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女上司シリーズ

俺主催の合コンに参加していた女上司。翌日から妙に俺に優しくなった気がする

作者: 墨江夢

 俺・芳賀修輝(はがしゅうき)は恐らく人生最大の危機に直面している。

 

 自身で主催し、学生時代の友人たちをかき集めて臨んだこの合コン。目の前には同い年か年上の綺麗な女性たちが並んでおり、「よし! 今夜こそ彼女を作るぞ!」と息巻いていたというのに。


 現状俺は顔を上げることすら出来ず、グラスを持つ手は中の飲み物がこぼれてしまうんじゃないかというくらい震えている。

 女の子と会話するどころか、彼女たちの話している内容を聞くことさえも出来ていない。


 合コンに臨む男として、俺はあるまじき行為をしている。

 それもこれも、全ては対面に座る吊り目の女性が原因だった。

 

 ジーッと、半ば睨みつけるように俺を凝視し続けるこの女性は、上坂美月(うえさかみつき)。俺の直属の上司に当たる人物だった。


 え? 何で上坂主任が、この合コンに参加しているの? 

 数日前の飲み会では、「私の彼氏が〜」と散々惚気を披露していたじゃないか。


 合コンに参加しているということは、現在主任に彼氏はいないということで。

 もしかして、この数日の間に彼氏と別れた? それとも……元々彼氏なんて、存在しなかったとか?


 やけに具体的だった水族館デートの話も、無駄に生々しかったお泊まりの話も、全て主任の妄想だったというのだろうか?

 

 ……いやいや、そんなことはない。

 あの真面目や堅物の代表例ともいえるような上坂主任が、妄想彼氏なんて作るわけないだろう。

 だからきっと、主任は最近別れたのだ。


「美月はね、今まで彼氏がいたことないんだよねぇ。もう28になるし、そろそろ恋愛の一つや二つ経験しておいた方が良いと思って、無理矢理合コンに参加させたんだ」


 主任のお友達さん、ありがた迷惑な解説どうもありがとう。

 これまでの自らの嘘が暴露されて、上坂主任は真っ赤になった。

 果たしてこの赤面は、羞恥よるものか? それとも怒りによるものか?


「へ〜、そうなんですか」


 俺が相槌を打つと、キッと主任が睨んでくる。

「てめぇ、会社で余計なこと言ったら殺すぞ」。物凄い眼力で、そう訴えかけていた。


 その様子を見た主任の友人は、俺たちの間に甘酸っぱい雰囲気が流れつつあると勘違いしたようだ。


「なーに、美月? もしかして、彼が気になるの?」

「そうね。彼がこれから何を考え何を言うのか、非常に気になるわ」


 成る程。余計なことは言うなということか。

 少なくとも、俺はそう受け取った。


 気合を入れて挑んだ合コンだというのに、結局俺はろくに女の子と話すことが出来なかった。

 彼女なんて出来るわけないだろう? 連絡先だって、交換していない。


 何の成果もないというのに支払いは女性陣の分も負担させられて、今夜の合コンは終わりを迎える。


「縁があれば、またどこかで」。そう言って別れようとすると、


「ねぇ、この後時間あるかしら?」


 上坂主任が、俺に声をかけてきた。


「まぁ、ありますけど」

「だったら、これから付き合ってくれないかしら?」


 これが主任以外の女の子からのお誘いだったら、飛んで喜んだんだけどな。

 まさか合コン後の「今夜は帰さない」に、戦慄する日が来るとは思わなかった。





 上坂主任に連れられてやって来たのは、とあるマンションだった。


「主任、ここって……」

「私の住んでいるマンションよ。嫌じゃなかったら、上がっていってちょうだい」


 ここまで来て、「嫌です」などと言えるわけもない。俺は言われるがままに、彼女の自宅に上がった。


「ここが主任の自宅ですか。なんだか、大人の女性の部屋って感じですね」

「実際に大人の女性の部屋だからね。……そんなところで棒立ちしていないで、ソファーにでも座ってよ」

「……じゃあ、遠慮なく」


 俺はソファーに腰掛ける。我が家の安物とは違い、凄えフカフカだった。


 程なくして、上坂主任はワインと二人分のグラスを持って戻ってくる。


「まだ飲めるでしょ?」

「……はい」


 部屋に呼ばれて、ワインを振る舞われるなんて。主任が何を考えているのか、さっぱりわからなかった。


 夜道を歩いたせいで覚めていた酔いも、ワインを飲んだことで再度回り出す。

 互いに顔を赤くし始めたところで、上坂主任は本題に入った。


「芳賀くん。私に彼氏はいるかしら?」

 

 ……何なんだ、その質問は?

 一体どう答えるのが正解なんだ?


 上坂主任に彼氏がいるのか? その問いに対する正解は、「NO」だ。

 主任に彼氏はいない。ついでに言えば、いたこともない。


 しかし酔ってなお主任から感じるこの圧力。……今日の合コンで見聞きしたことは、全て忘れろ。彼女は暗にそう言っているのだろうか?


「主任に彼氏は……」

「私に彼氏は?」

「いま……すん」


 白状しよう。最後の最後で、ヘタレました。


「それはどっちよ?」と、主任は苦笑する。……あれ? 怒っていないのか?


「意地悪な質問をして悪かったわね。今更あなた相手に恋愛経験がないことを隠したりしないから、安心しなさい」

「……はぁ」

「だったらどうして部屋に連れ込んだんだよ? そう言いたげな顔をしているわね。……あなたの疑問はもっともよ。だからその理由を教えてあげる」


 上坂主任は俺の耳元に顔を近付けると、妙に色っぽい声で言った。


「口止めよ」


 怖っ! その口止めに応じなかったら、俺は一体何をされるんだよ!?


「あなたにして欲しいことはただ一つ、私の恋愛経歴に関して口を噤んで欲しいの」

「もし俺がうっかり主任に彼氏がいないことを喋ってしまったら?」

「あなたはその翌日から、無職になるでしょう」


 俺を会社から追い出す気か!?


 今の仕事や職場環境には、満足している。給料面にも、不満はない。

 だから実質解雇という未来は、なんとしても避けなくてはならなかった。


「はじめから言いふらすつもりなんてありませんよ。その代わりと言ったらなんですが、一つ聞いても良いですか?」

「何かしら?」

「どうして今まで彼氏が出来なかったんですか?」

「……喧嘩を売っているのかしら?」


 確かに今の聞き方だと、そう捉えられても仕方ない。

 勿論、俺に交戦の意思はなかった。


「そうじゃなくてですね。主任みたいに美人で仕事も出来る人なら、男が放っておかない筈じゃないですか? なのに恋愛経験がないのは、不思議だなーって」


 もし俺が主任と同じ高校の、同じ教室に通っていたとしたら、多分口説いていたと思う。

「怖い上司」という面を抜きにすれば、彼女はただの綺麗な大人の女性なのだ。


 俺の問いかけに対して、上坂主任は……口をパクパクさせて、見たことのない表情をしていた。


「……主任?」

「うるさいわね! 彼氏が出来ない理由なんて、知らないわよ!」


 声のボリュームを上げて、俺に怒鳴る上坂主任。しかし、なぜだろうか? 今の主任は、これっぽっちも怖くなかった。





 翌日。

 一晩ぐっすり寝て昨日の酒を抜き切った俺は、今日も今日とて出社している。


「おはようございます」


 いつもより少し早く会社に着くと、社内にはまだ上坂主任しか来ていなかった。


 ……主任とは、昨日あんなことがあったからな。若干気まずい部分があったりする。


 しかし主任は昨晩のことなどすっかり忘れているみたいに、何事もなかったかのようにやおはよう」と微笑みかける。

 ……ん? 微笑みかける?


 俺の記憶が正しければ、主任が人前で笑うなんて滅多にないことだった。苦笑や失笑は別として。

 少なくとも、俺はこれまで笑って挨拶をされたことがない。


 俺は会釈をしてから、自分のデスクに着く。

 その間主任はずっと俺を目で追っており、また座った後も俺を凝視し続けていた。


「……」


 黙々と仕事に励もうとするが、当然集中なんて出来るわけがない。

 無視も限界に達した俺は、手を止めて主任に話しかけた。


「あのー、何か用事ですか?」

「用事って程じゃないんだけどね。……今日のお昼、良かったら一緒にどうかと思って」

「お昼ですか?」

「えぇ。近くにオススメのパスタ屋さんがあるの。ご馳走するわよ」


 パスタをご馳走する。それは一体何の暗示だろうか?

 口止め料のつもりか? それとも、「パスタ屋さん」というのは何かの隠語で、ヤバいところに連れてかれるのか?


 しかし上司からの折角の誘いを、断るという選択肢はない。

 俺はありがたく主任からの誘いを受けることにした。


 昼休みは、約束通り主任と会社近くのパスタ屋を訪れた。


「パスタ屋さん」は何かの隠語というわけではなく、普通に美味しいパスタ屋さんだった。また食べに来ようと思う。


 昼食の間、主任から昨夜の口止めを念押しされることはなかった。

 会話内容といえば、俺の趣味とか好きな食べ物とか、休みの日に何をしているのかとか。……そういうのって、普通合コンで聞くものじゃないんですかね?


 昼食代も、主任に持ってもらった。

 つまり、昼休みの間の主任は妙に優しかったのだ。


 お昼を終え、俺と主任は職場に戻る。


 主任が自分のデスクに座ったその時、事件は起きた。


 男性社員の一人が、主任に話しかける。

 

「主任、実は彼氏いないって本当ですか!?」


 予期せぬタイミングで、全く予想外の人物から漏れた上坂主任の秘密。

 主任は情報源が俺だと疑い、睨み付けてくる。身に覚えのない俺は、全力で首を横に振った。いや、俺は何も言ってないぞ?


 主任は笑みを浮かべたまま、男性社員に尋ねる。


「その話、どこで聞いたのかしら?」

「俺の女友達が、主任の友達なんですよ。そいつから、主任のことを色々聞きまして」


 成る程。その女友達とやらから、情報が漏れたのか。

 全く、世間とは狭いものだ。


 しかしこれは、ある意味好機かもしれない。

 主任が「彼氏がいる」などという嘘を、これ以上つかなくて良くなる。

 もう嘘がバレるかもしれないと怯える必要もなくなるのだ。


 だけど上坂主任は、そうは考えなかったようで。


「かっ、彼氏なら本当にいるわよ」


 嘘が暴かれたというのに、頑として真実を語ろうとしなかった。


「強がらなくて良いんですよ。誰だって、見栄は張りたいものですから」

「見栄なんかじゃないわ」

「じゃあ、彼氏さんどんな人なんです? 写真とかありますか?」

「それは……」


「彼氏がいる」と言い張ることは出来る。しかし証拠の提示を求められてしまっては、どうすることも出来ない。

 だって主任に彼氏なんて、本当はいないのだから。


 皆が主任に注目している。

 主任はスマホを開き、ある筈のない彼氏の写真を探すフリをしていた。

 そんな彼女の姿が、見ていられなくなって。


 ……この状況で主任を助けられるのなんて、俺しかいないだろ。


 俺は立ち上がり、上坂主任に近付く。主任の隣に立ったところで、皆に宣言した。


「黙っていたけど……俺と主任、実は付き合っているんだよ」


 職場内がざわつく。

 皆の抱いている疑問を代表して口にしたのは、「主任に彼氏はいない」と指摘してきた男性社員だった。


「……マジで?」

「あぁ。この前だって、主任の部屋で一緒に飲んだし」


 嘘は言っていない。なんなら、その時飲んだワインの銘柄を教えようか?


 彼氏の写真こそ見つからなかったけど、まさかの彼氏本人の登場で主任の嫌疑は晴れる。


 昼休みが終わり、午後の仕事が始まった直後、俺は小声で主任に謝罪した。


「すみませんね、主任。勝手に彼氏面しちゃって」

「いいえ。こちらこそ、助けてくれてありがとう」


 だけどこれは、一時凌ぎに過ぎない。 

 皆は俺と主任が付き合っていると思っているけど、結局のところそれは嘘なのだ。


「ほとぼり冷めたら、主任からフッたことにしてくれて構いませんから」


 そして主任は新しい、本当の彼氏を作る。うん、それが良い。

 そんな風に考えていると、彼女から思ってもいない一言が飛び出した。


「……フラないと、ダメ?」


 それは「俺をフりたくない」と示唆しているのだろうか? つまり主任は、俺のことが……。


「……ダメじゃないですけど、俺結構甘えん坊ですよ」

「私も独占欲が強いから、おあいこね」


 気合い入れて臨んだ昨夜の合コンは、大失敗に終わった。そう考えていたけれど……今にして思えば、こうして彼女も出来たことだし、大成功なのかもしれないな。


 取り敢えず、今夜もまた主任の家にお邪魔するとしよう。


「今夜は帰さない」。その一言に、胸を躍らせながら。

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