散らかる音楽室
死神の噂
「ぬいぐるみ? これ、最近知名度が上がりはじめた配信者をモチーフにしたものだね」
「どうして取ったのか記憶になくて……というか花音くん、何か詳しいこと知ってるのですか?」
掃除機をかけていた私は、ゲームセンターで取った男キャラクターのぬいぐるみに目を向ける。この音楽室の隅にある空っぽの本棚に飾らしてもらっているが、花音は何か不満ごとでも抱えているのだろうか。あまり良い気になっていないのである。
「ゲームをした記憶がない、ね……他の男にすぐ浮気しちゃうし」
「それは……違うと思いたいけれど」
「浮気はほっとけないからね。手荒な真似を避けたかったが……」
手の伸ばした花音は、細長いケースをその場に手繰り寄せた。
「花音くん、それは?」
「これは日本刀だよ。今回の異常はもしかすると僕でも手に負えないかもだから、また音楽室を汚しちゃってごめんね……」
細長いケースが外れると、刀が出てきた。
「朝比奈と、あのぬいぐるみとの間に出来ている縁結びの紐を切ってみるよ」
花音は刀を軽く振り、何かを切った仕草をみせる。
すると、切ったところから大量のホコリが発生した。
「何してるの、花音くんっ……げほっ、せっかく掃除したのに……!」
「朝比奈には、まだ言ってなかったことあったね。ここのホコリって、あやかしが作ってるんだ。そして、ホコリが出てきたということはあやかしが現れやすくなるんだ。つまり……」
「ケンゾクヨ、ワレニシタガエ!」
見覚えのある黒い手が、私の視界を遮る。
「主さまっ……?」
反射的に声を出したが、時すでに遅し。
視界が真っ暗になってしまった。
どうしよう……。
「いまは眠っておられるようじゃ。だが、ここが開いたら死神が出てくるから気をつけないとじゃな……」
板一枚越しに老婆の声が聞こえてきた。
誰かいるのです?
ドンドンと叩いてみる。
すると、視界がひらける。
あっ……天井があって、なんか蓋があって……。
頭を起き上がらせると、旧校舎の音楽室であることがわかった。
立派な棺桶と、フードの被った老婆。
老婆は体を震わせて怯えている様子だった。
「いつも申し訳なく思っておりますのじゃ。この地では死神の険悪する者が後を絶たないのじゃが、どうかお気をなさらずに」
「それは気にならないのだけど、花音くんはどこなの? 主さまは?」
「そのような名の方は存じぬのじゃが、我が命は取らないでおくれ。どうかお許しを……」
「老婆さんの命は興味すらなくて……早急に立ち去るがよい!」
「ははっ……」
老婆は立ち去った。
さてと、掃除をしよう。
「掃除機……で吸えないもののような……」
私は掃除機を手に取らなかった。
掃除しようとしたホコリが人型になっていて、三角座りしているではないか。
「やっぱり、自分は学校に失望してるのかもね……」
その人型がとてもしんみりしていた。
私からアドバイスすることや、何かしらの手助けを必要性は皆無なんだろうけど、学校が嫌になった理由くらいは聞いて、なんとかしてあげたい気もちでいっぱいだ。
「あの、私に出来ることない?」
やや慎重に、右手を差し出してみる。
「自分はね、教室の片隅で黙々と勉学に励み続けたんだけど、ずっと黙って見てきたものがあるの。それらは目に見える形で起きたとしても、学校側が世間上から事実を包み隠すこともあるものだなって。そう、いじめ。いじめによって生まれる不登校の実態を悪と捉えて避難する現状がいまだに残っているというのになんにも出来なかった」
「学校に……失望しているの?」
「うん。誰も知らない遠くの場所へと行き、逃避したかった」
「現実逃避かぁ……」
「現実逃避したいから、死神さんにお願いがあるの」
「私、死神の眷属らしいから」
「眷属であっても、死神の力は備わっている。いじめという、最低最悪な怪奇現象をくぐり抜けてるためには、死神さまに魂を掃除してもらう他ないと。このままでは、自分の音楽嫌いが更に進行して、取り返しのつかないことを発生させるかもしれないから……!」
私の両肩にしがみつき、必死に訴えかけてくる。
「心配しなくても大丈夫よ、失望した自分は他の人間には見えてないから」
「見えていない……?」
この子、ひょっとして幽霊なのか。
しかも、消滅したがっている幽霊だから、こうして私に押しかけているのかも。
「……わかりました。少し怖いけど」
いま、このままの大勢で問題ない。
死神の斧、出てきて……。
私がそう願うと、死神の斧が右手に添えるような形でひょっこり出てきた。
「これでなら……」
「うぐっ……ありがと……でも、足りないものがある……」
「消えないですね」
「聴こえるの……音色が。あの楽譜を探してほしいの……」
涙を流す人型は、苦しみからの開放を望んでいた。




