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怪談ピアノの掃除当番  作者: 愛原ひかな
Ⅰ 出会い
23/67

私の生きる目標


 あのピアノから離れられないということは、それだけ思い入れのあるということを意味する。


「朝比奈は、照れ隠しでもしている?」


「べ、別にそうじゃないです」


 花音から視線を逸らすと、ミモの顔が視野に入ってくる。


 ミモは、とある一点に集中している様子だった。


「こーちゃんは、神たる存在と対話している?」


「私、変な誤解されてませんか?」


「それはこーちゃんが、なにもない空気と対話してるから」

「空気との対話ですかね……」


 ミモにとって、縁がない花音の姿は捉えられないのだろう。


 それにしても……警戒心が強すぎる。ショベルを構え、いまにも大きく振りかざしそうな雰囲気を出していたミモは、全身をぷるぷると震わせていた。


「あははっ!」


 笑いを堪えきれない花音は、楽しそうに両手を広げる。


「怖がる様子も良いね。是非とも、目の前でピアノを演奏したいね」


「花音くん、また悪いこと考えてる……」


「僕はそういうものだからさ。貴族生まれだけど、心はいつも歪んでいる」


「それは、不幸の望んでいるから?」


「さぁ? 朝比奈なら直感でわかるよ、きっと」


「そう言われると……私の心が少し濁されたような気分になります……」


 花音が持つ本質は間違いなく、ピアノの噂に依存している。


 でも、なんというか。


 この嫌いにはなれない何かがあるというか。


 自由気ままに振る舞い、存在しているのだから、かもしれないけど……。


 考えれば考えるほど、私の顔が固くなる気がしてきた。


「とても疲れたので、もう寝たいです」


「こーちゃん、シャワールームあるから使って」


「うん……」


 シャワーを浴びる浴室も、二階に完備されていたんだっけ。


 さっさと入ってきて疲労を流したい。


「こーちゃん、少しお願いがあるんだけど」


「なんでししょうか?」


「シャワー浴び終わってから、夜風に当たりたいのもあるけど、少しこーちゃんとお喋りしたいことがあってね」


「お喋りですか?」


「うん。駄目なら仕方ないと割り切るところだけど」


「私はお喋り、大丈夫です!」


「よかった。ありがとう」


 にこっと微笑むミモは。


 シャワーはさっさと浴びて、終わり。高校の制服は丁重に畳みこまれており、再度着るのが勿体ないと思ってしまった。


 その代わりというべきなのか、ミモが持っていた桃色の水玉模様のパジャマを着ることになった。


 ――何故かサイズが丁度よいのだけど、ミモの体格ってひとまわりくらい小さいような気が。


 きっと、ミモじゃない誰かの使っていたパジャマなのかなと。


 ミモのパジャマはシンプルな水色だし……。


「じゃあ、窓を少し空けるね」


 ガラガラと音が立ちながら戸棚が開かれると、少し冷たい風が吹き込んできた。


 でも、ちっとも気にならなかった。


 キラキラと光る夜の空が、とても美しかったからである。


「よかった、今夜はお星様も見れそう」


 ミモは、じっと空を眺めている。


「たしかに綺麗だけど、もうちょっと大胆に眺めたいような……」


「こーちゃんは、お外で眺めたいのです?」


「うん……」


「お外が危険そうだから、遠慮してますか?」


「うっ、まさしくその通りです……」


「こーちゃんはあたしが守るから。ゾンビが来たとき用に、ショベルを用意しておけば大丈夫かと思われますが」


「それは、そうなんでしょうけど」


「それじゃあ、丘までレッツゴーです!」


「丘……?」


 鷹浜地区に、それっぽい場所はあったかな。


 記憶力を頼っても、私が歩いた場所でそのような地形に心当たりがない。

 と、なれば。まだ私が踏み入れていない箇所ということかな。


「お外は暗めですから、離れないよう着いてきてください」


 サクサクッと進んでいくミモは、とても見慣れた道を歩いている様子。案の定、私が把握している場所とは真逆というか、全然知りもしない方向に突き進んでいることがよくわかった。


 しばらく歩くと、鷹浜地区が一望できそうな丘を歩いていた。


「ふう……。この辺にしときましょうか」


 ミモは足を止めて、三角座りしはじめた。


「ここからの景色……」


 私もミモに合わせて座ってみたが、とても美しい風景なことはひと目見てわかった。


 流星群が降っている夜空に、街灯が殆どついていない街。


 空気が澄んでいるということもあってか、そこそこ居心地がよいと感じられる。


「こーちゃんには、この流星群のことを知って欲しいかなって」


 ミモが指さすと、キラッと星が流れた。


 それは、ひとつやふたつではない。


 間隔こそまばらではあるものの、尋常ではない量が降っていることに気づいた。


「こーちゃん、流星群がいっぱい見れるのは、どうしてかわかりますか?」


「ううん。なんにも」


「わからないなら教えてあげるね。流星群は、生命エネルギーの結晶そのものなの。お空の向こうには異なる世界があると言われていて、この地に恵みを分け与えている。なにを言いたいのかというと、降りそそぐお星さまは人が生きていく、若しくは死者の存在を維持する為の救援物資なのです」


「流星群が、恵みの雨なの……?」


「うん。そうなってしまったのは、野生動物が撲滅して、死んだ人がゾンビに変わってしまったからと言われていますが、真相はこれが大きく関与しているとあたしは思います」


 ミモは、自前のショベルを見せびらかす。


「あの魔女のさんの持っていたものって、これと同じ部類の道具なのでしょうか?」


「たぶん、そうなのかな……」


 私は無意識に隠し持っていた、夏実の拳銃を出してみた。


 笹倉コレクションという導具である。噂に関して何かしらの防衛効果が発揮するという特性を持つらしいが、作られた経緯などは不明である。


 ただ、ひとつ不思議に思うのは、ゾンビに対しても有効であったこと。


 夏実の拳銃は、噂を拘束することができる効果を持つ。


 ミモのショベルは、ちょっと検討がつかないが、何かしらの効果は発揮しているのだろう。


 検証してみたいところだけど、これは後にしよう。


 明日、あのピアノを教会に運んでからでも遅くはないと思う。


「こーちゃん……」


 ミモは、じっと私を見つめてくる。


 流星群を見に来たついでとか、そういう雰囲気ではなくて――。


「寝る前にお願い、ひとつ良いかな?」


 ミモの顔がとても近くなる。


 これはもしかして、突然の告白とか……。

 

 いやいや、準備出来てないって!


「こーちゃんって、生きる目標というか……その……」


「うん……?」


「魔女が目を覚ましたら、どうするのかなって」


 俯き気味なミモは心配そうにしていた。

 予想とは違ったけど、ちゃんと答えたい。



「私が生きる目標かぁ……」


「旅をするというのなら冒険とも呼べますけど……。別にあたしが寂しいとかそういうことではないのですけど」


「何か心もとないとか?」


「はい。いまの状況でこーちゃんが旅立つと、この世界に再度大きな災いが発生してしまいそうだというのが、とっても怖いのです」


「つまり不幸になると」


「そういうことです……」


「うーん、関与……噂……。ミモが生きる目標は……?」


「えっと……その、恥ずかしいから、もし一緒に口にしてくれるなら……」


「一緒に……?」


 ミモの生きる目標を答えるのは、流石に難易度が高すぎるような。


「す、すみません……そういうつもりでは……」


「わかった。振られた以上、やるしかない」


 私はミモのこと全力で考える。ヒントがあるとしたら、ショベルが関わっていることは間違いないのだが――――やはり、笹倉コレクションの真意を掴む必要がある。


 噂は何故存在する? 笹倉コレクションの役目とは?

 どうして、私は未来に来てしまったのか。


 花音のピアノはどうして無事だったのか。ホコリまみれのピアノの謎。


 崩壊カルマの噂とかいうものに操られていて、滅びの楽譜を書かされていたこと。


 花音との接触。


 死神の眷属になっていたこと。


 天使になった私は、何を望んでいたのか。


 ミモは、どうして墓守をやっていたのか。


 夏実は魔女だったこと。夏実が死んでしまったこと。


 ゾンビは噂の一部分なのか。この世界は何故、野生動物が撲滅したのか。


 ありとあらゆる疑問で頭のなかを埋め尽くして、ごくりと息を呑む。


「掛け声のあと、答えますよ」


「こーちゃん……うん……」


 私から合図をはじめる。



 いっせーのーで。



『あらゆる噂を調べ上げて、この世界を幸福をもたらしたい』

 ――私とミモの声が、完全に一致した。



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