教会に行こう
「朝比奈って、教会の場所を把握してたりする?」
「それは……すみません……」
平謝りする私は恥じらう。花音は全然平気そうな顔をしているけど、いかにもピアノを触りたそうな手先の動きがあった。
きっと、無性に演奏したいという欲求不満を我慢できていないのだろう。
「人の気配ありそうなところに向かいたいですね?」
「朝比奈のように都合よくは……」
否定気味になる花音の思考とは、裏腹に銃声が聞こえてくる。
それなりの近さで響いたのは間違いない。
「銃の発砲……?」
「そうだね。朝比奈、どうする?」
「行くに決まってます」
私は、音が聞こえた方角に突き進んでいく。左右にはひたすら藁の家。
でも一切よそ見せず、ただひたすら真っすぐ突き進んでいった。
「ここに……大きな建物が……」
教会とみられる大きな建造物が、すぐに現れた。
分厚い出入り口の扉は半開きになっており、覗き込めば中の様子を伺えそうだった。
「一旦調べてみる……」
「仮に人がいて、朝比奈はどうする気なの?」
「うーんと」
花音からの言葉の返しに戸惑いながら、扉越しに覗き込んでみた。
「うっ……追い込まれましたか」
魔女の姿をした者が、コンパクトな拳銃を握りしめていた。
その手前にはゾンビが3匹、のろのろと魔女に接近していく。
「あれ、夏実さん?」
私は思わず口にした。
「小鳥ちゃん?」
夏実は私の声に反応して、少し視線がブレたような気がした。
「あっ、しまっ……」
タイミングをみていたのか、ゾンビが一斉に夏実へ襲い掛かってきた。
パン。と一匹は仕留めたものの、二匹目が拳銃を持っている腕にしがみつく。
「この、離れてっ!」
掴まれた腕を見捨てる覚悟で拳銃を持ち替え、もう片方の手で引き金を引いた。
二匹目のゾンビがよろけながら後退する。その後、ゾンビの足元に魔法陣が出現して緑の糸でゾンビの体を拘束する。
はじめの一匹目も同様に、緑の糸に絡まって動けなくなっていた。
だがしかし、夏実の隙をついていた。
「あぐあっ……」
三匹目のゾンビが、夏実の頭にかじりついたのである。
数歩、後退した後、残っている力を振り絞って夏実は引き金を引いた。
「夏実さん……?」
「大丈夫……三匹くらいなら……」
三匹目のゾンビが緑の糸に絡まって動けなくなったことを確認すると、私は夏実に近づいていった。
「全然、大丈夫じゃないよ!」
「小鳥ちゃんの姿を見れてよかった。いきなり、不慣れな戦闘なんかやったわたしが駄目だった……」
夏実は意識が遠のき、呆気なく両目を閉じてしまう。
「えっ……夏実さん?」
その時、私は死を体感してしまう。
夏実の左頭部がかじられて、それが致命傷になったのだろう。
「夏実さん……!」
叫び、悲しむ。その場で泣き崩れた。
私、どうしたら良いの?
「じー」
「誰かいるの?」
「うん……」
柱の物陰から、小柄な女の子が出てきた。
「ミモさん……」
「こーちゃん、また会ったね」
ミモはゴクリと息を呑む。
「魔女さんがね、守ってくれた。けど死んだ」
「はい……」
「だからね……ここからは、墓守のお仕事なの。魔女さんも、ゾンビさんたちもこれから埋葬するの」
「埋葬……別れの挨拶とかは……したくない……」
「こーちゃん、何言ってるの? 墓守はね、ゾンビたちに朝までぐっすり眠ってもらう安らぎをつくるのがお仕事なの!」
自信満々に胸を張るミモは、鼻息を漏らす。
「ゾンビに安らぎをつくる?」
「そうなの! ゾンビになってしまった人も、墓守が埋葬してあげれば傷口は治せないけど翌朝には元気いっぱい!」
「花音くん、墓守の仕事を信じて良いのかな……」
「そうだね。僕的には信頼しても良いんじゃないかなって。あと僕から手伝ってほしいことがあるから、今は墓守の機嫌を損なわないようにして」
「はい。って何かあるの、花音くん?」
「全部あとで説明するから」
花音が考えてることに少し気を取られはじめた私は、ほんの少し冷静さを取り戻したかもしれない。
ひとまず、笹倉コレクションの拳銃は私のもとに回収しておいた。
胸元に隠し持ち、その場を立ち上がると、ミモは埋葬の準備をはじめようと教会内のあらゆる箇所から棺桶を出していた。




