偉人の墓石
「偉人の墓石ってどのくらいの大きさなのです?」
質問をして気分を紛らわそうとしているのが、みえみえだった。
けど、ミモはそこまで考ていなさそうだ。
「うんと、一般的なお墓と変わりないよ。けれど、偉人と呼べるだけのことはしたという伝承がある。野生という概念がなくなってしまった地球を直そうとしたの」
「ふーん……野生という概念がない……?」
「まずはその辺にある草木を見てごらん。普通に生えているでしょ?」
「うんうん」
「これを食べる生物がいないから、手入れしないとどんどん広がっていくの。草木は自然現象で発火してなくなっちゃうけど、そんな奇妙な現象以外では増える一方だから定期的にお掃除が必要なの」
「お掃除か……」
ふと、ホコリまみれのピアノの景色が頭に浮かんでくる。
あとで掃除しておかなくちゃ。壊れているかもしれないけれど、そうしたい。
「お掃除、嫌いとかだった? ごめんね」
「いえ……そういうことでは……」
掃除は面倒なこともあるけど、嫌いじゃない。じゃあ、何故いま戸惑いとかあるのだろうか。
ひとまず、ミモの言うことを聞いて、偉人の墓石を見るしかなさそうだ。
「着いたよ……」
石で出来た球体の前に立っているミモは、両手を合わせていた。
球体といっても、長方形の台座のようなものがあって、固定されているような構造になっていそうだった。
その球体の表面には、封印と刻み込まれていた。
これ、本当にお墓なの?
それっぽく見えないけど……。
「これって、誰が建てたかわかりますか?」
「これを建てたのは神様らしいのです。建てた経緯などは詳しいことは一切わかっていないのですが、この球体の周囲にだけ、ある不思議がことが発生するのです」
ミモは一切のためらいもなく、指を立て、表面をなぞるように触れた。
すると、なぞった部分が青白い光りだす。
「ちょっと不思議でしょ。でも、すぐ消えちゃうの」
「あっ、本当だ……」
ミモの言ったとおり、青白い光はすぐになくなってしまった。
「それじゃあ、あたしは教会に行くので。お姉さんはこれからどうするの?」
「そうだな……近辺を少しふらふら歩こうかな……」
ついて行かない意志が伝わったのか、ミモは少し残念そうな顔になっていた。
「そっかぁ。こーちゃんに知ってもらいたいところたくさんあるけど、行きたいところがあるなら仕方ないね」
「案内してくれてありがとうございます。それじゃあ」
私はそう告げると、道を引き返した。
ミモは手を振っているだろうが、振り向くことはない。
……ピアノ。学校のピアノ。
あの周囲みてみないと。
それしか、頭に入ってこない。
偉人の墓石からはそう距離も遠くない場所だから、迷子になることはない。
「たしか、この辺りで……」
ピアノが埋もれている箇所たどり着くと、瓦礫のしたに潜り込む。
最初に出た時より、やや狭くなっている。けど、それをもろともせずに匍匐前進を試みて、ホコリまみれのピアノがある狭き部屋へと入り込んだ。
「ピアノ……演奏出来るかな……」
半分埋もれているような場所故に暗めだし、かなり不安だったが、私はホコリまみれのピアノを弾き始めた。
すると、普段通りの音色がなった。
……誰か、いるかな?
いるのなら、返事でもなんでも良いから声に出してほしい。
そう願いながら、演奏を始めた。
「――朝比奈、安心して」
演奏中、私の右腕に軽く触れてくる半透明な手が現れた。
「花音くん……」
「僕は大丈夫だから、落ち着いて。演奏は止めないで」
花音の言われたとおり、私は演奏を続ける。こんな世界にしてしまった罪悪感が少しでも和らいでくれると信じてみようと、はじめて思った瞬間だ。
「十曲目が弾けるというのなら、崩壊カルマの噂をこれ以上進行させなくすることができる」
「う、うん。く、クラスメイトとか……どうなっちゃったのかな……」
「いまはそんなこと、考えないでほしいよ」
「わかりました。演奏を続けます」
そう言った私は一曲分演奏を無事に終えるまで、沈黙を貫き通した。
「美しい音色だったよ。ありがとう」
「いえいえ……それよりも、ここは未来らしくって」
私は、花音にここであったことを全部話した。
笹倉ミモという女の子のこと、偉人の墓石のこと。
野生という概念が消滅してしまった、未来の場所であること。
自力で集まった情報量はまだまだ薄そうだけど、目的を決めるのには十分過ぎた。
「まずは笹倉ミモに、また会いに行こうかな」
張り切る私は、笹倉ミモが向かったと思われる教会を探すことにした。




