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6.溺愛の日々

 我が家の玄関ホールで、衛兵隊へ出勤するリクハルト様をお見送りしている。

「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 私より頭一つ分以上背の高いリクハルド様の首に腕を回すと、彼は少し屈んでくれた。目の前に来た頬にそっと口づけする。

「愛しているわ。なるべく早く帰って来てね。離れていると寂しいから」

 そう耳元で囁くと、リクハルド様は微かに口角を上げて小さく頷いた。耳が少し赤く染まっている。


 客観的に見るとかなり痛々しいことは自覚している。平凡で地味な女が見目麗しい青年に堂々と愛を告げているのだから。私が美女ならば少しは絵になったのだろうけれど。

 後で思い出してもじたばたしたくなるほど恥ずかしくなる。今日で五日目だけれど、慣れることはない。


 それでも、リクハルド様を溺愛すると決めたから。私の愛で彼を溺れさせたい。愛されなかった辛い記憶など流されてしまえばいい。寂しさなど感じる余地もないほどに愛で満たしたい。

 リクハルド様を誰よりも幸せにする。それが私の望み。

 

「行って参ります」

 満足そうな様子でリクハルド様が玄関ドアへと向かっていった。

「行ってらっしゃいませ」

 玄関ホールに並んでいた使用人たちも一斉に挨拶する。ただの出勤のお見送りにしては大仰だけれど、彼らはリクハルド様に構い倒すことに決めたらしい。


 リクハルド様に嫌がらせをしていた使用人たちは、三か月間給金を半額にすることに決めた。それが嫌なら辞めてもらって構わないと告げたが、誰一人辞めなかった。

 さすがにエサイアス殿下の身代わりだったとは伝えることはできないけれど、シーカヴィルタ公爵家でリクハルド様がどのように扱われていたか説明すると、使用人たちは猛烈に反省し、誠心誠意リクハルド様に謝った。リクハルド様もはっきりと許すと言ってくれて、こうして使用人による嫌がらせ事件は無事に収めることができた。


 

 本日は夕方には衛兵隊の勤務を終えることができるとのことで、リクハルド様のためにクッキーを焼くことにした。もちろん、料理番のマーレトが殆ど作るのだけれど。でも、私も手伝いたいと伝えると、マーレトは私が小さい時によく作ってくれた動物クッキーの型を渡してくれた。

 クッキーの生地をポンポンと型に抜いていく。熊や鷹、鹿もある。これが結構楽しい。その生地をマーレトがオーブンで焼くと、バターのいい匂いがしてきた。


 リクハルド様は喜んでくれるだろうか。彼から聞き出したところ、食事は十分に与えられていたけれど、幼少の頃からお菓子などは食べさせてもらえなかったらしい。いつも公爵夫妻と異母弟の三人だけでお茶とお菓子を楽しんでいて、それが羨ましかったと聞いて、怒りのあまり泣いてしまった。そんな辛い思い出を語るときも、リクハルド様はあまりに淡々としていた。それが更に涙を誘った。

 もうお菓子を作るしかないじゃない。私の幸せだった思い出を少しでも分けてあげたい。


 夕方になり、また皆で玄関ホールに並ぶ。しばらくすると玄関補アが開いた。

「只今帰りました」

 私の顔を見て、リクハルド様は安心したように小さく微笑む。

「お帰りなさい。夕食にはまだ早いので、これからお茶にいたしましょう。今日はクッキーを焼いてみたのですよ。気に入ってもらえたら嬉しいのですけれど」

 喜んでくれるかと思ったのに、リクハルド様の眉間に皺が寄った。辛い思い出があるクッキーは苦手だったの?

「手は大丈夫? 火傷しなかった? 俺がクッキーを食べてみたいとか言ったから……」

 失敗したかと思っていたら、リクハルド様にいきなり手を握られ、心配そうに見つめられた。


「私は型を抜いただけで、実際に焼いたのはマーレトなの。だから、火傷なんてしていないわ。安心して」

 騙すつもりはなかったけれど、得意げに自分一人でクッキーを作ったみたいに言ってしまった。慌てて訂正すると、安心したようにリクハルド様が笑った。いつもは無表情な彼がたまに見せる笑顔は本当に魅力的だ。


「リクハリド様、大好きよ」

 思わずそう告げてしまうと、リクハルド様は恥ずかしそうに俯いた。まだ、好きだと言う言葉は返してもらえていない。でも、こうして私のことを気遣ってくれるだけで、十分幸せな気持ちになれた。

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