三国志演義・美女連環の計~暴獣の最期~
はじめに:この一連の三国志台本は、
故・横山光輝先生
故・吉川英治先生
北方健三先生
蒼天航路
の三国志や各種ゲーム等に加え、
作者の想像
を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた
め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事
も多々あります。
その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです
。
なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ
て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい
ております。何卒ご了承ください<m(__)m>
なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。
また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします
。
ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、
または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場
合がありますので、注意してください。
なお、性別逆転は基本的に不可とします。
※注意:台本内容に、一部R15の表現があります。
それでも問題無い方は是非演じていただければ幸いです。
声劇台本:三国志演義・美女連環の計~暴獣の最期~
作者:霧夜シオン
所要時間:約90分
必要演者数:6人(5:1)
(4:2)
はじめに:この一連の三国志台本は、
故・横山光輝先生
故・吉川英治先生
北方健三先生
蒼天航路
の三国志や各種ゲーム等に加え、
作者の想像
を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた
め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事
も多々あります。
その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです
。
なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ
て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい
ております。何卒ご了承ください<m(__)m>
なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。
また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします
。
ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、
または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場
合がありますので、注意してください。
なお、性別逆転は基本的に不可とします。
※注意:台本内容に、一部R15の表現があります。
それでも問題無い方は是非演じていただければ幸いです。
●登場人物
董卓・♂:字は仲穎。
涼州の長官。十常侍の乱に乗じて洛陽へ居座り、献帝を擁立し、
自らを相国と名乗り、気に入らぬ者は一族郎党皆殺し、強欲で長安遷都
の際は裕福な富豪達から財産をことごとく没収、配下の呂布に命じて漢
の歴代皇帝の墓を暴いて財宝を全て略奪するなどほしいままに権力を振
るい、暴虐の限りを尽くす。五十四歳。
呂布・♂:字は奉先。
武芸百般に秀で、方天画戟を枯れ枝の如く振るい、日に千里駆ける
稀代の名馬・赤兎馬に跨って戦場を駆ける。もとは荊州の丁原の
養子だったが、黄金や赤兎馬に目が眩んで丁原を殺し、董卓に寝返り、
養子となる。餓狼の様な性質を持つ。
【人中の呂布、馬中の赤兎】とは当時の洛陽、長安で謳われた
呂布の代名詞。
三十代。
貂蝉・♀:もとは奴隷として市で赤子の時に売られていたが、王允に買われ、
娘同様の扱いを受け、楽女として歌舞全般を仕込まれ育てられる。
育ての親の王允の役に立ちたいとの思いから、自ら進んで董卓と呂布
の仲を裂くべく、その身を捧げる。十八歳。
王允・♂:字は士師。
後漢王朝の最高職のひとつ、司徒を務める。
董卓の横暴に日夜心をいためていた。
かつて曹操に董卓暗殺の為、家宝である七星の剣を与えたこともある
が失敗している。
しかし、貂蝉の献身によって美女連環の計を董卓と呂布に仕掛ける。
六十代。
李儒・♂:字は文優。
董卓の腹心にして知恵袋。この主にしてこの部下あり、を地で行く。
献帝の腹違いの兄である弁王子とその母である何太后を塔の上
から突き落として殺すなど、残虐非道の限りを尽くす。大体四十代。
張温・♂:字は伯慎。
後漢王朝の最高職のひとつ、司空を務める。
南陽の袁術と内通したのが董卓に露見、宴会の席で呂布に首を斬られ、
宴席の余興にされてしまう。
ナレーション・♂♀不問:雰囲気を大事に。
※演者数が少ない状態で上演する際は、被らないように兼ね役でお願いします。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ナレ:董卓は長安へ都を移した後もますます威勢を振るい、自らを太政大師や尚父
と名乗って位人臣を極める。
長安郊外の郿塢に、王城をしのぐ城を築き、
そこに天下のありとあらゆる財宝と二十年分の食糧を蓄え、
八百人の美女を後宮に収めていた。
外出する際の行列の輝かしさには、皇帝のさえ見劣りしていたという。
そんなある日、董卓は密偵から各地の情勢を聞き、手を打って喜んでいた。
董卓:うははは、これは愉快じゃ!
わしを滅ぼそうとした連中がたがいに滅ぼし合っておるわい!
憂いがまた一つ除かれたというものよ。
んん~む、そうじゃ!
これ程の吉報ならば、今宵また大宴会を開かねばのう!!
李儒:さようでございますな、皆でお慶び申し上げます。
董卓:ようし、さっそく夜に向けて支度をせい!
ナレ:今や朝廷の大臣達の多くは、董卓の顔色を窺う日々だった。
董卓は自分の一族を朝廷の要職につけ、監視の目や耳を至る所に光らせてい
たからである。
そして夜を迎えて大宴会の最中、呂布が慌ただしくやって来た。
呂布:大師、失礼します。
董卓:おう呂布、なんじゃ?
呂布:お耳を…。
【声を潜めて】
張温が、南陽の袁術と通じているようです。
袁術からの密使が、誤ってそれがしの屋敷に手紙を届けてきました。
董卓:ほお、そうか……逃がすなよ。
罪は一族に及ぶ。
良いな?
呂布:ははっ。
【二拍】
おい、ちょっと立て。
張温:あッ、なッ、何を!?
呂布:【語尾に被せて】
やかましい! 黙って来いッ!
張温:ひいッ、たっ、助けてッ!!
ナレ:諸大臣が杯を口に運ぶのも忘れ、かたずをのんでいる
中、呂布は軽々と張温の体を持ち上げて去っていった。
しばらくして青い顔をした宮廷料理人が、特別料理と称して盆の上に
載せてきたもの、それは、先程引き出されていった張温の首だった。
董卓・ナレ以外全員:【適当にざわめいて下さい】
董卓:ふふふ……、呂布はどうした?
李儒:はっ、もう間もなく戻ってくるかと。
【二拍】
呂布:お呼びですか、大師。
董卓:おう。
なに、そちの料理があまりに斬新すぎたようでな。
みな言葉を失っておるわい。
李儒:将軍から安心して吞むように言ってやってくだされ。
呂布:諸公よ、本日の余興は済みました。
心置きなく杯を重ねられよ。
おそらくこれ以上、この呂布の手をわずらわせる方はおらんと信じる。
董卓:張温を誅殺したのは、わしに背いて南陽の袁術と通じておったからよ。
天罰と言おうか、呂布の屋敷に誤って手紙を届けてきたのだ。
李儒:それゆえ今しがた、彼の一族は残らず処刑しました。
董卓:ふふふ…汝らもこの良い例を、しかと見ておくがよい。
ナレ:董卓の横暴は日を追うごとに激しくなり、長安の臣民に彼を恨まぬ者は
一人もいなかった。
たとえ一見無力な女子供であっても、それは例外ではない。
大臣最高職のひとつ、上席の司徒に任ぜられている王允の屋敷。
奥の庭園に一人の少女がたたずんでいた。
名を、貂蝉という。
貂蝉:…満月はあんなにも変わらず明るいのに、その光は地上に届いていない…。
すべてはあの董卓が…。
あら…?
王允:むうぅ…董卓の暴虐、目に余る…。
だがわしには何の力も無い。
どうすればよいのじゃ…。
貂蝉:お父様…最近はすっかりおやつれになってしまわれて…、
なんとおいたわしい…。
王允:む…? 誰じゃ、そこにいるのは。
貂蝉:わたくしでございます。
王允:おお、貂蝉ではないか。
そのような顔をしてどうしたのじゃ?
年ごろのそなたに憂い顔は似合わぬぞ。
さ、笑顔をみせておくれ。
貂蝉:いいえ、わたくしは自分の事で悲しんでいるのではありませぬ。
お父様こそ、何か大きなお悩みがあるのではございませんか?
王允:! むむ…そなたにもそう見えるか。
貂蝉:はい。
最近はほとんど笑わず、時折深い溜息を遊ばされます。
お父様、わたくしは今日まで育てていただいたご恩を忘れたことはござい
ません。
市場で売られていた赤子のわたくしに、実の親も及ばない程の愛情を注いで
くださり、様々な事を学ばせて下さいました。
王允:何を言う。
義理とはいえ、お前は実の娘同然。
慈しんで育てるのは当然の事じゃ。
貂蝉:お父様、おっしゃって下さいませ。
今の長安の有様’(ありさま)を憂えておられるのではないのですか?
例えば…朝廷で我が物顔に振舞っている董卓の事では…?
王允:【↑の語尾に被せるように】
しっ、誰かに聞かれたらどうするのじゃ!?
しかし、そうか…そのように見られておったのか…。
いかにも、そなたの申す通りじゃ。
このままではいずれ董卓めが皇帝の位を奪うのは目に見えておる。
かといって、あそこまで大きな力を持つと、もはや我らに手は出せぬ。
貂蝉:何とかして、董卓を討つ方法はないのでしょうか…?
王允:李儒の知恵に呂布の武勇がついておる。
そのうえ警護は厳重、監視の目もあちこちに光っているのじゃ。
…呂布か董卓、せめてどちらかだけでも…。
貂蝉:では…二人が仲たがいすればよいのですね?
王允:!な、なんじゃと!?
貂蝉、そなた、そんな事が本気でできると…!?
貂蝉:お父様、わたくしは今までのご恩を少しでもお返ししたいのです。
お願いです。どうかわたくしをお使いください!
王允:むうう………。
【四拍】
わかった。
そなたの真心に甘えて、頼みたいことがある。
…董卓を、何としても殺さねばならん。
そしてそなたの言った通り、それを為すには呂布との仲を裂かねばならぬ。
…まず、呂布にお前を与えると欺き、董卓にお前を贈る。
貂蝉:はい…!
王允:呂布も董卓も酒や女に溺れる性質だ。
お前を見れば必ず心を動かす。
二人を互いに欺き、疑い合わせれば、必ずや董卓を討つ機会が訪れる!
そなたの汚れなき細腕のみがこの謀を為し得るのじゃ!
まさか花園の内に、董卓めを討ち果たすことのできる剣が潜んでいようと
は、誰も知るまい!
貂蝉、ああ、貂蝉!!
貂蝉:お父様、顔をお上げください…!
王允:わしは漢王朝を救ってくれる天の御使いを礼拝したのじゃ。
貂蝉よ、お前の命を…漢王朝の為にくれい…!
貂蝉:分かりました。
もし万が一失敗したら、わたくしは笑って死にます。
そして、二度と人の世には生まれてこないでしょう。
ナレ:二人の密かな誓いから数日後、王允は呂布の屋敷に贈り物を届けさせた。
呂布:なに、王允殿から?
一体何だろう…。
!! こ、これは素晴らしい黄金の冠だ!
あの家は代々、宝物を数多く所持していたが、
長安に移った際にすべて失ったと聞いた。
それが、まだこれほどの物を所蔵していたのか。
ともあれ、礼に行かねばな…。
ナレ:呂布は武勇において天下に並ぶ者がないが、単純な男でもある。
早速、赤兎馬に乗って王允の屋敷へ赴いた。
一方、王允はすでにこの事あるを予想し、歓迎の用意に抜かりはなかった。
呂布:王允殿はおられるか。
呂布が来たと伝えられたい。
【三拍】
王允:おおぉこれはこれは呂布将軍。
ようこそおいでくだされました。
さぁさぁ、皆、何をしておる。将軍がわざわざおいで下さったのじゃ。
すぐに宴の支度をするのじゃ。
ナレ:王允は呂布を、一家総出でもてなした。
下へも置かぬ扱いで歓待してくれる王允を、呂布は不思議に思って眺めてい
た。
呂布:王允殿、それがしは董大師に仕える武将の一人にすぎませぬ。
それに引きかえて、貴殿は朝廷の大臣、そして名家の主人だ。
一体なぜこれほど丁重にもてなしてくださるのですか?
王允:これはおかしな事をお尋ねなさるものじゃ。
常日頃、将軍の才徳と武勇を陰ながら尊敬しておりました。
名馬・赤兎馬が我が家の門に繋がれただけでも、余りある光栄というもので
す。
呂布:いや、これはどうも…、それがしのようながさつ者を、それ程まで
に目を掛けて下さっていたとは知りませんでした。
王允:さあさあ将軍、もうおひとつどうぞ。
おおそうじゃ、娘の舞でもお見せしましょう。
【手を叩いて】
貂蝉をこれへ呼びなさい。
ナレ:やがて室外に、大輪の牡丹の花のごとき麗人が姿を現した。
貂蝉である。
貂蝉:…ようこそお越しくださいました、将軍様。
呂布:!! お、おぉ…。
な、なんと可憐なのだ……!
貂蝉:つたない舞でございますが、将軍様を慰めることができればと存じます…。
呂布:う、うむ! 楽しませてもらうぞ!
貂蝉:(この男が呂布… まるで獣のような…。
お父様の為、何とか篭絡しなければ…。)
では…。
呂布:…!
す、素晴らしい…!
なんという艶やかさと華麗さを併せ持った舞だ…!
【つぶやく】
ぜひ妻に迎えたい…!
貂蝉:(視線が…身体を舐め回しているのを感じる…ええ、もっとご覧なさい…。
存分に魅了してさし上げます…!)
王允:(…憑りつかれたように見入っておる…これなら間違いなく心を動かして
いるはずじゃ…。)
【二拍】
貂蝉:…粗末な舞にて、お目を汚しました。
呂布:おお…ッ、
【ゆっくり手を叩きながら】
いや、見事、見事だ! ああ、なんと素晴らしい…!!
貂蝉:お褒めいただき、恐れ入ります…。
王允:貂蝉、呂布将軍はお前の舞がことの外お気に召したようだ。
こちらへ来てお酌しなさい。
将軍はな、わしが日ごろ尊敬しているお方じゃ。
充分におもてなしするようにの。
貂蝉:はい…失礼いたします。
…どうぞ。
呂布:う、うむ…!
王允殿、この麗人はご息女ですか?
王允:はい、娘の貂蝉と申します。
呂布:知らなかった。
王允殿にこのような美しいご息女がおられようとは…。
王允:全く世間を知りませぬし、滅多に客前へ顔を出したこともありませぬ。
これ、貂蝉、もっと杯をお勧めしなさい。
呂布:それを今日は、それがしの為に…。
王允:我が家がそれほどまでに、将軍のご来訪を喜んでいるのだというお気持ちを
汲んで下されば、幸いに存じます。
呂布:いや、もう十分にもてなしをいただきました。
しかし、本当に美しい……。
王允:…将軍、貂蝉がお気に召したようですな。
呂布:そ、それは勿論。
まるで天女のような美しさ…男なら誰でも傍に置きた
くなるものです。
王允:それならば……貂蝉、これからは呂布将軍のお傍に仕えたらどうじゃ?
呂布:えッ!!?
貂蝉:はい……光栄に存じます。
呂布:お、王允殿、い、今のは、まことか!?!?
王允:なんで戯れにこのような事を申しましょう。
貂蝉もどうやら将軍の事をお慕いしている様子。
良き日を選んで将軍の元へ送る事をお約束いたします。
呂布:王允殿…それがしはすっかり酔いました。
このような楽しい日を過ごしたのは初めてな気がする…。
貂蝉:将軍様、初めてお会いした時からお慕いしておりました…。
今、念願が叶って貂蝉は嬉しゅうございます…!
呂布:おお…貂蝉、そなたも喜んでくれるか!
王允:このまま我が家へお泊めしても良いのですが、董大師に怪しまれてもいけま
せん。
今宵はお帰りになった方がよろしいでしょう。
呂布:うむ、確かに。
しかし王允殿、間違いはないでしょうな?
必ず、必ずですぞ…!
王允:もちろんですとも。
では、お見送りいたします。どうかその日を楽しみにお待ちくだされ。
【三拍】
これで、一方はうまくいった。
ッ飢えた狼め…誰がすき好んで…しかし、董卓もまた…。
すまぬ…貂蝉…。
貂蝉:お父様、どうかわたくしを労わらないでください。
かえって心が弱くなり、決心が鈍りかねません。
王允:そうか…わかった、もう言うまい…。
かねて話していた通り、董卓もいずれ屋敷へ招く。
呂布同様に媚びを売り、機嫌を取ってくれよ。
貂蝉:はい…!
ナレ:次の日、王允は朝廷に出仕すると、呂布の不在を見計らい、董卓へ目通り
を願い出た。
董卓:王允、どうしたのだ。
火急の用か?
王允:董大師もますますご健勝におわすようで、心よりお喜び申し上げます。
毎日のご政務、さぞお疲れと存じます。
それをお慰め致したく、我が屋敷にささやかではありますが、
酒宴の席を設けておもてなししとうございます。
もし大師においでいただけるならば、我が家の喜び、これに過ぎるものは
ございません。
董卓:なに、わしを屋敷へ招いてくれるというのか。
それは近ごろ喜ばしい事じゃ。
そちは国家の元老、その招待を断るのは失礼にあたるというものだ。
明日にでも行こうぞ。
王允:おお、ありがとうございます。
それでは、喜んでお待ち申し上げます。
ナレ:王允は急いで屋敷に戻ると、一族を集めて董卓を迎える用意にかかるよう
命じた。
王允:皆の者、明日、董大師がお越しになる。
我が家の名誉になる日ゆえ、決して粗相の無いようにの。
さあさあ、すぐに支度にかかるのじゃ。
おおそうじゃ、貂蝉、こちらへ来なさい。
【二拍】
【声を潜めて】
貂蝉…いよいよ明日じゃ。
…頼んだぞ。
貂蝉:【声を潜めて】
はい…! 必ずや、董卓の心をつかんでみせます…!
ナレ:一夜明け、董卓は行列を整えて王允の屋敷へと向かった。
董卓:のう、李儒。
国家の元老たる王允までもがわしの機嫌を取り、屋敷に招待しおるわい。
実に良い気分じゃ。
李儒:ふふふ…大師が次代の皇帝となられるべきだと、王允も認めたのでございま
しょう。
董卓:そうかのう。
長安に都を移してから前途が洋々(ようよう)と開けてきておる。
そちの申す通りであったわ。
李儒:お褒めにあずかり、光栄でございます。
さ、大師、着きましたぞ。
王允:ようこそおいでを賜りました。
董大師のご来駕は我が家始まって以来の光栄にございます。
一族をあげて、心からおもてなしさせていただきます。
董卓:おう、今日は楽しませてもらおうのう。
そちもわしの傍らにあるがよい。
王允:さあさあ、こちらでございます。
大師のお口に合いますかどうか…。
ナレ:董卓は勧められるまま席につくと、大いに飲み食いし、
すっかり大満足な様子であった。
李儒をはじめ、警護の者達も存分にもてなされ、宴はまさにたけなわを迎え
る。
王允は頃合を見計らって、董卓に囁いた。
王允:大師、あちらの離れで一休みなされては…。
董卓:うむ。そちに任せよう。
【二拍】
いや、良い酒に美味い料理、堪能したぞ。
よしよし、今にもっとそちを取り立ててやろう。
王允:ありがたきお言葉にございます。
【手を叩いて】
これこれ、董大師に舞もお見せするのじゃ。
貂蝉をこれへ呼びなさい。
【二拍】
貂蝉:…ようこそおいでくださいました、董大師様。
董卓:!! む、むぅ、これは…!
貂蝉:(董卓…老いて醜く肥え太った、呂布とはまた違う獣…。)
それではつたない舞ですが、どうぞご覧くださいませ…。
ナレ:やがて朧な明かりの中、曲に合わせて貂蝉が舞い始めると、
その姿に董卓は杯を誤って取り落とすほど見惚れていた。
董卓:おおお…な、なんという美しさじゃ!
わしの城にこれ程の女はおらぬ!
仙女とは実に貂蝉のごとき者を言うのだろう。
後宮にぜひ迎えたいものじゃ…!
王允:董大師にそれほど気に入っていただけるとは、貂蝉も幸せ者でございます。
…よろしければ、大師に差し上げてもよろしゅうございますが…。
董卓:何! まことか!?
王允:貂蝉、そなたも異存はないじゃろう?
貂蝉:はい…身に余る光栄にございます。
董卓:うははは、そうかそうか!
では連れて帰るぞ!
…貂蝉とやら、可愛がってやるからのう…!
貂蝉:う、嬉しゅうございます…それでは、行って参ります。
王允:うむ…粗相の無いように努めるのじゃぞ。
董卓:王允よ、そちの忠誠はよく分かった。
以後はもっと引き立ててやるからのう。
李儒:出発だ、共揃えをせよ!
ナレ:王允は、事の進み具合に内心喜びながらも貂蝉との別れを惜しみ、
董卓を送っていく。
屋敷へ帰ってくると、二列に松明を立てた一団の騎馬隊がやってきた。
真っ先に立っているのは、呂布である。
呂布:おのれ、今帰ったか、王允ッ!!
王允:おお、これは呂布将軍ではございませぬか。
一体こんな夜更けに、いかがなされたのです?
呂布:とぼけるな!
貴様は先日、貂蝉をこの呂布へ贈ると約束しておきながら、
今宵、董大師へ献じてしまったというではないか!
この狸ジジイめ!!
王允:なんと、将軍はどうしてそれをご存じで…!?
呂布:先ほど我が屋敷へ、董大師が王允の屋敷より美女を乗せて戻られたと
告げに来た者があったのだ!
王允:あ、いや、その事でしたら…
呂布:【語尾に被せて】
黙れッ!
貴様、この呂布を謀りおってどうなるか、今その身を八つ裂きにして
思い知らせてやる!!
王允:将軍、落ち着いてくだされ。
貂蝉は董大師に差し上げたのではありませぬ。
呂布:何ィ、どういう事だ!
何度も貴様の二枚舌に欺かれはせぬぞ!
王允:ここではお話もしづらいですし、まずは我が屋敷へお通りを…。
その上でご納得頂けなければ、この首をお持ち帰りくだされ。
呂布:いいだろう、もう一度だけ話を聞いてやる!
【二拍】
王允:さ、お掛けください…、実はこうです。
今宵の酒宴が果てた後で大師が、そちは呂布に貂蝉を与える約束をしたそう
だが、ひとまずわしに預けよ、と申されたのです。
呂布:わからん。
何故それがしに嫁ぐのに董大師に一時預けねばならん!?
王允:良き日を選んで董大師が酒宴を開き、その場で不意に将軍と貂蝉を会わせて
、皆でひやかして楽しもうと仰せられまして…。
せっかくの思し召しに背くわけには参りませぬゆえ、貂蝉をお預けした次第
です。
呂布:な、なに…すると董大師は、それがしをからかう為に…?
す、すまぬ王允殿! 軽々しく疑って…罪、万死
に値するがこの通りだ! 許してくだされ!
王允:いやいや、お疑いが解けたのであれば、それで良いのでございます。
いずれ、貂蝉の衣装や化粧道具の一切すべてを将軍の元へお送りしますゆ
え。
呂布:申し訳なかった。
貂蝉の顔を一目見たあの時から、目の前にいつもちらついて離れぬのだ。
それゆえ、つい取り乱して…。
王允:将軍にそれほどまでに思っていただけて、貂蝉は果報者にございます。
さぞかし将軍に引き合わせられる日を、指折り数えて待っておりましょう。
呂布:王允殿、夜分に押しかけての狼藉、誠にお詫びの言葉もない。
では、その日を心待ちにしています。
お前達、引き上げるぞ!
王允:……。
(ふん、人の道も礼儀もわきまえぬ、獣めが…。)
ナレ:呂布は何度も王允に詫びると自分の屋敷へ帰って床につ く。
だがなんとなく寝苦しく、あまりよく眠れなかった。
その頃の丞相府、董卓の寝室。
董卓:おうおう、貂蝉よ。
そなたは何故こうも美しいのじゃ。
貂蝉:……お恥ずかしゅうございます、大師様。
(っ…こんな形で、殿方を知る事になるなんて…!)
董卓:ふふふ…まさに仙女じゃわい。
ほれ、この透き通るような白き柔肌、それに牡丹の如き唇、
どれ一つとしてわしの後宮にいる女共には無い。
ほぅれ、ほぅれ…!
貂蝉:あ…あぁ…っ。
(心は嫌なのに…体が反応してしまう自分が憎い…!)
董卓:おうおう、良い声で啼きおるわい。
ならばここはどうじゃ? んん?
貂蝉:あぅ! あああッ…!
(好きなだけ貪ればいい…その代価は…ッ!)
董卓:まだ序の口じゃぞォ、ふふふ…今宵は寝かさぬ。
そなたは今よりわしの物じゃ!
たっぷりと…可愛がってやろうのう…!!
貂蝉:ああぁっ、大師様ぁっ!
(董卓、あなた自身の命で払ってもらうッ!)
董卓:ぐふふふふ…うははははは…!!!!!
ナレ:かたや爛熟の春に眠れぬ夜を、かたや早熟の果実はその花を散らした。
呂布は貂蝉が気になり、早々と出仕すると董卓の寝室へ赴いた。
すると、鏡に向かっている貂蝉の後ろ姿が、ちらと見えた。
呂布:うっ、あれは…!
【小声で】
貂蝉……!
貂蝉:! あ…将軍様……!?
ナレ:呂布は我を忘れて、寝室へ踏み込んでいた。
貂蝉は鏡に映った呂布に気付くと振り返り、瞳へ見る間に涙を泉のように
湛えて今にも泣きだしそうな様子だったが、その心は態度と裏腹であった。
貂蝉:(まさか、ここまで来るなんて…、とんでもない人に見初められたのかも
しれない…。
でもここでうまく董卓の怒りを買わせれば、あるいは…!)
呂布:(ああ…貂蝉は…もう乙女ではなくなっている…!
董大師も酷い…!
それとも王允が俺を騙したのか?
いや、貂蝉も無理に迫られては拒めなかったのだろう…。)
ナレ:呂布はついには矢も楯もたまらなくなり、貂蝉を抱き寄せようとしたその
刹那、奥からいきなり声がかかった。
董卓:貂蝉、誰かそこにおるのか?
貂蝉:ぁ…ッ…!
呂布:っ!!
…り、呂布です。
大師には、今、お目覚めですか。
董卓:なに…?
呂布、何の用だ。
誰に断って寝室まで入ってきた。
呂布:は、はっ。
じ、じつは、こうです。
大師が病に倒れられる夢を見てしまったものですから、に、にわかに心配
になりまして、その、夜が明けるのを待ちかねて飛んで参りました。
しかし、大師のお変わりない姿を見て、ほっといたしました。
董卓:ッ馬鹿者が!
起き抜けにそんな忌まわしい話を聞かせる奴があるかッ!
呂布:お、恐れ入りました。
大師のご健康を常に案じておるものですから。
董卓:なんじゃと?
その落ち着きのない様は何だ!
それにここは寝室だ、去れッ!!
呂布:ははっ…!
(くっ…貂蝉! )
貂蝉:(さすがにこの程度ではまだ…もっと事を積み重ねなければ…。)
ナレ:この日以降、呂布の態度は目立って変わっていった。
夜は酒に溺れ、昼も辺り構わず喚き散らすかと思えば終日ふさぎ込む。
董卓の元へ出仕るのも休んだり、遅く出たりと乱れがちであった。
一ヶ月もそんな状態が続いていたが、ある日、董卓が軽い病で伏せっている
と聞き、久し振りに見舞いに赴いた。
董卓:おう、呂布、久しぶりじゃのう。
そちも病であったそうじゃな。
呂布:はっ、大したことはありませぬ。
この春に酒が過ぎた程度です。
董卓:そうか、わしもすっかり体が弱くなった。
野山を駆けまわっていた頃の健康な体に戻りたいわい。
っ、ごほっ、ごほっ。
貂蝉:大師様、大丈夫でございますか。
少しお休み遊ばしては…。
董卓:うむ、そうじゃのう…ごほっ。
ナレ:董卓を横にすると、貂蝉は衝立の陰に下がった呂布へひしと抱きついた。
呂布:【ささやき声】
!! ち、貂蝉!?
どうしたのだ!?
貂蝉:【ささやき声】
ああ…つろうございます。
心に想っているお方と一緒になる事もできず、こうして心にもない方と暮ら
さねばならないのに、あなた様はこの頃ちっともおいでにならない…!
呂布:【ささやき声】
ちょ…貂蝉…では、そなたは…そなたは…!
貂蝉:【ささやき声】
はい…!
せめてお顔だけでも、毎日見せて下さりませ…!
呂布:【ささやき声】
貂蝉っ……!
董卓:呂布ッ!
そこで何をしておるッ!!!
呂布:うっ、はっ、い、いや、別に、何も…!
董卓:黙れッ!
今、わしの目を盗んで貂蝉に戯れようとしたな!
わしの寵姫へ、淫らなことをしかけようとしたなッ!!
うっ、ごほっ、ごほっ!
呂布:そ、そんな事は…
董卓:【語尾に被せて】
不届き者めッ!
目を掛けられているからと、つけあがりおって…!
身の程をわきまえろッ! 屋敷に引きこもって謹慎しておれッ!!
呂布:ッ! それが…お言葉ならば…!
董卓:ええぃさっさと出ていけッ!!
うっ、ごほっ、ごほほっ!
【二拍】
はぁ、はぁ、貂蝉、大丈夫か?
何もされておらぬか? ん?
貂蝉:は、はい…。
(…まだ、まだ足りない…もっと、もっと…!)
【二拍】
呂布:くっ…くそおっ……!
李儒:おや、呂布殿。
いかがなされた? 病に伏せっていたと聞きましたが?
呂布:先を急ぐ。御免。
李儒:? 呂布殿?
【二拍】
大師、李儒です。
董卓:ごほっ、ごほっ。
…む、李儒か…入れ。
李儒:失礼いたします。
先ほど血相を変えた呂布とすれ違いましたが、何かございましたか?
董卓:ふん、あやつめ、目を掛けられているのにつけ上がりおって、
わしの貂蝉に手を出そうとしおったのじゃ!
李儒:【軽い溜息】
困りましたなぁ…。
なるほど、此度の呂布については確かに不届きでございます。
しかし、大師はいずれ天下に君臨なさるお方。
その大望の為には、多少の罪など笑ってお許しになる大きな度量が必要かと
存じます。
董卓:馬鹿なッ、それでは主従の間はどうなる!
士気の乱れのもとではないか!
李儒:では、呂布が他国に走ったら何となされますか?
それこそ、大事は成りませぬぞ。
董卓:ぐ、ぬぅ…確かに他国に走られるのはまずい…。
李儒:大師の大望の為には、呂布は決して失ってはならぬ人間でございます
。
董卓:しかし、すでに謹慎を命じてしまった。
李儒:その心配は無用にございます。
呂布は単純な男ゆえ、明日お召しになって金銀を与えればよいのです。
その上で優しくお諭しあれば、感激して以後はきっと慎むことでございまし
ょう。
董卓:【唸る】
…わかった。
明日、呂布を呼び出せ。
貂蝉:(…李儒…この男の目の届くところでは動けない…。
うまく仲を取り持たれては、大人の謀が水の泡に…。)
ナレ:董卓は李儒に説得されているうちに、怒りも収まってきた。
いかに貂蝉に溺れていても、天下への野望を捨てるわけにはいかなかったの
である。
そして次の日。
呂布:…大師、お呼びとのことで参じました。
董卓:おう呂布。
昨日は病のせいで癇癪を起こし、そちを罵ってしまった。
だがわしはそちの力を何よりも必要としておるのじゃ。悪く思わんでくれ。
これからも今までどおりに顔を見せて、わしの傍を離れずにいてくれよ。
それ、これが詫びのしるしの金銀じゃ。
呂布:っこ、これは…ありがたき、幸せに存じます…。
董卓:うむ、これからも頼むぞ。
呂布:ははっ…。
【二拍】
李儒:あれでよろしゅうございます、大師。
董卓:うむ…。
ナレ:この日以来、呂布は董卓と貂蝉の間で板挟みとなってしまった。
しかしそれでも日々の出仕は欠かさず、董卓の外出の際は警護の先頭に立っ
た。
だが夏も近いある日、朝廷へ董卓を護衛した際に彼の帰りが遅くなる事を
知ると、再び貂蝉への想いに突き動かされ、彼女の元へ忍んで行ったので
ある。
呂布:貂蝉…貂蝉…!
貂蝉:!! あ…将軍様…!
どうしてここへ? 大師様を護衛して行かれたのではございませぬか?
呂布:貂蝉! 大師への恩と、お前への恋しさゆえのこの苦しい気持ち、そなたに
は分らぬかもしれぬ…!
実は大師の帰りが遅くなると知ったゆえ、せめてつかの間でもと、こうして
ここへ来たのだ…!
貂蝉:それほどまでにわたくしの事を…将軍様、嬉しゅうございます…!!
呂布:将軍などと、他人行儀で呼んでくれるな。
この通り、そなたと想いは通じ合っているのだ。
奉先と、奉先と呼んでくれい…!
貂蝉:はい…! ああ…奉先様っ…!
呂布:貂蝉っ…!
貂蝉:奉先様、ここでは人目に付きます。
後から必ず参りますゆえ、奥の鳳儀亭で待っていて下さいませ。
呂布:うむ…!
貂蝉:(…誰があなたなどと…でもあの様子、もう完全にこちらの手の中…。)
ナレ:貂蝉は呂布が奥へ駆けて行くのを見届けると、化粧して後を追った。
二人は鳳儀亭の壁の陰に身を隠すと手を取り合い、呂布は体中の血が燃える
かのような錯覚を覚え、貂蝉は涙を流した。
呂布:貂蝉、どうしたのだ?
こうして会えたのをそなたは喜んでくれないのか?
貂蝉:いいえ、奉先様。
わたくしは嬉しさのあまり泣いているのです。
呂布:そうか…それほど喜んでくれているのか…嬉しいぞ!
貂蝉:…お聞き下さい、奉先様。
わたくしは、実は王允様の本当の娘ではないのです。
孤児の身であったのを我が子同然に可愛がって下さり、行く末は必ず
英雄たる人物の元へ嫁がせてやろうぞ、といつもおっしゃって下さっ
ていました。
そして奉先様を初めてお招きした夜、このお方こそと思いました。
常日頃からの願いが叶うかと、その日から夜ごと夢に見るほど楽しみ
にしていたのです。
呂布:貂蝉…その気持ちは同じだ。
あの夜そなたと巡り会い、この心はすっかりそなたに囚われてしまっ
た。
貂蝉:ですが、董大師にこの身は汚され、もはや奉先様のおそばに行く事もできま
せぬ。
それを思うと、わたくしは…わたくしは…無念でなりませぬ!
……っ!
呂布:あっ、貂蝉、何をする!
貂蝉:死なせて下さいませ!
たとえこのまま生きていても奉先様と一緒になる事も
できず、董大師には夜ごと弄ばれ、日ごとにこの胸の苦しみは
募るばかりです!
せめて来世で結ばれることを楽しみに、先に逝きたいのです…!
呂布:愚かなことを申すな!
来世よりも今生を楽しむのだ!
貂蝉よ…悲しむな。必ずそなたを救ってみせる!
……たとえ、あの董卓を殺してでも…!
貂蝉:えっ、それは…それは、本当でございますか!?
ああ……わたくしは、嬉しゅうございます……!!
呂布:貂蝉、今は時期を待て。
今日は董卓の隙を見てここへ来たのだ。
見つからぬうちに戻らねばならん。
また機会をうかがって逢おう。
貂蝉:奉先様。奉先様は世に並ぶ者無き英雄のはずです。
どうして董大師を恐れてその下に付いているのでございますか?
呂布:いや、そういうわけではない。
誰があんな老いぼれを恐れるものか。
貂蝉:頼もしいお言葉…ああ…奉先様といつまでもこうしていとうござい
ます…。
(…ここへ董卓が帰ってくれば…。)
ナレ:貂蝉は呂布の袖に縋り付き、なおも涙に頬を濡らしながら睦言を囁き、その
場へ足止めしていた。
一方、董卓は貂蝉の姿が見えない事で疑念に駆られて捜し回っていたが、
ついに奥の鳳儀亭の橋で寄り添っている二人を見つけたのである。
貂蝉:あっ…董大師が……!
(今度こそは…!)
呂布:うっ、しまった…時が経つのを忘れてつい…!
董卓:う、うぬっ!
わしの貂蝉にまだ手を出そうとするか、呂布ッ!!
呂布:ッッ!!
董卓:おのれッ、どこへ行く!!
待てッ!! 不埒者めッ!!
ええい誰かおらぬか!!!
おお貂蝉、そなたは奥へ行っておれ!
貂蝉:は、はい…。
(…これで董卓は必ず呂布を…)
李儒:大師、どうなされたのですか!?
貂蝉:(! っこんな時に、またしてもッ……!)
董卓:おお、李儒!
呂布を捕らえろッ!!
李儒:呂布がいかがしたのでございますか?
先ほどすれ違った時に、大師がいきなり狂乱なさって、
手討ちにすると追いかけてくるゆえ助けて下され、との事で、
驚いてこうして駆け付けたのでございます。
董卓:馬鹿なッ、わしは狂乱などしておらん!
わしの目を盗んでまたしても貂蝉に戯れているのを
見つけられたゆえ、そんな事を口走ったのだろう!
李儒:ははあ、道理でいつになく顔色を失って、慌てておりましたが…。
董卓:とにかく、すぐに引っ捕らえてこい!
今度という今度は絶対に呂布めの首をはねてくれる!
李儒:いけません、大師。
もう一度、その怒りをお鎮め下さいませ。
董卓:なにィ!?
不埒者を成敗するのがなぜいけないのじゃ!?
早く呂布の首を見せィ!!
李儒:恐れながら大師。
いま呂布をお斬りなさる事は、ご自身の首へ刃を当てるに
等しい愚行です。
大師が皇帝の位につくまでは、呂布は必ず味方にしておかねばならない男に
ございます。
董卓:ぬぬぬ、しかし…!!
李儒:かつて春秋戦国の頃、死罪に値する行動を笑って許したがゆえに、
そのあと訪れた絶体絶命の窮地から救われた楚の国の荘王の逸話、
絶纓の会という故事の例もございます。
どうか大師におかれましても、いにしえの名君の大きな度量を味わっていた
だきとう存じます。
董卓:む、むぅ……。
ナレ:董卓は李儒の言葉に黙然と考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
董卓:…わかった。思い直した。呂布の罪は問わぬ。
李儒:ありがとうございます。
大師、呂布がそれほど貂蝉に恋い焦がれているのでしたら、呂布に
与えてはいかがでしょう?
董卓:な、なに、貂蝉を!?
李儒:はい。
呂布は大師の恩に感激し、命をかけて尽くす事でしょう。
董卓:む、むぅ…しかし、なぁ……。
李儒:大師、女一人と皇帝の位、どちらをお選びになりますか。
董卓:~~……。
【二拍】
分かった…良きにはからえ。
李儒:ありがとうございます。
大師の賢明なるご判断、覇業完成の元にございます。
早速この旨を呂布に知らせてやりますゆえ、これにて…。
【二拍】
董卓:……ふふふ、絶纓の会、か。
李儒め、うまい事を言いおるわい…。
確かに今、呂布を失うわけにはいかん。
皇帝の位を奪うまでは、奴は必要な男よ…ふふふ、ははははは……!
貂蝉:(く…李儒…ッ!!)
ナレ:退出していく李儒を董卓は見送り、柱の陰で聞いていた貂蝉は、怒りに
身を震わせながら一足先に奥へと戻ると、窓の傍らに腰かけてすすり泣い
ていた。
董卓:まだ泣いておるのか、貂蝉。
そなたにも隙があるからこのような事が起きるのじゃ。
罪の半分はそなたにもあるぞ。
貂蝉:【すすり泣きながら】
でも大師様、わたくしは呂布将軍を、大師様の御養子だと思って敬ってい
たのです。
なのに今日、恐ろしい形相で鳳儀亭へ連れ込み、あんな乱暴を仕掛けるの
ですもの…。
董卓:むう…いや、深く考えてみれば、悪いのはそなたでも呂布でもない。
このわしが愚かであった。
貂蝉、わしが呂布との仲を取り持とう。
あれほどそなたを忘れられずに恋い焦がれているのじゃ。
そなたも呂布を愛してやるがよい。
貂蝉:な、何をおっしゃられるのです大師様!
大師様に捨てられて、あんな乱暴な呂布将軍の妻になれというのでござい
ますか!?
大師様は、わたくしをお嫌いになったのですか!?
董卓:い、いや、そういうわけではないが…
貂蝉:【語尾に被せて】
嫌! 嫌です!!
たとえ死んでもそんな辱めは受けません!
ッッ!!
董卓:あっ、これ、何をするか!!
ナレ:貂蝉は泣きながら董卓の膝にすがっていたが、いきなり彼の剣を奪って
自害しようとした。
董卓が慌てて剣を叩き落とすと、彼女は反動で床に転び伏しながら、
なおも訴えた。
貂蝉:きっと…きっとこれは、李儒様が呂布将軍に頼まれてそのような進言
をしたに違いありません。
お二人はいつも、大師様のいらっしゃらないのを見計らっては、
ひそひそと密談していますから。
董卓:な、なに、李儒と呂布が…?
貂蝉:大師様はわたくしよりも、李儒様や呂布将軍の方が大事なのでございまし
ょう? わたくしなどは、もう…
【号泣】
ナレ:董卓はいきなり貂蝉を膝へ抱きあげると、涙で濡れていたその頬や唇へ、
己の顔を擦り寄せた。
董卓:泣くな、泣くでない貂蝉。
今までの言葉は冗談じゃ。呂布などにお前を与えたりするものか。
明日、郿塢の城へ帰ろうぞ。
あそこには二十年分の食糧と数十万の兵があるのだからのう。
貂蝉:ほ、本当でございますか?
貂蝉を愛して下さいますか?
董卓:当たり前な事を聞くでない。
わしの野望が成就すれば后とし、
成就せざる時は、何不自由ないわしの妻として
一生楽しく暮らそうではないか。
お前は誰にもやらぬ、な?
貂蝉:ああっ…嬉しゅうございます……!
(これで李儒も疑われるはず…そうなれば…!)
ナレ:一方、呂布の屋敷へは、先ほど董卓の元を退出した李儒が訪ねてきていた
。
呂布:な、なに!? 大師が貂蝉をくださると!?
それは本当だろうな、李儒殿!
李儒:もちろんだ。
嘘を言う為にここまでやってくると思うのかな?
呂布:おお…やはり気に掛けて下さっていたのか!
この通りだ、董大師に宜しくお伝え願いたい。
李儒:やれやれ、これで肩の荷が下りたわ。
これからも大師に尽くして下されよ。
呂布:むろん、この命にかえてもお仕えする所存だ。
李儒:おう、ではこれにて失礼する。
ナレ:呂布は有頂天になるとさっそく家の者に命じ、婚礼の準備を整えさせて
いた。
次の日、李儒は董卓の元へ昨日の呂布の反応を報告に出た。
【二拍】
彼は気づかなかった。
貂蝉がまいた不和の種が、すでに取り返しのつかない程大きく育っていた
事を。
李儒:大師、きのう呂布の屋敷へ赴いて大師の寛大な態度を伝えたところ、
彼も深く罪を悔いておりました。
本日は吉日ですから昨日の約束通り、貂蝉を呂布の元へつかわしてはい
かがでしょう。
董卓:【語尾に被せて】
たわけた事を申すな!
確かに昨日約束はしたが、あれから考え直した。
貂蝉はやはりわしの手元に置いておく。
李儒:なっ!? それでは話が…
董卓:【語尾に被せて】
黙れッ! 呂布の主君はわしだぞ!!
李儒! そちは自分の妻を呂布にやるのかッ!!
李儒:た、大師、お待ちをッ…!!
董卓:ええい、何をぐずぐずしておるか!
郿塢へ帰るぞ!
【三拍】
おうおう貂蝉、さ、わしと共に参れ。
郿塢へ戻ったら、またお前の舞を見せてもらおうのう。
貂蝉:はい、大師様。
(ふふふふふ…とくと見せて差し上げましょう。
衰運の舞を…!)
ナレ:董卓は行列を整えて貂蝉と共に車に乗ると、出発を命じた。
李儒は茫然と眺めていたが、やがて足取り重く呂布の屋敷へ向かう。
呂布は屋敷で、貂蝉の到着を待ちかねていた。
呂布:…遅い、貂蝉はまだか…!
李儒:……呂布殿。
呂布:おう、李儒殿。
…? 貂蝉は? 貂蝉はいかがした?
李儒:…済まぬ、呂布殿。
今になって大師が、約束を無かった事にしてくれと言いだしてな…。
呂布:な、何ィッ!!? どういうことだ!!
それでは貂蝉は渡せぬと、そう言うのか!!
李儒:ッ済まぬ、呂布殿…他の物なら何でも言ってくれ。
呂布:馬鹿なッ!!
これを、この婚礼の席を見ろッ!!
約束を信じてこうして待っていたというのに、部下たちに会わせる顔もない
わ!!
こんなもの、こうして、くれるッ!!
ッッ!
ッ!!
李儒:…すまぬ……!
呂布:くそッ!!
ナレ:呂布は赤兎馬に飛び乗るや鞭をくれた。
駆けに駆け、董卓の行列を先回りすると、通りから離れた木陰に隠れる。
いっぽう、貂蝉は車の上で董卓に抱き寄せられながら郿塢の城へ向かってい
たが、ふと視界の端に、こちらを食い破らんばかりに視線を注ぐ呂布の
姿を捉えた。
貂蝉:(! あれは呂布…よほど衝撃を受けたのでしょう。
あなたがわたくしへの想いに狂えば狂う程、董卓の死は近づく…。)
呂布:!! 貂蝉……!!
ッ、泣いていた…確かに泣いていた。
どんな気持ちで郿塢の城へ行っただろうか…!
王允:? おお、これは呂布将軍ではございませぬか。
呂布:王允殿、なぜここに?
王允:おや、ご存じありませんでしたか?
この先にわたくしの別荘がございましてな。
呂布:ああ…そうでしたか。
王允:董大師が郿塢城へお戻りになると聞きましたので、
お見送りしたついでに辺りを一巡りしようとここまで来たのでございます。
将軍こそ、こんな所でどうなされたのですか?
呂布:王允殿、貴殿がそれがしの苦悶をご存じないはずがない。
忘れてはおられまい。
いつか、王允殿はそれがしに貂蝉を送ると約束した
でござろう。
王允:! ……その事、でございますか…。
【大きな溜息】
近頃の大師様のなされ方は、まるで獣のようです。
わたくしの顔を見るたびに、近日必ず呂布の元へ貂蝉を送る、と口癖の
ようにおっしゃられていましたが、今もって実行なされませぬ。
呂布:言語道断だ…!
今も貂蝉は、車の中で泣きながら行った…。
王允:ひとまず、わたくしの別荘までお越し下さりませ。
…じっくりと、ご相談したい事もございます。
ナレ:そう言って王允は呂布を誘うと、自身の別荘へ案内する。
部屋に通されて酒が出ても、呂布は憤怒の表情のままうなだれていた。
王允:将軍、おひとつ、いかがでございますか?
呂布:いや、今日は…。
王允:そうでございますか…無理にはお勧め致しませぬ。
心楽しまぬ時に酒を飲んでも、苦く感じるばかりですからな…。
呂布:王允殿…察して下され。
それがしは生まれてからこんな無念な思いをしたのは初めてです。
王允:そうでございましょう…わたくしもです。
せっかく、天下の英雄たる将軍の正妻に娶っていただけると
思っていた我が娘を、董大師には汚され、
将軍に対しては義を欠いている…。
世間が将軍に対し、自分の妻となるべき女性を奪われた人、と陰口を叩く
かと思うと、自分の身を斬られるようでございます。
呂布:世間が…世間がそれがしを笑うと!!?
王允:私は老いぼれゆえ、どうする事も出来ぬであろうと世間も思いましょうが
、将軍は世の英雄、お年もまだ壮んなのに何と意気地のない男かと言われ
るは目に見えております。
どうか、どうかわたくしの罪をお許し下され……!
呂布:いや! 王允殿の罪ではない!!
見ていてくれ。
それがしは誓ってあの老いぼれを殺し、この恥をそそいでみせる!!
王允:しょ、将軍! 滅多な事をおっしゃられるものではありませぬ…!!
もし誰かに聞かれたら、何となされますか!
呂布:構わぬ!
もはやそれがしの勘忍は破れた!
いつまでもあの董卓ごときに膝を屈していてなるものか!!
王允:おお……!!
さすがは将軍、英雄たるにふさわしいご決意です!
わたくし達のような腰抜けには、到底できませぬ。
今、董卓は天下万民に憎まれております。
もし将軍が董卓を斬れば、歴史に残る英雄として讃えられましょう…!!
呂布:よし…!
それがしはやるぞ…必ず、董卓を殺してみせる!!
ナレ:ついに呂布の心は、完全に董卓から離れた。
王允と貂蝉の仕掛けた美女連環の計が、ようやく実を結んだのである。
呂布は決意の証として自らの腕を剣で刺し、血の誓いを立てた。
王允:将軍、今日の事は我ら二人だけの秘密でございます。決して他言なされませ
ぬよう…。
呂布:無論だ。
だが、二人だけでは事は成せぬ。どうしたものか。
王允:腹心の部下には明かしても良いかと。
以後の事はまた密かにお会いして、じっくりとご相談いたしましょう。
呂布:うむ。ではいずれまた。
王允:(…思うつぼに行った…! 貂蝉、そなたのおかげじゃ…!)
ナレ:王允と呂布は、その後何度か密談を重ねた。
その結果、現在董卓から冷遇されている者らを抱き込むと、
偽りの勅使にしたてる。
そして郿塢城へ赴かせ、董卓という獣の前に最高のエサをぶら下げた。
朕、病弱にして熟慮の末、董卓相国に皇帝の位を譲る。
すみやかに参内し、禅譲の儀式を受けよ。
と。
董卓:なに、帝が?
しかもすでに諸大臣が評議の末、万歳を唱えて満場一致しただと?
うははは、そうかそうか、なるほど思い当たることがあるわ!
巨大な竜が雲を起こしてこの身にまとう夢を昨日見たが…
なるほど吉兆の夢であったか!
ようし、行列を整えィ! 長安の城へ向かうぞ!
ナレ:董卓は用意を命じるのももどかしく、奥へ駆け込むと貂蝉に
興奮した表情で喜びを伝えた。
董卓:貂蝉、いつかそなたにも言ったであろう。
わしが帝位についたら、そなたを后としてこの世の栄華を尽くさせ
ようと。
ついにその日が来たぞ!
貂蝉:まあ、本当でございますか!?
嬉しゅうございます大師様、いいえ、陛下!
董卓:はっはっは、これこれ、気が早いぞ。
貂蝉:いいえ、少しも早くなどございませぬ。
さ、衣服をお替え遊ばして…。
ついに…ついにこの日が来たのですね…!
李儒:【走ってきて】
ッ大師、お待ちくだされませ…!
董卓:おう、李儒、どうした?
李儒:少しおかしいですぞ、大師。
いくら陛下がご病気がちとはいえ、こんなにたやすく帝位をお譲り
になるとは思えませぬ。
董卓:何ィ!?
このめでたい気分に水を差すのか、李儒!
下がれッ!!
李儒:し、しかし大師…
董卓:【語尾に被せて】
ええい、まだ喋るか!
さっさと下がらんと斬るぞ!
李儒:ッ、大師……!
董卓:貂蝉、次にそちに会う時は、わしは皇帝ぞ。
しっかりと心の準備をしておくがよいぞォ。
李儒、そちは城で留守をしておれッ!
貂蝉:はい、いってらっしゃいませ、大師様。
李儒:は…失礼いたします。
【二拍】
どうも最近おかしい…呂布と大師の仲の悪さといい、
その上突然の帝位禅譲…全てはあの貂蝉が来てから動き出している。
…ま、まさか…?)
貂蝉:ふふふ…もう董卓には目の前にぶら下げられた、
皇帝の位と言う名の肉しか見えていない…!!
やっと…やっとあの獣が討たれる日が来たのね。
お父様、やっと育てていただいたご恩にお報いする事が出来ました…。
これでわたくしの役目も…ふふふ、あははははは……!!
ナレ:李儒は一連の出来事にようやく不審を抱き、貂蝉は奥の部屋でひとり嗤う。
董卓は数千の精兵に守られて郿塢の城を発った。
途中、車の車輪が折れたり馬が暴れて轡をかみ切るなど、
何度も不吉な出来事に見舞われる。
しかし、皇帝の位が放つまばゆい光に目を眩まされたまま、
董卓は一歩一歩、長安の城へ向けて死の行進を続ける。
董卓:…む、あれは…呂布ではないか。
呂布:大師、この度は帝位におつきになるという事で、心からお喜び申し上げます
。
どうか、それがしも警護に加えて下さいませ。
董卓:おお、お前もわしが帝位にのぼるのを喜んでくれるか!
そうじゃな、そちには、軍の総督を任命してやるからのう。
呂布:ありがたき幸せに存じます。
董卓:ははは、愉快じゃ!
何もかもうまくいっておるわい!!
おう、長安の城が見えて来たわ。
見よ、呂布。王允をはじめ、朝廷の大臣どもが道の傍らに跪いて
おるではないか!
呂布:すでに大師、いや、陛下となられたも同然なのです。
大臣たちが臣下の礼をとるのも当然かと。
董卓:はっははは、そちもなかなか申すわ!
おう、王允、出迎えご苦労じゃ。
王允:ははっ。
大師、このたびはおめでとう存じます。
董卓:うむ!
他の者らも大儀じゃ。
少し疲れたゆえ、参内は明日にするぞ。
呂布:はっ。進め!
ナレ:丞相府に入ると董卓は休息し、後を追ってきた王允だけに会うと
祝いの言葉を受けた。
王允:今宵はどうか悠々と心身をお休め遊ばされませ。
明日は斎戒沐浴し、帝位を譲り受けたまわりますよう。
董卓:うむ。
いつか言ったように、そちも重く用いてやるからのう。
王允:ありがたき幸せに存じます。
ではこれにて…。
【二拍】
ふん…せいぜい夢を見ておくがよいわ…帝位に就いた夢をな…!
ナレ:一夜明け、董卓は昨日にも勝る衣装を着飾り、宮中へ向かう。
そこでも王允はじめ、朝廷の大臣でも上席の数名が跪いて出迎えた。
王允:大師、お待ち申しあげておりました。
ここよりは掟に従って、警護の者は一部だけに願います。
董卓:おう、わかっておる。
お前達はここでわしを待てい。
ナレ:董卓は二十名ほどの護衛兵に車を押させて先へ進む。
しかしその先に待っていたのは、門の両脇に剣を抜いて仁王立ちしている
王允の同志、孫瑞と黄エンであった。
董卓:うっ!?
王允ッ! あの者達は何じゃ!?
王允:されば、黄泉よりの使者と心得る!
大師、いや、董卓!
汝を地獄へ連れ去らんとする者じゃ!!
董卓:な、なんじゃと!?
では、まさか汝らは!!
王允:【語尾に被せて】
逆臣董卓が参ったぞ!
それッ者共、出でよッッ!!
董卓:ぶ、無礼者が、寄るなッ!!
ぬ、ぬぅおぉッ! ぐはっ!
ぐうぅっ、貴様らぁ…!!
王允:これぞ天罰じゃ!
天下万民の恨み、思い知るがよいッ!!
董卓:ぐっ、ぐふっ! うぐおっ!
お、おのれええ……!
王允:ええい、しぶとい奴め!!
肌着や鎧を着重ねておるなッ!
董卓:り、呂布ッ、呂布はおらぬかッ!!
わしの、義父の危機を助けィッ!!
呂布:心得た。
【二拍】
勅命によって、逆賊・董卓を討つッッ!!!
董卓:うっ、ぐッ、お・・・おのれぇ…呂布、お、おまえまでもが…!
呂布:悪業の報いだ、死ねッ!!!
董卓:ぐがッッ!!!
ナレ:呂布の戟は、董卓の喉を正確に刺し貫いた。
漢の献帝の御代、初平三年四月二十二日の正午。
栄耀栄華を極めた董卓の一生は、五十四歳で幕を閉じた。
誰かが発した万歳の声は長安城外まで溢れ、しばらく止まなかったという。
李粛は董卓の首を剣の先に刺して高く掲げ、呂布は王允に渡されていた皇帝
の詔を大声で読んだ。
呂布:帝の勅命によって、逆臣)董卓を討ち終わった!
王允:よし、次は李儒を捕らえるのじゃ!
董卓の傍にあって常に献策し、その悪逆を助けていたのはあの男じゃ。彼奴
めだけは生かしてはおけん。
李粛殿、頼みますぞ!
ナレ:李粛は直ちに兵を率いて丞相府へと向かい、李儒を生け捕ってきた。
初めのうちこそ命乞いをしていた李儒だが、王允が姿を見せると声を上げて
罵り始める。
李儒:おのれ王允、よくも大師を裏切りおったな!
女狐を用いて呂布を唆すという、汝ごときの卑劣極まりない罠に
掛かるとは…ああ、無念だ!
王允:李儒よ、今までの悪逆非道、後悔するのだな!
こやつを極刑に処してのち、首を街頭にさらせィ!!
李儒:うぬッ、寄るな、放せッ!!
卑劣漢王允、愚かな呂布!
汝らを近いうちに必ず、地獄より招いてくれるぞ…!
【徐々にフェードアウト】
呂布:李儒め…往生際の悪い…だが…だが貂蝉が…?
いや、まさか…?
王允:【つぶやく】
さて、あとは郿塢の城じゃが…。
あそこには董卓の一族と、配下の大軍が健在だ。
ここは呂布にやって貰わねばなるまい…。
呂布将軍、おられるか!
【二拍】
呂布:…王允殿、いかがした?
王允:おお、呂布将軍。
残すは郿塢の城だけとなった。
董卓の一族とその軍を蹴散らせるのは、将軍をおいてほかにはござらぬ。
皇甫嵩や李粛と共に、三万の兵を率いて向かってくだされ。
呂布:…心得た。
者共、出陣だ! 逆賊の残党どもを討つ!!
貂蝉役以外:【喚声・SE代用可)】
ナレ:李儒の断末魔の叫びは、呂布の心に疑惑の種を植え付けた。
だが決定的な確信には至らず、兆した猜疑心に蓋をして出陣する。
郿塢の城を守っていたのは李カク、郭シら一万余りだったが、
董卓は討たれ、呂布と三万の兵が迫ると聞くと戦意を喪失、
城を脱出していった。
呂布は城へ一番乗りすると、財宝や他の美女には目もくれず貂蝉を探した
。
そして、奥の自室でぼんやりと佇んでいる彼女を見つけると、駆け寄って抱
きしめた。
呂布:貂蝉、貂蝉ッ!!
貂蝉:? 奉先様!?
呂布:貂蝉! やった、とうとうやったぞ!
董卓をこの手で殺してきた!!
これからは二人、誰の目を気にすることなく暮らせるぞ!
貂蝉:!! まあ、本当でございますか…!?
ついに董卓を討ち取ったのですね…!
呂布:そうだ! おお、それほど喜んでくれるのか!
これでやっとそなたと結ばれることができる。
もう誰にも邪魔はさせん!
貂蝉:奉先様……わたくしは…
呂布:【↑の語尾に食い気味に】
さあ、怪我でもしたら大変だ。
すぐに長安の我が屋敷へ迎え取ろう。
貂蝉:…。
一度、我が家に戻りとうございます。
呂布:ならぬ!
貂蝉:奉先…様?
呂布:ならぬと言ったのだ!
そなたはもう決して放さぬ!
貂蝉:けれどわたくしは…
呂布:【↑の語尾に食い気味に】
必要なものは全てそろえさせる。
不自由などさせぬ。
そなたはただ傍にあれば良いのだ!
貂蝉:ッ…(せめて、ひと目お父様に会ってから逝きたかった…。
けれど…それはかなわぬ願いなのですね。
ならば、もういっそ…。)
奉先さま…そこまで私を…。
やはり、私はもう……
ナレ:貂蝉は呂布に背を向け、静かに歩を進める。
そして隠し持っていた短剣を取り出すと、鞘を払った。
貂蝉:董大師に辱められ、汚されたこの身…
奉先様に捧げるわけに参りませぬ…。
呂布:ち、貂蝉!?
貂蝉:ッッッ!!!
…あ…は…あぁ…これ、で………ッ
呂布:貂蝉ッ!! 貂蝉ーーーーーーーッッッ!!!
ナレ:わずか十八歳の少女一人の命と引き換えに、この日殺された董卓の一族は
千五百人余りにのぼったという。
董卓が蓄えた莫大な財産は朝廷が接収、食料の半分はすぐさま民達に施さ
れ、歓喜の声が満ちあふれた。
彼の遺骸は街辻に取り捨てられ、民達の長年の鬱憤の的となる。
その首は蹴飛ばされ、臍には蝋燭が灯された。
人一倍肥満していた体は脂肪が燃えるのか、一夜明けてもまだ消えなかった
という。
王允:これで董卓の一族も片付いた。
我らもまた多いに祝おうぞ!
さっそく皆に触れを出すのじゃ!
ナレ:王允は日を選んで祝賀の大宴会を開いたが、その宴にただ一人、仮病と称し
て顔を見せなかった者がいた。呂布である。
貂蝉の死に、彼は食事も満足にとらず、昼は庭を彷徨い歩き、夜は貂蝉の
遺体を安置している部屋で眠った。
呂布:貂蝉…貂蝉っ…なぜ…なぜ死んだのだ…ッ!
これからお前との素晴らしい生活が始まろうとしていたのに、
なぜ自害などしたのだッ!!
こんな…死に顔に微笑みさえ浮かべて…ッ!
【二拍】
あぁ貂蝉…そなたは死してなお美しい…なぜ……。
ナレ:董卓の死によって、天下は平和を取り戻したかに見えた。
しかし、辺境へ落ちのびた董卓の重臣、李カク、郭シ達。
彼らがやがて時の帝、献帝を脅かしていく事になろうとは、
この時誰も気づかなかったのである。
END
どうもおはこんばんちわ、作者です。
本来この台本は2020年に一度完成、その後しばらく眠っていて、今年に入って大幅な校正を経てやっと陽の目を浴びる事となりました。
どうか楽しんで読んで、演じていただければ幸いです。
ツイキャス、スカイプ、ディスコードで上演の際は、お声掛けいただければ是非拝聴しに参ります。
欲を言えば上演のデータも後でいただければなお喜びます。
ではでは<m(__)m>