屋上でのひだまり
「花音くん……いまから楽譜でも書こうかなと思って」
ノートとペンさえあれば、適当に書いちゃう。
それこそ、他人の目なんて気にしないで。
「楽譜を書く? 朝比奈は出来るのか……」
「物心ついた頃から、やろうと思えば出来るようになっていたといいますか、花音くんは楽譜制作とか一切しないの?」
「僕には出来ない。センスないといえばそれまでなんだろうけど、朝比奈は楽譜制作まで出来るだなんてすごく羨ましいなー。もっと、朝比奈のこと知りたくなっちゃいそうだ」
花音がノートに覗きこんでくる。
そんなこと言われても、ちっとも……嬉しくなんか……。
恥ずかしくなって、ノートを閉じてしまった。
「そろそろ、帰ろうかな……」
「もうそんな時間だっけ。反抗期……? 掃除当番は?」
「ハイ……すみません。掃除しに音楽室にいきます……」
「朝比奈は気を遣ってる?」
「いえいえ、花音くんは気にしないで。楽譜を書けるといっても、なんかピンと来ないときはよく手が止まったりしますから。やっぱ掃除は大事ですね」
「それは別に。あとで構わないのだけど……」
「別にって、もしかして私、リストラされた?」
「違うけど、事情がちょっと変わってしまったことがあって。申し訳ないけど、朝比奈にやってほしいことがあるんだ」
「私に、してほしいこと?」
「そうだよ」
花音はうなずくと、カランと音が聞こえた。
私の足元に、銀色のスコップのようなモノが落ちていた。
「このショベルを使って、埋めてもらいたいモノがあるんだ」
「埋める……何をです?」
「笹倉コレクションという道具を知ってるかい?」
「なんか見覚えのある名前なんだけど、気のせい……かな……」
絶対に気のせいじゃないと断言できるし……。
「表現が少し曖昧だったかな。その道具を使うと、噂に関して何かしらの防衛効果が発揮するという効果が出てね。本当に覚えない?」
「ううっと……。それっぽいのは、あの授業の合間でみかけたリコーダーとかが……」
あのリコーダーは、笹倉家に伝わる噂の見極める道具で、花音がいう笹倉コレクションに該当するのだろう。
「脅さないでよね」
「ごめんって。まぁ、認知しているかの確認だったから」
「それで、その笹倉コレクションというのやらをどうしろと」
「集めて埋めて欲しいんだ。埋めて欲しい箇所は学校の敷地内に限る。埋める好機が来たら僕がその都度、指示するから朝比奈に手伝ってほしいんだ」
「それをすることによって、何かメリットとかあるの?」
「それは言えない。けど、少なくとも悪いことは起きないよ」
「ふーん……」
花音が何を企んでいるのか、よくわからない。
引き受ける利点があるとしたら……。
それもよくわからない。
「どうしたの? もしかして、困ってる?」
「別に。ただ、笹倉コレクションって結局のところ笹倉家が管理しているのでは?」
「ふむふむ。ではその回答は、そこで隠れんぼしているクラスメイト様に聞いてみるとしよう」
屋上と階段を結ぶ扉に向かって視線を送る花音は、にんまりしはじめた。
すると、ひょいっと魔女の帽子を被った者が表に出てきた。
「……実はそうでもない。わたしが確認できた笹倉コレクションは、たった二種類だけ。つまり、笹倉コレクションは他の誰かに渡っているということ」
「夏実さん……」
私は、誰が立っているのかすぐにわかってしまった。
そして、あり得ないほどの圧力を掛けていることも理解する。
「夏実さんの手にあるの、何ですか……」
明らかに黒い拳銃である。そんなものを、夏実が両手でしっかりと握りしめていた。
「これも笹倉コレクションのひとつ。あらゆる噂を拘束することができる玩具なの」
「撃たれたら、痛そうだね」
花音は最初から、警戒していたのだろう。
日本刀を既に構えており、まるで隙が無かった。
「いま撃つ気はないよ。ご挨拶代わりに、です」
ため息をつきながら銃口をおろす夏実は、少しばかり残念がっていた。
「小鳥ちゃんと噂の男の子のイチャラブを止めることになるとは、わたしとしてはかなり想定外でしたの」
いやいや、殺意あったでしょう……。
夏実のことは、しばらく信用できなさそうだ。
「心配しなくてもだいじょうぶ。玩具の銃弾しか入ってないので、仮に引き金を引いても軽く痛い痛いと感じるだけですね」
「そ、そうなんだ……」
「だからね。小鳥ちゃんに、試し撃ちしちゃうね」
パーン。玩具の銃弾が、私のおでこに直撃した。
とても痛い。痛いけど、天使の羽のお陰でなんとか体制を維持出来ているって感じがした。
すこしばかり、よろめいたかも。
「夏実さん、どうして撃ったの……?」
「笹倉コレクションを奪われたら嫌だなーって思って、つい……」
感情的になって暴発でもしたのかな。
いまは、そういうことにしておこう……。




