掃除するには
「あたしは一旦外に出るけど、こーちゃんはここで待ってる?」
「そうします。ピアノの掃除もしたいし……」
ピアノはホコリまみれのままだし、せめて演奏前には綺麗な状態になっていることが望ましい。
「あっ、掃除道具……」
便利だった掃除機は、がれきの山になっている。
せめて手でホコリを落とすちり取りあたりがあれば……。
「その様子だと、小道具すらない感じ? あたしが持ってこようかな?」
「掃除機は、ミモさんでも用意は出来ないと思う……」
「古代文明での便利な小道具は流石に不可だけど、代わりになるものなら後で用意することは可能かな……」
「それで助かります。あっ……」
ミモの親切さは、たしかにありがたいが……。
「この空間でひとまずやることがなくなっちゃったかもしれないです」
「それなら……うーんと、一緒にゾンビの集団にもう一度声かけでもする?」
ミモの提案に、少し悩む。
また変な反抗的だと困るが……。今度は最初から夏実がいるし、ピアノの鮮明な情報提示という交渉の引き出しも揃っている。
「はい。応援要請とかの状況も、気になるところだし……」
「それもそうだね。こーちゃん、行こっか」
ミモが先に外に出て、私がピアノの傍から離れていく。
外の様子はというと、ゾンビの大半は倒れており、赤髪の青年はひざまずいていた。
夏実が赤髪の青年を見張っていたが、拳銃はもう向けていない様子。
先程とは殆ど状況は変わってないようにみえた。
「それじゃあ、そこら辺のゾンビたちに仕事を出しましょう。応援要請している者に連絡してもらって、楽譜をたくさん用意してもらい――」
「その心配は、いらない……」
「うん、ミモさん……?」
ミモがゆっくりと前進しながら、肩指でパチンと音を鳴らした。
「雑魚共の部下は廃都に引っ込んでて。あとは、あたしひとりで大丈夫だから」
ゾンビたちが転がっている地面に、紫色の魔方陣が展開された。
それは赤髪の青年も変わらす、同様に。
「ミモさん、これはどういうことで……」
魔方陣に目を取られる。あれを私は勝手に、転移魔法と認識していた。
みたこともないファンタジー光景なはずなのに……。
ゾンビたちが転送先される街の景色まで、くっきりと見えてしまった。
――生きている人間なんて存在しない。
ゾンビだけが暮らす廃都には、黒いビルが立ち並んでいて。
微かにだけど、噂の影も潜んでいる。
「やはり天使だと、見えてしまうみたいです。以後気をつけなければ……」
背を向けているミモ。
何だか変だ。
「ミモさん……!」
「この姿を目の当たりにして声を掛けてくるとは、天使さん度胸だけはあるの?」
重い圧力を放っていたミモに睨まれた。
さっきまでみせていた明るい表情は、どこに消え去ったのか。
怖い。なにも理解できていない。
「……私は、わからない……」
「ほんと、何も知らないんだね。きっと」
そうだ……。私は、ミモの言われた通りだ。
何も知らなくて、把握していない。
やはり『崩壊カルマの噂』の発生がいけないことだった。噂ひとつで未来に来てしまったけど、何が悪いことが地球上で起きていてもおかしくないのは事実。
「こーちゃんが知らないなら、特別に教えてあげる」
「特別……」
嫌な感じしかしないが、今は耳を傾けるしかない。
「あたしは悪魔。天使とは相対する存在」
「ミモさんが、悪魔……」
「この全身をみればわかるだろ」
ミモは、少し自身の格好を気にしていた。
混沌の闇に染まりきっている瞳と模様。
漆黒の羽がふわっと舞いあがり、片手には愛用しているショベルを握っている。
「悪魔は、一万年ほどの時を得て地球を我が物にした。人間どもは半分不死の能力を持つゾンビに変えることに成功したが、魔界の王はまだ不満げそうにしている」
「一万年で地球が侵略……?」
「そうだ。たった一万年で魔界が新たな星をひとつ手にいれたのだ。それだけでも素晴らしい功績だといえるが、反対勢力となるいくつかの軍隊が本来の魔界に攻め込んできた」
「もしかして、天使……?」
「そうだが、もうひとつある」
「もうひとつ……?」
「地球上に潜んでいた『あやかし』だよ。あやかしは、噂という謎の術を得意としていてな、その謎の術とやらで、本来の魔界で戦っている仲間たちが苦戦を強いられているのが現状だよ」
「争いは断固反対、ですが……」
「気づいたか、天使よ」
「はい。……この今の地球にエネルギー元を注いでいる異世界って、魔界のことでしょうか」
「流石こーちゃん、ご名答です」
ミモは満足げに笑った。
いきなりどうしたのかと思うと、突然両手を掴んできた。
「だからね、あたし思ったんだ。こーちゃんが傍にいてくれたら、魔界も、この地球も救われるんだよ。こーちゃんってどうやら無理矢理天使にされちゃったっぽいから、別に天界を裏切ってもなんの問題もないというか、すっごい逸材の存在というか」
「天界のことは聞いたことすらないし。たしかに、それは一理あるけど……」
「二人とも、そこまでにして!」
息を切らしていた夏実は拳銃を、ミモに構える。
「あれれ、レジスタンスの生き残りかな?」
いまにもやっちゃいそうな雰囲気を出すミモ。表情が豊かになっているけど、強弱の差が激しすぎる気がする。
「レジスタンスって、どこぞの組織なのですか……?」
「これも、こーちゃんたち知らないんだっけ」
「さっきの説明で抜けていましたよ。わたしが持っている噂上にもそんな情報一切なかったのですが……」
「魔女はおとなしく黙ってて」
夏実の足元に魔方陣が現れる。
今度は濃い青色。
「それはっ、もごもご――もごもご――」
もごもご?
夏実は口をもがき始めた。
もしかして、ミモは口封じの魔法でも唱えたのかな。
少々強引な気もするが、変なところに転送されるよりかはマシだと捉えておこう。
「まず魔界を攻めている反対勢力が二つあってね、片方はさっきも言った通り天使で、もう片方が噂をあやかしの集団なの。そして、この後者、あやかしの集団のことをレジスタンスと読んでるのです」
「あやかしが、地球で生き残った反逆者……?」
「そうだよ」
「だったら、花音くんも噂……。あやかし……?」
ふと、花音に尋ねてしまった。
私がいた時間軸では気にしなかったことを。
未来だと、そういう分類をされるかもしれない。
「朝比奈……。あまり余計なことを考えずにピアノを演奏していれば、それだけで良いんだよ」
息を潜めていた花音は刀を構えつつ、寂しい顔になっていた。




