掃除しよう
ゲームの噂
翌日の放課後。
旧校舎の音楽室で稼働している、真新しい掃除機の音が鳴り響いていた。
「朝比奈、それいつの間に用意したんだい?」
何の変哲もない顔をする花音は、ピアノの演奏をしないで掃除しているところを見守っていた。
「職員室に行ったら男の先生が譲ってくれました。少し手間取りましたが……」
掃除機を両手で握りしめる私は、花音との距離に少しばかり警戒していた。
昨日もそうだったけど、会話する際に花音との顔が近いのはどうしてだろうか。私に対して何かしらの好感をもってくれるのは、確かに嬉しいけれど。
なんというか。
私が半分死んでいる身体だから心配なのかな、やっぱり。
「あの、花音くんっ……」
「どうしたの?」
花音の顔が、さらに急接近する。
「か、花音くんって、どうしてここに住み込んでしまっているのですか……」
あっ……。
これはマズイ。
とてつもなく残念なことを聞いてしまった気がする。
「僕がここに居座る理由かぁ……」
真面目に答えようとしている花音には申し訳ないけれど、本当に聞きたかったことはこれじゃない。
私は首を何度も横に振るが、ただ恥ずかしがっているようにしかみえてなさそうだ。
「どこから喋るべきなのか、何処まで喋ってよいのかとか難しいところだけど、僕はもともと貴族だったんだよ」
「貴族……ということは、お金持ちのお坊さまとか……」
「そうだよ。そこにあるグランドピアノや、防音壁、いま掃除機をかけているカーペットなんかはね、所有元を辿るとぜんぶ僕の家系が用意した寄贈品に該当する」
「ふーん……。ちょっとは興味深い内容のような……」
「いま話せることは、これくらいだけ」
花音はそっぽを向き、窓の外の景色を眺めはじめる。
「はい……。ありがとうございます……」
ゴクリ――。
私は、息を呑む。
花音のもっていた秘密ってこれだけ?
きっと違うはずだ。絶対に隠していることがあることくらい、私でもわかる。
でも、いま知る必要がないから会話を途切れさせたんだと思うと、花音は何かしら私に気遣ってくれているのかも。
「続きを言えるようになったら、また教えてくださいね」
「そうだなー」
なんか全然顔をみせてくれなくなったけど、照れ隠しかな?
ひとまず掃除機はかけ終わったので、いったん電源を切っておく。
「そういえば、朝比奈はどうしてここに来たのかな?」
「単純に、学校の噂でですね」
「音楽室から流れているピアノの音色を七回聴き終えると、幸福になれる」
「そう、それ!」
「幸福って、何を望んだんだ?」
「そ、そうねっ……」
イケメン男子と付き合いたい、なんて。
絶対に言えない状況だ、これ……。
「僕みたいな、イケメン男子との付き合いが欲しいとか?」
「うぐっ……」
ズバっと、的中すぎることを言われた。
この場でひざまずく私に対して、あざ笑う花音。
「もう、どうしてわかるのよ!」
「ただの直感さ。だいたいの女子はこれが目的で旧校舎の音楽室に訪れるからさぁー」
「この学校での有名な噂って、みんな聞きつけてるの……?」
「人間、そんなものじゃない? でも、七回も聞いた者は朝比奈以外いなかった」
「……九回も音楽を聞いたのも私だけ?」
「まぁ、そうなるね」
花音が、真剣な表情でこちらを見つめてくる。
みんな幸福を求めて、試してみたい欲求にあったのは事実なんだ。でも、実行力があったのは私だけってことか……。
そんな私が出来ること――。
言われたままにやる、放課後の掃除当番。
残念すぎるよ、私の人生。もう半分死んじゃってるらしいけど。
「私、ごみ出しをしてきます。なので、ちょっとお席を外しますね!」
苦笑いしながら、掃除機のフタを外した。
「もう取っちゃうの?」
「それだけホコリがいっぱいあったということです。あとは、掃除初日だし、掃除当番の段取りや効率も追求しときたいのっ!」
袋の取り換えを行い、フタをして、ゴミ出しに向かうのである。
「そっかー。気をつけて行ってね」
「うん。行ってくる」
花音の言葉を耳にしていた私は、パンパンに膨れ上がった袋を持ち、下駄箱に足を運ぶ。
今日は教室のゴミの取り換えを行った日だから、大きなゴミ袋があるはず。適当に大きなゴミ袋を開けて、そこに捨てるつもりでいた。
「校内だからか知らないけど、鍵が常に開けっ放しなんだよね。ここって」
下駄箱の近くにある柵を開けると、予想通り、ゴミ袋は大量に置いてあった。
早速ゴミを捨てて、立ち去ろうとすると。
「ちょっとそこのお嬢さん、話がある」
背の高い男子高校生が現れて、柵に手を掛けながら大げさなため息をする。
胸元の名札をみる限り、二年生といったところか。今年度に入学した一年生は赤、二年生は青、三年生が緑。色で判別することが可能だ。
そして、この男子高校生とは、いままで面識がない。過去に会った記憶なんてひとかけらも存在していない。
これ、どういう展開なんですか。
ポカンと口が空いた私は、頭の中が真っ白になる。