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番外編 弟の告白

 僕は父に愛されていると母の違う兄に嘘をつき続けた。それが、母を苦しめた女への復讐になると信じて疑わなかったから。

 兄の母親は父の下へと降嫁した王女だった。当時父には婚約者がいたのにも拘わらず、父に一方的に惚れ込んだ王女が無理やり父に嫁いできたという。そして、兄を産んですぐに亡くなった。

 それからすぐに父は元の婚約者と再婚した。それが僕の母だ。


 父との仲を自慢すると、幼いころは羨ましそうにしたり、悔しがったりしていた兄も、いつしか無反応になっていった。

 実際の父は僕や母に 無関心だった。

 食事の時も、お茶の時間も、しゃべっているのは母と僕だけ。父はただ黙々と、作業のように食べ物を口にしていた。

 兄は父との同席を認められていなかった。たった一人で食事をとり、間食は与えられていない。だから、母と僕、それに父の三人は仲の良い家族だと思っていたようだ。


 兄は父に徹底的に避けられていたので、父と同じ席に着くことが許されている僕は、兄に比べて愛されていると思うことができた。母の願いを聞き入れ、父が公爵位を僕に継がせると決めてくれて、とても誇らしかった。

 父も母も兄を嫌っている。使用人さえもまるでいない者のように兄を扱った。それが僕の家族の普通だった。

 悪いのは全部我儘だった兄の母親。兄が不幸だというのであれば、それは兄の母親のせいだと僕は思っていた。いや、兄が不幸だとも気づいていなかったのかもしれない。飢えることはない。文字や計算という最小限の教育は施された。図書室だって使える。悪女の息子にはそれだけで十分だと感じていた。


 国王陛下の甥で公爵家の嫡男。そんな兄を押し退けて僕が公爵位を継ぐというのは普通ではないと気が付いたのは、僕の婚約者を探し始めた頃だ。陛下が認めないのではないか、公爵位継承を巡って王家と対立するかもしれない。そんな危うい家に大事な娘を嫁に出せないと判断されたらしく、何度も縁談を断られる。下位貴族の令嬢ならば受けてくれたかもしれないが、母は徹底的に高位貴族にこだわった。父は僕の婚約者を探す意思など最初から持ち合わせていなかった。


 兄が近衛騎士になり家を出で、醜聞にまみれて殺されそうになった。そして、伯爵家に婿入りすることが決まった。

 正直僕は喜んだ。これで僕が公爵位を継ぐことを疑問視するような者もいなくなる。すぐに婚約者が決まるだろうと思っていた。

 しかし、そうではなかった。母は兄やその母親だけではなく、兄の婿入り先のコイヴィスト伯爵や妻のエルナさんの悪口も茶会や夜会で言いふらしていた。コイヴィスト伯爵家の人たちは人望があったので、母の方が評価を下げた。そして、嫁いびりしそうな母親のいるところには嫁に出せないと、縁談の話はまったく来なかった。

 そんな中でも母は侯爵家以上の令嬢でなければ認めないと言い張った。兄の婿入り先が伯爵家なので、何がなんでもそれを上回りたいと思ったらしい。


 そんなある日、僕たち暮らしは大きく変わってしまった。悪女は兄の母ではなく、僕の母だった。そして、父も共犯者だったのだ。

 父は男爵になり、家と職を与えられた。家には使用人だっている。命は繋ぐことはできる。ただ、それだけだった。


 最初は言い争いが絶えなかった父と母だが、いつしかお互い無視するようになっていった。僕も母や父とは口を利かなかった。口を開くと、二人を軽蔑し非難するような言葉が出てしまいそうだったから。

僕も下級文官として働いているが、給金からは生活費が引かれほとんど残らない。だから、どんな寒々とした家でも帰るしかなかった。兄は十何年もこのような状態に耐えていたのだ。そう思うと僕は随分と幸せかもしれない。職場では怒鳴られることがあっても、無視されることはないから。最近は雑談の仲間にも入れてもらえるようになってきた。


 父と母の悪事が暴かれて半年ほど経った時、兄がエサイアス殿下の身代わりをしていたことを国王陛下が公表した。兄の醜聞はすべてエサイアス殿下が起こしたことだったのだ。公表に時間がかかったのは、殿下と関係のあったすべての女性が妊娠していないことを確認するためと、陛下が殿下の監督不行き届きを理由に退位する準備のためだった。

 そして、王太子殿下が即位し、新しい時代が幕を開ける。


 僕は牢獄のような家を出て、下級文官用の官舎に住むことが許された。実際あの家は牢獄で、新王即位に伴う恩赦だったのかもしれない。とにかく僕は下級文官としての給金を全額受け取れることになった。


 兄は妻のエルナさんに溺愛されているらしい。とても幸せそうにしていると伝え聞く。そして、兄はもうすぐ父親になるという。

 僕もそんな優しい結婚相手が見つかればいいなと思っている。

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