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怪談ピアノの掃除当番  作者: 愛原ひかな
Ⅱ 幸福のピアノ
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教会の地下で


「全員、起きたね」


 ホコリが積もりっぱなしのピアノの前で一曲奏でる花音は、そう言った。


「あの、花音くん。カウントひとつ進めないでもらえる?」


「断るよ。こうでもしないと、彼女は僕の姿がみえないままだろうし」


「やっぱりというか……。人型は意外だったけど」


「ミモさんですか? あれ、少し顔が赤くなってますが……」


「こーちゃん? ……だ、抱き枕にされても天使には屈服しませんから!」


「うん……?」


 詳しく聴き出そうとしても無駄と思う。これは放置しよう。


「とにかく、ピアノの掃除です」


「こーちゃん、その前に少し変更お願いします。皆で地下へ行こうと思います」


 ミモが新たな提案を出す。


 全員で……?


 外にいたはずのあやかしは撤退しているはずだから、問題はなさそうだが……。


「よく考えたら、教会の掃除道具って地下に収納してあるから。あとは、資料の大きさが思ったより多そうだから……」


「ミモさん、本はどれくらいあるの?」


「廃都にある書物庫の三分の一くらいのスペースなんだけど、その中から噂に関する資料を見つけ出すのは結構時間掛かりそうで」


「魔女の手を借りても、腕の本数が足りてないってこと……」


 寒気を感じている夏実は、先に入って見てしまったのだろうか。


 もしかしたら、私が一番最後に起きてきたから、下見はあったのかもしれない。


 教会の地下にある空間は、思ったより広いってことか。


 探しがいがあるだろうけど。


 他にも、変なことが起きなければ……。


 あまり深く悩んでないで、行きます。


 順番に、はしごに手をかけておりていく。


 一定間隔でロウソクがついているので、あまり暗く感じなかった。


 通路のような道を進むと、扉が一枚あって。


 それを両手で開けると――。大きな空洞へと出てきた。


 絵画がまったく飾られていない壁掛けが連なり、本棚は空っぽ。


 骨董品のような壺でも置かれてそうな台も見受けられるが、やはり何もない。


「さっき地上で資料といってたけど、何か話が違うような……」


 ミモと夏実の視線が半分疑わしくなってきたが、引き返すわけにはいかなさそう。


 そんな空間を、私は無言で進み続けると。


「あっ、待ってましたよー」


 うさぎ耳のカチューシャを被り、黒のドレスをふわっとさせる女の子が、片手を振っていた。


「誰……?」


「何を寝ぼけたことを言っておるのですか?」


 その女の子は、いきなり私に抱きついてきた。


「我のこと、忘れたのかい?」


「うっ……その圧は……」


「わかれば、よろしい」


 抱きつきは解除されたが、確信した。


 この子は――死神で間違いない。私を眷属にした存在だ。


 でも、どうしてこんなところにいるの。


「九蛾沙世さん……」


「ええっと、ひとつごめんなさい。いまの我はアリスという名前なのだ。沙世さんの体は、もうこの世に存在してなくて」


 ……既に、一万年前に亡くなっているということか。


 いや、ゾンビとしてならワンちゃん……。


「そんな顔されても、沙世さんに不死特性はないぞ?」


 死神に思考が筒抜かれたみたいで、ゾンビ説は速攻で否定された。


「まぁ、こうなる未来を見据えて、我のほうでもいろいろ準備をしましたので」


「準備ですか……?」



「まずは、地球上に残っている噂を出来るだけ回収すること。これをしないと地球はどのみち消える」


 そう遠くない未来に滅ぶ。それだけは絶対に避けたいところである。


 だがしかい、容赦なく噂を集めに来ているレジスタンスを筆頭に怖いのは事実。


 もう、あの時の時間は戻ってこないのだろうか。奏宮高校の……。


「噂を集めるには、まず保管場所から。そうでしょ、笹倉家の魔女さん」


「たしかに、そうだけど……」


 夏実は少し落ち込む。


「貴様は噂をひとりで抱えすぎました。我でさえ未知数であった危険性を伴う行為を、相談できる者に最後まで隠しておく必要があったのでしょうか?」


「あれは、その……」


「ここで止まっていても何も始まりません。ついてきてください」


 死神――アリスは私たちに背を向け、歩いて行く。


「夏実さん、いこっ」


「はい……」


 私は夏実と手を繋ぎ、アリスの姿を見失わないよう気をつけた。


 それにしても不思議な空間。


 まるで博物館のようにも思える。


「ねぇ、主さま。ここで何をしようとしているの?」


「噂の保管。ただ、保管するだけではつまらないから、展示物にでもしてみようかなと目論んでいる最中でして」


 至って真面目な回答が返ってきた。


 いやいや、噂の展示は流石にマズイのでは?


 悪用されたり、盗まれる危険性だって出てくるわけで。


 現状では噂の展示は一切なされてないけど……。


「あのピアノも、いずれ居場所が失われていくんだ。花音に消えて欲しくないでしょ?」


「それは、そうだけど……」


「だったら、いまのこの手で何が出来るか考えておくこと。死神である我でさえ、あの不意打ち崩壊カルマを対策しきれてなかったし」


「やっぱり、いろいろ失ったんだね……」


「そういうこと」


「ごめんなさい……」


「眷属よ、謝るのではない。我は逆にわくわくしている」


「……なぜ、ですか?」


「それは未来が見えなくなったから。良い意味で」


「うむ……?」


「ともかく、こうして集まれた以上、いま以上の好機はないと判断して間違いない。例のアレを起動させるつもりでいてね」


「例の……アレ……?」


「それは見てのお楽しみ」


 アリスは、ぴょんぴょんと跳ねている気がした。


 この先に何かがあるということなのだが、いまいちピンと来ない。


「――といっても、これなんだけどね」


 アリスは指をさしていた。


 キューブの形をしている装置があって、ぐるぐると回転していた。


「主さま、これはいったい……」


「空飛ぶ船の心臓部よ。この教会はね、空を優雅に飛び回ることができたの」


 アリスは自慢げそうに語り始めそうになっていた。


「長話は結構ですので、私たちはどういったことをすれば良いのですか?」


「おや、未来を決めるのは君たちにかかっているというのに。むしろ、お前が指揮をとっておかなくては、我が好き放題できる世界に変わり果ててしまうというのに」


「自分で決めなさい、ということですか?」


「そうです。大がかりな移動が必要になった時、この空船はきっと答えてくれるでしょう」


「大がかりな、旅……?」


「言い換えれば、そうとも言えますね」


 アリスは口を紡ぎ、そっと上を見上げた。


 ドーム状になっている天井は、どことなく殺風景だった。


 私はどうすれば、何処へ行ったらいいのかよくわかっていない。


 アリスもまた、未来にどんな光景が映りこんでほしいかは理解し切れていないところでもあるのかも。


「……わかりました。行き先、ですね?」


「はい。――他の方に聞いてみるのは――って」


 気がつくと、私とアリスの二人っきりになっていた。


「朝比奈、あまりにも二人で仲良く喋り続けるだけだから、他の皆は痺れ切らして教会にもどっていったよ。今日くらい、掃除当番譲ってくれってさ」


 横から花音が、そう囁く。


「えっ、大丈夫なの?」


「僕が容認するしかないから、平気だよ。それよりも朝比奈――」


「わかってます。最初の行き先を設定することですよね?」


「そう、それ!」


 花音は何故か私に期待を寄せている様子だった。


 なんか緊張までしてきた。けど、私がちゃんとしないと。


「行き先は都市部です。まずは夏実のお兄さんを探したい!」


 私はキューブに手を触れると、軽い震動が発生した。



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