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怪談ピアノの掃除当番  作者: 愛原ひかな
Ⅲ 噂の大怪盗
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卒業の儀



 ――教会には、灯火が点火されていて。


 静粛に見守る者が数名、長い椅子に座っていた。


「これより、卒業の儀を行う」


 私は、ゆっくりとレッドカーペットを進む。


「……本当にすまない。いまこの場だけ、死神としてではなく、奏宮高校の先輩として詫びたいのだ」


「いえ、形だけでも良い方向に導いてくれるのならば……。それだけで十分です」


「そうか。……いまから口を謹んで欲しいが、その前に心配ごとがあれば小声で言って」


「それなら一つだけ、キッパリと聞いちゃいます。――なんで急に卒業式をしようとなったのですか? まだちゃんとした根拠が聞けていませんよ?」


「ミモと交渉して、魔界から魔力をお前に注ぎ込むことにした。天使というのは、神様が近くにいないと上手く力を発揮できなくてな。密接の度合いは噂ほど必要ではないが、いざとなったら必要になるだろうと総合的な観点からだ」


「はい……」


 この卒業というのは、人間としての意味か。


 そして私は逃げられない。いや、逃げても行く当てがないから逃げる意味はないか。


 だがしかし、これから明らかに怖い思いをしそうなのが目に見ていてた。


「では、始めるとするか」


 アリスは息を吐くと、灯火が幾つか消えた。


「う……はいっ……」


 薄暗くなった教会で、目を瞑る。


 ――閉じた筈なのに。


 どーんと押し寄せてくる。


 黒くておおっきい、ひとつ目玉。


「えっ……」


 この目玉は、死神だとすぐに理解する。


 アリスがこんな姿に見えている、ということは。


 死神から目を逸らすと、悪魔がいた。


 そして、悪魔の背後だ。青いダイヤの結晶体が浮かび上がると、ぐるぐると回る黒い羽の集合体が現れた。


 こんなの、本当に卒業と呼べるのかな。


 胸元が徐々にざわめいていく。


「うぐぁ……」


 突然、左肩に鋭い矢が突き刺さるような痛みが発生した。


 思わずひざまずく。


 怖い、痛い、苦しい。


 アリス。

 ミモ。

 クロハ。


 三人が周囲にいることを。


 私なりにわかっているはずなのに。


 どうしても、恐怖心が勝る。


「あがっ――あががががっぁああああっ――!」


 今度は右腕に、大きく引き裂かれそうになる負荷が掛けられた。


「あああっ、あああ――」


 私は声を上げて、全身を震えさせていた。


「あああ――」


 ああ――。


 あ……。


 ああ……。


 痛みとともに、もうなにもかもわからなくなってきそうだ。



『よし、体内の宝石にこじ開けた魔界とのゲートを極限まで小さくしよう』


『はいっ。――ってこーちゃん、大丈夫?』


『身体がゾンビ化していないから、命には別状ないとみている』


『そっか……。こーちゃんも、痛みに耐えたね。お疲れさまでした』


『この天使、本当に大丈夫なの?』


『クロハちゃんだっけ? 心配性なのかな?』


『別に……ただ……』


『ただ……?』


『魔力を体内にため込むことができる人間なんて聞いたことない。あやかし将軍の智恵袋にすら類似する事例が存在しないというのに』


『こーちゃんはどっちかというと、前例がないから突き進めるんだよ』


『どういうことです……?』


『詳しくは、夏実という魔女さんが一番知っているかもだけど』


『ここにいる者ではわからないということ? あやかし将軍でも?』


『そんなところです』


『はい、そこお喋りしない。面舵いっぱい切るから注意して』


『そうですね注意です。こーちゃんが起きるまでは油断大敵を忘れないように……』



 微かに、リコーダーの音が耳に届いた気がした。


「うっ……うん?」


 目を開けると、仰向けに寝かされていた。


 身体を起こすと、教会の長椅子で寝かされていたことを理解した。


「あれ……。身体はなんともなくて……」


 死んだような気がしたけど、やはり幻覚であったか。


 痛みも嘘のように感じない。


「こーちゃん、起きたね」


 悪魔の羽を出してふわふわと宙に舞うミモが、心配そうにしていた。


「この身体は大丈夫です」

 とだけ伝えると、ミモはニッコリした。


「いま空船は、目標地点の学校の頭上で待機している状態だよ。いまから、一匹狼の噂と接触を図るんだね?」


「目標物であるリコーダーを回収、ですね。花音と夏実もいたら良かったのに……」


「戦力は多いほうがよかったのは、こちらも同意見です。こーちゃんが眠っているあいだにもう一度情報を整頓して理解したのですが、魔女が兄だと言っていたゾンビが噂になってしまったというのなら、悪魔にとって反逆扱い当然ですから容赦できません。それに」


「それに……?」


「死神の口から出ていたルーラという存在もまた、気になるのです」


「ふーん」


 今わかることは、前を見るしかないということだけである。


 目標を満たしたら、さっさと退散することも視野に入る。


「こーちゃん、いまです」


「はいっ!」


 ミモと手を繋ぎ、手早く息を整え――。


「いっせーのーでー」


 教会から飛び降りた私は、ピンク色に染まる天使の羽を出して、屋上に着陸できるよう意識を向けた。



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