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5.真実の告白

 リクハルド様が令嬢に背中を刺されたというのは、目撃者が多くいて本当に起こったことに間違いない。

 でも、彼の背中に刺し傷はなかった。

 それに、シャツを脱いだリクハルド様の体はかなり鍛えているように見える。少なくとも、華奢と形容するような人はいないだろう。


 黒髪と紫の目を持つ者は珍しいとはいえ、全くいないこともない。でも、関係ない赤の他人と間違われただけならば、リクハルド様が庇う理由がない。

「何人もの令嬢を弄び、その結果背中を刺されてしまったのは、エサイアス殿下なのですね?」

 そう尋ねても、リクハルト様は何も答えなかった。でも、それこそが真実を語っていると思う。違うならばはっきりと否定するはずだから。


 しばらく経っても、リクハルド様はじっと動かずただ俯いていた。後ろから見える耳が赤くなっている。

 そういえば、彼を寝室に連れ込んで、無理やり服を脱がそうとしたのだった。背中の傷を確かめるためとはいえ、なんというはしたない真似をしてしまったのだろう。顔を合わせるのはいくらなんでも恥ずかしい。とにかくこのまま話をしよう。


「使用人たちが本当に申し訳ありませんでした。(ひとえ)に私の監督不行き届きです。明日にはあなたの部屋をあのように荒らした者たちを調べて解雇いたします。そして、早急に新しい使用人を雇い入れ、部屋を元に戻させます。でも、今夜はもう遅いので、こちらでお休みください」

「えっ? それは駄目だ」

 リクハルド様はエサイアス殿下のことを追及されると思っていたのか、いきなり違う話題になって驚いたようだった。彼も恥ずかしいと思っているのか、振り振り返ることはせずに、首を横に振った。

「この部屋は使いたくないでのすか? 私は自室を使いますので安心してください」

 冷静に見れば、『美しい年下の夫を無理やり寝室に誘う愛されていない平凡な妻』なのだけれど、本当にそんな意図はなかった。


「ち、違う。ただでさえ、俺みたいのを婿入りさせたせいでコイヴィスト伯爵家の評判が落ちているのに、何人もの使用人を急に解雇したとあっては、更に醜聞になるだろうから」

 リクハルド様は我が家のことを心配してくれているらしい。

「王家の血筋を持つリクハルド様が婿入りしてくださったのですから、コイヴィスト伯爵家の評判が落ちることなどあり得ません。それに、主家の者に嫌がらせするような使用人を雇い続けるわけには参りません」

「平民が多い衛兵隊では、規律違反をすると三か月間給金を何割か減らされるんだ。それが懲罰となる。今回も同じような罰でいいと思うけど」

 かなり甘い罰だと感じるけれど、それは私が貴族だからかそう感じるだけで、お金のために働いている者にとって、減給はかなり厳しい罰なのかもしれない。


 それに、あの部屋の家具をすべて入れ替えたのならば、多くの使用人が関わっているはず。リクハルド様が言うように、結婚式直後に使用人を大量に解雇したとあっては、本当に醜聞になりかねない。リクハルド様が若いメイドや侍女に手を出して、嫉妬した私が追い出したなんて噂されたら、目も当てられない。

「わかりました。そのように処理いたします。もう二度と使用人にはこのようなことはさせませんので、安心してください」

 使用人たちがあのようなことをしたのは、私のためを思ってのこと。辞めさせずに済んでよかったと思う。


「結婚式の翌日から、毎日段々と部屋がみすぼらしくなっていったんだ。俺が仕事へ行っている間、皆で家具を入れ替えたり、カーテンを取り替えたりしているのかと思ったら、ちょっと楽しくなった。だから、気にすることじゃない」

  あんなことをされたら、普通怒るでしょう。なぜ楽しくなるの?


「シーカヴィルタ公爵家でも同じような扱いを受けていたのですか?」

「いや。家族も使用人も俺などいないように扱った。食事は提供されるし、部屋も整えられている。でも、ただそれだけだ。話しかけても誰も返事をしない。それどころか、悪意さえ俺には向けてくれなかった。嫡男といっても、領主になる教育など一切受けていない。そのうち追い出されるだろうとは思っていたんだ。だから、自分の力で身を立てようと思って騎士になった。でも、自分から家を出ることはしたくなかった。俺がいなくなると母の存在自体がなかったことにされるような気がして。シーカヴィルタ公爵家には母の肖像画の一枚も飾られていなかったから」

 リクハルド様は淡々と語っている。それが更に悔しさを募らせた。幼かった彼は身を焦がすほど愛情を求めたに違いない。そして、それが得られず幾度となく絶望したのだろう。感情を殺してしまうほどに。


「エサイアス殿下の身代わりになることをシーカヴィルタ公爵閣下に強要されたのですか?」

 実の息子を長年冷遇して、不祥事を起こした従兄弟の身代わりに仕立てたうえで、これ幸いと廃嫡し平凡な年上女のところへ婿に出したの? とても父親の所業とは思えない。公爵のことを義父などと口にしたくなかった。

「それは違う。エサイアス殿下に頼まれて……」

 失言したと思ったのか、リクハルド様が言葉を濁した。

「エサイアス殿下が頼んだのですか?」

 元婚約者はなんと恥知らずな人だったのだろうか。


「二年ほど前、婿に入ったら自由がなくなるから今のうちに遊んでおきたいと、エサイアス殿下に身代わりになることを頼まれた。近衛騎士の制服を貸せば、髪の色も目の色も同じだからばれずに王城を出られたらしい。エサイアス殿下が俺の名を使って女遊びをしているのは知っていたが、頼られたことが嬉しくて断れなかった。本当に済まない。俺はエサイアス殿下が婚約者だった君を裏切る手伝いをしていたんだ」

 もう騙しきれないと思ったのか、リクハルド様は本当のことを話してくれた。

 エサイアス殿下と結婚しなくて本当に良かった。自分の醜聞を年下の従兄弟に押し付けて、自分はお気楽に女遊びを楽しんでいたなんて最低だわ。こんなことを思うのは不謹慎かもしれないけれど、刺した令嬢に感謝したいくらい。


「私の父はこのことを知っているの?」

 そう訊くと、リクハルド様は大きく頷いた。やはり知っていたのだと納得する。そうでなければ、いくら公爵からの要請であっても、私に確認もせずに結婚を決めたりしなかっただろう。

「エサイアス殿下が刺された時、国王陛下は俺と父、そして、婚約解消の話し合いのためにコイヴィスト伯爵を呼びつけた。その時、今回のことは身代わりを務めていた俺の責任なので廃嫡にすると主張した父に、伯爵は怒ってくれた。そして、良ければ婿にきて自分の息子にならないかと誘ってくれたんだ。だから、伯爵には本当に感謝している。そんな親切な伯爵に父は、君や伯爵夫人に今回のことを秘密にしなければ婿入りは認めないと条件を付けたんだ。どうせ追い出すつもりだったのに」

 だから父は母にさえ黙っていたのね。

 それにしても、本当に父は人誑(ひとたら)しだわ。


「だけど、私のことは趣味ではなかった。残念だったわね」

 これで、私が彼の好みの女性だったら、物語のようなハッピーエンドだったのに。ずっと虐げられていた不幸な美青年は、美しい妻を得て幸せになりましたってね。


「ち、違う! 君には嫌われていると思っていた。だから、嫌がる女性と共寝をするのは趣味じゃないので、別々に寝ようと言いたかったんだ。でも、初夜だから緊張していて言葉足らずだった。本当に済まなかった」

「私の方こそごめんなさい。話も聞かずに部屋を出て行って。それからずっとあなたを避けていたから」

 趣味じゃないという言葉に悪印象があったとはいえ、すぐに部屋を出て行ったのは私が悪い。もっと話し合うべきだった。


 ずっと後ろを向いていたリクハルド様が急に振り返る。綺麗に割れている腹筋に目がいった。騎士として身を立てることができるよう本当に努力してきたのだろう。

「今夜は一緒にここで過ごしても嫌ではないか?」

 リクハルド様は恐る恐るというように聞いてきた。

「は、はい。私たちはもう夫婦なのですから」

 恥ずかしいけれど、嫌ではない。

「その、俺は貴族としての教育は殆ど受けていなくて。領主としての教育もだけど、閨のことも……」

 真っ赤になってそんなことを言うリクハルド様がとても可愛い。そして、絶対に幸せにしたいと思ってしまった。

 私だって閨のことには詳しくないけれど、年上なのだから頑張らなくては。


 その夜。私たちは本当の夫婦になった。かなり苦労はしたけれど、嫌なことは何もなかった。

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