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怪談ピアノの掃除当番  作者: 愛原ひかな
Ⅰ 出会い
3/67

不幸のはじまり?


「幸福や不幸は、演奏が終わってからという噂だったはずでは……」


「不幸の神様にでも気に入られちゃったのかもね?」


「ううっ……」


 鍵盤のカバーの部分が降りて、両手が挟まっていた。


 グランドピアノは赤色に染まりだし、次は頭ごと食う言わんばかりに鍵盤とカバーの隙間から牙がむき出しになっていた。


「まだ不幸のはじまりに過ぎない。もし引き返すなら今だよ?」


「……帰ります」


「あっぱれだ。名案だね」


 クスクスと笑いを堪えきれてない花音。


 一度挟まれた両手を慎重になって鍵盤から離すと、急ぎ足でこの場を立ち去ることに意識を向けた。赤色のグランドピアノが私にかぶりつくことはなかったが、少し不愉快であった。


「まだ痛みが……というか、この手……」


 私は見てしまった。


 挟まれてしまった部分が黒いまま。


 とても不気味で、奇妙な体験を。


 そのまま、旧校舎の音楽室を離れても大丈夫?


「ううん。怖いことは忘れるのが一番だね」


 そう言い聞かせて、前を向く。


 夕焼け空が廊下を照らしているし、帰ろう。私の家に。


 ……の、つもりだったんだけど。


「ここ、何処なのっ!」


 階段にすらたどり着かない。いくら進んでも、廊下が永遠に続いているだけ。


 これが不幸になった者の末路だったとしたら残念すぎる。

 残念すぎるよ、馬鹿みたいに――。


 これもきっと噂のひとつであると判断するのが懸命だ。

 うろ覚えだが、たしか入学式の日に夏実が言っていた気がする。


『夕焼け空の廊下で、ひとり迷子の学生さん。後ろを振り向いたら、ひとつ目玉の大王がひょっこり現れて、冥界に連れ去っていくの――』


 この大王は死神の親戚という設定が付けられていて、冥界に連れ去られた学生はそこで七日間ものあいだ不自由なく過ごした後、記憶を一部消されて地上に戻される、というちょっと怖い噂。


 でも、帰るべき場所には戻れるという内容だから……。


 いっそのこと引き返すのはありなのか?


 判断に悩む……。胸に手を当てるも、戸惑いは隠せてない。


 そもそもの話、放課後の学校ってこんなに恐ろしい場所だっけ?


 奏宮高校がおかしいだけなのか?


 真相を求む。真相を知る相手がいないのだろうけど。


 ……やっぱり振り向こうかな。


 十五分くらい立ち止まっていたけど、なにも変わらない。


 廊下でお化けなんて迷信だったと割り切ってしまった。


「ほら、なにもない」


 そう口にした瞬間だった。


 ……どこからか視線を感じる。


 見られている。見られていることを感じているということは、見えるかもしれない。


 これは、上かな。


 天井に目玉の球体が存在していて、私の姿をじっと見つめている。


 振り向いたらダメなやつかもしれない。


 不幸にも程がある。ほんとどうなってるの、きょうの私って。


「――ごめんなさいっ!」


 音楽室のある方向へと猛ダッシュする私は、冷静さを完全に失っていた。


 走っても走っても、音楽室にはたどり着かない。


 すぐに息切れを起こして、足がもつれそうになる。


「はぁはぁ、これだけ距離を取れば……」


「キョリ? ソレガドウシタ?」


 紫色のひとつ目玉が、ふっと目の前に現れた。


「ひいぃっ……」


 窓とは反対方向、壁にもたれかかる私は震えがとまらない。


 連れていかないで、連れていかないで。


 冥界にだけは。


「キョウフニオビエルメ、イイネ。イイネ」


「私を、どうするつもりなの……?」


「ウムッ。キサマ、ソシツガアルナ。チカラナキモノハツカエヌガ、ワガケンゾクニナレルダケノソシツヲモッテイルゾ」


「……どういうことです?」


「ツマリダ……。コレヲクラエ」


 むごっ……。


 目玉からいきなり片手が生えてきたと思うと、私の口の中に突っ込んできた。


「むご、ごほっ……ごほっ……」


 その場で必死にもがくも、両足が硬直して動けない。


 それどころか、何をされている状況なのかまったく理解できないでいる。


「サァ、ブラックダイヤノホウセキダ」


 黒い手が口内で動いて、何かを生み出した。


 そして、その何かを喉の奥へと放り投げると、手早く手を抜いた。


「げほっ、げほっ……」


 咳き込む私は、前かがみになる。


「い、いまっ……何をしたっていうの……?」


「ワガケンゾクニナルタメノ、ギシキサ。ソノテ、ノロワレテイル」


「手が……呪われている……?」


「ソウダ。ソノママノジョウタイダト――」



「ちょっと失礼っ」


 花音が急に現れると、私をお姫様だっこして。


「ひとまず音楽室に戻ろうか」


「あっ、はい……」


 花音の言いなりになって、旧校舎の音楽室へと戻ることになった。


「とりあえず、手はそれで隠しといてよ。不慣れな力が誘発しないようにする為にも」


 花音から、布製の白手袋を渡された。


「廊下で遭遇した化け物に襲われて……不慣れな力……。私、どうしちゃったのですか?」


「今の状況を知りたいと?」


「うん。信用できそうなのが花音くんしか今のところいなさそうだし、廊下に出たらまたさっきの目玉に何かされそうだし……怖いし……」


「わかった。ただ、もい一度だけ確認するね。状況を知って後悔する覚悟はあるかい?」


「覚悟はあります!」


「それじゃあ言うけど……。ピアノをまた演奏してもらえると嬉しいかな」


「……仕方ないですね。一曲だけですよ」


 再びピアノの前にある椅子に座った私は、ふっと息を吐く。

 和やかなでスローテンポな楽曲を演奏し始めると、花音が演奏する手先の釘付けになった。


「やっぱり上手だね」


「褒めないで早く言ってください……」


「はい、はいっ」


 花音が優雅に浮遊しているが、気にしないで演奏を続ける。


「ざっくり言わせてもらうと、君はいま半分死んでいる状態なんだ」


「ふーん。――えっ!」


 私の背筋が凍りつく。


「驚くのも無理はないかもね。でも君が死んだ扱いになったというのは本当。ただ幸か不幸なのか知らないけれど、さよちゃん――いや、死神に目を付けられたみたいでよかったよ」


「さよちゃん? ……そういえば、素質があると言われました」


「宝石みたいなの食べた?」


「食べた。というか、なんか食べさせられたというのが正しいかも」


「うーんと、それはたぶん安全なほう」


「安全……?」


 あれで? ものすごく怖い目に遭ったのに?


 思い返すのがとても無理。というくらいには恐怖があったよ、ほんと……。


 ピアノの演奏は今のところ影響出てないが、いつ音程が乱れてもおかしくない気が。


「今の君は死神の眷族ってところかな。というか宝石で確信したけど」


「人体には影響ないのですか?」


「さぁ? 半分死んでいるから大丈夫なんじゃない? ただ、死んでる以上、生きてる者には認識されないかもだけど」


「それ、大問題では……。授業とかどうするのよ……」


「うーんと、どうしよっか。対価とか支払ったら、僕の力を貸してやらないことはないんだけどね」


「何が良いのですか? ピアノ演奏じゃ駄目なんですか?」


「それだと、僕が噂の随行を出来なくなっちゃうからー」


「この部屋そこそこ煙たいのに、よくそんなこと言えるわね……」


「煙たい……それだっ……!」

「えっと、どうしたの?」


「この音楽室を掃除してくれてば良いんだよ!」


「掃除? 私が?」


「そうそう。僕が力を貸して朝比奈を授業に出れるようにする代わりに、この旧校舎の音楽室の掃除当番になってもらうんだよ!」


「悪くないような……良いように使われているアイデアなような……」


「僕が干渉が出来ないモノってあるからね。半分しか死んでいない朝比奈なら掃除で綺麗にすることはできる。音楽室の空気もよくなって、一石三鳥だ」


「はぁ、条件を飲み込むしかなさそうかな……」


 演奏を終えた私は、花音と視線を合わせる。


 信用に値するかは微妙なところだけど、半分死んでいる状況を打破する為には手段を選んではいけない気がした。



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