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苦手な方はご注意ください。

三国志演義

三国志演義・美女連環の計~暴獣の最期~

作者: 霧夜シオン

はじめに:この一連の三国志台本は、

     故・横山光輝先生

     故・吉川英治先生

     北方健三先生

     蒼天航路

     の三国志や各種ゲーム等に加え、

     作者の想像

     を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた

     め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事

     も多々あります。

     その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです

     。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい

     ております。何卒ご了承ください<m(__)m>


     なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。

     また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします

     。

     

     ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場

     合がありますので、注意してください。

     なお、性別逆転は基本的に不可とします。


※注意:台本内容に、一部R15の表現があります。

    それでも問題無い方は是非演じていただければ幸いです。



声劇台本:三国志演義・美女連環の計~暴獣の最期~


作者:霧夜シオン


所要時間:約90分


必要演者数:6人(5:1)

        (4:2)


はじめに:この一連の三国志台本は、

     故・横山光輝先生

     故・吉川英治先生

     北方健三先生

     蒼天航路

     の三国志や各種ゲーム等に加え、

     作者の想像

     を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた

     め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事

     も多々あります。

     その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです

     。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい

     ております。何卒ご了承ください<m(__)m>


     なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。

     また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします

     。

     

     ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場

     合がありますので、注意してください。

     なお、性別逆転は基本的に不可とします。


※注意:台本内容に、一部R15の表現があります。

    それでも問題無い方は是非演じていただければ幸いです。


●登場人物


董卓とうたく・♂:あざな仲穎ちゅうえい

     涼州りょうしゅうの長官。十常侍じゅうじょうじの乱に乗じて洛陽らくようへ居座り、献帝けんていを擁立し、

     自らを相国しょうこくと名乗り、気に入らぬ者は一族郎党皆殺し、強欲で長安遷都せんと

     の際は裕福な富豪達から財産をことごとく没収、配下の呂布に命じて漢

     の歴代皇帝の墓を暴いて財宝を全て略奪するなどほしいままに権力を振

     るい、暴虐の限りを尽くす。五十四歳。


呂布りょふ・♂:字は奉先ほうせん

     武芸百般に秀で、方天画戟ほうてんがげきを枯れ枝の如く振るい、日に千里駆ける

     稀代の名馬・赤兎馬せきとばに跨って戦場を駆ける。もとは荊州けいしゅう丁原ていげん

     養子だったが、黄金や赤兎馬に目が眩んで丁原を殺し、董卓に寝返り、

     養子となる。餓狼の様な性質を持つ。

     【人中の呂布、馬中の赤兎】とは当時の洛陽、長安で謳われた

     呂布の代名詞。

     三十代。


貂蝉ちょうせん・♀:もとは奴隷として市で赤子の時に売られていたが、王允に買われ、

     娘同様の扱いを受け、楽女がくじょとして歌舞全般を仕込まれ育てられる。

     育ての親の王允の役に立ちたいとの思いから、自ら進んで董卓と呂布

     の仲を裂くべく、その身を捧げる。十八歳。


王允おういん・♂:字は士師しし

     後漢王朝の最高職のひとつ、司徒しとを務める。

     董卓の横暴に日夜心をいためていた。

     かつて曹操に董卓暗殺の為、家宝である七星の剣を与えたこともある

     が失敗している。

     しかし、貂蝉の献身によって美女連環の計を董卓と呂布に仕掛ける。

     六十代。


李儒りじゅ・♂:字は文優ぶんゆう

     董卓の腹心にして知恵袋。この主にしてこの部下あり、を地で行く。

     献帝の腹違いの兄である弁王子べんおうじとその母である何太后かたいごうを塔の上

     から突き落として殺すなど、残虐非道の限りを尽くす。大体四十代。


張温ちょううん・♂:字は伯慎はくしん

     後漢王朝の最高職のひとつ、司空を務める。

     南陽の袁術と内通したのが董卓に露見、宴会の席で呂布に首を斬られ、

     宴席の余興にされてしまう。


ナレーション・♂♀不問:雰囲気を大事に。


※演者数が少ない状態で上演する際は、被らないように兼ね役でお願いします。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ナレ:董卓とうたくは長安へ都を移した後もますます威勢を振るい、自らを太政大師だじょういたいし尚父しょうふ

   と名乗って位人臣くらいじんしんを極める。

   長安ちょうあん郊外の郿塢びうに、王城をしのぐ城を築き、

   そこに天下のありとあらゆる財宝と二十年分の食糧を蓄え、

   八百人の美女を後宮に収めていた。

   外出する際の行列の輝かしさには、皇帝のさえ見劣りしていたという。

   そんなある日、董卓とうたくは密偵から各地の情勢を聞き、手を打って喜んでいた。


董卓:うははは、これは愉快じゃ! 

   わしを滅ぼそうとした連中がたがいに滅ぼし合っておるわい!

   うれいがまた一つ除かれたというものよ。

   んん~む、そうじゃ!

   これ程の吉報きっぽうならば、今宵こよいまた大宴会を開かねばのう!!


李儒:さようでございますな、皆でおよろこび申し上げます。


董卓:ようし、さっそく夜に向けて支度をせい!


ナレ:今や朝廷の大臣達の多くは、董卓とうたくの顔色をうかがう日々だった。

   董卓とうたくは自分の一族を朝廷の要職につけ、監視の目や耳を至る所に光らせてい

   たからである。

   そして夜を迎えて大宴会の最中さなか呂布りょふが慌ただしくやって来た。

   

呂布:大師たいし、失礼します。


董卓:おう呂布りょふ、なんじゃ?


呂布:お耳を…。

   【声を潜めて】

   張温ちょううんが、南陽なんよう袁術えんじゅつと通じているようです。

   袁術えんじゅつからの密使みっしが、誤ってそれがしの屋敷に手紙を届けてきました。


董卓:ほお、そうか……逃がすなよ。

   罪は一族に及ぶ。

   良いな?


呂布:ははっ。


   【二拍】


   おい、ちょっと立て。


張温:あッ、なッ、何を!?


呂布:【語尾に被せて】

   やかましい! 黙って来いッ!


張温:ひいッ、たっ、助けてッ!!


ナレ:諸大臣しょだいじんさかずきを口に運ぶのも忘れ、かたずをのんでいる

   中、呂布りょふは軽々と張温ちょううんの体を持ち上げて去っていった。

   しばらくして青い顔をした宮廷料理人が、特別料理と称して盆の上に

   載せてきたもの、それは、先程引き出されていった張温ちょううんの首だった。


董卓・ナレ以外全員:【適当にざわめいて下さい】


董卓:ふふふ……、呂布りょふはどうした?


李儒:はっ、もう間もなく戻ってくるかと。


   【二拍】


呂布:お呼びですか、大師たいし


董卓:おう。

   なに、そちの料理があまりに斬新すぎたようでな。

   みな言葉を失っておるわい。


李儒:将軍から安心して吞むように言ってやってくだされ。


呂布:諸公よ、本日の余興は済みました。

   心置きなくさかずきを重ねられよ。

   おそらくこれ以上、この呂布りょふの手をわずらわせる方はおらんと信じる。


董卓:張温ちょううん誅殺ちゅうさつしたのは、わしに背いて南陽なんよう袁術えんじゅつと通じておったからよ。

   天罰と言おうか、呂布りょふの屋敷に誤って手紙を届けてきたのだ。


李儒:それゆえ今しがた、彼の一族は残らず処刑しました。


董卓:ふふふ…なんじらもこの良い例を、しかと見ておくがよい。


ナレ:董卓とうたくの横暴は日を追うごとに激しくなり、長安ちょうあんの臣民に彼を恨まぬ者は

   一人もいなかった。

   たとえ一見無力な女子供であっても、それは例外ではない。

   大臣最高職のひとつ、上席の司徒しとに任ぜられている王允おういんの屋敷。

   奥の庭園に一人の少女がたたずんでいた。

   名を、貂蝉ちょうせんという。


貂蝉:…満月はあんなにも変わらず明るいのに、その光は地上に届いていない…。

   すべてはあの董卓が…。

   あら…?


王允:むうぅ…董卓とうたく暴虐ぼうぎゃく、目に余る…。

   だがわしには何の力も無い。

   どうすればよいのじゃ…。


貂蝉:お父様…最近はすっかりおやつれになってしまわれて…、

   なんとおいたわしい…。


王允:む…? 誰じゃ、そこにいるのは。


貂蝉:わたくしでございます。


王允:おお、貂蝉ちょうせんではないか。

   そのような顔をしてどうしたのじゃ?

   年ごろのそなたにうれい顔は似合わぬぞ。

   さ、笑顔をみせておくれ。

   

貂蝉:いいえ、わたくしは自分の事で悲しんでいるのではありませぬ。

   お父様こそ、何か大きなお悩みがあるのではございませんか?


王允:! むむ…そなたにもそう見えるか。


貂蝉:はい。

   最近はほとんど笑わず、時折深い溜息を遊ばされます。

   お父様、わたくしは今日まで育てていただいたご恩を忘れたことはござい

   ません。

   市場で売られていた赤子のわたくしに、実の親も及ばない程の愛情を注いで

   くださり、様々な事を学ばせて下さいました。


王允:何を言う。

   義理とはいえ、お前は実の娘同然。

   慈しんで育てるのは当然の事じゃ。


貂蝉:お父様、おっしゃって下さいませ。

   今の長安の有様’(ありさま)をうれえておられるのではないのですか?

   例えば…朝廷で我が物顔に振舞ふるまっている董卓とうたくの事では…?


王允:【↑の語尾に被せるように】

   しっ、誰かに聞かれたらどうするのじゃ!?

   しかし、そうか…そのように見られておったのか…。

   いかにも、そなたの申す通りじゃ。

   このままではいずれ董卓とうたくめが皇帝の位を奪うのは目に見えておる。

   かといって、あそこまで大きな力を持つと、もはや我らに手は出せぬ。


貂蝉:何とかして、董卓とうたくを討つ方法はないのでしょうか…?


王允:李儒りじゅの知恵に呂布りょふの武勇がついておる。

   そのうえ警護は厳重、監視の目もあちこちに光っているのじゃ。

   …呂布りょふ董卓とうたく、せめてどちらかだけでも…。


貂蝉:では…二人が仲たがいすればよいのですね?


王允:!な、なんじゃと!?

   貂蝉ちょうせん、そなた、そんな事が本気でできると…!?


貂蝉:お父様、わたくしは今までのご恩を少しでもお返ししたいのです。

   お願いです。どうかわたくしをお使いください!


王允:むうう………。


   【四拍】


   わかった。

   そなたの真心まごころに甘えて、頼みたいことがある。

   …董卓とうたくを、何としても殺さねばならん。

   そしてそなたの言った通り、それを為すには呂布りょふとの仲をかねばならぬ。

   …まず、呂布りょふにお前を与えるとあざむき、董卓とうたくにお前を贈る。


貂蝉:はい…!


王允:呂布りょふ董卓とうたくも酒や女に溺れる性質たちだ。

   お前を見れば必ず心を動かす。

   二人を互いにあざむき、疑い合わせれば、必ずや董卓とうたくを討つ機会が訪れる!

   そなたの汚れなき細腕ほそうでのみがこのはかりごとを為し得るのじゃ!

   まさか花園の内に、董卓とうたくめを討ち果たすことのできる剣がひそんでいようと

   は、誰も知るまい!

   貂蝉ちょうせん、ああ、貂蝉ちょうせん!!


貂蝉:お父様、顔をお上げください…!


王允:わしは漢王朝かんおうちょうを救ってくれる天の御使みつかいを礼拝らいはいしたのじゃ。

   貂蝉ちょうせんよ、お前の命を…漢王朝かんおうちょうの為にくれい…!


貂蝉:分かりました。

   もし万が一失敗したら、わたくしは笑って死にます。

   そして、二度と人の世には生まれてこないでしょう。


ナレ:二人のひそかな誓いから数日後、王允おういん呂布りょふの屋敷に贈り物を届けさせた。

   

呂布:なに、王允おういん殿から?

   一体何だろう…。

   !! こ、これは素晴らしい黄金の冠だ!

   あの家は代々、宝物ほうもつを数多く所持していたが、

   長安に移った際にすべて失ったと聞いた。

   それが、まだこれほどの物を所蔵しょぞうしていたのか。

   ともあれ、礼に行かねばな…。


ナレ:呂布りょふは武勇において天下に並ぶ者がないが、単純な男でもある。

   早速、赤兎馬せきとばに乗って王允おういんの屋敷へおもむいた。

   一方、王允おういんはすでにこの事あるを予想し、歓迎の用意に抜かりはなかった。


呂布:王允おういん殿はおられるか。

   呂布りょふが来たと伝えられたい。


   【三拍】


王允:おおぉこれはこれは呂布りょふ将軍。

   ようこそおいでくだされました。

   さぁさぁ、皆、何をしておる。将軍がわざわざおいで下さったのじゃ。

   すぐにうたげ支度したくをするのじゃ。


ナレ:王允おういん呂布りょふを、一家総出いっかそうででもてなした。

   下へも置かぬ扱いで歓待してくれる王允おういんを、呂布りょふは不思議に思って眺めてい

   た。


呂布:王允おういん殿、それがしは董大師とうたいしつかえる武将の一人にすぎませぬ。

   それに引きかえて、貴殿は朝廷の大臣、そして名家の主人だ。

   一体なぜこれほど丁重にもてなしてくださるのですか?


王允:これはおかしな事をお尋ねなさるものじゃ。

   常日頃つねひごろ、将軍の才徳と武勇を陰ながら尊敬しておりました。

   名馬・赤兎馬せきとばが我が家の門につながれただけでも、余りある光栄というもので

   す。


呂布:いや、これはどうも…、それがしのようながさつ者を、それ程まで

   に目を掛けて下さっていたとは知りませんでした。


王允:さあさあ将軍、もうおひとつどうぞ。

   おおそうじゃ、娘の舞でもお見せしましょう。

   【手を叩いて】

   貂蝉ちょうせんをこれへ呼びなさい。


ナレ:やがて室外に、大輪だいりん牡丹ぼたんの花のごとき麗人れいじんが姿を現した。

   貂蝉ちょうせんである。


貂蝉:…ようこそお越しくださいました、将軍様。


呂布:!! お、おぉ…。

   な、なんと可憐かれんなのだ……!


貂蝉:つたない舞でございますが、将軍様を慰めることができればと存じます…。


呂布:う、うむ! 楽しませてもらうぞ!


貂蝉:(この男が呂布りょふ… まるで獣のような…。

   お父様の為、何とか篭絡ろうらくしなければ…。)

   

   では…。


呂布:…!

   す、素晴らしい…!

   なんというあでやかさと華麗さを併せ持った舞だ…!

   【つぶやく】

   ぜひ妻に迎えたい…!


貂蝉:(視線が…身体を舐め回しているのを感じる…ええ、もっとご覧なさい…。

   存分に魅了してさし上げます…!)


王允:(…りつかれたように見入っておる…これなら間違いなく心を動かして

   いるはずじゃ…。)


   【二拍】


貂蝉:…粗末な舞にて、お目を汚しました。


呂布:おお…ッ、

   【ゆっくり手を叩きながら】

   いや、見事、見事だ! ああ、なんと素晴らしい…!!


貂蝉:お褒めいただき、恐れ入ります…。


王允:貂蝉ちょうせん呂布りょふ将軍はお前の舞がことのほかお気に召したようだ。

   こちらへ来ておしゃくしなさい。

   将軍はな、わしが日ごろ尊敬しているお方じゃ。

   充分におもてなしするようにの。


貂蝉:はい…失礼いたします。

   …どうぞ。


呂布:う、うむ…!

   王允おういん殿、この麗人れいじんはご息女そくじょですか?


王允:はい、娘の貂蝉ちょうせんと申します。


呂布:知らなかった。

   王允おういん殿にこのような美しいご息女そくじょがおられようとは…。


王允:全く世間を知りませぬし、滅多めったに客前へ顔を出したこともありませぬ。

   これ、貂蝉ちょうせん、もっとさかずきをお勧めしなさい。


呂布:それを今日は、それがしの為に…。


王允:我が家がそれほどまでに、将軍のご来訪を喜んでいるのだというお気持ちを

   んで下されば、幸いに存じます。


呂布:いや、もう十分にもてなしをいただきました。

   しかし、本当に美しい……。


王允:…将軍、貂蝉ちょうせんがお気に召したようですな。


呂布:そ、それは勿論もちろん

   まるで天女てんにょのような美しさ…男なら誰でもそばに置きた

   くなるものです。


王允:それならば……貂蝉ちょうせん、これからは呂布りょふ将軍のおそばつかえたらどうじゃ?


呂布:えッ!!?


貂蝉:はい……光栄に存じます。


呂布:お、王允おういん殿、い、今のは、まことか!?!?


王允:なんでたわむれにこのような事を申しましょう。

   貂蝉ちょうせんもどうやら将軍の事をおしたいしている様子。

   良き日を選んで将軍の元へ送る事をお約束いたします。


呂布:王允おういん殿…それがしはすっかり酔いました。

   このような楽しい日を過ごしたのは初めてな気がする…。


貂蝉:将軍様、初めてお会いした時からお慕いしておりました…。

   今、念願が叶って貂蝉ちょうせんは嬉しゅうございます…!


呂布:おお…貂蝉ちょうせん、そなたも喜んでくれるか!


王允:このまま我が家へお泊めしても良いのですが、董大師とうたいしに怪しまれてもいけま

   せん。

   今宵こよいはお帰りになった方がよろしいでしょう。

   

呂布:うむ、確かに。

   しかし王允おういん殿、間違いはないでしょうな?

   必ず、必ずですぞ…!


王允:もちろんですとも。

   では、お見送りいたします。どうかその日を楽しみにお待ちくだされ。


   【三拍】


   これで、一方はうまくいった。

   ッえた狼め…誰がすきこのんで…しかし、董卓とうたくもまた…。

   すまぬ…貂蝉ちょうせん…。


貂蝉:お父様、どうかわたくしをいたわらないでください。

   かえって心が弱くなり、決心がにぶりかねません。


王允:そうか…わかった、もう言うまい…。

   かねて話していた通り、董卓とうたくもいずれ屋敷へ招く。

   呂布りょふ同様にびを売り、機嫌を取ってくれよ。


貂蝉:はい…!


ナレ:次の日、王允おういんは朝廷に出仕しゅっしすると、呂布りょふの不在を見計みはからい、董卓とうたくへ目通り

   を願い出た。


董卓:王允おういん、どうしたのだ。

   火急の用か?


王允:董大師とうたいしもますますご健勝におわすようで、心よりお喜び申し上げます。

   毎日のご政務、さぞお疲れと存じます。

   それをおなぐさめ致したく、我が屋敷にささやかではありますが、

   酒宴の席を設けておもてなししとうございます。

   もし大師たいしにおいでいただけるならば、我が家の喜び、これに過ぎるものは

   ございません。


董卓:なに、わしを屋敷へ招いてくれるというのか。

   それは近ごろ喜ばしい事じゃ。

   そちは国家の元老げんろう、その招待を断るのは失礼にあたるというものだ。

   明日にでも行こうぞ。


王允:おお、ありがとうございます。

   それでは、喜んでお待ち申し上げます。


ナレ:王允おういんは急いで屋敷に戻ると、一族を集めて董卓とうたくを迎える用意にかかるよう

   命じた。


王允:皆の者、明日、董大師とうたいしがお越しになる。

   我が家の名誉めいよになる日ゆえ、決して粗相そそうの無いようにの。

   さあさあ、すぐに支度にかかるのじゃ。

   おおそうじゃ、貂蝉ちょうせん、こちらへ来なさい。


   【二拍】


   【声を潜めて】

   貂蝉ちょうせん…いよいよ明日じゃ。

   …頼んだぞ。


貂蝉:【声を潜めて】

   はい…! 必ずや、董卓とうたくの心をつかんでみせます…!


ナレ:一夜明け、董卓とうたくは行列を整えて王允おういんの屋敷へと向かった。


董卓:のう、李儒りじゅ

   国家の元老げんろうたる王允おういんまでもがわしの機嫌を取り、屋敷に招待しおるわい。

   実に良い気分じゃ。


李儒:ふふふ…大師たいしが次代の皇帝となられるべきだと、王允おういんも認めたのでございま

   しょう。


董卓:そうかのう。

   長安ちょうあんに都を移してから前途ぜんとが洋々(ようよう)と開けてきておる。

   そちの申す通りであったわ。


李儒:おめにあずかり、光栄でございます。

   さ、大師たいし、着きましたぞ。


王允:ようこそおいでをたまわりました。

   董大師とうたいしのご来駕らいがは我が家始まって以来の光栄にございます。

   一族をあげて、心からおもてなしさせていただきます。


董卓:おう、今日は楽しませてもらおうのう。

   そちもわしのかたわらにあるがよい。


王允:さあさあ、こちらでございます。

   大師たいしのお口に合いますかどうか…。


ナレ:董卓とうたく)は勧められるまま席につくと、大いに飲み食いし、

   すっかり大満足な様子であった。

   李儒りじゅをはじめ、警護の者達も存分にもてなされ、宴はまさにたけなわを迎え

   る。

   王允おういん頃合ころあい見計みはからって、董卓とうたくささやいた。


王允:大師たいし、あちらの離れで一休みなされては…。


董卓:うむ。そちに任せよう。


   【二拍】


   いや、良い酒に美味い料理、堪能たんのうしたぞ。

   よしよし、今にもっとそちを取り立ててやろう。


王允:ありがたきお言葉にございます。

   【手を叩いて】

   これこれ、董大師とうたいしに舞もお見せするのじゃ。

   貂蝉ちょうせんをこれへ呼びなさい。


   【二拍】


貂蝉:…ようこそおいでくださいました、董大師とうたいし様。


董卓:!! む、むぅ、これは…!


貂蝉:(董卓とうたく…老いて醜くえ太った、呂布りょふとはまた違う獣…。)

   それではつたない舞ですが、どうぞご覧くださいませ…。


ナレ:やがておぼろな明かりの中、曲に合わせて貂蝉ちょうせんが舞い始めると、

   その姿に董卓とうたくさかずきを誤って取り落とすほど見惚みとれていた。


董卓:おおお…な、なんという美しさじゃ! 

   わしの城にこれ程の女はおらぬ!

   仙女せんにょとは実に貂蝉ちょうせんのごとき者を言うのだろう。

   後宮にぜひ迎えたいものじゃ…!


王允:董大師とうたいしにそれほど気に入っていただけるとは、貂蝉ちょうせんも幸せ者でございます。

   …よろしければ、大師たいしに差し上げてもよろしゅうございますが…。


董卓:何! まことか!?


王允:貂蝉ちょうせん、そなたも異存はないじゃろう?


貂蝉:はい…身に余る光栄にございます。


董卓:うははは、そうかそうか!

   では連れて帰るぞ!

   …貂蝉ちょうせんとやら、可愛がってやるからのう…!


貂蝉:う、嬉しゅうございます…それでは、行って参ります。


王允:うむ…粗相そそうの無いように努めるのじゃぞ。


董卓:王允おういんよ、そちの忠誠ちゅうせいはよく分かった。

   以後はもっと引き立ててやるからのう。


李儒:出発だ、共揃ともぞろえをせよ!


ナレ:王允おういんは、事の進み具合に内心喜びながらも貂蝉ちょうせんとの別れを惜しみ、

   董卓とうたくを送っていく。

   屋敷へ帰ってくると、二列に松明たいまつを立てた一団の騎馬隊がやってきた。

   真っ先に立っているのは、呂布りょふである。


呂布:おのれ、今帰ったか、王允おういんッ!!


王允:おお、これは呂布りょふ将軍ではございませぬか。

   一体こんな夜更けに、いかがなされたのです?


呂布:とぼけるな!

   貴様は先日、貂蝉ちょうせんをこの呂布りょふへ贈ると約束しておきながら、

   今宵、董大師とうたいしへ献じてしまったというではないか!

   この狸ジジイめ!!


王允:なんと、将軍はどうしてそれをご存じで…!?


呂布:先ほど我が屋敷へ、董大師とうたいし王允おういんの屋敷より美女を乗せて戻られたと

   告げに来た者があったのだ!


王允:あ、いや、その事でしたら…


呂布:【語尾に被せて】

   黙れッ!

   貴様、この呂布りょふたばかりおってどうなるか、今その身を八つ裂きにして

   思い知らせてやる!!


王允:将軍、落ち着いてくだされ。

   貂蝉ちょうせん董大師とうたいしに差し上げたのではありませぬ。


呂布:何ィ、どういう事だ!

   何度も貴様の二枚舌にまいじたあざむかれはせぬぞ!


王允:ここではお話もしづらいですし、まずは我が屋敷へお通りを…。

   その上でご納得頂けなければ、この首をお持ち帰りくだされ。


呂布:いいだろう、もう一度だけ話を聞いてやる!


   【二拍】


王允:さ、お掛けください…、実はこうです。

   今宵こよいの酒宴が果てた後で大師たいしが、そちは呂布りょふ貂蝉ちょうせんを与える約束をしたそう

   だが、ひとまずわしに預けよ、と申されたのです。


呂布:わからん。

   何故それがしにとつぐのに董大師とうたいしに一時預けねばならん!?


王允:良き日を選んで董大師とうたいしが酒宴を開き、その場で不意に将軍と貂蝉ちょうせんを会わせて

   、皆でひやかして楽しもうとおおせられまして…。

   せっかくのおぼし召しにそむくわけには参りませぬゆえ、貂蝉ちょうせんをお預けした次第

   です。


呂布:な、なに…すると董大師とうたいしは、それがしをからかう為に…?

   す、すまぬ王允おういん殿! 軽々しく疑って…罪、万死ばんし

   にあたいするがこの通りだ! 許してくだされ!


王允:いやいや、お疑いが解けたのであれば、それで良いのでございます。

   いずれ、貂蝉ちょうせんの衣装や化粧道具の一切すべてを将軍の元へお送りしますゆ

   え。


呂布:申し訳なかった。

   貂蝉ちょうせんの顔を一目見たあの時から、目の前にいつもちらついて離れぬのだ。

   それゆえ、つい取り乱して…。


王允:将軍にそれほどまでに思っていただけて、貂蝉ちょうせん果報者かほうものにございます。

   さぞかし将軍に引き合わせられる日を、指折り数えて待っておりましょう。


呂布:王允おういん殿、夜分やぶんに押しかけての狼藉ろうぜき、誠におびの言葉もない。

   では、その日を心待ちにしています。

   

   お前達、引き上げるぞ!


王允:……。

   (ふん、人の道も礼儀もわきまえぬ、けだものめが…。)


ナレ:呂布りょふは何度も王允おういんに詫びると自分の屋敷へ帰って床につ    く。

   だがなんとなく寝苦しく、あまりよく眠れなかった。

   その頃の丞相府じょうしょうふ董卓とうたくの寝室。


董卓:おうおう、貂蝉ちょうせんよ。

   そなたは何故こうも美しいのじゃ。


貂蝉:……お恥ずかしゅうございます、大師たいし様。

   (っ…こんな形で、殿方を知る事になるなんて…!)


董卓:ふふふ…まさに仙女せんにょじゃわい。

   ほれ、このき通るような白き柔肌やわはだ、それに牡丹ぼたんごとき唇、

   どれ一つとしてわしの後宮こうきゅうにいる女共には無い。

   ほぅれ、ほぅれ…!


貂蝉:あ…あぁ…っ。

   (心は嫌なのに…体が反応してしまう自分が憎い…!)


董卓:おうおう、良い声できおるわい。

   ならばここはどうじゃ? んん? 


貂蝉:あぅ! あああッ…! 

   (好きなだけむさぼればいい…その代価は…ッ!)   


董卓:まだ序の口じゃぞォ、ふふふ…今宵は寝かさぬ。

   そなたは今よりわしの物じゃ!

   たっぷりと…可愛がってやろうのう…!!


貂蝉:ああぁっ、大師たいし様ぁっ! 

   (董卓とうたく、あなた自身の命で払ってもらうッ!)


董卓:ぐふふふふ…うははははは…!!!!!


ナレ:かたや爛熟らんじゅくの春に眠れぬ夜を、かたや早熟そうじゅくの果実はその花を散らした。

   呂布りょふ貂蝉ちょうせんが気になり、早々と出仕しゅっしすると董卓とうたくの寝室へおもむいた。

   すると、鏡に向かっている貂蝉ちょうせんの後ろ姿が、ちらと見えた。


呂布:うっ、あれは…!

   【小声で】

   貂蝉ちょうせん……!


貂蝉:! あ…将軍様……!?


ナレ:呂布りょふは我を忘れて、寝室へ踏み込んでいた。

   貂蝉ちょうせんは鏡に映った呂布りょふに気付くと振り返り、瞳へ見る間に涙を泉のように

   たたえて今にも泣きだしそうな様子だったが、その心は態度と裏腹であった。


貂蝉:(まさか、ここまで来るなんて…、とんでもない人に見初められたのかも

   しれない…。

   でもここでうまく董卓とうたくの怒りを買わせれば、あるいは…!)


呂布:(ああ…貂蝉ちょうせんは…もう乙女ではなくなっている…!

   董大師とうたいしひどい…!

   それとも王允おういんが俺をだましたのか?

   いや、貂蝉ちょうせんも無理にせまられてはこばめなかったのだろう…。)


ナレ:呂布りょふはついには矢もたてもたまらなくなり、貂蝉ちょうせんを抱き寄せようとしたその

   刹那せつな、奥からいきなり声がかかった。


董卓:貂蝉ちょうせん、誰かそこにおるのか?


貂蝉:ぁ…ッ…!


呂布:っ!!

   …り、呂布りょふです。

   大師たいしには、今、お目覚めですか。


董卓:なに…?

   呂布りょふ、何の用だ。

   誰に断って寝室まで入ってきた。


呂布:は、はっ。

   じ、じつは、こうです。

   大師たいしが病に倒れられる夢を見てしまったものですから、に、にわかに心配

   になりまして、その、夜が明けるのを待ちかねて飛んで参りました。

   しかし、大師たいしのお変わりない姿を見て、ほっといたしました。


董卓:ッ馬鹿者が!

   起き抜けにそんな忌まわしい話を聞かせる奴があるかッ!


呂布:お、恐れ入りました。

   大師たいしのご健康を常に案じておるものですから。


董卓:なんじゃと?

   その落ち着きのないざまは何だ!

   それにここは寝室だ、去れッ!!


呂布:ははっ…!

   (くっ…貂蝉! )


貂蝉:(さすがにこの程度ではまだ…もっと事を積み重ねなければ…。)


ナレ:この日以降、呂布りょふの態度は目立って変わっていった。

   夜は酒に溺れ、昼も辺り構わずわめき散らすかと思えば終日ふさぎ込む。

   董卓とうたくの元へ出仕しゅっしるのも休んだり、遅く出たりと乱れがちであった。

   一ヶ月もそんな状態が続いていたが、ある日、董卓とうたくが軽いやまいで伏せっている

   と聞き、久し振りに見舞いにおもむいた。


董卓:おう、呂布りょふ、久しぶりじゃのう。

   そちもやまいであったそうじゃな。


呂布:はっ、大したことはありませぬ。

   この春に酒が過ぎた程度です。


董卓:そうか、わしもすっかり体が弱くなった。

   野山を駆けまわっていた頃の健康な体に戻りたいわい。

   っ、ごほっ、ごほっ。


貂蝉:大師たいし様、大丈夫でございますか。

   少しお休み遊ばしては…。


董卓:うむ、そうじゃのう…ごほっ。


ナレ:董卓とうたくを横にすると、貂蝉ちょうせん衝立ついたての陰に下がった呂布りょふへひしと抱きついた。


呂布:【ささやき声】

    !! ち、貂蝉ちょうせん!?

    どうしたのだ!?


貂蝉:【ささやき声】

   ああ…つろうございます。

   心に想っているお方と一緒になる事もできず、こうして心にもない方と暮ら

   さねばならないのに、あなた様はこの頃ちっともおいでにならない…! 


呂布:【ささやき声】

   ちょ…貂蝉ちょうせん…では、そなたは…そなたは…!


貂蝉:【ささやき声】

   はい…!

   せめてお顔だけでも、毎日見せて下さりませ…!


呂布:【ささやき声】

   貂蝉ちょうせんっ……!


董卓:呂布りょふッ!

   そこで何をしておるッ!!!


呂布:うっ、はっ、い、いや、別に、何も…!


董卓:黙れッ!

   今、わしの目を盗んで貂蝉ちょうせんに戯れようとしたな!

   わしの寵姫ちょうきへ、みだらなことをしかけようとしたなッ!!

   うっ、ごほっ、ごほっ!


呂布:そ、そんな事は…


董卓:【語尾に被せて】

   不届き者めッ!

   目を掛けられているからと、つけあがりおって…!

   身の程をわきまえろッ! 屋敷に引きこもって謹慎きんしんしておれッ!! 


呂布:ッ! それが…お言葉ならば…!


董卓:ええぃさっさと出ていけッ!!

   うっ、ごほっ、ごほほっ!


   【二拍】


   はぁ、はぁ、貂蝉ちょうせん、大丈夫か?

   何もされておらぬか? ん?


貂蝉:は、はい…。

   (…まだ、まだ足りない…もっと、もっと…!)


   【二拍】


呂布:くっ…くそおっ……!


李儒:おや、呂布りょふ殿。

   いかがなされた? やまいに伏せっていたと聞きましたが?


呂布:先を急ぐ。御免ごめん


李儒:? 呂布りょふ殿? 


   【二拍】


   大師たいし李儒りじゅです。


董卓:ごほっ、ごほっ。

   …む、李儒りじゅか…入れ。


李儒:失礼いたします。

   先ほど血相を変えた呂布りょふとすれ違いましたが、何かございましたか?


董卓:ふん、あやつめ、目を掛けられているのにつけ上がりおって、

   わしの貂蝉ちょうせんに手を出そうとしおったのじゃ!


李儒:【軽い溜息】

   困りましたなぁ…。

   なるほど、此度こたび呂布りょふについては確かに不届きでございます。

   しかし、大師たいしはいずれ天下に君臨なさるお方。

   その大望たいぼうの為には、多少の罪など笑ってお許しになる大きな度量が必要かと

   存じます。


董卓:馬鹿なッ、それでは主従の間はどうなる!

   士気の乱れのもとではないか!


李儒:では、呂布りょふが他国に走ったら何となされますか?

   それこそ、大事は成りませぬぞ。


董卓:ぐ、ぬぅ…確かに他国に走られるのはまずい…。


李儒:大師たいし大望たいぼうの為には、呂布りょふは決して失ってはならぬ人間でございます

   。


董卓:しかし、すでに謹慎きんしんを命じてしまった。


李儒:その心配は無用にございます。

   呂布りょふは単純な男ゆえ、明日お召しになって金銀を与えればよいのです。

   その上で優しくおさとしあれば、感激して以後はきっとつつしむことでございまし

   ょう。


董卓:【唸る】

   …わかった。

   明日、呂布りょふを呼び出せ。


貂蝉:(…李儒りじゅ…この男の目の届くところでは動けない…。

    うまく仲を取り持たれては、大人たいじんはかりごとが水の泡に…。)


ナレ:董卓とうたく李儒りじゅに説得されているうちに、怒りも収まってきた。

   いかに貂蝉ちょうせんに溺れていても、天下への野望を捨てるわけにはいかなかったの

   である。

   そして次の日。


呂布:…大師たいし、お呼びとのことで参じました。


董卓:おう呂布りょふ

   昨日はやまいのせいで癇癪かんしゃくを起こし、そちをののしってしまった。

   だがわしはそちの力を何よりも必要としておるのじゃ。悪く思わんでくれ。

   これからも今までどおりに顔を見せて、わしのそばを離れずにいてくれよ。

   それ、これがびのしるしの金銀じゃ。


呂布:っこ、これは…ありがたき、幸せに存じます…。


董卓:うむ、これからも頼むぞ。


呂布:ははっ…。


   【二拍】


李儒:あれでよろしゅうございます、大師たいし


董卓:うむ…。


ナレ:この日以来、呂布りょふ董卓とうたく貂蝉ちょうせんの間で板挟いたばさみとなってしまった。

   しかしそれでも日々の出仕しゅっしは欠かさず、董卓とうたくの外出の際は警護の先頭に立っ

   た。

   だが夏も近いある日、朝廷へ董卓とうたくを護衛した際に彼の帰りが遅くなる事を

   知ると、再び貂蝉ちょうせんへの想いに突き動かされ、彼女の元へ忍んで行ったので

   ある。


呂布:貂蝉ちょうせん貂蝉ちょうせん…!


貂蝉:!! あ…将軍様…!

   どうしてここへ? 大師たいし様を護衛して行かれたのではございませぬか?


呂布:貂蝉ちょうせん! 大師たいしへの恩と、お前への恋しさゆえのこの苦しい気持ち、そなたに

   は分らぬかもしれぬ…!

   実は大師たいしの帰りが遅くなると知ったゆえ、せめてつかのでもと、こうして

   ここへ来たのだ…!


貂蝉:それほどまでにわたくしの事を…将軍様、嬉しゅうございます…!!


呂布:将軍などと、他人行儀で呼んでくれるな。 

   この通り、そなたと想いは通じ合っているのだ。

   奉先ほうせんと、奉先ほうせんと呼んでくれい…!


貂蝉:はい…! ああ…奉先ほうせん様っ…!


呂布:貂蝉ちょうせんっ…!


貂蝉:奉先ほうせん様、ここでは人目に付きます。

   後から必ず参りますゆえ、奥の鳳儀亭ほうぎていで待っていて下さいませ。


呂布:うむ…!


貂蝉:(…誰があなたなどと…でもあの様子、もう完全にこちらの手の中…。)


ナレ:貂蝉ちょうせん呂布りょふが奥へ駆けて行くのを見届けると、化粧して後を追った。

   二人は鳳儀亭ほうぎていの壁の陰に身を隠すと手を取り合い、呂布りょふは体中の血が燃える

   かのような錯覚を覚え、貂蝉ちょうせんは涙を流した。


呂布:貂蝉ちょうせん、どうしたのだ?

   こうして会えたのをそなたは喜んでくれないのか?


貂蝉:いいえ、奉先ほうせん様。

   わたくしは嬉しさのあまり泣いているのです。


呂布:そうか…それほど喜んでくれているのか…嬉しいぞ!


貂蝉:…お聞き下さい、奉先ほうせん様。

   わたくしは、実は王允おういん様の本当の娘ではないのです。

   孤児の身であったのを我が子同然に可愛がって下さり、行く末は必ず

   英雄たる人物の元へ嫁がせてやろうぞ、といつもおっしゃって下さっ

   ていました。

   そして奉先ほうせん様を初めてお招きした夜、このお方こそと思いました。

   常日頃からの願いが叶うかと、その日から夜ごと夢に見るほど楽しみ

   にしていたのです。


呂布:貂蝉ちょうせん…その気持ちは同じだ。

   あの夜そなたと巡り会い、この心はすっかりそなたに囚われてしまっ

   た。


貂蝉:ですが、董大師とうたいしにこの身は汚され、もはや奉先ほうせん様のおそばに行く事もできま

   せぬ。

   それを思うと、わたくしは…わたくしは…無念でなりませぬ!

   ……っ!


呂布:あっ、貂蝉ちょうせん、何をする!


貂蝉:死なせて下さいませ!

   たとえこのまま生きていても奉先ほうせん様と一緒になる事も

   できず、董大師とうたいしには夜ごと弄ばれ、日ごとにこの胸の苦しみは

   募るばかりです!

   せめて来世で結ばれることを楽しみに、先に逝きたいのです…!


呂布:愚かなことを申すな!

   来世よりも今生こんじょうを楽しむのだ!

   貂蝉ちょうせんよ…悲しむな。必ずそなたを救ってみせる!

   ……たとえ、あの董卓とうたくを殺してでも…!


貂蝉:えっ、それは…それは、本当でございますか!?

   ああ……わたくしは、嬉しゅうございます……!!


呂布:貂蝉ちょうせん、今は時期を待て。

   今日は董卓とうたくすきを見てここへ来たのだ。

   見つからぬうちに戻らねばならん。

   また機会をうかがって逢おう。


貂蝉:奉先ほうせん様。奉先ほうせん様は世に並ぶ者無き英雄のはずです。

   どうして董大師とうたいしを恐れてその下に付いているのでございますか?


呂布:いや、そういうわけではない。

   誰があんな老いぼれを恐れるものか。


貂蝉:頼もしいお言葉…ああ…奉先ほうせん様といつまでもこうしていとうござい

   ます…。

   (…ここへ董卓とうたくが帰ってくれば…。)


ナレ:貂蝉ちょうせん呂布りょふそですがり付き、なおも涙に頬を濡らしながら睦言むつごとを囁き、その

   場へ足止めしていた。

   一方、董卓とうたく貂蝉ちょうせんの姿が見えない事で疑念に駆られて捜し回っていたが、

   ついに奥の鳳儀亭ほうぎていの橋で寄り添っている二人を見つけたのである。


貂蝉:あっ…董大師とうたいしが……!

   (今度こそは…!)


呂布:うっ、しまった…時が経つのを忘れてつい…!


董卓:う、うぬっ!

   わしの貂蝉ちょうせんにまだ手を出そうとするか、呂布りょふッ!!


呂布:ッッ!!


董卓:おのれッ、どこへ行く!!

   待てッ!! 不埒者ふらちものめッ!!

   ええい誰かおらぬか!!!

   おお貂蝉ちょうせん、そなたは奥へ行っておれ!


貂蝉:は、はい…。

   (…これで董卓とうたくは必ず呂布りょふを…)


李儒:大師たいし、どうなされたのですか!?


貂蝉:(! っこんな時に、またしてもッ……!)


董卓:おお、李儒りじゅ

   呂布りょふを捕らえろッ!! 


李儒:呂布りょふがいかがしたのでございますか?

   先ほどすれ違った時に、大師たいしがいきなり狂乱なさって、

   手討ちにすると追いかけてくるゆえ助けて下され、との事で、

   驚いてこうして駆け付けたのでございます。


董卓:馬鹿なッ、わしは狂乱などしておらん!

   わしの目を盗んでまたしても貂蝉ちょうせんに戯れているのを

   見つけられたゆえ、そんな事を口走ったのだろう!


李儒:ははあ、道理でいつになく顔色を失って、慌てておりましたが…。


董卓:とにかく、すぐに引っ捕らえてこい!

   今度という今度は絶対に呂布りょふめの首をはねてくれる!

   

李儒:いけません、大師たいし

   もう一度、その怒りをおしずめ下さいませ。


董卓:なにィ!?

   不埒者ふらちものを成敗するのがなぜいけないのじゃ!?

   早く呂布りょふの首を見せィ!!


李儒:恐れながら大師たいし

   いま呂布りょふをお斬りなさる事は、ご自身の首へ刃を当てるに

   等しい愚行です。

   大師たいしが皇帝の位につくまでは、呂布りょふは必ず味方にしておかねばならない男に

   ございます。


董卓:ぬぬぬ、しかし…!!


李儒:かつて春秋戦国しゅんじゅうせんごくの頃、死罪に値する行動を笑って許したがゆえに、

   そのあと訪れた絶体絶命の窮地から救われたの国の荘王そうおう逸話いつわ

   絶纓ぜつえいの会という故事の例もございます。

   どうか大師たいしにおかれましても、いにしえの名君の大きな度量を味わっていた

   だきとう存じます。


董卓:む、むぅ……。


ナレ:董卓とうたく李儒りじゅの言葉に黙然もくねんと考え込んでいたが、やがて顔を上げた。


董卓:…わかった。思い直した。呂布りょふの罪は問わぬ。


李儒:ありがとうございます。

   大師たいし呂布りょふがそれほど貂蝉ちょうせんに恋い焦がれているのでしたら、呂布りょふ

   与えてはいかがでしょう?


董卓:な、なに、貂蝉ちょうせんを!?


李儒:はい。

   呂布りょふ大師たいしの恩に感激し、命をかけて尽くす事でしょう。


董卓:む、むぅ…しかし、なぁ……。


李儒:大師たいし、女一人と皇帝の位、どちらをお選びになりますか。


董卓:~~……。


   【二拍】


   分かった…良きにはからえ。


李儒:ありがとうございます。

   大師たいしの賢明なるご判断、覇業完成の元にございます。

   早速このむね呂布りょふに知らせてやりますゆえ、これにて…。


   【二拍】


董卓:……ふふふ、絶纓ぜつえいの会、か。

   李儒りじゅめ、うまい事を言いおるわい…。

   確かに今、呂布りょふを失うわけにはいかん。

   皇帝の位を奪うまでは、奴は必要な男よ…ふふふ、ははははは……!


貂蝉:(く…李儒りじゅ…ッ!!)


ナレ:退出していく李儒りじゅ董卓とうたくは見送り、柱の陰で聞いていた貂蝉ちょうせんは、怒りに

   身を震わせながら一足先に奥へと戻ると、窓の傍らに腰かけてすすり泣い

   ていた。


董卓:まだ泣いておるのか、貂蝉ちょうせん

   そなたにもすきがあるからこのような事が起きるのじゃ。

   罪の半分はそなたにもあるぞ。


貂蝉:【すすり泣きながら】

   でも大師たいし様、わたくしは呂布りょふ将軍を、大師たいし様の御養子ごようしだと思って敬ってい

   たのです。

   なのに今日、恐ろしい形相で鳳儀亭ほうぎていへ連れ込み、あんな乱暴を仕掛けるの

   ですもの…。


董卓:むう…いや、深く考えてみれば、悪いのはそなたでも呂布りょふでもない。

   このわしが愚かであった。

   貂蝉ちょうせん、わしが呂布りょふとの仲を取り持とう。

   あれほどそなたを忘れられずに恋い焦がれているのじゃ。

   そなたも呂布りょふを愛してやるがよい。


貂蝉:な、何をおっしゃられるのです大師たいし様!

   大師たいし様に捨てられて、あんな乱暴な呂布りょふ将軍の妻になれというのでござい

   ますか!? 

   大師たいし様は、わたくしをお嫌いになったのですか!?


董卓:い、いや、そういうわけではないが…


貂蝉:【語尾に被せて】

   嫌! 嫌です!!

   たとえ死んでもそんな辱めは受けません!

   ッッ!!


董卓:あっ、これ、何をするか!!


ナレ:貂蝉ちょうせんは泣きながら董卓とうたくの膝にすがっていたが、いきなり彼の剣を奪って

   自害しようとした。

   董卓とうたくが慌てて剣を叩き落とすと、彼女は反動で床に転び伏しながら、

   なおも訴えた。


貂蝉:きっと…きっとこれは、李儒りじゅ様が呂布りょふ将軍に頼まれてそのような進言

   をしたに違いありません。

   お二人はいつも、大師たいし様のいらっしゃらないのを見計らっては、

   ひそひそと密談していますから。


董卓:な、なに、李儒りじゅ呂布りょふが…?


貂蝉:大師たいし様はわたくしよりも、李儒りじゅ様や呂布りょふ将軍の方が大事なのでございまし

   ょう? わたくしなどは、もう…

   【号泣】


ナレ:董卓とうたくはいきなり貂蝉ちょうせんを膝へ抱きあげると、涙で濡れていたその頬や唇へ、

   己の顔を擦り寄せた。


董卓:泣くな、泣くでない貂蝉ちょうせん

   今までの言葉は冗談じゃ。呂布りょふなどにお前を与えたりするものか。

   明日、郿塢びうの城へ帰ろうぞ。

   あそこには二十年分の食糧と数十万の兵があるのだからのう。


貂蝉:ほ、本当でございますか?

   貂蝉ちょうせんを愛して下さいますか?


董卓:当たり前な事を聞くでない。

   わしの野望が成就じょうじゅすればきさきとし、

   成就じょうじゅせざる時は、何不自由ないわしの妻として

   一生楽しく暮らそうではないか。

   お前は誰にもやらぬ、な?


貂蝉:ああっ…嬉しゅうございます……!

   (これで李儒りじゅも疑われるはず…そうなれば…!)


ナレ:一方、呂布りょふの屋敷へは、先ほど董卓とうたくの元を退出した李儒りじゅが訪ねてきていた

   。


呂布:な、なに!? 大師たいし貂蝉ちょうせんをくださると!?

   それは本当だろうな、李儒りじゅ殿!


李儒:もちろんだ。

   嘘を言う為にここまでやってくると思うのかな?


呂布:おお…やはり気に掛けて下さっていたのか!

   この通りだ、董大師とうたいしに宜しくお伝え願いたい。


李儒:やれやれ、これで肩の荷が下りたわ。

   これからも大師たいしに尽くして下されよ。


呂布:むろん、この命にかえてもお仕えする所存だ。


李儒:おう、ではこれにて失礼する。


ナレ:呂布りょふは有頂天になるとさっそく家の者に命じ、婚礼の準備を整えさせて

   いた。

   次の日、李儒りじゅ董卓とうたくの元へ昨日の呂布りょふの反応を報告に出た。


   【二拍】


   彼は気づかなかった。

   貂蝉ちょうせんがまいた不和の種が、すでに取り返しのつかない程大きく育っていた

   事を。


李儒:大師たいし、きのう呂布りょふの屋敷へおもむいて大師たいしの寛大な態度を伝えたところ、

   彼も深く罪を悔いておりました。

   本日は吉日ですから昨日の約束通り、貂蝉ちょうせん呂布りょふの元へつかわしてはい

   かがでしょう。


董卓:【語尾に被せて】

   たわけた事を申すな!

   確かに昨日約束はしたが、あれから考え直した。

   貂蝉ちょうせんはやはりわしの手元に置いておく。



李儒:なっ!? それでは話が…


董卓:【語尾に被せて】

   黙れッ! 呂布りょふの主君はわしだぞ!!

   李儒りじゅ! そちは自分の妻を呂布りょふにやるのかッ!!


李儒:た、大師たいし、お待ちをッ…!!


董卓:ええい、何をぐずぐずしておるか!

   郿塢びうへ帰るぞ!


   【三拍】


   おうおう貂蝉ちょうせん、さ、わしと共に参れ。

   郿塢びうへ戻ったら、またお前の舞を見せてもらおうのう。


貂蝉:はい、大師たいし様。

   (ふふふふふ…とくと見せて差し上げましょう。

   衰運すいうんの舞を…!)


ナレ:董卓とうたくは行列を整えて貂蝉ちょうせんと共に車に乗ると、出発を命じた。

   李儒りじゅは茫然と眺めていたが、やがて足取り重く呂布りょふの屋敷へ向かう。

   呂布りょふは屋敷で、貂蝉ちょうせんの到着を待ちかねていた。


呂布:…遅い、貂蝉ちょうせんはまだか…!


李儒:……呂布りょふ殿。


呂布:おう、李儒りじゅ殿。

   …? 貂蝉ちょうせんは? 貂蝉ちょうせんはいかがした?


李儒:…済まぬ、呂布りょふ殿。

   今になって大師たいしが、約束を無かった事にしてくれと言いだしてな…。


呂布:な、何ィッ!!? どういうことだ!!

   それでは貂蝉ちょうせんは渡せぬと、そう言うのか!!


李儒:ッ済まぬ、呂布りょふ殿…他の物なら何でも言ってくれ。


呂布:馬鹿なッ!!

   これを、この婚礼の席を見ろッ!!

   約束を信じてこうして待っていたというのに、部下たちに会わせる顔もない

   わ!!

   こんなもの、こうして、くれるッ!!

   ッッ!

   ッ!!


李儒:…すまぬ……!


呂布:くそッ!!


ナレ:呂布りょふ赤兎馬せきとばに飛び乗るや鞭をくれた。

   駆けに駆け、董卓とうたくの行列を先回りすると、通りから離れた木陰こかげに隠れる。

   いっぽう、貂蝉ちょうせんは車の上で董卓とうたくに抱き寄せられながら郿塢びうの城へ向かってい

   たが、ふと視界のはしに、こちらを食い破らんばかりに視線を注ぐ呂布りょふ

   姿をとらえた。

   

貂蝉:(! あれは呂布りょふ…よほど衝撃を受けたのでしょう。

   あなたがわたくしへの想いに狂えば狂う程、董卓とうたくの死は近づく…。)


呂布:!! 貂蝉ちょうせん……!!

   ッ、泣いていた…確かに泣いていた。

   どんな気持ちで郿塢びうの城へ行っただろうか…!


王允:? おお、これは呂布りょふ将軍ではございませぬか。


呂布:王允おういん殿、なぜここに?


王允:おや、ご存じありませんでしたか?

   この先にわたくしの別荘がございましてな。


呂布:ああ…そうでしたか。


王允:董大師とうたいし郿塢びう城へお戻りになると聞きましたので、

   お見送りしたついでに辺りを一巡ひとめぐりしようとここまで来たのでございます。

   将軍こそ、こんな所でどうなされたのですか?


呂布:王允おういん殿、貴殿がそれがしの苦悶くもんをご存じないはずがない。

   忘れてはおられまい。

   いつか、王允おういん殿はそれがしに貂蝉ちょうせんを送ると約束した

   でござろう。


王允:! ……その事、でございますか…。

   【大きな溜息】

   近頃の大師たいし様のなされ方は、まるでけだもののようです。

   わたくしの顔を見るたびに、近日必ず呂布りょふの元へ貂蝉ちょうせんを送る、と口癖の

   ようにおっしゃられていましたが、今もって実行なされませぬ。


呂布:言語道断だ…!

   今も貂蝉ちょうせんは、車の中で泣きながら行った…。


王允:ひとまず、わたくしの別荘までお越し下さりませ。

   …じっくりと、ご相談したい事もございます。


ナレ:そう言って王允おういん呂布りょふを誘うと、自身の別荘へ案内する。

   部屋に通されて酒が出ても、呂布りょふ憤怒ふんぬの表情のままうなだれていた。


王允:将軍、おひとつ、いかがでございますか?


呂布:いや、今日は…。


王允:そうでございますか…無理にはお勧め致しませぬ。

   心楽しまぬ時に酒を飲んでも、苦く感じるばかりですからな…。


呂布:王允おういん殿…察して下され。

   それがしは生まれてからこんな無念な思いをしたのは初めてです。


王允:そうでございましょう…わたくしもです。

   せっかく、天下の英雄たる将軍の正妻にめとっていただけると

   思っていた我が娘を、董大師とうたいしにはけがされ、

   将軍に対しては義を欠いている…。

   世間が将軍に対し、自分の妻となるべき女性を奪われた人、と陰口を叩く

   かと思うと、自分の身を斬られるようでございます。


呂布:世間が…世間がそれがしを笑うと!!?


王允:私は老いぼれゆえ、どうする事も出来ぬであろうと世間も思いましょうが

   、将軍は世の英雄、お年もまだ壮んなのに何と意気地いくじのない男かと言われ

   るは目に見えております。

   どうか、どうかわたくしの罪をお許し下され……!


呂布:いや! 王允おういん殿の罪ではない!!

   見ていてくれ。

   それがしは誓ってあの老いぼれを殺し、この恥をそそいでみせる!!


王允:しょ、将軍! 滅多な事をおっしゃられるものではありませぬ…!!

   もし誰かに聞かれたら、何となされますか!


呂布:構わぬ!

   もはやそれがしの勘忍は破れた!

   いつまでもあの董卓とうたくごときに膝を屈していてなるものか!!


王允:おお……!!

   さすがは将軍、英雄たるにふさわしいご決意です!

   わたくし達のような腰抜けには、到底できませぬ。

   今、董卓とうたく天下万民てんかばんみんに憎まれております。

   もし将軍が董卓とうたくを斬れば、歴史に残る英雄として讃えられましょう…!!


呂布:よし…!

   それがしはやるぞ…必ず、董卓とうたくを殺してみせる!!


ナレ:ついに呂布りょふの心は、完全に董卓とうたくから離れた。

   王允おういん貂蝉ちょうせんの仕掛けた美女連環びじょれんかんの計が、ようやく実を結んだのである。

   呂布りょふは決意の証として自らの腕を剣で刺し、血の誓いを立てた。


王允:将軍、今日の事は我ら二人だけの秘密でございます。決して他言なされませ

   ぬよう…。


呂布:無論だ。

   だが、二人だけでは事は成せぬ。どうしたものか。


王允:腹心の部下には明かしても良いかと。

   以後の事はまた密かにお会いして、じっくりとご相談いたしましょう。


呂布:うむ。ではいずれまた。


王允:(…思うつぼに行った…! 貂蝉ちょうせん、そなたのおかげじゃ…!)


ナレ:王允おういん呂布りょふは、その後何度か密談を重ねた。

   その結果、現在董卓とうたくから冷遇されている者らを抱き込むと、

   偽りの勅使ちょくしにしたてる。

   そして郿塢びう城へおもむかせ、董卓とうたくというけだものの前に最高のエサをぶら下げた。


   ちん、病弱にして熟慮の末、董卓相国とうたくしょうこくに皇帝の位をゆずる。

   すみやかに参内さんだいし、禅譲ぜんじょうの儀式を受けよ。

   と。   


董卓:なに、みかどが?

   しかもすでに諸大臣が評議の末、万歳を唱えて満場一致しただと?

   うははは、そうかそうか、なるほど思い当たることがあるわ!

   巨大な竜が雲を起こしてこの身にまとう夢を昨日見たが…

   なるほど吉兆きっちょうの夢であったか!

   ようし、行列を整えィ! 長安ちょうあんの城へ向かうぞ!


ナレ:董卓とうたくは用意を命じるのももどかしく、奥へ駆け込むと貂蝉ちょうせん

   興奮した表情で喜びを伝えた。


董卓:貂蝉ちょうせん、いつかそなたにも言ったであろう。

   わしが帝位についたら、そなたをきさきとしてこの世の栄華えいがを尽くさせ

   ようと。

   ついにその日が来たぞ!


貂蝉:まあ、本当でございますか!?

   嬉しゅうございます大師たいし様、いいえ、陛下!


董卓:はっはっは、これこれ、気が早いぞ。


貂蝉:いいえ、少しも早くなどございませぬ。

   さ、衣服をお替え遊ばして…。

   ついに…ついにこの日が来たのですね…!


李儒:【走ってきて】

   ッ大師たいし、お待ちくだされませ…!


董卓:おう、李儒りじゅ、どうした?


李儒:少しおかしいですぞ、大師たいし

   いくら陛下がご病気がちとはいえ、こんなにたやすく帝位をおゆず

   になるとは思えませぬ。


董卓:何ィ!?

   このめでたい気分に水を差すのか、李儒りじゅ

   下がれッ!!


李儒:し、しかし大師たいし


董卓:【語尾に被せて】

   ええい、まだ喋るか!

   さっさと下がらんと斬るぞ!


李儒:ッ、大師たいし……!


董卓:貂蝉ちょうせん、次にそちに会う時は、わしは皇帝ぞ。

   しっかりと心の準備をしておくがよいぞォ。

   李儒りじゅ、そちは城で留守をしておれッ!


貂蝉:はい、いってらっしゃいませ、大師たいし様。


李儒:は…失礼いたします。


   【二拍】


   どうも最近おかしい…呂布りょふ大師たいしの仲の悪さといい、

   その上突然の帝位禅譲ていいぜんじょう…全てはあの貂蝉ちょうせんが来てから動き出している。

   …ま、まさか…?)


貂蝉:ふふふ…もう董卓とうたくには目の前にぶら下げられた、

   皇帝の位と言う名の肉しか見えていない…!!

   やっと…やっとあのけだものが討たれる日が来たのね。

   お父様、やっと育てていただいたご恩にお報いする事が出来ました…。

   これでわたくしの役目も…ふふふ、あははははは……!!


ナレ:李儒りじゅは一連の出来事にようやく不審を抱き、貂蝉ちょうせんは奥の部屋でひとりわらう。

   董卓とうたくは数千の精兵に守られて郿塢びうの城をった。

   途中、車の車輪が折れたり馬が暴れてくつわをかみ切るなど、

   何度も不吉な出来事に見舞われる。

   しかし、皇帝の位が放つまばゆい光に目をくらまされたまま、

   董卓とうたくは一歩一歩、長安ちょうあんの城へ向けて死の行進を続ける。


董卓:…む、あれは…呂布りょふではないか。


呂布:大師たいし、この度は帝位におつきになるという事で、心からお喜び申し上げます

   。

   どうか、それがしも警護に加えて下さいませ。


董卓:おお、お前もわしが帝位にのぼるのを喜んでくれるか!

   そうじゃな、そちには、軍の総督そうとくを任命してやるからのう。


呂布:ありがたき幸せに存じます。


董卓:ははは、愉快じゃ!

   何もかもうまくいっておるわい!!

   おう、長安ちょうあんの城が見えて来たわ。

   見よ、呂布りょふ王允おういんをはじめ、朝廷の大臣どもが道のかたわらにひざまずいて

   おるではないか!


呂布:すでに大師、いや、陛下となられたも同然なのです。

   大臣たちが臣下の礼をとるのも当然かと。


董卓:はっははは、そちもなかなか申すわ!

   おう、王允おういん、出迎えご苦労じゃ。


王允:ははっ。

   大師たいし、このたびはおめでとう存じます。


董卓:うむ!

   他の者らも大儀たいぎじゃ。

   少し疲れたゆえ、参内さんだいは明日にするぞ。


呂布:はっ。進め!


ナレ:丞相府じょうしょうふに入ると董卓とうたくは休息し、後を追ってきた王允おういんだけに会うと

   祝いの言葉を受けた。


王允:今宵こよいはどうか悠々と心身をお休め遊ばされませ。

   明日は斎戒沐浴さいかいもくよくし、帝位をゆずり受けたまわりますよう。


董卓:うむ。

   いつか言ったように、そちも重く用いてやるからのう。


王允:ありがたき幸せに存じます。

   ではこれにて…。


   【二拍】


   ふん…せいぜい夢を見ておくがよいわ…帝位にいた夢をな…!


ナレ:一夜明け、董卓とうたくは昨日にも勝る衣装を着飾り、宮中へ向かう。

   そこでも王允おういんはじめ、朝廷の大臣でも上席の数名がひざまずいて出迎えた。


王允:大師たいし、お待ち申しあげておりました。

   ここよりは掟に従って、警護の者は一部だけに願います。


董卓:おう、わかっておる。

   お前達はここでわしを待てい。


ナレ:董卓とうたくは二十名ほどの護衛兵に車を押させて先へ進む。

   しかしその先に待っていたのは、門の両脇に剣を抜いて仁王立ちしている

   王允おういんの同志、孫瑞そんずいこうエンであった。


董卓:うっ!?

   王允おういんッ! あの者達は何じゃ!?


王允:されば、黄泉よみよりの使者と心得る!

   大師たいし、いや、董卓とうたく

   なんじを地獄へ連れ去らんとする者じゃ!!


董卓:な、なんじゃと!?

   では、まさかなんじらは!!


王允:【語尾に被せて】

   逆臣ぎゃくしん董卓とうたくが参ったぞ!

   それッ者共、出でよッッ!!


董卓:ぶ、無礼者が、寄るなッ!!

   ぬ、ぬぅおぉッ! ぐはっ!


   ぐうぅっ、貴様らぁ…!!


王允:これぞ天罰じゃ!

   天下万民てんかばんみんの恨み、思い知るがよいッ!!


董卓:ぐっ、ぐふっ! うぐおっ!

   お、おのれええ……!


王允:ええい、しぶとい奴め!!

   肌着や鎧を着重きかさねておるなッ!


董卓:り、呂布りょふッ、呂布りょふはおらぬかッ!!

   わしの、義父ちちの危機を助けィッ!!


呂布:心得た。


   【二拍】


   勅命によって、逆賊・董卓とうたくを討つッッ!!!


董卓:うっ、ぐッ、お・・・おのれぇ…呂布りょふ、お、おまえまでもが…!


呂布:悪業あくごうむくいだ、死ねッ!!!


董卓:ぐがッッ!!!


ナレ:呂布りょふげきは、董卓とうたくの喉を正確に刺しつらぬいた。

   漢の献帝けんてい御代みよ初平しょへい三年四月二十二日の正午。

   栄耀栄華えいようえいがを極めた董卓とうたくの一生は、五十四歳で幕を閉じた。

   誰かが発した万歳の声は長安ちょうあん城外まであふれ、しばらく止まなかったという。

   李粛りしゅく董卓とうたくの首を剣の先に刺して高く掲げ、呂布りょふ王允おういんに渡されていた皇帝

   のみことのりを大声で読んだ。


呂布:みかどの勅命によって、逆臣ぎゃくしん董卓とうたくを討ち終わった!


王允:よし、次は李儒りじゅを捕らえるのじゃ!

   董卓とうたくの傍にあって常に献策けんさくし、その悪逆を助けていたのはあの男じゃ。彼奴きゃつ

   めだけは生かしてはおけん。

   李粛りしゅく殿、頼みますぞ!


ナレ:李粛りしゅくただちに兵を率いて丞相府じょうしょうふへと向かい、李儒りじゅを生け捕ってきた。

   初めのうちこそ命乞いのちごいをしていた李儒りじゅだが、王允おういんが姿を見せると声を上げて

   ののしり始める。


李儒:おのれ王允おういん、よくも大師たいしを裏切りおったな!

   女狐めぎつねを用いて呂布りょふそそのかすという、なんじごときの卑劣極まりない罠に

   掛かるとは…ああ、無念だ!


王允:李儒りじゅよ、今までの悪逆非道あくぎゃくひどう、後悔するのだな!

   こやつを極刑きょっけいに処してのち、首を街頭にさらせィ!!


李儒:うぬッ、寄るな、放せッ!!

   卑劣漢王允ひれつかんおういん、愚かな呂布りょふ! 

   汝らを近いうちに必ず、地獄より招いてくれるぞ…!

   【徐々にフェードアウト】


呂布:李儒りじゅめ…往生際の悪い…だが…だが貂蝉ちょうせんが…?

   いや、まさか…?  


王允:【つぶやく】

   さて、あとは郿塢びうの城じゃが…。

   あそこには董卓とうたくの一族と、配下の大軍が健在だ。

   ここは呂布りょふにやって貰わねばなるまい…。


   呂布りょふ将軍、おられるか!


   【二拍】


呂布:…王允おういん殿、いかがした?


王允:おお、呂布りょふ将軍。

   残すは郿塢びうの城だけとなった。

   董卓とうたくの一族とその軍を蹴散らせるのは、将軍をおいてほかにはござらぬ。

   皇甫嵩こうほすう李粛りしゅくと共に、三万の兵を率いて向かってくだされ。


呂布:…心得た。

   者共、出陣だ! 逆賊の残党どもを討つ!!


貂蝉役以外:【喚声・SE代用可)】


ナレ:李儒りじゅの断末魔の叫びは、呂布りょふの心に疑惑の種を植え付けた。

   だが決定的な確信には至らず、きざした猜疑心さいぎしんふたをして出陣する。

   郿塢びうの城を守っていたのはカク、かくシら一万余りだったが、

   董卓とうたくは討たれ、呂布りょふと三万の兵が迫ると聞くと戦意を喪失、

   城を脱出していった。

   呂布りょふは城へ一番乗りすると、財宝や他の美女には目もくれず貂蝉ちょうせんを探した

   。

   そして、奥の自室でぼんやりとたたずんでいる彼女を見つけると、駆け寄って抱

   きしめた。


呂布:貂蝉ちょうせん貂蝉ちょうせんッ!!


貂蝉:? 奉先ほうせん様!?


呂布:貂蝉ちょうせん! やった、とうとうやったぞ!

   董卓とうたくをこの手で殺してきた!!

   これからは二人、誰の目を気にすることなく暮らせるぞ!


貂蝉:!! まあ、本当でございますか…!?

   ついに董卓とうたくを討ち取ったのですね…!


呂布:そうだ! おお、それほど喜んでくれるのか!

   これでやっとそなたと結ばれることができる。

   もう誰にも邪魔はさせん!


貂蝉:奉先ほうせん様……わたくしは…


呂布:【↑の語尾に食い気味に】

   さあ、怪我でもしたら大変だ。

   すぐに長安ちょうあんの我が屋敷へ迎え取ろう。


貂蝉:…。

   一度、我が家に戻りとうございます。


呂布:ならぬ!


貂蝉:奉先ほうせん…様?


呂布:ならぬと言ったのだ!

   そなたはもう決して放さぬ!


貂蝉:けれどわたくしは…


呂布:【↑の語尾に食い気味に】

   必要なものは全てそろえさせる。

   不自由などさせぬ。

   そなたはただそばにあれば良いのだ!


貂蝉:ッ…(せめて、ひと目お父様に会ってからきたかった…。

   けれど…それはかなわぬ願いなのですね。

   ならば、もういっそ…。)


   奉先ほうせんさま…そこまで私を…。

   やはり、私はもう……


ナレ:貂蝉ちょうせん呂布りょふに背を向け、静かに歩を進める。

   そして隠し持っていた短剣を取り出すと、さやを払った。


貂蝉:董大師とうたいしはずかしめられ、汚されたこの身…

   奉先ほうせん様に捧げるわけに参りませぬ…。


呂布:ち、貂蝉ちょうせん!?


貂蝉:ッッッ!!!

   …あ…は…あぁ…これ、で………ッ


呂布:貂蝉ちょうせんッ!! 貂蝉ちょうせんーーーーーーーッッッ!!!


ナレ:わずか十八歳の少女一人の命と引き換えに、この日殺された董卓とうたくの一族は

   千五百人余りにのぼったという。

   董卓とうたくが蓄えた莫大な財産は朝廷が接収せっしゅう、食料の半分はすぐさま民達にほどこ

   れ、歓喜の声が満ちあふれた。

   彼の遺骸いがい街辻まちつじに取り捨てられ、民達の長年の鬱憤うっぷんまととなる。

   その首は蹴飛ばされ、へそには蝋燭ろうそくともされた。

   人一倍肥満していた体は脂肪が燃えるのか、一夜明けてもまだ消えなかった

   という。


王允:これで董卓とうたくの一族も片付いた。

   我らもまた多いに祝おうぞ!

   さっそく皆に触れを出すのじゃ!


ナレ:王允おういんは日を選んで祝賀の大宴会を開いたが、その宴にただ一人、仮病けびょうと称し

   て顔を見せなかった者がいた。呂布りょふである。

   貂蝉ちょうせんの死に、彼は食事も満足にとらず、昼は庭を彷徨さまよい歩き、夜は貂蝉ちょうせん

   遺体を安置している部屋で眠った。   


呂布:貂蝉ちょうせん貂蝉ちょうせんっ…なぜ…なぜ死んだのだ…ッ!

   これからお前との素晴らしい生活が始まろうとしていたのに、

   なぜ自害などしたのだッ!!

   こんな…死に顔に微笑みさえ浮かべて…ッ!


   【二拍】

   

   あぁ貂蝉ちょうせん…そなたは死してなお美しい…なぜ……。


ナレ:董卓とうたくの死によって、天下は平和を取り戻したかに見えた。

   しかし、辺境へ落ちのびた董卓とうたく重臣じゅうしんカク、かくシ達。

   彼らがやがて時のみかど献帝けんていおびやかしていく事になろうとは、

   この時誰も気づかなかったのである。



END



どうもおはこんばんちわ、作者です。

本来この台本は2020年に一度完成、その後しばらく眠っていて、今年に入って大幅な校正を経てやっと陽の目を浴びる事となりました。

どうか楽しんで読んで、演じていただければ幸いです。

ツイキャス、スカイプ、ディスコードで上演の際は、お声掛けいただければ是非拝聴しに参ります。

欲を言えば上演のデータも後でいただければなお喜びます。


ではでは<m(__)m>

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