シャルル神
「被害はどのくらいあるのですか?」
「ゾンビになった割合かにゃ?」
指をくわえ、頭で数を数え始めるバステト。
頭部らへんの猫耳のシルエットが、ピクピク動いているのに視線を向け続けると、何かを閃いたような仕草でピタリと止まった。
「先日はあの辺が襲われて、だから……もう、ほぼ……」
「この修道院近隣での壊滅割合は、九十五パーセントほど、といったところでしょうか?」
バステトの足が止まったと思いきや、木の物陰からシスターの格好をした白髪の女性がバステトに近付いていった。
「バステトさんがお客様を連れ歩くという、珍しいこともあるのですね」
「ルチフェロ殿、ここにいるのはシャルル神のことが知りたいという訪問者でにゃ」
「とても珍しい、ね……くふふっ……」
白髮の女性は小声で笑うと、私と顔を合わせてきた。
よそ見でもしようかと思ったけど、間にあわなかった。
「わたくしのことは、ルチェ呼んでね」
「は、はい……」
挨拶だけで女性は離れていった。
あの雰囲気って……ルチフェロって実は天使なのでは……。
もしかして私、ルチフェロと親近感が湧いたかもしれない。
「こーちゃん、どうしたの?」
「なんでもないです。早くシャルル神さまのところに!」
「そんなに慌てなくとも、こっちだにゃ」
バステトは案内を再開すると、猫耳のシルエットがリズムを刻み始めた。
それをみてると、ワクワクするというか、なんだか楽しい気分になる。
「この先が、シャルル神を祈りを捧げる場となっておるのにゃ」
バステトが知らせると、私は適度な緊張感を得る。
「はい、行きます……!」
白い花がたくさん生えた花壇が両脇にある、煉瓦の道を突き進み、その先の分厚い扉をバステトが開けると……。
木製の床となっているの大部屋に、大きな円形の平べったい石があった。
「ここが祈りの場なのだ、にゃ」
バステトに腕を引っ張られた私は、石の上に乗ることになった。
「ここで天に向かって祈りを捧げるのだにゃ」
「ふむふむ……。これは?」
石の上には、太陽をモチーフにしたと思われる模様があった。
その模様は土台となっている石より、少し薄い色合いをした石が敷き詰められてそう見えるようにしているのだろう。
三角や丸の形に模様を切り抜いて、そこらあたりにはめ込んだのだと推測する。
「その太陽の模様は、シャルル神の鏡とも言われているのにゃ。シャルル神は、その鏡を目印にして世界に祝福を分け与える存在。修道院に入る者には必ず伝えていることでもある」
「子どもたちも、祈りを捧げるのですね……」
「そうだにゃ。あとは」
バステトの視線の先には、赤い線が入った白いピアノがあった。
「あのグランドピアノで、祝福を感謝する音色を奏でることもあった。ただ、最近は鳴らしていないのだけど、にゃ」
「鳴らしていない……とは……?」
「整備不足といったところかにゃ。直し手がいないのだ」
修道院の周辺に大きな被害をもたらしたせいで、ピアノを整備することができる職人の手がなくなってしまったとのこと。
でも、私はショックを受けなかった。
「ちょっと、みせてもらっても良いですか?」
「お願いしますと言いたいのは、やまやまなのだにゃ。だがあのピアノに触れて良いのは、シャルル神に認められた者だけで」
「では、先にお祈りですね。どこに立てばよろしいですか?」
バステトに熱い視線を送り込むと、黙って指をさしてくれた。
「立ちました」
「……天を見上げ、目を閉じて」
すーはー。
私はバステトの指示通りにやった。
正座で座り込み、祈る。立ち上がると、少し両手を広げて。
『見慣れぬ天使の小娘か』
図太い声がすると、すこし目を開けてしまった。
暖かい炎の羽。
美しい鳳凰のような頭部と胴体。
シャルル神が、そこにいた。
『祈りは本物で間違いない。……天使の小娘よ、神に何を望む?』
「……できたら、魔法ですね。祝福を分け与えることのできる、何かを奏でることができるようになりたいです」
『承知した。――神の手から祝福を分け与えよう』
シャルル神が羽ばたくと、二つの赤い球体が落ちる。
それは私の頭部に向かって一直線に。
ふわりと接触した。
えっ、なにこれ……?
呪文のような文字が、頭の中に入り込んできた。
見慣れない文字列。ほのかな光。
これが、魔法なのか。
私は感じ取った。神の祝福と、癒やしの術を。
授かったのは《聖療》と《騒光》だった。
前者は癒やしの力で傷を治して運も少し上昇、後者は音波を媒体として光を放つ魔法。
どちらも攻撃に使うようなものではないことを、一瞬で理解した。ゾンビに対しては、強力な打点に繋がってしまうのだろうけど……。
「――魔法を、この身に宿しました。ありがとうございます」
『貴様の魔力では一日、三回が限界だろう。世界に祝福を分け与えて精進するがよい』
「はい、シャルル神さまっ!」
口を動かさずとも、心を交わすことが出来た。
心でのやり取り故に、周囲には聞こえていないだろう。
羽ばたく音が聞こえてきたので、シャルル神は飛び去ったのだと実感する。
「どうだったにゃ?」
すぐ隣で祈っていたバステトが、問いかけてきた。
「うん、魔法を授かりました」
ここは正直に伝えた。
二種類の魔法を授かったこと、シャルル神に祈りが届いたことを。
バステトはとても驚いていたが、空を見上げると、納得した表情をみせていた。
シャルル神が落としたとされる炎の羽がひとつ、落ちてきたのである。




