻さんと連絡を取り合って、工房でピアノの弦を作ってもらえば解決できそう!」
「悪くない案だろうけど、どうやって連絡するんだ?」
「花音君、そこは心配しなくても大丈夫だよ。美術館で保管してある展示物のなかに、玉藻さんと直接やり取りすることができる噂がありますから!」
「強引だな……悪くはないけど」
代替案が思い浮かばなかった花音は、納得してくれた。
「それじゃあ、バステトさんに話をしましょうか」
私はピアノから離れると、出入り口付近で不安そうにしていたバステトに近づいた。
「ど、どうでしたかにゃ?」
「直すことは、出来るよ」
「ほっ……」
安心したバステトは、私に対して祈りの態度をとった。
「ピアノを修理して頂いたとしてにゃ、なんとお礼を申したらよろしいのか……」
「お駄賃はいりません。その代わり、お友達の探しものについて、ちょっとした協力をしてもらいたいです」
「協力……ですかにゃ?」
首を傾げるバステト、不思議そうに私の目を見つめる。
難しい物事を解決するためのお手伝いを望んではいないことは、読み取っている。
「具体的にはピアノの修理が完了してから、ということでお願いします」
私はぺこりと頭を下げると。
「わかりました、にゃ」
バステトは、出入り口の分厚い扉を開けた。
すると、華やかなピンク色の花びらが私のおでこに当たり、目が少しばかりかすんだ。
ちょっと眩しい太陽の光だ。
「こーちゃんが戻ってきた」
と、声が聞こえる。すぐ傍で、アリスとミモが待っている。
「こーちゃん、どうだった?」
気持ちせかせかしていたミモが寄ってくる。
「えっと……。シャルル神さまから、魔法を授かりました」
「こーちゃん、えっ? こーちゃんが、魔法使いに……」
「厳密にとらえるなら違うと思います。私の魔法は攻撃に使うものではないですから」
「こーちゃんの魔法、是非とも見せてほしいなー」
「魔法は地球だと一日の使用回数に限度あるから、いま使うのは勿体ないです」
「回数制限……。そっかあ……残念……」
ミモの頬が膨らんで、両肩がほんの少し下がる。
厳しめともいえる魔法の制限、すっかり忘れていたのだろう。
私は顔を引きつりながら笑い顔をみせると、ミモが大きく息を吐いた。
「話が逸れちゃうかもだけど、こーちゃんがシャルル神に帰依すること、どうして許可出したんだろうね」
「私、それ気になりました」
ささやかな疑問を抱いていた私は、ミモと一緒にアリスの顔に視線をおくる。
「それは我より花音のほうが、接点があるのだけど……」
「なんのこと? 僕に接点?」
「シャルル神のことですよ……」
アリスは、ふわふわと浮遊する花音にチラチラと目線が動いている。
「あー。……そういえば、朝比奈にはまだ伝えたことなかったことがあったね。別に、あのグランドピアノとは関係ないから」
空を見上げ、私との視線を逸らしていた花音の口元がブツブツと動いている。
よく耳をすませると、僕には関係ない。と言い続けている。
シャルル神さまが、花音と直接的な接点はないとまでは理解できるが……。
「私、花音君が何を隠しているのか気になって仕方ないです!」
「僕の口からはなにも出ないし、そんなことを考えるより列車の噂を探そうよ」
「花音の口から、どうやったら出てくるかな……」
「はぁ……朝比奈、僕のこと無理に探らなくてもよいのではないかな」
「花音が口を開かないなら、我が代わりに……。花音の妹は、シャルル神に帰依していて」
「しーっ。それ以上は、言わない約束交わしてくれる?」
ちょっぴり焦る花音は、アリスの口を抑え込むように両手をあてた。




