屋上からの帰宅
「一応伝えておくけど、既に持ち主が定まっている笹倉コレクションは回収する気はないよ。僕が探しているのは持ち主が不在、若しくは笹倉コレクション自身が持ち主だと認めていないケースのみだよ」
「そうでしたか……どこか、誤解してたかもですね」
花音の言葉に納得する夏実は、銃口をおろす。
「小鳥ちゃん。もし腫れが酷くなるようなら、すぐに保健室にでも連れて行きます」
「お気遣いだけ、ありがとう。私は大丈夫だから……って、いけない!」
今日はすぐ帰宅する予定でいたのに、私ったら何をしているのだ。
どうしよう……。いっそのこと空でも飛んで行く?
私は屋上にある手すりに両手かける。
「本日は早く帰らなきゃいけなくて」
「珍しい用事かな? それなら仕方ない」
「花音くん、ごめんなさい」
「別に大丈夫だよ。そのくらい」
「夏実さんもごめんなさい」
「気にしないで。小鳥ちゃんと一緒に帰れないのは、残念だけど……」
しんみりする夏実は視線が下向きになっていた。
「ところでさ、朝比奈は何処から帰る気で?」
「うんと……空から?」
飛べる、と頭の中でイメージして、飛ぶ先は一軒家の自宅を連想する。
天使の羽を少し動かして、地面を蹴ると、自宅の玄関に一直線に飛んでいった感覚がした。
その速度は音速をも超える。
天使の羽を扱いこなせてるのか、いまいちなところはあるけど……。
「ただいま……」
玄関から入ると、虚ろな目をした母がいた。
「おかえり。変なことはなかった?」
「うん……特には……」
朝比奈刹花、今日はいる日だから……。
とりあえず母と認識はしているが、実の母ではない。
専属メイドの寧々さんは留守かな。
お父様はまだお仕事中だろうから、いま自宅には母と二人っきりか。
もの静けさの漂う、階段をあがる。
二階建ての一軒家で、二階に私の部屋がある。
私の部屋といっても、たくさんの紙が散らばっている勉強机と、ふかふかのベッドしかない。
そこで母と二人っきり。
「さてと、次の仕事で使う楽譜を書くのよ……!」
「はい。わかりました」
母の指示に従う私は、散らかっている紙の山からペンを探して拾い上げると、適当な紙を使って機械のように新しい楽譜を書き出していった。
「学校で何かあった? ちょっと雰囲気、変よ」
時たま苛立つ顔つきになる母は、どこか気持ち的に焦っているのだが、何故なのかまではわかっていない。
そもそも、母がここへ来るようになったのは不思議なきっかけと父から聞いていたが……。
そうなった経緯を頭の中で整とんしてみる。
まず、今から三年前。当時は中学生になったばかり。楽譜書くのは趣味だったけど、他者からみても技量が高かったことに対する自覚はなかった。
その当時から、私の両親は仕事現場に出向く日々が続いて、家を留守にすることが多かった。
ある日のこと。実の母親が急に長期入院することになった報告を、父の口から聞かされた。
「ふーん。はやく元気になるといいね」
「そうだな……それじゃあ、夕飯を食べ終わったことだし、俺は病院に出かけてくるよ」
父は腰掛けていた椅子から立ち上がると、にこっとした。
そこまでは普通だった。
普通だったんだけど……。




