14.溺愛の果て
「お、私は今とても幸せに暮らしているので、重い罰は望まない」
リクハルド様は今の暮らしが幸せだと言ってくれた。恥ずかしい思いをしながら溺愛したのが報われたようで嬉しい。
「そうか。それならば、貴族として残してやろう。今日からリクハルドがシーカヴィルタ公爵となる。そして、アハティには男爵位を授けよう。領地はやれないが下級文官の職は与えてやる。家も使用人も用意する。使用人には公爵邸に勤めている者を見習わせよう。お前たちを徹底的に無視しろとな。それでも生きていける。これは温情だ。リクハルドに感謝するのだな」
国王陛下は楽しそうにシーカヴィルタ公爵夫妻に告げている。陛下は温情だとおっしゃったが、世間にすべてを公表した後で、好奇の目にさらされながら貴族として生きていくのは大変だろうと思った。でも、同情はしない。リクハルド様の生い立ちを考えると、相応の罰だと思うから。
「国宝陛下、ちょっと待ってください。私は領主になるような教育を受けておりません。しかも、コイヴィスト伯爵家に婿として入った身です。今すく公爵家を継ぐなど、絶対に無理です」
リクハルド様が慌てて否定する。
我が伯爵家くらいならば、エサイアス殿下の婿入りを想定して私が父から領地のことを教えてもらっていたこともあり、リクハルド様が今すぐ継いでもどうにかなりそう。しかし、公爵領ならば広大な領地と多くの領民を抱えているので、確かに急な代替えは無謀な気がする。
「大丈夫だ。優秀なコイヴィスト伯爵とサロライネン子爵が後見してくれる。何より、頼りになる妻がいるだろう? 心配事などあろうはずがない。お前をシーカヴィルタ公爵にすることがプルムの願いだったのだ。幸せ薄かった妹の願いをどうか叶えてくれ」
そう言われてしまうと反対もできず、リクハルド様は静かに頷いた。
なるほど、父は後見人になるためこの場に呼ばれていたのか。納得した。
それにしても、頼りになる妻って私のこと? 陛下は以前から私を認めてくれていたの?
「陛下、温情を感謝いたします。そして、この女と離婚いたします。私の罪を世間に知らせると脅され結婚しましたが、それが間違いでした。プルムが亡くなったとき、すべてを公表し、リクハルドと二人で生きるべきでした」
シーカヴィルタ公爵、今となっては元公爵だけど、涙を浮かべながらそうそう言った。懺悔しているように聞こえるけれど、夫人にすべての罪を押し付けているような気がする。
「今更何を言っても遅い。お前のせいでリクハルドはずっと辛い想いをしながら生きてきたのだぞ。リクハルドの幸せを願っていたプルムがどれほど悔しい思いをしたことか。とにかく、プルムを不幸にしてまで結ばれた二人だ。離婚は許さない。そこの女、男爵夫人としての役目を果たせ。いいな」
貴族社会から逃げることは許さないと、陛下が釘を刺す。
「シーカヴィルタ公爵はヤルノが継ぐはずだったのに」
夫人は陛下に返事もせず、そう呟きながらすすり泣いていた。
「エルナ、リクハルドを頼む」
そう言い残して陛下は退席した。
「叔父上、母は貴方を信じなかったことを後悔していました。母が目撃した光景があまりに衝撃的過ぎて、貴方と向き合うことができなかったと」
「私ももっと言葉を尽くせばよかったと後悔している。そうすれば違った未来があったかもしれない」
リクハルド様とサロライネン子爵が向き合いながら、二人で落ち込んでいた。
しばらくして、子爵が顔を上げて私の方を見る。
「エルナ夫人、私は未婚なのでもちろん子はいない。だから、貴女とリクハルドの子どもが子爵位を継ぐことになる。公爵位、それにコイヴィスト伯爵位も。たくさんお子を産んでくださいね」
子爵がニコッと笑った。すると、リクハルド様の顔がみるみるうちに赤くなる。
「こんなに仲が良いのだから、そんな心配は無用だろう」
椅子から立ち上がった父が、机の下で繋いでいる私たちの手を指差した。リクハルド様の顔が益々赤くなる。
その後、リクハルド様は無事シーカヴィルタ公爵となった。しかし、今もリクハルド・コイヴィストと名乗っている。
公爵邸にはリクハルド様の辛い思い出が詰まっているので、今まで通り、私たちは伯爵家のタウンハウスに住んでいる。公爵邸には父が母と一緒に住み始めた。サロライネン子爵は代官として公爵領で生活しているようだ。
そして、私のリクハルド様に対する溺愛は続いている。
「リクハルド様、愛しています」
「エルナ、愛している」
恥ずかしながらもリクハルド様は愛の言葉を返してくれるようになった。
結婚して一年ほど経った頃、私のお腹に二人の第一子が来てくれた。
「親の愛を知らない俺が、父親になれるのだろうか?」
リクハルド様はそんな不安を口にする。
「大丈夫。私がこの子を溺愛するから、父親は少し冷めているくらいが丁度良いと思うの」
「それはちょっと嫉妬するかも」
そう言ってリクハルド様は少し大きくなった私のお腹を優しく撫でてくれた。




