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怪談ピアノの掃除当番  作者: 愛原ひかな
Ⅱ 幸福のピアノ
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幸福ピアノの噂話


 まだ営業していない、噂を取り扱う美術館。


 その上層部には、隠れた教会があって、時折華やかなで美しいピアノの音色が流れることがある。


 そのピアノは天使が弾いているとされ、七回目の演奏の際には、さぞ可愛らしい女の子の天使の姿が見えるとともに幸福を与えると噂がある。


 しかし、欲張り続けて九回目の演奏を聴いてしまうと、悪魔が現れて不幸が訪れるという、言わば呪いともいえる怪奇が発生する。


「……なんて噂があったら、お客様は集まって来そうかな?」


 ピアノの前に座り込んでいる私は、実体験を元に語っていた。


「こーちゃんが考える噂、とてもキレがあります」


「ありがとう!」


 ミモからお褒めの言葉に感謝して、頭のなでなでを贈呈します。


 ミモは何一つ抵抗することなく、私からのなでなでを受け入れてくれた。


「負けてられません……!」


 夏実のターンは一番最後なので、やる気スイッチが着火するのではと想定していたが、案の定そうなった。


「次はミモの番……!」


「さぁ、どんと来てね」


 私が煽り、ミモが緊張し始める。


 やはりこちらのほうが、大人しく時間潰しが出来そう。


 魔女の噂を食い止めるお遊びが終わると、架空の噂をつくる競い合いが始まっていた。


「あたしが考えたのは、これです!」


 何処かの空を優雅に飛び続ける大きな船には、幸福にするお宝あり。


 だが、侵入者を拒むように無数のゾンビが眠りから覚める罠がある。


 それらをかいくぐれは、お宝のピアノは目の前だ。


 椅子に座り、ミュージックスタート。


 ピアノを奏でるあいだはゾンビに襲われず、幸福の恩恵を受け続ける。


 でも、幸福の恩恵を受け続けること九曲目。


 すぐ近くの棺桶から不幸と厄災をもたらす邪神が目を覚ますだろう。


「……どうかな。こーちゃんのセンスが高くてイマイチだった?」


「うん、よかった」


「ほんとう? ふぅ……」


 ミモは緊張がほぐれてひと息つく。


「ぬぬぬ……」


 夏実は納得してない素振りをしていた。


「やっとわたしの番ね。魔女の力、見せてあげます!」


 この世界のどこかに、恋する乙女しか入れない秘密の教会がある。


 教会にはさぞ古いピアノが設置されており、気紛れで精霊が現れる。


 大空に舞い上がる無気力な音色は、最果ての冒険に出たばかり。


 自分探しで正解なのかは、誰にもわからない。

 止まらない時計の針は、刻み続ける。


 朝日が音符を照らしていく。


 無気力を溶かして、音色は輝きを取り戻す。


 美しい賑やかな音色は、大らかな冒険の真っ只中。

 雲ひとつない快晴で突風が吹き荒れて、音色の後押しする。


 聞こえてくる歌に合わせたような形で、ピアノが鳴り続ける。


 そのまま一曲目を聞き終えると、二曲目がはじまる。


 行きたかったけど、行けてしまった。

 そう、ここだ。理想郷だ。


 幸せへの階段を、登り始めた。

 さぁ、手を伸ばしてごらん。


 三曲目――。


 製造する工房が一つだけありましたー。

 そこには、立派な職人がいましたー。


 その職人はある日、ひとりの小娘を拾います。

 大きくなるまで育てます。


 ある日を境として、成長に大きな変化が訪れなくなりました。

 少女はひとりでも生きていけるくらいには大きくなって、命が朽ち果てていく職人。

 やがて職人はゾンビになってしまう。

 死んでも死にきれない決まり文句。


 この世でのゾンビは、永遠。


 ゾンビなんて予め敷かれたレール上でのみ、人生を歩むことしか出来なくなるようなもの。

 神さまの――力なしでは、ゾンビの活動を停止させることは不可能。

 職人はこの日を機会に、育てた少女とは距離をおきました。


 その少女はというと……?

 ――ふふふ。それは、私のことですか?


 四曲目は――。

 悲しい。

 辛い、苦しい。

 いつしか、私もゾンビになっていた。


 流石に食糧危機にまで陥るとは思っていなかったけど、まさかここまでかとはね。

 そんな日々が過ぎていったある日、この村に神様がやってきた。


 そういえば、墓守のことを神様っていうんだっけな。

 正確には神様の一部分だったか。


 ゾンビを埋葬して生計を立てているという、さぞ不思議な職業。本当に神様と繋がっているかなんてわからないけど、この村の敵であることは理解している。


 ああ、ひとり、またひとりと埋葬されていく。

 この村に住んでいる者は皆、神様にとってただの餌なのか。


 恐怖を覚えて、逃げ出そうとする村人もいた。

 でも、逃げ出そうとした者は皆、喰われちゃったね。


 白き羽をもつ天使に。

 骸骨の頭部をさらけ出す、大きな羽を生やした天使たちに。


 五――目――。


「妹よ、下がれ!」


 ――お兄ちゃんの声がした。

 咄嗟にゾンビと距離を取る私は、涙を右手で拭く。


 その直後、銃声が聞こえてきた。


「ああっ、でも……まだだ……」


 頭部に銃弾が撃ち込まれたゾンビ。たしかに致命傷を受けたはずだった。でも、辛うじて動いている。


 墓守……ショベル……。

 私はショベルを構える。私のショベルはちょっと特殊で、ショベルの形を意識して手を握ると、勝手に出て来てくれる。


「よし、これなら…………!」


 ショベルを振った私は、ゾンビの頭部を大きく叩く。すると、ゾンビは吹っ飛ぶことなくその場で固まってしまう。


 まるで時間停止したかのように。

 でも、これは時間停止ではないだろう。

 幸せの階段を、私は踏み外していなかった。


 六曲目。


 天使の歌が聞こえる。

 ここは天国。きっと幸せへの門は近い。

 恋する乙女は宝石そのもの。


 精霊達が祝福してくれる。

 夢みたいな幸福は永遠に終わらないでほしい。


 そして、七曲目。

 未来を恐れず汝の身を世に放れば、報いの神なる妖精が迎えに来るだろう。


「どやっ!」


 自画自賛する夏実は、自身が妄想した世界に入りすぎている様子だった。


 これを評価するのは難しいというか、噂にしては具体性を持たせすぎて弱い噂になるかもしれない。


「うーんと……」


「こーちゃん、これはどう判定したら」


 私も困るが、ミモも同様に困っていた。


 つまり……意見に相違がないということ……。


「夏実さんだけ、やり直し」


「ぐぬっ。小鳥ちゃん……厳しくなったね……」


「厳しいというよりかは、噂としてまとまりがないのです。たしかに夏実さんは噂を作れるみたいな雰囲気ありましたけど、もしかしてセンスないのでは?」


「ぐはっ……」


 その場でひざまずく夏実。これは、クリーンヒットした証。


 助けを求めでミモに近付いていくが、ミモは振り向いて視線を合わせようともしなかった。


「どうして顔を合わせてくれないの……?」


「こーちゃんと違って、魔女さんは慣性を磨きあげる必要があるのは事実です……」


「ミモさんまで酷いことを!」


 夏実は泣きじゃくる寸前まで追い込まれていた。


「こうなったら、ゲームを噂をもう一度使って……」


 夏実はセンスがあることを証明したいのだろうか。


 ゲームの噂として存在していた、緑髪の美少女が夏実の持っていたスケッチブックから飛び出してくる。


「お兄ちゃん……お兄ちゃんはどこ……?」


 記憶が飛んでいるのか。


 なんとなく、台詞を繰り返されているような気がした。


 この後は一直線にこちらへ近付いてきて、ろりさまと会話して、噂のゲームに吸い込まれていく。


『そうはさせないよ!』


 と言わんばかりに私は、ピアノの演奏を始めようと試みる。



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