死神アリスの冒険記_その3
「アリス、もしかして自覚はあったのか?」
男性が問いかけてきた。
「確信がもてなかった」
「そうか……」
「ここから、レジスタンスの組織がある場所まで、どのくらいの距離にあるの……?」
話題を切り替えて、余計な情報は今後流すつもりでいこう。
「レジスタンスに行くのは、やめたまえ」
「何故ですか……?」
「アリスと敵対関係になるからだよ。レジスタンスには、ルーラとやらが率いる部隊が隠れている。その仲間になる……ということを考えているのであれば、誰も止めはしないが……」
「忠告ありがとうございます。では、この近辺で移動手段に優れている装置とか何かありませんでしょうか?」
「それは大人数、船くらいのサイズか……?」
男性は首を傾げる。
大型の何かを使った移動手段くらいは聞いておきたいと思ったが、想像通りの結果がえられそうにないかも……。
もっと具体性を持たせてみるか。
「強いて言うなら陸ではなく空を動ける……」
うんうんと頷く男性は、顔を渋くする。
「それならば、墓守が住む地へ向かうがよい。場所は俺でもわからん」
男性はそう言うと、何か諦めの決心がついたのか、肩を深く降ろした。
疲れたのかな。無理はなさらずに。
「心配しなくとも、ここからは――死神の我がついておる」
アリスは堂々と胸を張る。
口調を変えた瞬間、部屋の空気が変わったような気がした。
「死神……?」
男性は実感がないのかな。
そうなら、直接行動して、証明するしかない。
「知らぬが仏、であることもあるかな……」
アリスは男性の腕を掴むと、男性の体がしぼんでいった。
ゾンビをエネルギー源として踏み倒すのは、死神らしいかはさておき、目的地へは直行せねばならない。
敵は、レジスタンス。そして、魔界。
ゾンビは全部こそ敵ではないが、エネルギーとして使える場合、消す可能性はある。
ただ忘れてはいけないのは、潰すのが目的ではない。
いずれ未来の何処かへやって来る眷属の為に、正しく動くのが死神の定めだ。
「……アリス、旅立たれるおつもりですか?」
「そのつもりだけど……まだエネルギーが足りない……」
ここにいる、残っている若い女性も使って、なんとかなるか――。
「アリスなら、アリス様でなら、希望の光をさせると信じています。墓守の居場所ですが、鷹浜地区のすぐ近辺だとしかわからず……」
「その情報で事足りるのです」
「何かと資金が必要になりましたら、鷹浜地区の隅にある郵便局なんてどうでしょうか。あそこなら土地神様の加護を受けれる数少ない地区でして、問題なく資金を溜めれるかと」
「ありがとうございます」
何をするにしても、紙とペンくらいは必要になってくるだろう。
アリスは女性の右肩に手をかけると、さらさらと砂のように溶けていった。
――我がエネルギーとして、利用させてもらう。
このゾンビ二体の犠牲は無駄じゃない。
そうしないと、アリスの腹の虫が収まらないでいそうだ。
「――ほう、あの郵便局で働きたいと」
「あれ? 聞き覚えのあるトーンの声で、アリスを見逃してくれた……」
しかも黒いフードに包まれている、小柄な者ということは――。
「二回目だし、この姿で自己紹介しとくか。我輩の名はクズモだ」
「クズモさん……。ありがとうね」
「礼を言われるのはまだ早い。さぁ、これを使って」
唐突に、お札が手渡しされる。
いかにも噂を利用してどこかへ移動する、みたいな道具だが、死神の力を使わずに済むかもしれない。
「さっきの話の続きのようになるけど、いま純粋に人手が足りなくてな。もし貴方でよかったら仕事先を紹介する」
「……えっ、そんなことしちゃって良いの?」
「しーっ。正確にはちょっと違うけれど、わりと秘密事案で」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
流れで仕事が見つかるとは思わなかった。
追われる王様より、仕事しているほうが何倍もマシだと思うし――。
「但し、こちらも条件がある」
やはりタダではなかったか。
「条件ってなんでしょう……」
「死に関する依頼をひとつ終えるまでだ。知っての通り、吾輩は生きている存在だから、生きている限り死とゾンビの探求をするつもりでいてな」
「……なるほど。わ、わかりました」
アリスは縦に首を振る。
「察しが良い死神で助かる」
「そんなことない。それで、どうやっていくの……?」
「このお札でひとっとび――」
噂の加護を秘めた小道具。
ワープ系の結果をもたらしていく。
「郵便局はここだ!」
「は、はい……」
気を取り直したアリスは、戸惑いながら何度も頷く。
目の前には、ちょっぴりレトロ風味の屋根がついた、洋風の家があった。
「あれ、扉押さない?」
「心の準備が……まだ……」
アリスは郵便局から視線を逸らし、目を泳がせた。
街の片隅とはいえ、とても賑やかさがある。街を出歩く人は早歩きの者が印象に強く残るが、ゆったりと空気を堪能して歩く者もいる。
割合は、丁度半々くらいといったところかも。ただ、早歩きの者は決まって黒いスーツを身に纏っていた。ただいま絶賛お仕事中だと容易に推測できる。
ほぼ全員ゾンビなんだけどね。自覚はないのか知らないけど、冷静さに欠けている様子もない。
なので、ちょっと不思議な感覚ではあった。
「落ち着いたか?」
「駄目です、むりぃ……」
激しく首を横に振りまわすアリスは、前向きになれていない。
馴染みのない土地に足を踏み入れたということで、何をどうしたら大丈夫なのか困惑してきた。
「不安がっても仕方ないぞ、肩の力を抜け」
「はい……」
まだまだアリスの体に鳴れていないのか、過度な緊張をくり返している。何故か優しく包み込むようにぎゅっと両手を握りしめてくるクズモは、心を落ち着かせようとして必死なのか。
ほのかに暖かいぬくもりを感じつつ、深呼吸を試みる。
すー、はー。
それから肩の力を抜くんだっけ。
アリスは少しずつ、緊張で入りきっていた腕の力を緩めていった。
「多少だけど楽になってきました……」
「それなら、よかったぞ」
クズモはとても冷静でいた。
やっぱり、心の器が大きいのかな?
お仕事の心構えとか、まだ知らない世界がたくさんありそうだけど。
それらは一旦置いといて。
郵便局の拠点地がある、扉を開こう。
こうしてはじまるアリスの小さなお仕事。
いったい、どんな方々が働いているんだろう。




