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3.最悪な初夜

 結婚が決まってから慌ただしい日々が続いている。


 一度だけ我が家を訪れたカヴィルタ公爵は、醜聞まみれのリクハルド様が目立つのは避けたいとのことで、結婚式など必要ないと言い放った。だけど、大事な一人娘の結婚なのだからと、父が強く主張して小規模な結婚式を挙げことは了承してもらった。もちろんカヴィルタ公爵家は協力してくれるはずはない。


 リクハルド様は公爵領で背に受けた傷の療養をしているらしく、結婚式の日まで王都に帰ってこないとも告げられた。そして、近衛騎士を解任されて、王都衛兵隊の副長になったことも。


 実の息子の結婚のことなのに、カヴィルタ公爵は始終事務的な態度を崩さず、必要なことだけを告げて雑談の一つもせずに帰って行った。まるで我が家と親戚付き合いをするつもりなど一切ないというように。


 夫になるリクハルド様もその家族も不在の中、着々と結婚式の用意が進められている。

 元々体が弱く、私を産んでから体調を崩しがちで領地で療養していた母も、久しぶりに王都にやって来た。

 最初は私の結婚に反対して、勝手に結婚を決めた父を責めていた母だけれど、カヴィルタ公爵の態度を知って応援してくれるようになった。

「プルム王女殿下の噂は知っているわ。でも、彼女がどんなに我儘であったとしても、命をかけて産んだ大切な息子を蔑ろにされていい理由にならないと思うの。もし私がエルナを産んだ時に天に召されてしまって、夫と後妻にエルナが冷遇でもされていたら、幽霊になってもこの世に舞い戻って復讐してやるわ」

 母はちょっと思い込みが激しい。でも、その想いは子どもを産んだことがない私でも理解できる。

「そ、そんなことは絶対にしないから。君が与えてくれた大切な娘を冷遇するなんてあり得ない。それに、君以外を妻に迎えるつもりもない。それより、君が天に召されるなんて不吉なことは頼むから口にしないで」

 母を一途に愛する父は涙目になっている。


「とにかく、リクハルド様があのようなことをしたのは、きっと愛に飢えていたからよ。エルナ、夫を嫌というほど愛して、幸せにしてあげなさい。そして、あなたも幸せになるのよ。ああ、早く孫の顔が見たい。本当に楽しみだわ」

 母が幸せそうに笑ったので、母が思い描くような愛に溢れる家族になれたらいいなと思ってしまった。


 王都衛兵隊に勤めることになるリクハルド様は王都を離れることはできない。だから、コイヴィスト伯爵家のタウンハウスが私たちの住処になる。夫婦で住めるように急いで改装と改築もしなければいけないし、ウェディングドレスを注文したり、結婚式の招待状を出したりと、二か月はあっという間に過ぎ去った。



 そして、結婚式当日。

 真っ白いウエディングドレスに身を包んで、父にエスコートされながら、我が伯爵家のタウンハウス敷地内にある小さな礼拝場の中に入っていく。

 参列者席を見渡しても、シーカヴィルタ公爵夫妻と異母弟ヤルノ様の姿はなかった。リクハルド様が公爵家で冷遇されているというのは真実らしい。

 何だか、とっても腹が立つ。いくら放蕩息子だとはいえ、結婚式の時くらい門出を祝ってあげてもいいと思う。 家族なのだから。


 祭壇の前で私を待っているリクハルド様は、本当に整った容姿をしている。しかし、祝いに来てくれたのは伯爵家(ゆかり)の十数人のみで、公爵家からは一人も参列しないという寂しい結婚式でも、リクハルド様はその美しい顔に何の感情ものせていなかった。悔しそうにするでもなく、もちろん嬉しそうでもない。全くの無表情。

 そういえば、近衛騎士副長だった彼とは王宮で何度か会ったけれど、いつもこんな無表情だった。

 

 リクハルド様には好かれていないのだろうなと感じるけれど、エサイアス殿下のように嫌そうな顔をされるよりはましかもしれない。どちらも嫌なことには変わりないけれど。


 そして、神の前で愛を誓う。それは嘘ではない。父や母の言うように、夫となるリクハルド様を敬い、愛し、幸せにしたいと本気で思っていた。



 最近少し無理をしていた母は、結婚式が終わるとすぐに父と一緒に領地へと戻ることになった。途中で風光明媚な観光地に寄りながら、十日ほどかけて帰るらしい。

「新婚さんの邪魔をしてはいけないからね」

 そう父は言うけれど、母と一緒に観光を楽しみたいだけではないかと疑っている。

「エルナ、幸せになりなさい」

 母は私を抱きしめてくれて、別れを惜しんでくれる。

「はい」

 母の温かさに触れて、本当に幸せになれるような気がしていた。



 そして迎えた初夜。

 侍女たちに体中を磨かれた私は、改装したばかりの夫婦の寝室で夫の訪れを待っていた。

 私と違って慣れているリクハルド様に任せておけば大丈夫だと自分に言い聞かせ、不安な思いを覆い隠す。


 結婚式の間中、リクハルド様はずっと無表情だった。私との結婚に納得していないのに違いない。

 本当にリクハルド様はこの部屋にやってくるだろうか? 

 妻に見向きもせず、愛人との子を後継ぎにする不実な夫も存在する。でも、コイヴィスト伯爵家は父の実子である私の子が継ぐことが決まっている。その意味をリクハルド様は理解してくれているだろうか?


 もう夫は来ないのではないかと不安になった頃、ノックの音がした。

「どうぞ」

 入室の許可を出すと、すぐ廊下側のドアが開いた。そこに立っていたのはリクハルド様で、初夜に放置された妻にならなくて良かったと安堵する。

 しかし、彼はドアのところから一歩も動かない。相変わらず無表情だった。


「こんなこと、趣味ではないから……」

 初めて夫から直接声をかけられたのが、そんな言葉だった。

「わかりました。無理に嫌なことをしていただかなくても結構です。この隣の部屋がリクハルド様の部屋になっておりますので、どうぞ、そちらでお休みください。私も反対側の部屋で休みますので。後継ぎは親戚筋から養子をもらうことにします。一つだけお伝えしておきます。リクハルド様のお子であっても、私の産んだ子でなければ爵位を継げませんので、そのことだけはお忘れになりませんよう」

「いや、あの……」

 何か言い訳をしようとしていたリクハルド様を残して、私の部屋に直接つながるドアから寝室を出て行った。



 ふと得意げなカッリネン男爵令嬢の顔を思い出す。

 騙されていたかもしれないけれど、彼女はリクハルド様に愛されていると信じていた。その記憶を持ちながら一生神に祈りを捧げるのと、夫に一度も愛されることもなく一生を終える私と。不幸なのはどちらなのだろうか?


 不幸自慢をしたいわけではない。ただ、幸せになれと願ってくれた両親の思いに応えられないことが悔しかった。

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