浄化と修道院
シャルル神が飛んでいく先には、小さめの町があって、黒い草木がのうのうと揺れている。
そこで生い茂っているというよりかは、既に枯れてしまっていて成長が望めないという第一印象を受けた。
寂れた風景。ちっぽけにみえるゾンビの集団。
そのもし変えてくれるのなら。
特別な神様でもなければ……。
いや、なんとかなる?
私は目を疑う。
シャルル神が落とした、ぬくもりのある炎がそこにある。
それらが地面に落ちていくと、黒い草木は元気を取り戻したかのようにゆらゆらと揺れはじめたのである。
ゾンビの集団はきれいさっぱり消失していき、小さめの町には、あっという間に桃色の花が咲き乱れた。
「みるみるうちに、あたり一面が再生していって……凄いです……」
非の打ち所がない浄化の魔法。
これが、シャルル神のもつ力なのか――。
「私、帰依します、したいです。アリスはどこにいますか? この近辺に空船を着陸できるような地形はありませんかね」
「こーちゃんに気合いが入った……」
ミモはややドン引きしながらも、私の袖を引っ張った。
「こーちゃん、いまからアリスに知らせてくる」
と言ったミモは、バルコニーをあとにした。
「それにしても、シャルル神さま……ね……」
私は静かに両手を合わせて、祈っていた。
それは天に向かって。
まだまだ未熟とも思える、ピンク色の天使の羽を広げて。
「ふう……」
息を吐くと、両目を広げた。
「これは……演奏……?」
耳を澄ませると、ピアノの音が聞こえてきた。
花音が演奏しているかと思ったが、なんか違う。
弾き方が花音よりもだいぶソフトタッチ。私は周囲を見渡す。
あそこかな。
聞こえてきた方向を特定した。町外れにある、赤い屋根が特徴的な建造物。
あそこにシャルル神さまが? 降りていく。
私もいきたい、いかないといけない。
そんな衝動がいまにも走り出しそうだった。
「あれは赫の修道院。丁度、我々が探していた目的地でもある」
アリスがバルコニーに出てくる頃、空船が徐々に高度を落としていくようにみえた。
「探していたということは、やっぱり噂ですかね……」
「そうそう、噂です。あの赫の修道院の地下には、冥界へと誘う悪魔の列車と、駅がひとつ存在しているという噂が潜んでいます」
「シャルル神さまのことが気になるけど、噂にはご注意といったところかな?」
「丁度シャルル神が舞い降りてきているから、こちらにとって都合が良いといいますか」
「私がシャルル神さまについて接点をもって、その間にアリスとミモが地下の探索に向かうということでどうでしょうか?」
「こーちゃんは、修道院で帰依したいだけ?」
「それくらい、別に良いではないか。ただ、合流するタイミングをある程度決めたほうが、退散のことも考えて動きやすいと思いますが……」
アリスは着陸するまでに、入念なデモンストレーションを行うつもりだった。
それだけ、悪魔の列車は恐ろしい噂であること。そう捉えてしまっても大丈夫なのだろう。
……結局のところ、別行動はしないで三人で修道院へ向かうのが正しいと判断した。
出ることのできる方角は一方向のみ。
シャルル神との接点をしっかり持てば、修道院の者が、噂の問題に対しても何かと手を貸してくれるかもしれないという、期待が少し持てるからである。
「それじゃ、行きますよ」
町外れに着陸した空船は、さぞ最初からそこにあったかのように思わせるカモフラージュがなされている。
噂による認知阻害機能。玉藻から貰った噂のなかに、そんなものがあるとかないとか。
「あと、これも忘れずにして……」
アリスは美術館としての営業を意識してなのか、出入り口に『クローズ』という文字が書かれている看板を掛けた。
ここで営業開始するつもりなのだろうか。
私はそう思いながら森を歩いて行く。
向かうは、赫の修道院。
道は比較的整備されているので、とても歩きやすい。
シャルル神が炎を落としたお陰なのか、ゾンビの集団に襲われる心配もなく。
「こーちゃん、もう着いた」
建物の外壁が見えてきた。
「ここが赫の修道院」
華やかなピンク色の花びらが舞い上がる中庭には、子どもがわいわい遊んでいるのが目に映る。
パッとみた感じ、教会とあまり変わらないようにも思える。
「あら、どうしましたかにゃ?」
たまたま外周に咲いている花の手入れをしていた修道院の者に、声を掛けられた。
「私、シャルル神のことを詳しく知りたくて……」
同行していた二人を差し置いて前に出た私は、心の声を漏らしていた。
「なるほど……。優しさは本物ですね。ついてきてください、にゃ」
シスターの格好をした彼女の、耳元がピクッと動く。
立ち上がったと同時に、ちらっとだけみえた。
黒い猫耳が……。
もふもふで、ふさふさしてそうな。
「わたしはバステト。これからよろしくにゃ」
「はい。何卒よろしくお願いします」
私は頭を下げた。
感謝でいっぱいである。
「ところでそちらは……」
「ただのお友達です!」
「まぁ、良いかにゃ。くれぐれも、シャルル神には無礼のないように」
アリスとミモは、何故か冷や汗をかいていた。
何か見抜いているかもしれないことは否定できないが、私が本気でシャルル神にお近づきになりたいと申し出た故に、黙認されている。……っぽくみえた。
といっても、この二人ならシャルル神に悪さはしないだろう。
仮に悪さをしようというのならば、私が立ちはだかるだろうし。
「さてと、修道院への入り口はこちらです」
バステトに道案内される。その道中、中庭で遊んでいた子どもたちがこちらの様子を少し気になっている様子だった。
「朝比奈、なんだか楽しそうだね」
ひょいっと現れた花音は、鼻で笑っていた。
「そんなこと……ないと思いたい……」
照れているのは、頬に出てしまっている。
「けど……」
「朝比奈、あれってたぶん孤児かも。あれは結構、お世話が大変そうだ」
「えっと、孤児……?」
「僕にはそう見える」
花音が不思議そうな顔で、子どもたちの様子を見守る。
「あの、すみません。あの子ども達って……」
「全員とは言い難いけど、大半は親をなくした孤児なのだにゃ。町や近隣に住んでいた子どもがゾンビになってしまわないように、修道院でお世話しているのだ」
バステトは真面目に応答する。
ゾンビになれば、無差別に襲いかかる脅威の存在となりうる。
その認識は、この修道院でも同じだった。




