一匹狼の噂
私とミモは、目標地点に向かって一直線。
すぐに地面が見えたので、両足を揃えてゆっくり着陸した。
ここに、噂の怪盗が潜んでいるらしい。
怪盗に連れ去られた花音は、きっとこのあたりにいる。
「ふん。お前は、ガラクタの場所で会った以来だな?」
「その声は……夏実のお兄さん……」
私は、一匹狼の噂を観測する。
リコーダーを握りしめている赤い髪の青年が、犬のような耳を生やしていた。
「貴方のリコーダーを、回収しに来ました」
花音のことそっちのけで、死神の斧を手に取った。
この赤い髪の青年を倒して、リコーダーを手に取らないと……。
「小鳥ちゃんは、手を出さないで。これは笹倉家の問題だから」
私の視線に見覚えのある銃が目に入り、踏み出そうとしていた足が止まった。
魔女の帽子に、笹倉家という言動。どうみても夏実だった。
「夏実さん、無難だったのですね?」
「……小鳥ちゃんは待機していて。噂にのみこまれたお兄さんは、この手で倒さないといけないから」
「そんなこと、妹ができるはずがない。この身が一匹狼の噂になったところで、実害がないのだからね」
「うるさい!!」
冷静さにかけていた夏実は、容赦なく銃口を赤い髪の青年に向ける。
「妹よ、一匹狼の噂って把握している?」
「月が出ている夜に音を奏でて、魔力をかき集める。膨大に集まった魔力を使って、混沌を生み出しては異界の地に旅立ち、それを繰り返す」
「その通りだ。素晴らしい」
「こんなお兄ちゃん、全然すごくない……から……」
夏実は、ため息を吐く。
「そんなお兄ちゃんは、わたしが絶対に止める。たとえどんなことがあっても、よくない噂として活動するのだけは許さない!」
夏実は引き金を引いた。
「ふん、戦うか。ならば仕方ない」
夏実の銃は、軽やかに体を回転させつつ避けていく。
冷静さを失っているぶん、避けやすいのか、次第に夏実と距離を近づける。
「ほらほら。近距離戦に持ち込んでも、当たらなければ意味が無いんだよ」
素早い蹴りが入って、的確に銃が真上に吹き飛んでいく。
「妹よ、とめたい意志はその程度か?」
「くっ……」
夏実には為す術がないのか。ただ、見守っているだけっていうのは、勿体ない。
この羽を動かして、飛んでいく銃を掴みに行く私。
「夏実さん、受け取って。夏実さんなら絶対できる!」
「小鳥ちゃん!?」
私は片手を必死に伸ばして、銃の先端を掴むと、そのまま夏実が立っている方向へ全力で投げた。
「小鳥ちゃんから……受け取った。近距離なら、当てれる!」
次の一撃にすべてをかけると決めた夏実は、銃を手早く構えなおして引き金を引いた。
噂に効くであろう攻撃は、夏実のお兄ちゃんを助けることが――。
「やはり、その程度か」
身代わりにしたのだろう。赤い髪の青年が持っていたのは、ひび割れた赤いブローチ。
夏実の身体、足元から少しずつ石みたいな色味に変色していく。
「えっ、なにこれ……」
「まもなく、意志の噂が発動する」
「意志の……噂……?」
「気づいてないのか? このひび割れた赤いブローチだよ。割れると、噂が発動するように仕組まれているんだよ」
「えっと、じゃあ……わたしの負け……?」
「勝ち負けなんて必要ない。代償を受けるのは俺も同じなのだから」
夏実と、夏実の兄は、徐々に身体が石へと変化していく。
「そんな……」
「これで、よかったのだろう。ネプチューン」
「お兄ちゃんを……助けたかった……」
夏実は、石像へと変貌を遂げた。
同じく石像へと変貌した兄に、銃口を向けて。
「夏実……?」
ゆったりと降りる私が声を掛けるも、返事は返ってこない。
「夏実、大丈夫なの!?」
「こーちゃん、魔女とその兄は……ただの噂になっている……意志の噂によって身体が石になっているんだ」
「ふふふ、実に素晴らしい。我が音楽室のオープニングイベントにふさわしい結果をもたらしたわ」
ネプチューンは、私たちを歓迎していた。
大きく両手を広げて、大胆に。




