野外演奏
「夏実を返して!」
「うふふ。この子達はね、ワタシが噂のコレクションとして集めたいと思っただけさ。あの少年のことも大事に扱うつもりだから冷たい顔をしないでね」
「……噂の怪盗ネプチューン。貴方は絶対に許しません!」
死神の斧を大きき振り回して、ネプチューンを斬りかかろうとする。
しかし、空を切ってなにも起こらなかった。
「攻撃が外れた?」
「こーちゃん、あの人、予め幻覚魔法を使っていたかも」
「そこの悪魔は鋭いわね。お喋りはこの辺りで切ろうかしら」
次なる戦術に移るネプチューンは、小声で何かを唱え始める。
「こーちゃん、あれが魔法だよ。気をつけて」
「うん、わかった……」
私は死神の斧を身構えて、警戒する。
「さぁ、いくわよ!」
ネプチューンが詠唱を終えると、よく見慣れた黒いグランドピアノが、目の前に現れたのである。
「これでも屋外に設営した音楽室のつもりなのよ。七回聴くと幸福が訪れる階段ピアノの噂、ぜひ聞かせてほしいからねっ!」
ネプチューンから、要望が飛んできた。
イエスかノーかと言われたら。
「……わかりました」
ピアノの演奏を始める為に、私は黒いグランドピアノに近づいた。
「こーちゃん!」
「安心して。私を、信じてください」
椅子に深く座り込むと、その場で深呼吸した。
それから、鍵盤に両手を添えて。
躊躇なく演奏を始めた。
一曲目は賑やかを意識した選曲を行った。
「ふーん、知らない不協和音なこと」
やや渋いコメントが飛んできたが、あまり気にせず、二曲目に入る。
「また知らない楽曲なこと。のどかな雰囲気が不協和音で台無しじゃないの?」
選曲の権利はこちらにあるので、気にしないで三曲目に入った。
「素晴らしいロックね。ところどころおかしい不協和音あるけど」
ここに来て褒めるネプチューン。
あと、どこかで崩れる音が聞こえたが、次の曲を演奏し始める。
「……まだ、四個目? 長くない?」
もう痺れを切らしかけていたネプチューンは、ため息をもらす。
流石に少し気を遣って、ロック系の連奏をした。ところどころ不協和音があるけど、おそらく口出しはされないだろう。
またまたどこかで崩れる音が聞こえたが、もう関係ない。
「次は……五回目?」
「そうですね。では、はじめます。これが不幸の九曲目になります」
私が演奏を開始すると同時に、ネプチューンは両手で自らの首を押さえつけた。
「あぐぁ……。ど、どうなっているの!」
「教えてほしいですか? それならお答えしましょう。はじめの四曲、左手と右手で別々の楽曲を演奏していたのよ!」
「な、なんだって!」
ネプチューンは度肝を抜かれていた。
二曲を同時に演奏する行為を四回してから、最後にひとつ演奏することで、幸福に到達することなく不幸がやってくるという狙い。
理屈通りいくのは賭けでもあったが、ネプチューンのもがく姿をみる限り成功とみた。
「たすけて、魔法、魔法の使える回数が、残っていない!」
「魔法? なんですかそれは」
「こーちゃんは知らないんだっけ。地球に魔力ってなかなか浸透しないものでして、故に大魔法使いでも一日でも数回発生させるのが限度なのです」
「なるほど……お勉強になりました」
「くそっ、なめあがっええ……」
ネプチューンの身体がどんどん小さくなって、園児くらいのサイズ感になってしまった。
これなら捕獲しやすいと判断したのか、コクバがのこのこと現れてはネプチューンの両手をがっしり掴んだ。
「あやかし将軍を脅かす脅威、確保完了です」
「おぼえてろ!」
「感謝とともに、いくつかの噂を報酬として出そうと思います。彼らの犠牲はつきものでしたが」
「犠牲……」
私は、しゃがんでいるミモの様子を見守る。
「夏実……」
石像は綺麗に崩れきっていた。ミモが手を入れて、リコーダーと銃を回収すると、こちらに寄ってくる。
「ごめんなさい。魔女さんたち、ゾンビでなくなってたから修復しないんだ」
「そう……この銃とかどうする?」
「噂だから、魔法より重要で間違いないから寄贈だね。こーちゃん、ついでにちょっと……」
ミモが、ネプチューンの動機について口を開いた。
地球では、魔法の使用回数に何らかの制限が課せられている。
一歩で、条件が揃えば何度でも発動する噂が重要視されるのは目に見えてわかる。だから、ネプチューンは噂に定着したのか。
夏実はどうしたら助けられたのか。
その答えは私にはわからない。
少しその場で考えこんでいると、黒いグランドピアノの前に見慣れた姿の男の子が現れて……。
「朝比奈、このグランドピアノで不幸だけを奏でるのは、今回だけに留めておくように」
花音から忠告を受け取った。
けど、彼の顔つきはどこか和やかでいつも通りとも言えた。




