死神アリスの冒険記_その4
「やっほー。新米さんだー」
扉を開けると、金色のツインテールの髪をふわっと揺らす制服姿の女の子が、アリスに向けて飛び込んできた。
思わぬ奇襲に、腰が引けてしまった。
「わわわ……」
「あっ、驚かせちゃった?」
アリスと少し距離をとる金髪の女の子は、不思議がる様子でこちらをみていた。
尻もちはつかなかったけれど、とても驚いたことに変わりはない。
とりあえず、自己紹介しないと――。
「アリスです。よ、よろしくお願いします!」
不器用ながら手を差し向ける。
すると、金髪の女の子はしっかりと手を握ってきた。
「レーラだよ。よろしくー」
ぶんぶんと、腕を縦方向に揺さぶってくる。
とても活発で明るそうなお方だ。そういえば、クズモがレーラの名前を口に出していたような気がする。となれば、もうひとりいるのかな?
アリスは、建物の中に注意深く目を向けてみた。
シンプルな木のカウンターに、いくつか段ボールが置いてあるのが見受けられた。
だがしかし、他に誰もいないような様子だった。
もしかしたら、どこかに出かけているのかもしれない。
「えっと……。仕事場には、もうひとりいると伺っていたのですが……」
念のため聞いてみる。
「えっとね、キキョウは丁度配達中だよー」
「へえー」
もうひとりのお方はキキョウと言うのか。
クズモと、レーラに、キキョウさん。アリスは、これからお世話になるお方の名前を、頭の中で復唱した。
短い期限なんだけど。
「レーラさんとの挨拶も交わしたみたいだから、制服にお着替えするか?」
「クズモさん……そうですね!」
制服に着替えないことには、配達員としてのお仕事が始まらないので、更衣室に案内された。
「サイズはどんなのが良いのか」
クズモはタンスの引き出しを片っ端から開ける。
そこには、茶色い制服がずらり。といっても、サイズは三種類くらい。
「なんかいっぱいありますね……」
「多少汚れても大丈夫なように、洗い替え用をここに保管しているんだぞ」
一着だけ手に取ったクズモは、アリスの身体に制服をあわせようとする。
「なるほど……」
思わず納得の声が漏れたアリスは、クズモから少し顔を逸らす。
クズモは間近でみるとイカツイ顔をしているのがよく分かる。その顔を見続けるのは照れくさいというか、なんとなく恥ずかしい。
……というか、あの口調で女だったの少し意外だった。
ざっくり言うならクール系に値するのだろう。
時々お姉さまぶるかもだけど、あまり気にしないでおこう。
アリスから見ても年上でしょうし……。
本人に言ったら死神であっても、普通に怒られそうだけど。
「たぶんこれ、ぴったりだから着てみたら」
「ひ、ひとりで着替えれますから……!」
顔をほのかに赤くしたアリスは、窓のある方向に顔を逸らした。
外にいる小鳥とかに助けを求めるつもりはないけれど、なんというか――この気持ち。
学生服にサイズ合わせるドキドキ感に似ているというか。
「まだ着替えないのか?」
クズモは少し頭を傾げる。
戸惑っても仕方ないか。
「き、着替えますのでいまはひとりにさせてください!」
アリスは、クズモの背中をぽんと押す。
「どうしたのだ?」
「クズモさん、ちょっとごめんなさい! アリス、冷静になりますから!」
アリスはその場で叫びだした。
勢いよくクズモを更衣室から追い出すと、ドアを閉めてしまった。
「えーと、ちょっと……?」
「サイズは合うやつで良いんだよね?」
「一応そうだけど」
困り顔になってそうなクズモの顔を容易く想像できるが、みたくはない。
さっさと着替えて、表に出ないと。
まずは、アリス自身にあったサイズの制服を手に取らないといけない。といっても、探し回るほどでもなさそうかもしれない。
そう確信していた。案の定、引き出しの中身をチェックすると、ぴったりと思われるサイズの制服がすぐに見つかった。
「どうかな……?」
袖を合わせて、足元を確認する。
胸元が少しだけ窮屈かもしれないけれど、アリスに合うのは真ん中のサイズとみた。さっき聞いたとおり三種類しか比較対象がなかったので、探すのは想像以上に容易かった。
有益な小さい情報を耳にしておいてよかったかもしれない。
単なる偶然かもだけど。
「じゃーん!」
制服に着替え終わったアリスは、クズモに見せびらかそうとしてドアを開けた。
「アリスさん、とても似合ってるぞ」
クズモは両手を合わせてパチッと叩く。
「そうでしょ!」
その場で一回転して、スカートを揺らすアリスはにこやかになっていた。すっかり緊張がほぐれているとクズモの目に映ったのか、着替える前と比較すると表情がやや穏やかになっていた。
あと気づいたことがある。体感だが、思ったより軽やかに回れたような気がした。
これなら業務内容が想像よりも重労働になってしまっても大丈夫そうだ。
「……実はいうと、アリスさんは数カ月前からスカウト候補だったのだ」
両目を閉じるクズモは満足そうな表情をみせる。
これはおそらくクズモの手によってというよりかは、もっと上の立場の息が掛かっていた?
でも、どうしてアリスなのだろうか。
そもそも、候補に入っていた基準とかまったく知らないし。
「そのことについてはおいおい話すとして」
クズモは段ボールの中身を気にしていた。
ここにあるということは、アリス宛。これからのアリスに必要なものが入っているということになる。
あんな城の状態で来たわけだから、なおさら都合の良いものが入っていないと困るという……。
「あ、開けますね」
つばを呑んだアリスは、慎重に段ボールを開けた。
想定される中身とは。
クズモとレーラが隣で黙り込む。
「これは……」
取り出したのは、黒いウサギのかぶり物だった。
それともうひとつ。縦ラインにリボンがいくつか入っている黒いドレスがあった。
手に取った柔らかめの肌触り。これは間違いなく、アリスのものだ。
「これまた素敵な衣装なことだ」
「そうかな。クズモさんに言われるとちょっぴり照れくさくなります」
……記憶にございません。死神としては。
でも実際、アリスの記憶上では、か弱い思いでとして存在する。
この衣装は、アリスの噂を増幅させて魔法の威力をあげる思い入れのあるもの。
でも、いつからか着ていない。
なんでだろう。
魔法は存在と使用方法を知れば便利なものなのに。
ただ、ひとつだけ思い当たることはある。
「――アリスの得意魔法です!」
正確にはアリスは人形の噂なんだけど。
自分の意志で着せ替え人形みたいに……。
「レーラ、とにかくアリスさんがそれ着てるところ見てみたい!」
「それはちょっと……」
好奇心のおもむくまま、押し寄せてくるレーラは目が輝いていた。
「アリスさんはどんな魔法を使えるの? レーラ、そっちも気になる!」
「えーっと、それは機会があれば――」
「そうですね……。アリスさんが困り顔になってますよ」
「あっ。――レーラ、そんなつもりなかった」
「アリスは大丈夫だけど。クズモさん……ありがとう……」
「いまは業務時間ですしね。そうだ、手が空いているのなら、あっちの荷物の配達に行ってもらえないか?」
クズモが指さしをした方向には、別の段ボール箱があった。
アリス宛ての衣装が入っていた段ボールと比べてみてもひとまわりくらい小さいだけで、重量はさほど変わりなさそうだった。
「それを今からとなり町の西区にある、銀の聖堂に届けてほしいの」
クズモが予め引き受けていた依頼だ。
それがアリスにとってのはじめてのお仕事となる。




