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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

三国志演義

三国志演義・美女連環の計~暴獣の最期~

作者: 霧夜シオン
掲載日:2023/07/13

はじめに:この一連の三国志台本は、

     故・横山光輝先生

     故・吉川英治先生

     北方健三先生

     蒼天航路

     の三国志や各種ゲーム等に加え、

     作者の想像

     を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた

     め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事

     も多々あります。

     その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです

     。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい

     ております。何卒ご了承ください<m(__)m>


     なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。

     また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします

     。

     

     ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場

     合がありますので、注意してください。

     なお、性別逆転は基本的に不可とします。


※注意:台本内容に、一部R15の表現があります。

    それでも問題無い方は是非演じていただければ幸いです。



声劇台本:三国志演義・美女連環の計~暴獣の最期~


作者:霧夜シオン


所要時間:約90分


必要演者数:6人(5:1)

        (4:2)


はじめに:この一連の三国志台本は、

     故・横山光輝先生

     故・吉川英治先生

     北方健三先生

     蒼天航路

     の三国志や各種ゲーム等に加え、

     作者の想像

     を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた

     め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事

     も多々あります。

     その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです

     。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい

     ております。何卒ご了承ください<m(__)m>


     なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。

     また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします

     。

     

     ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場

     合がありますので、注意してください。

     なお、性別逆転は基本的に不可とします。


※注意:台本内容に、一部R15の表現があります。

    それでも問題無い方は是非演じていただければ幸いです。


●登場人物


董卓(とうたく)・♂:字(あざな)は仲穎(ちゅうえい)。

     涼州(りょうしゅう)の長官。十常侍(じゅうじょうじ)の乱に乗じて洛陽(らくよう)へ居座り、献帝(けんてい)を擁立し、

     自らを相国(しょうこく)と名乗り、気に入らぬ者は一族郎党皆殺し、強欲で長安遷都(せんと)

     の際は裕福な富豪達から財産をことごとく没収、配下の呂布に命じて漢

     の歴代皇帝の墓を暴いて財宝を全て略奪するなどほしいままに権力を振

     るい、暴虐の限りを尽くす。五十四歳。


呂布(りょふ)・♂:字は奉先(ほうせん)。

     武芸百般に秀で、方天画戟(ほうてんがげき)を枯れ枝の如く振るい、日に千里駆ける

     稀代の名馬・赤兎馬(せきとば)に跨って戦場を駆ける。もとは荊州(けいしゅう)の丁原(ていげん)の

     養子だったが、黄金や赤兎馬に目が眩んで丁原を殺し、董卓に寝返り、

     養子となる。餓狼の様な性質を持つ。

     【人中の呂布、馬中の赤兎】とは当時の洛陽、長安で謳われた

     呂布の代名詞。

     三十代。


貂蝉(ちょうせん)・♀:もとは奴隷として市で赤子の時に売られていたが、王允に買われ、

     娘同様の扱いを受け、楽女(がくじょ)として歌舞全般を仕込まれ育てられる。

     育ての親の王允の役に立ちたいとの思いから、自ら進んで董卓と呂布

     の仲を裂くべく、その身を捧げる。十八歳。


王允(おういん)・♂:字は士師(しし)。

     後漢王朝の最高職のひとつ、司徒(しと)を務める。

     董卓の横暴に日夜心をいためていた。

     かつて曹操に董卓暗殺の為、家宝である七星の剣を与えたこともある

     が失敗している。

     しかし、貂蝉の献身によって美女連環の計を董卓と呂布に仕掛ける。

     六十代。


李儒(りじゅ)・♂:字は文優(ぶんゆう)。

     董卓の腹心にして知恵袋。この主にしてこの部下あり、を地で行く。

     献帝の腹違いの兄である弁王子(べんおうじ)とその母である何太后(かたいごう)を塔の上

     から突き落として殺すなど、残虐非道の限りを尽くす。大体四十代。


張温(ちょううん)・♂:字は伯慎(はくしん)。

     後漢王朝の最高職のひとつ、司空を務める。

     南陽の袁術と内通したのが董卓に露見、宴会の席で呂布に首を斬られ、

     宴席の余興にされてしまう。


ナレーション・♂♀不問:雰囲気を大事に。


※演者数が少ない状態で上演する際は、被らないように兼ね役でお願いします。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ナレ:董卓(とうたく)は長安へ都を移した後もますます威勢を振るい、自らを太政大師(だじょういたいし)や尚父(しょうふ)

   と名乗って位人臣(くらいじんしん)を極める。

   長安(ちょうあん)郊外の郿塢(びう)に、王城をしのぐ城を築き、

   そこに天下のありとあらゆる財宝と二十年分の食糧を蓄え、

   八百人の美女を後宮に収めていた。

   外出する際の行列の輝かしさには、皇帝のさえ見劣りしていたという。

   そんなある日、董卓(とうたく)は密偵から各地の情勢を聞き、手を打って喜んでいた。


董卓:うははは、これは愉快じゃ! 

   わしを滅ぼそうとした連中がたがいに滅ぼし合っておるわい!

   憂(うれ)いがまた一つ除かれたというものよ。

   んん~む、そうじゃ!

   これ程の吉報(きっぽう)ならば、今宵(こよい)また大宴会を開かねばのう!!


李儒:さようでございますな、皆でお慶(よろこ)び申し上げます。


董卓:ようし、さっそく夜に向けて支度をせい!


ナレ:今や朝廷の大臣達の多くは、董卓(とうたく)の顔色を窺(うかが)う日々だった。

   董卓(とうたく)は自分の一族を朝廷の要職につけ、監視の目や耳を至る所に光らせてい

   たからである。

   そして夜を迎えて大宴会の最中(さなか)、呂布(りょふ)が慌ただしくやって来た。

   

呂布:大師(たいし)、失礼します。


董卓:おう呂布(りょふ)、なんじゃ?


呂布:お耳を…。

   【声を潜めて】

   張温(ちょううん)が、南陽(なんよう)の袁術(えんじゅつ)と通じているようです。

   袁術(えんじゅつ)からの密使(みっし)が、誤ってそれがしの屋敷に手紙を届けてきました。


董卓:ほお、そうか……逃がすなよ。

   罪は一族に及ぶ。

   良いな?


呂布:ははっ。


   【二拍】


   おい、ちょっと立て。


張温:あッ、なッ、何を!?


呂布:【語尾に被せて】

   やかましい! 黙って来いッ!


張温:ひいッ、たっ、助けてッ!!


ナレ:諸大臣(しょだいじん)が杯(さかずき)を口に運ぶのも忘れ、かたずをのんでいる

   中、呂布(りょふ)は軽々と張温(ちょううん)の体を持ち上げて去っていった。

   しばらくして青い顔をした宮廷料理人が、特別料理と称して盆の上に

   載せてきたもの、それは、先程引き出されていった張温(ちょううん)の首だった。


董卓・ナレ以外全員:【適当にざわめいて下さい】


董卓:ふふふ……、呂布(りょふ)はどうした?


李儒:はっ、もう間もなく戻ってくるかと。


   【二拍】


呂布:お呼びですか、大師(たいし)。


董卓:おう。

   なに、そちの料理があまりに斬新すぎたようでな。

   みな言葉を失っておるわい。


李儒:将軍から安心して吞むように言ってやってくだされ。


呂布:諸公よ、本日の余興は済みました。

   心置きなく杯(さかずき)を重ねられよ。

   おそらくこれ以上、この呂布(りょふ)の手をわずらわせる方はおらんと信じる。


董卓:張温(ちょううん)を誅殺(ちゅうさつ)したのは、わしに背いて南陽(なんよう)の袁術(えんじゅつ)と通じておったからよ。

   天罰と言おうか、呂布(りょふ)の屋敷に誤って手紙を届けてきたのだ。


李儒:それゆえ今しがた、彼の一族は残らず処刑しました。


董卓:ふふふ…汝(なんじ)らもこの良い例を、しかと見ておくがよい。


ナレ:董卓(とうたく)の横暴は日を追うごとに激しくなり、長安(ちょうあん)の臣民に彼を恨まぬ者は

   一人もいなかった。

   たとえ一見無力な女子供であっても、それは例外ではない。

   大臣最高職のひとつ、上席の司徒(しと)に任ぜられている王允(おういん)の屋敷。

   奥の庭園に一人の少女がたたずんでいた。

   名を、貂蝉(ちょうせん)という。


貂蝉:…満月はあんなにも変わらず明るいのに、その光は地上に届いていない…。

   すべてはあの董卓が…。

   あら…?


王允:むうぅ…董卓(とうたく)の暴虐(ぼうぎゃく)、目に余る…。

   だがわしには何の力も無い。

   どうすればよいのじゃ…。


貂蝉:お父様…最近はすっかりおやつれになってしまわれて…、

   なんとおいたわしい…。


王允:む…? 誰じゃ、そこにいるのは。


貂蝉:わたくしでございます。


王允:おお、貂蝉(ちょうせん)ではないか。

   そのような顔をしてどうしたのじゃ?

   年ごろのそなたに憂(うれ)い顔は似合わぬぞ。

   さ、笑顔をみせておくれ。

   

貂蝉:いいえ、わたくしは自分の事で悲しんでいるのではありませぬ。

   お父様こそ、何か大きなお悩みがあるのではございませんか?


王允:! むむ…そなたにもそう見えるか。


貂蝉:はい。

   最近はほとんど笑わず、時折深い溜息を遊ばされます。

   お父様、わたくしは今日まで育てていただいたご恩を忘れたことはござい

   ません。

   市場で売られていた赤子のわたくしに、実の親も及ばない程の愛情を注いで

   くださり、様々な事を学ばせて下さいました。


王允:何を言う。

   義理とはいえ、お前は実の娘同然。

   慈しんで育てるのは当然の事じゃ。


貂蝉:お父様、おっしゃって下さいませ。

   今の長安の有様’(ありさま)を憂(うれ)えておられるのではないのですか?

   例えば…朝廷で我が物顔に振舞(ふるま)っている董卓(とうたく)の事では…?


王允:【↑の語尾に被せるように】

   しっ、誰かに聞かれたらどうするのじゃ!?

   しかし、そうか…そのように見られておったのか…。

   いかにも、そなたの申す通りじゃ。

   このままではいずれ董卓(とうたく)めが皇帝の位を奪うのは目に見えておる。

   かといって、あそこまで大きな力を持つと、もはや我らに手は出せぬ。


貂蝉:何とかして、董卓(とうたく)を討つ方法はないのでしょうか…?


王允:李儒(りじゅ)の知恵に呂布(りょふ)の武勇がついておる。

   そのうえ警護は厳重、監視の目もあちこちに光っているのじゃ。

   …呂布(りょふ)か董卓(とうたく)、せめてどちらかだけでも…。


貂蝉:では…二人が仲たがいすればよいのですね?


王允:!な、なんじゃと!?

   貂蝉(ちょうせん)、そなた、そんな事が本気でできると…!?


貂蝉:お父様、わたくしは今までのご恩を少しでもお返ししたいのです。

   お願いです。どうかわたくしをお使いください!


王允:むうう………。


   【四拍】


   わかった。

   そなたの真心(まごころ)に甘えて、頼みたいことがある。

   …董卓(とうたく)を、何としても殺さねばならん。

   そしてそなたの言った通り、それを為すには呂布(りょふ)との仲を裂(さ)かねばならぬ。

   …まず、呂布(りょふ)にお前を与えると欺(あざむ)き、董卓(とうたく)にお前を贈る。


貂蝉:はい…!


王允:呂布(りょふ)も董卓(とうたく)も酒や女に溺れる性質(たち)だ。

   お前を見れば必ず心を動かす。

   二人を互いに欺(あざむ)き、疑い合わせれば、必ずや董卓(とうたく)を討つ機会が訪れる!

   そなたの汚れなき細腕(ほそうで)のみがこの謀(はかりごと)を為し得るのじゃ!

   まさか花園の内に、董卓(とうたく)めを討ち果たすことのできる剣が潜(ひそ)んでいようと

   は、誰も知るまい!

   貂蝉(ちょうせん)、ああ、貂蝉(ちょうせん)!!


貂蝉:お父様、顔をお上げください…!


王允:わしは漢王朝(かんおうちょう)を救ってくれる天の御使(みつか)いを礼拝(らいはい)したのじゃ。

   貂蝉(ちょうせん)よ、お前の命を…漢王朝(かんおうちょう)の為にくれい…!


貂蝉:分かりました。

   もし万が一失敗したら、わたくしは笑って死にます。

   そして、二度と人の世には生まれてこないでしょう。


ナレ:二人の密(ひそ)かな誓いから数日後、王允(おういん)は呂布(りょふ)の屋敷に贈り物を届けさせた。

   

呂布:なに、王允(おういん)殿から?

   一体何だろう…。

   !! こ、これは素晴らしい黄金の冠だ!

   あの家は代々、宝物(ほうもつ)を数多く所持していたが、

   長安に移った際にすべて失ったと聞いた。

   それが、まだこれほどの物を所蔵(しょぞう)していたのか。

   ともあれ、礼に行かねばな…。


ナレ:呂布(りょふ)は武勇において天下に並ぶ者がないが、単純な男でもある。

   早速、赤兎馬(せきとば)に乗って王允(おういん)の屋敷へ赴(おもむ)いた。

   一方、王允(おういん)はすでにこの事あるを予想し、歓迎の用意に抜かりはなかった。


呂布:王允(おういん)殿はおられるか。

   呂布(りょふ)が来たと伝えられたい。


   【三拍】


王允:おおぉこれはこれは呂布(りょふ)将軍。

   ようこそおいでくだされました。

   さぁさぁ、皆、何をしておる。将軍がわざわざおいで下さったのじゃ。

   すぐに宴(うたげ)の支度(したく)をするのじゃ。


ナレ:王允(おういん)は呂布(りょふ)を、一家総出(いっかそうで)でもてなした。

   下へも置かぬ扱いで歓待してくれる王允(おういん)を、呂布(りょふ)は不思議に思って眺めてい

   た。


呂布:王允(おういん)殿、それがしは董大師(とうたいし)に仕(つか)える武将の一人にすぎませぬ。

   それに引きかえて、貴殿は朝廷の大臣、そして名家の主人だ。

   一体なぜこれほど丁重にもてなしてくださるのですか?


王允:これはおかしな事をお尋ねなさるものじゃ。

   常日頃(つねひごろ)、将軍の才徳と武勇を陰ながら尊敬しておりました。

   名馬・赤兎馬(せきとば)が我が家の門に繋(つな)がれただけでも、余りある光栄というもので

   す。


呂布:いや、これはどうも…、それがしのようながさつ者を、それ程まで

   に目を掛けて下さっていたとは知りませんでした。


王允:さあさあ将軍、もうおひとつどうぞ。

   おおそうじゃ、娘の舞でもお見せしましょう。

   【手を叩いて】

   貂蝉(ちょうせん)をこれへ呼びなさい。


ナレ:やがて室外に、大輪(だいりん)の牡丹(ぼたん)の花のごとき麗人(れいじん)が姿を現した。

   貂蝉(ちょうせん)である。


貂蝉:…ようこそお越しくださいました、将軍様。


呂布:!! お、おぉ…。

   な、なんと可憐(かれん)なのだ……!


貂蝉:つたない舞でございますが、将軍様を慰めることができればと存じます…。


呂布:う、うむ! 楽しませてもらうぞ!


貂蝉:(この男が呂布(りょふ)… まるで獣のような…。

   お父様の為、何とか篭絡(ろうらく)しなければ…。)

   

   では…。


呂布:…!

   す、素晴らしい…!

   なんという艶(あで)やかさと華麗さを併せ持った舞だ…!

   【つぶやく】

   ぜひ妻に迎えたい…!


貂蝉:(視線が…身体を舐め回しているのを感じる…ええ、もっとご覧なさい…。

   存分に魅了してさし上げます…!)


王允:(…憑(と)りつかれたように見入っておる…これなら間違いなく心を動かして

   いるはずじゃ…。)


   【二拍】


貂蝉:…粗末な舞にて、お目を汚しました。


呂布:おお…ッ、

   【ゆっくり手を叩きながら】

   いや、見事、見事だ! ああ、なんと素晴らしい…!!


貂蝉:お褒めいただき、恐れ入ります…。


王允:貂蝉(ちょうせん)、呂布(りょふ)将軍はお前の舞がことの外(ほか)お気に召したようだ。

   こちらへ来てお酌(しゃく)しなさい。

   将軍はな、わしが日ごろ尊敬しているお方じゃ。

   充分におもてなしするようにの。


貂蝉:はい…失礼いたします。

   …どうぞ。


呂布:う、うむ…!

   王允(おういん)殿、この麗人(れいじん)はご息女(そくじょ)ですか?


王允:はい、娘の貂蝉(ちょうせん)と申します。


呂布:知らなかった。

   王允(おういん)殿にこのような美しいご息女(そくじょ)がおられようとは…。


王允:全く世間を知りませぬし、滅多(めった)に客前へ顔を出したこともありませぬ。

   これ、貂蝉(ちょうせん)、もっと杯(さかずき)をお勧めしなさい。


呂布:それを今日は、それがしの為に…。


王允:我が家がそれほどまでに、将軍のご来訪を喜んでいるのだというお気持ちを

   汲(く)んで下されば、幸いに存じます。


呂布:いや、もう十分にもてなしをいただきました。

   しかし、本当に美しい……。


王允:…将軍、貂蝉(ちょうせん)がお気に召したようですな。


呂布:そ、それは勿論(もちろん)。

   まるで天女(てんにょ)のような美しさ…男なら誰でも傍(そば)に置きた

   くなるものです。


王允:それならば……貂蝉(ちょうせん)、これからは呂布(りょふ)将軍のお傍(そば)に仕(つか)えたらどうじゃ?


呂布:えッ!!?


貂蝉:はい……光栄に存じます。


呂布:お、王允(おういん)殿、い、今のは、まことか!?!?


王允:なんで戯(たわむ)れにこのような事を申しましょう。

   貂蝉(ちょうせん)もどうやら将軍の事をお慕(した)いしている様子。

   良き日を選んで将軍の元へ送る事をお約束いたします。


呂布:王允(おういん)殿…それがしはすっかり酔いました。

   このような楽しい日を過ごしたのは初めてな気がする…。


貂蝉:将軍様、初めてお会いした時からお慕いしておりました…。

   今、念願が叶って貂蝉(ちょうせん)は嬉しゅうございます…!


呂布:おお…貂蝉(ちょうせん)、そなたも喜んでくれるか!


王允:このまま我が家へお泊めしても良いのですが、董大師(とうたいし)に怪しまれてもいけま

   せん。

   今宵(こよい)はお帰りになった方がよろしいでしょう。

   

呂布:うむ、確かに。

   しかし王允(おういん)殿、間違いはないでしょうな?

   必ず、必ずですぞ…!


王允:もちろんですとも。

   では、お見送りいたします。どうかその日を楽しみにお待ちくだされ。


   【三拍】


   これで、一方はうまくいった。

   ッ飢(う)えた狼め…誰がすき好(この)んで…しかし、董卓(とうたく)もまた…。

   すまぬ…貂蝉(ちょうせん)…。


貂蝉:お父様、どうかわたくしを労(いた)わらないでください。

   かえって心が弱くなり、決心が鈍(にぶ)りかねません。


王允:そうか…わかった、もう言うまい…。

   かねて話していた通り、董卓(とうたく)もいずれ屋敷へ招く。

   呂布(りょふ)同様に媚(こ)びを売り、機嫌を取ってくれよ。


貂蝉:はい…!


ナレ:次の日、王允(おういん)は朝廷に出仕(しゅっし)すると、呂布(りょふ)の不在を見計(みはか)らい、董卓(とうたく)へ目通り

   を願い出た。


董卓:王允(おういん)、どうしたのだ。

   火急の用か?


王允:董大師(とうたいし)もますますご健勝におわすようで、心よりお喜び申し上げます。

   毎日のご政務、さぞお疲れと存じます。

   それをお慰(なぐさ)め致したく、我が屋敷にささやかではありますが、

   酒宴の席を設けておもてなししとうございます。

   もし大師(たいし)においでいただけるならば、我が家の喜び、これに過ぎるものは

   ございません。


董卓:なに、わしを屋敷へ招いてくれるというのか。

   それは近ごろ喜ばしい事じゃ。

   そちは国家の元老(げんろう)、その招待を断るのは失礼にあたるというものだ。

   明日にでも行こうぞ。


王允:おお、ありがとうございます。

   それでは、喜んでお待ち申し上げます。


ナレ:王允(おういん)は急いで屋敷に戻ると、一族を集めて董卓(とうたく)を迎える用意にかかるよう

   命じた。


王允:皆の者、明日、董大師(とうたいし)がお越しになる。

   我が家の名誉(めいよ)になる日ゆえ、決して粗相(そそう)の無いようにの。

   さあさあ、すぐに支度にかかるのじゃ。

   おおそうじゃ、貂蝉(ちょうせん)、こちらへ来なさい。


   【二拍】


   【声を潜めて】

   貂蝉(ちょうせん)…いよいよ明日じゃ。

   …頼んだぞ。


貂蝉:【声を潜めて】

   はい…! 必ずや、董卓(とうたく)の心をつかんでみせます…!


ナレ:一夜明け、董卓(とうたく)は行列を整えて王允(おういん)の屋敷へと向かった。


董卓:のう、李儒(りじゅ)。

   国家の元老(げんろう)たる王允(おういん)までもがわしの機嫌を取り、屋敷に招待しおるわい。

   実に良い気分じゃ。


李儒:ふふふ…大師(たいし)が次代の皇帝となられるべきだと、王允(おういん)も認めたのでございま

   しょう。


董卓:そうかのう。

   長安(ちょうあん)に都を移してから前途(ぜんと)が洋々(ようよう)と開けてきておる。

   そちの申す通りであったわ。


李儒:お褒(ほ)めにあずかり、光栄でございます。

   さ、大師(たいし)、着きましたぞ。


王允:ようこそおいでを賜(たまわ)りました。

   董大師(とうたいし)のご来駕(らいが)は我が家始まって以来の光栄にございます。

   一族をあげて、心からおもてなしさせていただきます。


董卓:おう、今日は楽しませてもらおうのう。

   そちもわしの傍(かたわ)らにあるがよい。


王允:さあさあ、こちらでございます。

   大師(たいし)のお口に合いますかどうか…。


ナレ:董卓(とうたく)は勧められるまま席につくと、大いに飲み食いし、

   すっかり大満足な様子であった。

   李儒(りじゅ)をはじめ、警護の者達も存分にもてなされ、宴はまさにたけなわを迎え

   る。

   王允(おういん)は頃合(ころあい)を見計(みはか)らって、董卓(とうたく)に囁(ささや)いた。


王允:大師(たいし)、あちらの離れで一休みなされては…。


董卓:うむ。そちに任せよう。


   【二拍】


   いや、良い酒に美味い料理、堪能(たんのう)したぞ。

   よしよし、今にもっとそちを取り立ててやろう。


王允:ありがたきお言葉にございます。

   【手を叩いて】

   これこれ、董大師(とうたいし)に舞もお見せするのじゃ。

   貂蝉(ちょうせん)をこれへ呼びなさい。


   【二拍】


貂蝉:…ようこそおいでくださいました、董大師(とうたいし)様。


董卓:!! む、むぅ、これは…!


貂蝉:(董卓(とうたく)…老いて醜く肥(こ)え太った、呂布(りょふ)とはまた違う獣…。)

   それではつたない舞ですが、どうぞご覧くださいませ…。


ナレ:やがて朧(おぼろ)な明かりの中、曲に合わせて貂蝉(ちょうせん)が舞い始めると、

   その姿に董卓(とうたく)は杯(さかずき)を誤って取り落とすほど見惚(みと)れていた。


董卓:おおお…な、なんという美しさじゃ! 

   わしの城にこれ程の女はおらぬ!

   仙女(せんにょ)とは実に貂蝉(ちょうせん)のごとき者を言うのだろう。

   後宮にぜひ迎えたいものじゃ…!


王允:董大師(とうたいし)にそれほど気に入っていただけるとは、貂蝉(ちょうせん)も幸せ者でございます。

   …よろしければ、大師(たいし)に差し上げてもよろしゅうございますが…。


董卓:何! まことか!?


王允:貂蝉(ちょうせん)、そなたも異存はないじゃろう?


貂蝉:はい…身に余る光栄にございます。


董卓:うははは、そうかそうか!

   では連れて帰るぞ!

   …貂蝉(ちょうせん)とやら、可愛がってやるからのう…!


貂蝉:う、嬉しゅうございます…それでは、行って参ります。


王允:うむ…粗相(そそう)の無いように努めるのじゃぞ。


董卓:王允(おういん)よ、そちの忠誠(ちゅうせい)はよく分かった。

   以後はもっと引き立ててやるからのう。


李儒:出発だ、共揃(ともぞろ)えをせよ!


ナレ:王允(おういん)は、事の進み具合に内心喜びながらも貂蝉(ちょうせん)との別れを惜しみ、

   董卓(とうたく)を送っていく。

   屋敷へ帰ってくると、二列に松明(たいまつ)を立てた一団の騎馬隊がやってきた。

   真っ先に立っているのは、呂布(りょふ)である。


呂布:おのれ、今帰ったか、王允(おういん)ッ!!


王允:おお、これは呂布(りょふ)将軍ではございませぬか。

   一体こんな夜更けに、いかがなされたのです?


呂布:とぼけるな!

   貴様は先日、貂蝉(ちょうせん)をこの呂布(りょふ)へ贈ると約束しておきながら、

   今宵、董大師(とうたいし)へ献じてしまったというではないか!

   この狸ジジイめ!!


王允:なんと、将軍はどうしてそれをご存じで…!?


呂布:先ほど我が屋敷へ、董大師(とうたいし)が王允(おういん)の屋敷より美女を乗せて戻られたと

   告げに来た者があったのだ!


王允:あ、いや、その事でしたら…


呂布:【語尾に被せて】

   黙れッ!

   貴様、この呂布(りょふ)を謀(たばか)りおってどうなるか、今その身を八つ裂きにして

   思い知らせてやる!!


王允:将軍、落ち着いてくだされ。

   貂蝉(ちょうせん)は董大師(とうたいし)に差し上げたのではありませぬ。


呂布:何ィ、どういう事だ!

   何度も貴様の二枚舌(にまいじた)に欺(あざむ)かれはせぬぞ!


王允:ここではお話もしづらいですし、まずは我が屋敷へお通りを…。

   その上でご納得頂けなければ、この首をお持ち帰りくだされ。


呂布:いいだろう、もう一度だけ話を聞いてやる!


   【二拍】


王允:さ、お掛けください…、実はこうです。

   今宵(こよい)の酒宴が果てた後で大師(たいし)が、そちは呂布(りょふ)に貂蝉(ちょうせん)を与える約束をしたそう

   だが、ひとまずわしに預けよ、と申されたのです。


呂布:わからん。

   何故それがしに嫁(とつ)ぐのに董大師(とうたいし)に一時預けねばならん!?


王允:良き日を選んで董大師(とうたいし)が酒宴を開き、その場で不意に将軍と貂蝉(ちょうせん)を会わせて

   、皆でひやかして楽しもうと仰(おお)せられまして…。

   せっかくの思(おぼ)し召しに背(そむ)くわけには参りませぬゆえ、貂蝉(ちょうせん)をお預けした次第

   です。


呂布:な、なに…すると董大師(とうたいし)は、それがしをからかう為に…?

   す、すまぬ王允(おういん)殿! 軽々しく疑って…罪、万死(ばんし)

   に値(あたい)するがこの通りだ! 許してくだされ!


王允:いやいや、お疑いが解けたのであれば、それで良いのでございます。

   いずれ、貂蝉(ちょうせん)の衣装や化粧道具の一切すべてを将軍の元へお送りしますゆ

   え。


呂布:申し訳なかった。

   貂蝉(ちょうせん)の顔を一目見たあの時から、目の前にいつもちらついて離れぬのだ。

   それゆえ、つい取り乱して…。


王允:将軍にそれほどまでに思っていただけて、貂蝉(ちょうせん)は果報者(かほうもの)にございます。

   さぞかし将軍に引き合わせられる日を、指折り数えて待っておりましょう。


呂布:王允(おういん)殿、夜分(やぶん)に押しかけての狼藉(ろうぜき)、誠にお詫(わ)びの言葉もない。

   では、その日を心待ちにしています。

   

   お前達、引き上げるぞ!


王允:……。

   (ふん、人の道も礼儀もわきまえぬ、獣(けだもの)めが…。)


ナレ:呂布(りょふ)は何度も王允(おういん)に詫びると自分の屋敷へ帰って床につ    く。

   だがなんとなく寝苦しく、あまりよく眠れなかった。

   その頃の丞相府(じょうしょうふ)、董卓(とうたく)の寝室。


董卓:おうおう、貂蝉(ちょうせん)よ。

   そなたは何故こうも美しいのじゃ。


貂蝉:……お恥ずかしゅうございます、大師(たいし)様。

   (っ…こんな形で、殿方を知る事になるなんて…!)


董卓:ふふふ…まさに仙女(せんにょ)じゃわい。

   ほれ、この透(す)き通るような白き柔肌(やわはだ)、それに牡丹(ぼたん)の如(ごと)き唇、

   どれ一つとしてわしの後宮(こうきゅう)にいる女共には無い。

   ほぅれ、ほぅれ…!


貂蝉:あ…あぁ…っ。

   (心は嫌なのに…体が反応してしまう自分が憎い…!)


董卓:おうおう、良い声で啼(な)きおるわい。

   ならばここはどうじゃ? んん? 


貂蝉:あぅ! あああッ…! 

   (好きなだけ貪(むさぼ)ればいい…その代価は…ッ!)   


董卓:まだ序の口じゃぞォ、ふふふ…今宵は寝かさぬ。

   そなたは今よりわしの物じゃ!

   たっぷりと…可愛がってやろうのう…!!


貂蝉:ああぁっ、大師(たいし)様ぁっ! 

   (董卓(とうたく)、あなた自身の命で払ってもらうッ!)


董卓:ぐふふふふ…うははははは…!!!!!


ナレ:かたや爛熟(らんじゅく)の春に眠れぬ夜を、かたや早熟(そうじゅく)の果実はその花を散らした。

   呂布(りょふ)は貂蝉(ちょうせん)が気になり、早々と出仕(しゅっし)すると董卓(とうたく)の寝室へ赴(おもむ)いた。

   すると、鏡に向かっている貂蝉(ちょうせん)の後ろ姿が、ちらと見えた。


呂布:うっ、あれは…!

   【小声で】

   貂蝉(ちょうせん)……!


貂蝉:! あ…将軍様……!?


ナレ:呂布(りょふ)は我を忘れて、寝室へ踏み込んでいた。

   貂蝉(ちょうせん)は鏡に映った呂布(りょふ)に気付くと振り返り、瞳へ見る間に涙を泉のように

   湛(たた)えて今にも泣きだしそうな様子だったが、その心は態度と裏腹であった。


貂蝉:(まさか、ここまで来るなんて…、とんでもない人に見初められたのかも

   しれない…。

   でもここでうまく董卓(とうたく)の怒りを買わせれば、あるいは…!)


呂布:(ああ…貂蝉(ちょうせん)は…もう乙女ではなくなっている…!

   董大師(とうたいし)も酷(ひど)い…!

   それとも王允(おういん)が俺を騙(だま)したのか?

   いや、貂蝉(ちょうせん)も無理に迫(せま)られては拒(こば)めなかったのだろう…。)


ナレ:呂布(りょふ)はついには矢も楯(たて)もたまらなくなり、貂蝉(ちょうせん)を抱き寄せようとしたその

   刹那(せつな)、奥からいきなり声がかかった。


董卓:貂蝉(ちょうせん)、誰かそこにおるのか?


貂蝉:ぁ…ッ…!


呂布:っ!!

   …り、呂布(りょふ)です。

   大師(たいし)には、今、お目覚めですか。


董卓:なに…?

   呂布(りょふ)、何の用だ。

   誰に断って寝室まで入ってきた。


呂布:は、はっ。

   じ、じつは、こうです。

   大師(たいし)が病に倒れられる夢を見てしまったものですから、に、にわかに心配

   になりまして、その、夜が明けるのを待ちかねて飛んで参りました。

   しかし、大師(たいし)のお変わりない姿を見て、ほっといたしました。


董卓:ッ馬鹿者が!

   起き抜けにそんな忌まわしい話を聞かせる奴があるかッ!


呂布:お、恐れ入りました。

   大師(たいし)のご健康を常に案じておるものですから。


董卓:なんじゃと?

   その落ち着きのない様(ざま)は何だ!

   それにここは寝室だ、去れッ!!


呂布:ははっ…!

   (くっ…貂蝉! )


貂蝉:(さすがにこの程度ではまだ…もっと事を積み重ねなければ…。)


ナレ:この日以降、呂布(りょふ)の態度は目立って変わっていった。

   夜は酒に溺れ、昼も辺り構わず喚(わめ)き散らすかと思えば終日ふさぎ込む。

   董卓(とうたく)の元へ出仕(しゅっし)るのも休んだり、遅く出たりと乱れがちであった。

   一ヶ月もそんな状態が続いていたが、ある日、董卓(とうたく)が軽い病(やまい)で伏せっている

   と聞き、久し振りに見舞いに赴(おもむ)いた。


董卓:おう、呂布(りょふ)、久しぶりじゃのう。

   そちも病(やまい)であったそうじゃな。


呂布:はっ、大したことはありませぬ。

   この春に酒が過ぎた程度です。


董卓:そうか、わしもすっかり体が弱くなった。

   野山を駆けまわっていた頃の健康な体に戻りたいわい。

   っ、ごほっ、ごほっ。


貂蝉:大師(たいし)様、大丈夫でございますか。

   少しお休み遊ばしては…。


董卓:うむ、そうじゃのう…ごほっ。


ナレ:董卓(とうたく)を横にすると、貂蝉(ちょうせん)は衝立(ついたて)の陰に下がった呂布(りょふ)へひしと抱きついた。


呂布:【ささやき声】

    !! ち、貂蝉(ちょうせん)!?

    どうしたのだ!?


貂蝉:【ささやき声】

   ああ…つろうございます。

   心に想っているお方と一緒になる事もできず、こうして心にもない方と暮ら

   さねばならないのに、あなた様はこの頃ちっともおいでにならない…! 


呂布:【ささやき声】

   ちょ…貂蝉(ちょうせん)…では、そなたは…そなたは…!


貂蝉:【ささやき声】

   はい…!

   せめてお顔だけでも、毎日見せて下さりませ…!


呂布:【ささやき声】

   貂蝉(ちょうせん)っ……!


董卓:呂布(りょふ)ッ!

   そこで何をしておるッ!!!


呂布:うっ、はっ、い、いや、別に、何も…!


董卓:黙れッ!

   今、わしの目を盗んで貂蝉(ちょうせん)に戯れようとしたな!

   わしの寵姫(ちょうき)へ、淫(みだ)らなことをしかけようとしたなッ!!

   うっ、ごほっ、ごほっ!


呂布:そ、そんな事は…


董卓:【語尾に被せて】

   不届き者めッ!

   目を掛けられているからと、つけあがりおって…!

   身の程をわきまえろッ! 屋敷に引きこもって謹慎(きんしん)しておれッ!! 


呂布:ッ! それが…お言葉ならば…!


董卓:ええぃさっさと出ていけッ!!

   うっ、ごほっ、ごほほっ!


   【二拍】


   はぁ、はぁ、貂蝉(ちょうせん)、大丈夫か?

   何もされておらぬか? ん?


貂蝉:は、はい…。

   (…まだ、まだ足りない…もっと、もっと…!)


   【二拍】


呂布:くっ…くそおっ……!


李儒:おや、呂布(りょふ)殿。

   いかがなされた? 病(やまい)に伏せっていたと聞きましたが?


呂布:先を急ぐ。御免(ごめん)。


李儒:? 呂布(りょふ)殿? 


   【二拍】


   大師(たいし)、李儒(りじゅ)です。


董卓:ごほっ、ごほっ。

   …む、李儒(りじゅ)か…入れ。


李儒:失礼いたします。

   先ほど血相を変えた呂布(りょふ)とすれ違いましたが、何かございましたか?


董卓:ふん、あやつめ、目を掛けられているのにつけ上がりおって、

   わしの貂蝉(ちょうせん)に手を出そうとしおったのじゃ!


李儒:【軽い溜息】

   困りましたなぁ…。

   なるほど、此度(こたび)の呂布(りょふ)については確かに不届きでございます。

   しかし、大師(たいし)はいずれ天下に君臨なさるお方。

   その大望(たいぼう)の為には、多少の罪など笑ってお許しになる大きな度量が必要かと

   存じます。


董卓:馬鹿なッ、それでは主従の間はどうなる!

   士気の乱れのもとではないか!


李儒:では、呂布(りょふ)が他国に走ったら何となされますか?

   それこそ、大事は成りませぬぞ。


董卓:ぐ、ぬぅ…確かに他国に走られるのはまずい…。


李儒:大師(たいし)の大望(たいぼう)の為には、呂布(りょふ)は決して失ってはならぬ人間でございます

   。


董卓:しかし、すでに謹慎(きんしん)を命じてしまった。


李儒:その心配は無用にございます。

   呂布(りょふ)は単純な男ゆえ、明日お召しになって金銀を与えればよいのです。

   その上で優しくお諭(さと)しあれば、感激して以後はきっと慎(つつし)むことでございまし

   ょう。


董卓:【唸る】

   …わかった。

   明日、呂布(りょふ)を呼び出せ。


貂蝉:(…李儒(りじゅ)…この男の目の届くところでは動けない…。

    うまく仲を取り持たれては、大人(たいじん)の謀(はかりごと)が水の泡に…。)


ナレ:董卓(とうたく)は李儒(りじゅ)に説得されているうちに、怒りも収まってきた。

   いかに貂蝉(ちょうせん)に溺れていても、天下への野望を捨てるわけにはいかなかったの

   である。

   そして次の日。


呂布:…大師(たいし)、お呼びとのことで参じました。


董卓:おう呂布(りょふ)。

   昨日は病(やまい)のせいで癇癪(かんしゃく)を起こし、そちを罵(ののし)ってしまった。

   だがわしはそちの力を何よりも必要としておるのじゃ。悪く思わんでくれ。

   これからも今までどおりに顔を見せて、わしの傍(そば)を離れずにいてくれよ。

   それ、これが詫(わ)びのしるしの金銀じゃ。


呂布:っこ、これは…ありがたき、幸せに存じます…。


董卓:うむ、これからも頼むぞ。


呂布:ははっ…。


   【二拍】


李儒:あれでよろしゅうございます、大師(たいし)。


董卓:うむ…。


ナレ:この日以来、呂布(りょふ)は董卓(とうたく)と貂蝉(ちょうせん)の間で板挟(いたばさ)みとなってしまった。

   しかしそれでも日々の出仕(しゅっし)は欠かさず、董卓(とうたく)の外出の際は警護の先頭に立っ

   た。

   だが夏も近いある日、朝廷へ董卓(とうたく)を護衛した際に彼の帰りが遅くなる事を

   知ると、再び貂蝉(ちょうせん)への想いに突き動かされ、彼女の元へ忍んで行ったので

   ある。


呂布:貂蝉(ちょうせん)…貂蝉(ちょうせん)…!


貂蝉:!! あ…将軍様…!

   どうしてここへ? 大師(たいし)様を護衛して行かれたのではございませぬか?


呂布:貂蝉(ちょうせん)! 大師(たいし)への恩と、お前への恋しさゆえのこの苦しい気持ち、そなたに

   は分らぬかもしれぬ…!

   実は大師(たいし)の帰りが遅くなると知ったゆえ、せめてつかの間(ま)でもと、こうして

   ここへ来たのだ…!


貂蝉:それほどまでにわたくしの事を…将軍様、嬉しゅうございます…!!


呂布:将軍などと、他人行儀で呼んでくれるな。 

   この通り、そなたと想いは通じ合っているのだ。

   奉先(ほうせん)と、奉先(ほうせん)と呼んでくれい…!


貂蝉:はい…! ああ…奉先(ほうせん)様っ…!


呂布:貂蝉(ちょうせん)っ…!


貂蝉:奉先(ほうせん)様、ここでは人目に付きます。

   後から必ず参りますゆえ、奥の鳳儀亭(ほうぎてい)で待っていて下さいませ。


呂布:うむ…!


貂蝉:(…誰があなたなどと…でもあの様子、もう完全にこちらの手の中…。)


ナレ:貂蝉(ちょうせん)は呂布(りょふ)が奥へ駆けて行くのを見届けると、化粧して後を追った。

   二人は鳳儀亭(ほうぎてい)の壁の陰に身を隠すと手を取り合い、呂布(りょふ)は体中の血が燃える

   かのような錯覚を覚え、貂蝉(ちょうせん)は涙を流した。


呂布:貂蝉(ちょうせん)、どうしたのだ?

   こうして会えたのをそなたは喜んでくれないのか?


貂蝉:いいえ、奉先(ほうせん)様。

   わたくしは嬉しさのあまり泣いているのです。


呂布:そうか…それほど喜んでくれているのか…嬉しいぞ!


貂蝉:…お聞き下さい、奉先(ほうせん)様。

   わたくしは、実は王允(おういん)様の本当の娘ではないのです。

   孤児の身であったのを我が子同然に可愛がって下さり、行く末は必ず

   英雄たる人物の元へ嫁がせてやろうぞ、といつもおっしゃって下さっ

   ていました。

   そして奉先(ほうせん)様を初めてお招きした夜、このお方こそと思いました。

   常日頃からの願いが叶うかと、その日から夜ごと夢に見るほど楽しみ

   にしていたのです。


呂布:貂蝉(ちょうせん)…その気持ちは同じだ。

   あの夜そなたと巡り会い、この心はすっかりそなたに囚われてしまっ

   た。


貂蝉:ですが、董大師(とうたいし)にこの身は汚され、もはや奉先(ほうせん)様のおそばに行く事もできま

   せぬ。

   それを思うと、わたくしは…わたくしは…無念でなりませぬ!

   ……っ!


呂布:あっ、貂蝉(ちょうせん)、何をする!


貂蝉:死なせて下さいませ!

   たとえこのまま生きていても奉先(ほうせん)様と一緒になる事も

   できず、董大師(とうたいし)には夜ごと弄ばれ、日ごとにこの胸の苦しみは

   募るばかりです!

   せめて来世で結ばれることを楽しみに、先に逝きたいのです…!


呂布:愚かなことを申すな!

   来世よりも今生(こんじょう)を楽しむのだ!

   貂蝉(ちょうせん)よ…悲しむな。必ずそなたを救ってみせる!

   ……たとえ、あの董卓(とうたく)を殺してでも…!


貂蝉:えっ、それは…それは、本当でございますか!?

   ああ……わたくしは、嬉しゅうございます……!!


呂布:貂蝉(ちょうせん)、今は時期を待て。

   今日は董卓(とうたく)の隙(すき)を見てここへ来たのだ。

   見つからぬうちに戻らねばならん。

   また機会をうかがって逢おう。


貂蝉:奉先(ほうせん)様。奉先(ほうせん)様は世に並ぶ者無き英雄のはずです。

   どうして董大師(とうたいし)を恐れてその下に付いているのでございますか?


呂布:いや、そういうわけではない。

   誰があんな老いぼれを恐れるものか。


貂蝉:頼もしいお言葉…ああ…奉先(ほうせん)様といつまでもこうしていとうござい

   ます…。

   (…ここへ董卓(とうたく)が帰ってくれば…。)


ナレ:貂蝉(ちょうせん)は呂布(りょふ)の袖(そで)に縋(すが)り付き、なおも涙に頬を濡らしながら睦言(むつごと)を囁き、その

   場へ足止めしていた。

   一方、董卓(とうたく)は貂蝉(ちょうせん)の姿が見えない事で疑念に駆られて捜し回っていたが、

   ついに奥の鳳儀亭(ほうぎてい)の橋で寄り添っている二人を見つけたのである。


貂蝉:あっ…董大師(とうたいし)が……!

   (今度こそは…!)


呂布:うっ、しまった…時が経つのを忘れてつい…!


董卓:う、うぬっ!

   わしの貂蝉(ちょうせん)にまだ手を出そうとするか、呂布(りょふ)ッ!!


呂布:ッッ!!


董卓:おのれッ、どこへ行く!!

   待てッ!! 不埒者(ふらちもの)めッ!!

   ええい誰かおらぬか!!!

   おお貂蝉(ちょうせん)、そなたは奥へ行っておれ!


貂蝉:は、はい…。

   (…これで董卓(とうたく)は必ず呂布(りょふ)を…)


李儒:大師(たいし)、どうなされたのですか!?


貂蝉:(! っこんな時に、またしてもッ……!)


董卓:おお、李儒(りじゅ)!

   呂布(りょふ)を捕らえろッ!! 


李儒:呂布(りょふ)がいかがしたのでございますか?

   先ほどすれ違った時に、大師(たいし)がいきなり狂乱なさって、

   手討ちにすると追いかけてくるゆえ助けて下され、との事で、

   驚いてこうして駆け付けたのでございます。


董卓:馬鹿なッ、わしは狂乱などしておらん!

   わしの目を盗んでまたしても貂蝉(ちょうせん)に戯れているのを

   見つけられたゆえ、そんな事を口走ったのだろう!


李儒:ははあ、道理でいつになく顔色を失って、慌てておりましたが…。


董卓:とにかく、すぐに引っ捕らえてこい!

   今度という今度は絶対に呂布(りょふ)めの首をはねてくれる!

   

李儒:いけません、大師(たいし)。

   もう一度、その怒りをお鎮(しず)め下さいませ。


董卓:なにィ!?

   不埒者(ふらちもの)を成敗するのがなぜいけないのじゃ!?

   早く呂布(りょふ)の首を見せィ!!


李儒:恐れながら大師(たいし)。

   いま呂布(りょふ)をお斬りなさる事は、ご自身の首へ刃を当てるに

   等しい愚行です。

   大師(たいし)が皇帝の位につくまでは、呂布(りょふ)は必ず味方にしておかねばならない男に

   ございます。


董卓:ぬぬぬ、しかし…!!


李儒:かつて春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)の頃、死罪に値する行動を笑って許したがゆえに、

   そのあと訪れた絶体絶命の窮地から救われた楚(そ)の国の荘王(そうおう)の逸話(いつわ)、

   絶纓(ぜつえい)の会という故事の例もございます。

   どうか大師(たいし)におかれましても、いにしえの名君の大きな度量を味わっていた

   だきとう存じます。


董卓:む、むぅ……。


ナレ:董卓(とうたく)は李儒(りじゅ)の言葉に黙然(もくねん)と考え込んでいたが、やがて顔を上げた。


董卓:…わかった。思い直した。呂布(りょふ)の罪は問わぬ。


李儒:ありがとうございます。

   大師(たいし)、呂布(りょふ)がそれほど貂蝉(ちょうせん)に恋い焦がれているのでしたら、呂布(りょふ)に

   与えてはいかがでしょう?


董卓:な、なに、貂蝉(ちょうせん)を!?


李儒:はい。

   呂布(りょふ)は大師(たいし)の恩に感激し、命をかけて尽くす事でしょう。


董卓:む、むぅ…しかし、なぁ……。


李儒:大師(たいし)、女一人と皇帝の位、どちらをお選びになりますか。


董卓:~~……。


   【二拍】


   分かった…良きにはからえ。


李儒:ありがとうございます。

   大師(たいし)の賢明なるご判断、覇業完成の元にございます。

   早速この旨(むね)を呂布(りょふ)に知らせてやりますゆえ、これにて…。


   【二拍】


董卓:……ふふふ、絶纓(ぜつえい)の会、か。

   李儒(りじゅ)め、うまい事を言いおるわい…。

   確かに今、呂布(りょふ)を失うわけにはいかん。

   皇帝の位を奪うまでは、奴は必要な男よ…ふふふ、ははははは……!


貂蝉:(く…李儒(りじゅ)…ッ!!)


ナレ:退出していく李儒(りじゅ)を董卓(とうたく)は見送り、柱の陰で聞いていた貂蝉(ちょうせん)は、怒りに

   身を震わせながら一足先に奥へと戻ると、窓の傍らに腰かけてすすり泣い

   ていた。


董卓:まだ泣いておるのか、貂蝉(ちょうせん)。

   そなたにも隙(すき)があるからこのような事が起きるのじゃ。

   罪の半分はそなたにもあるぞ。


貂蝉:【すすり泣きながら】

   でも大師(たいし)様、わたくしは呂布(りょふ)将軍を、大師(たいし)様の御養子(ごようし)だと思って敬ってい

   たのです。

   なのに今日、恐ろしい形相で鳳儀亭(ほうぎてい)へ連れ込み、あんな乱暴を仕掛けるの

   ですもの…。


董卓:むう…いや、深く考えてみれば、悪いのはそなたでも呂布(りょふ)でもない。

   このわしが愚かであった。

   貂蝉(ちょうせん)、わしが呂布(りょふ)との仲を取り持とう。

   あれほどそなたを忘れられずに恋い焦がれているのじゃ。

   そなたも呂布(りょふ)を愛してやるがよい。


貂蝉:な、何をおっしゃられるのです大師(たいし)様!

   大師(たいし)様に捨てられて、あんな乱暴な呂布(りょふ)将軍の妻になれというのでござい

   ますか!? 

   大師(たいし)様は、わたくしをお嫌いになったのですか!?


董卓:い、いや、そういうわけではないが…


貂蝉:【語尾に被せて】

   嫌! 嫌です!!

   たとえ死んでもそんな辱めは受けません!

   ッッ!!


董卓:あっ、これ、何をするか!!


ナレ:貂蝉(ちょうせん)は泣きながら董卓(とうたく)の膝にすがっていたが、いきなり彼の剣を奪って

   自害しようとした。

   董卓(とうたく)が慌てて剣を叩き落とすと、彼女は反動で床に転び伏しながら、

   なおも訴えた。


貂蝉:きっと…きっとこれは、李儒(りじゅ)様が呂布(りょふ)将軍に頼まれてそのような進言

   をしたに違いありません。

   お二人はいつも、大師(たいし)様のいらっしゃらないのを見計らっては、

   ひそひそと密談していますから。


董卓:な、なに、李儒(りじゅ)と呂布(りょふ)が…?


貂蝉:大師(たいし)様はわたくしよりも、李儒(りじゅ)様や呂布(りょふ)将軍の方が大事なのでございまし

   ょう? わたくしなどは、もう…

   【号泣】


ナレ:董卓(とうたく)はいきなり貂蝉(ちょうせん)を膝へ抱きあげると、涙で濡れていたその頬や唇へ、

   己の顔を擦り寄せた。


董卓:泣くな、泣くでない貂蝉(ちょうせん)。

   今までの言葉は冗談じゃ。呂布(りょふ)などにお前を与えたりするものか。

   明日、郿塢(びう)の城へ帰ろうぞ。

   あそこには二十年分の食糧と数十万の兵があるのだからのう。


貂蝉:ほ、本当でございますか?

   貂蝉(ちょうせん)を愛して下さいますか?


董卓:当たり前な事を聞くでない。

   わしの野望が成就(じょうじゅ)すれば后(きさき)とし、

   成就(じょうじゅ)せざる時は、何不自由ないわしの妻として

   一生楽しく暮らそうではないか。

   お前は誰にもやらぬ、な?


貂蝉:ああっ…嬉しゅうございます……!

   (これで李儒(りじゅ)も疑われるはず…そうなれば…!)


ナレ:一方、呂布(りょふ)の屋敷へは、先ほど董卓(とうたく)の元を退出した李儒(りじゅ)が訪ねてきていた

   。


呂布:な、なに!? 大師(たいし)が貂蝉(ちょうせん)をくださると!?

   それは本当だろうな、李儒(りじゅ)殿!


李儒:もちろんだ。

   嘘を言う為にここまでやってくると思うのかな?


呂布:おお…やはり気に掛けて下さっていたのか!

   この通りだ、董大師(とうたいし)に宜しくお伝え願いたい。


李儒:やれやれ、これで肩の荷が下りたわ。

   これからも大師(たいし)に尽くして下されよ。


呂布:むろん、この命にかえてもお仕えする所存だ。


李儒:おう、ではこれにて失礼する。


ナレ:呂布(りょふ)は有頂天になるとさっそく家の者に命じ、婚礼の準備を整えさせて

   いた。

   次の日、李儒(りじゅ)は董卓(とうたく)の元へ昨日の呂布(りょふ)の反応を報告に出た。


   【二拍】


   彼は気づかなかった。

   貂蝉(ちょうせん)がまいた不和の種が、すでに取り返しのつかない程大きく育っていた

   事を。


李儒:大師(たいし)、きのう呂布(りょふ)の屋敷へ赴(おもむ)いて大師(たいし)の寛大な態度を伝えたところ、

   彼も深く罪を悔いておりました。

   本日は吉日ですから昨日の約束通り、貂蝉(ちょうせん)を呂布(りょふ)の元へつかわしてはい

   かがでしょう。


董卓:【語尾に被せて】

   たわけた事を申すな!

   確かに昨日約束はしたが、あれから考え直した。

   貂蝉(ちょうせん)はやはりわしの手元に置いておく。



李儒:なっ!? それでは話が…


董卓:【語尾に被せて】

   黙れッ! 呂布(りょふ)の主君はわしだぞ!!

   李儒(りじゅ)! そちは自分の妻を呂布(りょふ)にやるのかッ!!


李儒:た、大師(たいし)、お待ちをッ…!!


董卓:ええい、何をぐずぐずしておるか!

   郿塢(びう)へ帰るぞ!


   【三拍】


   おうおう貂蝉(ちょうせん)、さ、わしと共に参れ。

   郿塢(びう)へ戻ったら、またお前の舞を見せてもらおうのう。


貂蝉:はい、大師(たいし)様。

   (ふふふふふ…とくと見せて差し上げましょう。

   衰運(すいうん)の舞を…!)


ナレ:董卓(とうたく)は行列を整えて貂蝉(ちょうせん)と共に車に乗ると、出発を命じた。

   李儒(りじゅ)は茫然と眺めていたが、やがて足取り重く呂布(りょふ)の屋敷へ向かう。

   呂布(りょふ)は屋敷で、貂蝉(ちょうせん)の到着を待ちかねていた。


呂布:…遅い、貂蝉(ちょうせん)はまだか…!


李儒:……呂布(りょふ)殿。


呂布:おう、李儒(りじゅ)殿。

   …? 貂蝉(ちょうせん)は? 貂蝉(ちょうせん)はいかがした?


李儒:…済まぬ、呂布(りょふ)殿。

   今になって大師(たいし)が、約束を無かった事にしてくれと言いだしてな…。


呂布:な、何ィッ!!? どういうことだ!!

   それでは貂蝉(ちょうせん)は渡せぬと、そう言うのか!!


李儒:ッ済まぬ、呂布(りょふ)殿…他の物なら何でも言ってくれ。


呂布:馬鹿なッ!!

   これを、この婚礼の席を見ろッ!!

   約束を信じてこうして待っていたというのに、部下たちに会わせる顔もない

   わ!!

   こんなもの、こうして、くれるッ!!

   ッッ!

   ッ!!


李儒:…すまぬ……!


呂布:くそッ!!


ナレ:呂布(りょふ)は赤兎馬(せきとば)に飛び乗るや鞭をくれた。

   駆けに駆け、董卓(とうたく)の行列を先回りすると、通りから離れた木陰(こかげ)に隠れる。

   いっぽう、貂蝉(ちょうせん)は車の上で董卓(とうたく)に抱き寄せられながら郿塢(びう)の城へ向かってい

   たが、ふと視界の端(はし)に、こちらを食い破らんばかりに視線を注ぐ呂布(りょふ)の

   姿を捉(とら)えた。

   

貂蝉:(! あれは呂布(りょふ)…よほど衝撃を受けたのでしょう。

   あなたがわたくしへの想いに狂えば狂う程、董卓(とうたく)の死は近づく…。)


呂布:!! 貂蝉(ちょうせん)……!!

   ッ、泣いていた…確かに泣いていた。

   どんな気持ちで郿塢(びう)の城へ行っただろうか…!


王允:? おお、これは呂布(りょふ)将軍ではございませぬか。


呂布:王允(おういん)殿、なぜここに?


王允:おや、ご存じありませんでしたか?

   この先にわたくしの別荘がございましてな。


呂布:ああ…そうでしたか。


王允:董大師(とうたいし)が郿塢(びう)城へお戻りになると聞きましたので、

   お見送りしたついでに辺りを一巡(ひとめぐ)りしようとここまで来たのでございます。

   将軍こそ、こんな所でどうなされたのですか?


呂布:王允(おういん)殿、貴殿がそれがしの苦悶(くもん)をご存じないはずがない。

   忘れてはおられまい。

   いつか、王允(おういん)殿はそれがしに貂蝉(ちょうせん)を送ると約束した

   でござろう。


王允:! ……その事、でございますか…。

   【大きな溜息】

   近頃の大師(たいし)様のなされ方は、まるで獣(けだもの)のようです。

   わたくしの顔を見るたびに、近日必ず呂布(りょふ)の元へ貂蝉(ちょうせん)を送る、と口癖の

   ようにおっしゃられていましたが、今もって実行なされませぬ。


呂布:言語道断だ…!

   今も貂蝉(ちょうせん)は、車の中で泣きながら行った…。


王允:ひとまず、わたくしの別荘までお越し下さりませ。

   …じっくりと、ご相談したい事もございます。


ナレ:そう言って王允(おういん)は呂布(りょふ)を誘うと、自身の別荘へ案内する。

   部屋に通されて酒が出ても、呂布(りょふ)は憤怒(ふんぬ)の表情のままうなだれていた。


王允:将軍、おひとつ、いかがでございますか?


呂布:いや、今日は…。


王允:そうでございますか…無理にはお勧め致しませぬ。

   心楽しまぬ時に酒を飲んでも、苦く感じるばかりですからな…。


呂布:王允(おういん)殿…察して下され。

   それがしは生まれてからこんな無念な思いをしたのは初めてです。


王允:そうでございましょう…わたくしもです。

   せっかく、天下の英雄たる将軍の正妻に娶(めと)っていただけると

   思っていた我が娘を、董大師(とうたいし)には汚(けが)され、

   将軍に対しては義を欠いている…。

   世間が将軍に対し、自分の妻となるべき女性を奪われた人、と陰口を叩く

   かと思うと、自分の身を斬られるようでございます。


呂布:世間が…世間がそれがしを笑うと!!?


王允:私は老いぼれゆえ、どうする事も出来ぬであろうと世間も思いましょうが

   、将軍は世の英雄、お年もまだ壮んなのに何と意気地(いくじ)のない男かと言われ

   るは目に見えております。

   どうか、どうかわたくしの罪をお許し下され……!


呂布:いや! 王允(おういん)殿の罪ではない!!

   見ていてくれ。

   それがしは誓ってあの老いぼれを殺し、この恥をそそいでみせる!!


王允:しょ、将軍! 滅多な事をおっしゃられるものではありませぬ…!!

   もし誰かに聞かれたら、何となされますか!


呂布:構わぬ!

   もはやそれがしの勘忍は破れた!

   いつまでもあの董卓(とうたく)ごときに膝を屈していてなるものか!!


王允:おお……!!

   さすがは将軍、英雄たるにふさわしいご決意です!

   わたくし達のような腰抜けには、到底できませぬ。

   今、董卓(とうたく)は天下万民(てんかばんみん)に憎まれております。

   もし将軍が董卓(とうたく)を斬れば、歴史に残る英雄として讃えられましょう…!!


呂布:よし…!

   それがしはやるぞ…必ず、董卓(とうたく)を殺してみせる!!


ナレ:ついに呂布(りょふ)の心は、完全に董卓(とうたく)から離れた。

   王允(おういん)と貂蝉(ちょうせん)の仕掛けた美女連環(びじょれんかん)の計が、ようやく実を結んだのである。

   呂布(りょふ)は決意の証として自らの腕を剣で刺し、血の誓いを立てた。


王允:将軍、今日の事は我ら二人だけの秘密でございます。決して他言なされませ

   ぬよう…。


呂布:無論だ。

   だが、二人だけでは事は成せぬ。どうしたものか。


王允:腹心の部下には明かしても良いかと。

   以後の事はまた密かにお会いして、じっくりとご相談いたしましょう。


呂布:うむ。ではいずれまた。


王允:(…思うつぼに行った…! 貂蝉(ちょうせん)、そなたのおかげじゃ…!)


ナレ:王允(おういん)と呂布(りょふ)は、その後何度か密談を重ねた。

   その結果、現在董卓(とうたく)から冷遇されている者らを抱き込むと、

   偽りの勅使(ちょくし)にしたてる。

   そして郿塢(びう)城へ赴(おもむ)かせ、董卓(とうたく)という獣(けだもの)の前に最高のエサをぶら下げた。


   朕(ちん)、病弱にして熟慮の末、董卓相国(とうたくしょうこく)に皇帝の位を譲(ゆず)る。

   すみやかに参内(さんだい)し、禅譲(ぜんじょう)の儀式を受けよ。

   と。   


董卓:なに、帝(みかど)が?

   しかもすでに諸大臣が評議の末、万歳を唱えて満場一致しただと?

   うははは、そうかそうか、なるほど思い当たることがあるわ!

   巨大な竜が雲を起こしてこの身にまとう夢を昨日見たが…

   なるほど吉兆(きっちょう)の夢であったか!

   ようし、行列を整えィ! 長安(ちょうあん)の城へ向かうぞ!


ナレ:董卓(とうたく)は用意を命じるのももどかしく、奥へ駆け込むと貂蝉(ちょうせん)に

   興奮した表情で喜びを伝えた。


董卓:貂蝉(ちょうせん)、いつかそなたにも言ったであろう。

   わしが帝位についたら、そなたを后(きさき)としてこの世の栄華(えいが)を尽くさせ

   ようと。

   ついにその日が来たぞ!


貂蝉:まあ、本当でございますか!?

   嬉しゅうございます大師(たいし)様、いいえ、陛下!


董卓:はっはっは、これこれ、気が早いぞ。


貂蝉:いいえ、少しも早くなどございませぬ。

   さ、衣服をお替え遊ばして…。

   ついに…ついにこの日が来たのですね…!


李儒:【走ってきて】

   ッ大師(たいし)、お待ちくだされませ…!


董卓:おう、李儒(りじゅ)、どうした?


李儒:少しおかしいですぞ、大師(たいし)。

   いくら陛下がご病気がちとはいえ、こんなにたやすく帝位をお譲(ゆず)り

   になるとは思えませぬ。


董卓:何ィ!?

   このめでたい気分に水を差すのか、李儒(りじゅ)!

   下がれッ!!


李儒:し、しかし大師(たいし)…


董卓:【語尾に被せて】

   ええい、まだ喋るか!

   さっさと下がらんと斬るぞ!


李儒:ッ、大師(たいし)……!


董卓:貂蝉(ちょうせん)、次にそちに会う時は、わしは皇帝ぞ。

   しっかりと心の準備をしておくがよいぞォ。

   李儒(りじゅ)、そちは城で留守をしておれッ!


貂蝉:はい、いってらっしゃいませ、大師(たいし)様。


李儒:は…失礼いたします。


   【二拍】


   どうも最近おかしい…呂布(りょふ)と大師(たいし)の仲の悪さといい、

   その上突然の帝位禅譲(ていいぜんじょう)…全てはあの貂蝉(ちょうせん)が来てから動き出している。

   …ま、まさか…?)


貂蝉:ふふふ…もう董卓(とうたく)には目の前にぶら下げられた、

   皇帝の位と言う名の肉しか見えていない…!!

   やっと…やっとあの獣(けだもの)が討たれる日が来たのね。

   お父様、やっと育てていただいたご恩にお報いする事が出来ました…。

   これでわたくしの役目も…ふふふ、あははははは……!!


ナレ:李儒(りじゅ)は一連の出来事にようやく不審を抱き、貂蝉(ちょうせん)は奥の部屋でひとり嗤(わら)う。

   董卓(とうたく)は数千の精兵に守られて郿塢(びう)の城を発(た)った。

   途中、車の車輪が折れたり馬が暴れて轡(くつわ)をかみ切るなど、

   何度も不吉な出来事に見舞われる。

   しかし、皇帝の位が放つまばゆい光に目を眩(くら)まされたまま、

   董卓(とうたく)は一歩一歩、長安(ちょうあん)の城へ向けて死の行進を続ける。


董卓:…む、あれは…呂布(りょふ)ではないか。


呂布:大師(たいし)、この度は帝位におつきになるという事で、心からお喜び申し上げます

   。

   どうか、それがしも警護に加えて下さいませ。


董卓:おお、お前もわしが帝位にのぼるのを喜んでくれるか!

   そうじゃな、そちには、軍の総督(そうとく)を任命してやるからのう。


呂布:ありがたき幸せに存じます。


董卓:ははは、愉快じゃ!

   何もかもうまくいっておるわい!!

   おう、長安(ちょうあん)の城が見えて来たわ。

   見よ、呂布(りょふ)。王允(おういん)をはじめ、朝廷の大臣どもが道の傍(かたわ)らに跪(ひざまず)いて

   おるではないか!


呂布:すでに大師、いや、陛下となられたも同然なのです。

   大臣たちが臣下の礼をとるのも当然かと。


董卓:はっははは、そちもなかなか申すわ!

   おう、王允(おういん)、出迎えご苦労じゃ。


王允:ははっ。

   大師(たいし)、このたびはおめでとう存じます。


董卓:うむ!

   他の者らも大儀(たいぎ)じゃ。

   少し疲れたゆえ、参内(さんだい)は明日にするぞ。


呂布:はっ。進め!


ナレ:丞相府(じょうしょうふ)に入ると董卓(とうたく)は休息し、後を追ってきた王允(おういん)だけに会うと

   祝いの言葉を受けた。


王允:今宵(こよい)はどうか悠々と心身をお休め遊ばされませ。

   明日は斎戒沐浴(さいかいもくよく)し、帝位を譲(ゆず)り受けたまわりますよう。


董卓:うむ。

   いつか言ったように、そちも重く用いてやるからのう。


王允:ありがたき幸せに存じます。

   ではこれにて…。


   【二拍】


   ふん…せいぜい夢を見ておくがよいわ…帝位に就(つ)いた夢をな…!


ナレ:一夜明け、董卓(とうたく)は昨日にも勝る衣装を着飾り、宮中へ向かう。

   そこでも王允(おういん)はじめ、朝廷の大臣でも上席の数名が跪(ひざまず)いて出迎えた。


王允:大師(たいし)、お待ち申しあげておりました。

   ここよりは掟に従って、警護の者は一部だけに願います。


董卓:おう、わかっておる。

   お前達はここでわしを待てい。


ナレ:董卓(とうたく)は二十名ほどの護衛兵に車を押させて先へ進む。

   しかしその先に待っていたのは、門の両脇に剣を抜いて仁王立ちしている

   王允(おういん)の同志、孫瑞(そんずい)と黄(こう)エンであった。


董卓:うっ!?

   王允(おういん)ッ! あの者達は何じゃ!?


王允:されば、黄泉(よみ)よりの使者と心得る!

   大師(たいし)、いや、董卓(とうたく)!

   汝(なんじ)を地獄へ連れ去らんとする者じゃ!!


董卓:な、なんじゃと!?

   では、まさか汝(なんじ)らは!!


王允:【語尾に被せて】

   逆臣(ぎゃくしん)董卓(とうたく)が参ったぞ!

   それッ者共、出でよッッ!!


董卓:ぶ、無礼者が、寄るなッ!!

   ぬ、ぬぅおぉッ! ぐはっ!


   ぐうぅっ、貴様らぁ…!!


王允:これぞ天罰じゃ!

   天下万民(てんかばんみん)の恨み、思い知るがよいッ!!


董卓:ぐっ、ぐふっ! うぐおっ!

   お、おのれええ……!


王允:ええい、しぶとい奴め!!

   肌着や鎧を着重(きかさ)ねておるなッ!


董卓:り、呂布(りょふ)ッ、呂布(りょふ)はおらぬかッ!!

   わしの、義父(ちち)の危機を助けィッ!!


呂布:心得た。


   【二拍】


   勅命によって、逆賊・董卓(とうたく)を討つッッ!!!


董卓:うっ、ぐッ、お・・・おのれぇ…呂布(りょふ)、お、おまえまでもが…!


呂布:悪業(あくごう)の報(むく)いだ、死ねッ!!!


董卓:ぐがッッ!!!


ナレ:呂布(りょふ)の戟(げき)は、董卓(とうたく)の喉を正確に刺し貫(つらぬ)いた。

   漢の献帝(けんてい)の御代(みよ)、初平(しょへい)三年四月二十二日の正午。

   栄耀栄華(えいようえいが)を極めた董卓(とうたく)の一生は、五十四歳で幕を閉じた。

   誰かが発した万歳の声は長安(ちょうあん)城外まで溢(あふ)れ、しばらく止まなかったという。

   李粛(りしゅく)は董卓(とうたく)の首を剣の先に刺して高く掲げ、呂布(りょふ)は王允(おういん)に渡されていた皇帝

   の詔(みことのり)を大声で読んだ。


呂布:帝(みかど)の勅命によって、逆臣(ぎゃくしん))董卓(とうたく)を討ち終わった!


王允:よし、次は李儒(りじゅ)を捕らえるのじゃ!

   董卓(とうたく)の傍にあって常に献策(けんさく)し、その悪逆を助けていたのはあの男じゃ。彼奴(きゃつ)

   めだけは生かしてはおけん。

   李粛(りしゅく)殿、頼みますぞ!


ナレ:李粛(りしゅく)は直(ただ)ちに兵を率いて丞相府(じょうしょうふ)へと向かい、李儒(りじゅ)を生け捕ってきた。

   初めのうちこそ命乞(いのちご)いをしていた李儒(りじゅ)だが、王允(おういん)が姿を見せると声を上げて

   罵(ののし)り始める。


李儒:おのれ王允(おういん)、よくも大師(たいし)を裏切りおったな!

   女狐(めぎつね)を用いて呂布(りょふ)を唆(そそのか)すという、汝(なんじ)ごときの卑劣極まりない罠に

   掛かるとは…ああ、無念だ!


王允:李儒(りじゅ)よ、今までの悪逆非道(あくぎゃくひどう)、後悔するのだな!

   こやつを極刑(きょっけい)に処してのち、首を街頭にさらせィ!!


李儒:うぬッ、寄るな、放せッ!!

   卑劣漢王允(ひれつかんおういん)、愚かな呂布(りょふ)! 

   汝らを近いうちに必ず、地獄より招いてくれるぞ…!

   【徐々にフェードアウト】


呂布:李儒(りじゅ)め…往生際の悪い…だが…だが貂蝉(ちょうせん)が…?

   いや、まさか…?  


王允:【つぶやく】

   さて、あとは郿塢(びう)の城じゃが…。

   あそこには董卓(とうたく)の一族と、配下の大軍が健在だ。

   ここは呂布(りょふ)にやって貰わねばなるまい…。


   呂布(りょふ)将軍、おられるか!


   【二拍】


呂布:…王允(おういん)殿、いかがした?


王允:おお、呂布(りょふ)将軍。

   残すは郿塢(びう)の城だけとなった。

   董卓(とうたく)の一族とその軍を蹴散らせるのは、将軍をおいてほかにはござらぬ。

   皇甫嵩(こうほすう)や李粛(りしゅく)と共に、三万の兵を率いて向かってくだされ。


呂布:…心得た。

   者共、出陣だ! 逆賊の残党どもを討つ!!


貂蝉役以外:【喚声・SE代用可)】


ナレ:李儒(りじゅ)の断末魔の叫びは、呂布(りょふ)の心に疑惑の種を植え付けた。

   だが決定的な確信には至らず、兆(きざ)した猜疑心(さいぎしん)に蓋(ふた)をして出陣する。

   郿塢(びう)の城を守っていたのは李(り)カク、郭(かく)シら一万余りだったが、

   董卓(とうたく)は討たれ、呂布(りょふ)と三万の兵が迫ると聞くと戦意を喪失、

   城を脱出していった。

   呂布(りょふ)は城へ一番乗りすると、財宝や他の美女には目もくれず貂蝉(ちょうせん)を探した

   。

   そして、奥の自室でぼんやりと佇(たたず)んでいる彼女を見つけると、駆け寄って抱

   きしめた。


呂布:貂蝉(ちょうせん)、貂蝉(ちょうせん)ッ!!


貂蝉:? 奉先(ほうせん)様!?


呂布:貂蝉(ちょうせん)! やった、とうとうやったぞ!

   董卓(とうたく)をこの手で殺してきた!!

   これからは二人、誰の目を気にすることなく暮らせるぞ!


貂蝉:!! まあ、本当でございますか…!?

   ついに董卓(とうたく)を討ち取ったのですね…!


呂布:そうだ! おお、それほど喜んでくれるのか!

   これでやっとそなたと結ばれることができる。

   もう誰にも邪魔はさせん!


貂蝉:奉先(ほうせん)様……わたくしは…


呂布:【↑の語尾に食い気味に】

   さあ、怪我でもしたら大変だ。

   すぐに長安(ちょうあん)の我が屋敷へ迎え取ろう。


貂蝉:…。

   一度、我が家に戻りとうございます。


呂布:ならぬ!


貂蝉:奉先(ほうせん)…様?


呂布:ならぬと言ったのだ!

   そなたはもう決して放さぬ!


貂蝉:けれどわたくしは…


呂布:【↑の語尾に食い気味に】

   必要なものは全てそろえさせる。

   不自由などさせぬ。

   そなたはただ傍(そば)にあれば良いのだ!


貂蝉:ッ…(せめて、ひと目お父様に会ってから逝(い)きたかった…。

   けれど…それはかなわぬ願いなのですね。

   ならば、もういっそ…。)


   奉先(ほうせん)さま…そこまで私を…。

   やはり、私はもう……


ナレ:貂蝉(ちょうせん)は呂布(りょふ)に背を向け、静かに歩を進める。

   そして隠し持っていた短剣を取り出すと、鞘(さや)を払った。


貂蝉:董大師(とうたいし)に辱(はずかし)められ、汚されたこの身…

   奉先(ほうせん)様に捧げるわけに参りませぬ…。


呂布:ち、貂蝉(ちょうせん)!?


貂蝉:ッッッ!!!

   …あ…は…あぁ…これ、で………ッ


呂布:貂蝉(ちょうせん)ッ!! 貂蝉(ちょうせん)ーーーーーーーッッッ!!!


ナレ:わずか十八歳の少女一人の命と引き換えに、この日殺された董卓(とうたく)の一族は

   千五百人余りにのぼったという。

   董卓(とうたく)が蓄えた莫大な財産は朝廷が接収(せっしゅう)、食料の半分はすぐさま民達に施(ほどこ)さ

   れ、歓喜の声が満ちあふれた。

   彼の遺骸(いがい)は街辻(まちつじ)に取り捨てられ、民達の長年の鬱憤(うっぷん)の的(まと)となる。

   その首は蹴飛ばされ、臍(へそ)には蝋燭(ろうそく)が灯(とも)された。

   人一倍肥満していた体は脂肪が燃えるのか、一夜明けてもまだ消えなかった

   という。


王允:これで董卓(とうたく)の一族も片付いた。

   我らもまた多いに祝おうぞ!

   さっそく皆に触れを出すのじゃ!


ナレ:王允(おういん)は日を選んで祝賀の大宴会を開いたが、その宴にただ一人、仮病(けびょう)と称し

   て顔を見せなかった者がいた。呂布(りょふ)である。

   貂蝉(ちょうせん)の死に、彼は食事も満足にとらず、昼は庭を彷徨(さまよ)い歩き、夜は貂蝉(ちょうせん)の

   遺体を安置している部屋で眠った。   


呂布:貂蝉(ちょうせん)…貂蝉(ちょうせん)っ…なぜ…なぜ死んだのだ…ッ!

   これからお前との素晴らしい生活が始まろうとしていたのに、

   なぜ自害などしたのだッ!!

   こんな…死に顔に微笑みさえ浮かべて…ッ!


   【二拍】

   

   あぁ貂蝉(ちょうせん)…そなたは死してなお美しい…なぜ……。


ナレ:董卓(とうたく)の死によって、天下は平和を取り戻したかに見えた。

   しかし、辺境へ落ちのびた董卓(とうたく)の重臣(じゅうしん)、李(り)カク、郭(かく)シ達。

   彼らがやがて時の帝(みかど)、献帝(けんてい)を脅(おびや)かしていく事になろうとは、

   この時誰も気づかなかったのである。



END



どうもおはこんばんちわ、作者です。

本来この台本は2020年に一度完成、その後しばらく眠っていて、今年に入って大幅な校正を経てやっと陽の目を浴びる事となりました。

どうか楽しんで読んで、演じていただければ幸いです。

ツイキャス、スカイプ、ディスコードで上演の際は、お声掛けいただければ是非拝聴しに参ります。

欲を言えば上演のデータも後でいただければなお喜びます。


ではでは<m(__)m>

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