崩壊の音
「お父様、行ってらっしゃい」
「そうそう、小鳥に伝えておく。生みの親には笑顔を出さない。育ての親には不満を漏らさない。さぞすれば、才の芽が爆発するだろう」
玄関口で、そんな言葉を父から投げられた。
いまでも、この意味は理解できないでいる。
理解しなくとも、天才的な才を振る舞い、楽譜を書けているのだから何の問題もないよね?
朝比奈刹花がこの家にやって来たのは、その数日後からだったはず。
同時期に専属メイドも雇ったと父から聞かされた時には、生活費とか大丈夫なのかと思わず突っ込みをいれたけど、黙ったままである。
「ほう、完成かね?」
私の手が止まっていた。楽譜の書き上げが終わったからである。
「はい。そうです」
「よしよし、これで九つ……っと、雰囲気変な理由もわかった。ちょうど良いものも隠し持ってるわね」
「あの……距離が近いです……」
母との密着状態がつくり出される。
「気にしないで。すぐにはじめるから」
母がもつ目の色が急激に赤く変わっていったのを目のあたりにする。
その時、何かに対してものすごい殺意を感じ取った。
でも、逆らうことはできない。
私に対しての殺意ではないのは、たしかなのだが……。
「ほうほう。可愛げのある天使の羽を生やせるようになったとはね、誰の眷属になったのかしら〜」
ああっー。
背中のあたり。無理やり引きちぎられるような、激しい痛みを伴う。
そして、パラパラと宙を舞うのは楽譜がかかれた紙だ。
その後、部屋が白くなったと思いきや、音楽室にありそうなピアノの前に座っていた。
「いったいどこに?」
「奏宮高校にある古い音楽室よ。天使の羽を使った音速移動はやはり便利ね」
「自宅から一瞬で移動したの? しかも楽譜がきちんと用意されてて……」
ピアノの音が鳴りはじめた。私は無意識に演奏を始めていたのだ。
「この、手が止まりません……このままだと噂による不幸が」
「心配しなくても大丈夫。すべて狙い通りに事が運ぶから」
「狙い通りにって、うっ……!」
演奏する速度があがった。操られているで間違いないが、自らの意思で止めることができないでいる。
しかも演奏している楽譜はどれも私が母の為に書いたもの。
こんなことしたら、不幸の噂が爆発する。
何かしらの代償なのか、朝比奈刹花の身体も徐々に透き通っていくが、あまり気にしてられない。
「ど、どうしよう!」
このままだと、本気でマズイ。
なんとかしたいけど、なにもできないもどかしさ。
思わず涙目になっていた。
「朝比奈っ!」
そこに、花音の声が聞こえてきた。
「花音くん!」
「朝比奈、止まれっ!」
花音は手を伸ばして私の腕を掴もうとした。
だが、掴むことすら許されない。
かまいたちのような刃が花音の腕に斬りつける。
「ちっ、駄目だ……! 崩壊カルマの噂を薄々警戒していたが、甘く見ていた。僕にも責務があるくらいっていうのに……。くそう。笹倉コレクションの抑止力を生かした釘打ちが間に合ってないから、おおよその被害すら読めないし、頑張ってここで耐えるしか」
一度両手を引いていた花音は、もう一度腕を掴んで止めようとする。
だけど、もう九曲目に突入していて。
「花音くんは、離れてっ……」
「朝比奈っ!」
ごめんなさい、私……。
なにもかも、壊しちゃう。
大きな地響きが発生するとともに、ピアノ本体から凄まじい爆風が解き放たれた。
うっ、ここは……。
私は目を擦る。ピアノは目の前にあるが、ホコリまみれだった。
「うーんと……」
そこそこ狭い空間に、何時間も眠りについていたような気がした。
微かに、日が差し込んでいるのがみえているから、おそらくはボコボコになった旧校舎の音楽室だろう。
とりあえず、ここから出てみる。
ピアノは一旦放置するしかない。
「眩しい……」
目を慣らすと、住宅街が広がっている。
でも、建物が少し変だ。少し変という言い方には違和感がある。どちらかというと、奏宮高校の近辺には建っていないであろう藁の家がたくさんあるという表現が正しいかもしれない。




