1.最悪なお茶会
「リクハルド様の艶やかな黒い髪も菫色の瞳もとっても魅力的なのよ。指も長くて美しいわ。それに、華奢なお体も素敵!」
得意げに恋人の自慢をしているのは、カッリネン男爵家の令嬢。小規模とはいえ、貴族令嬢たちが集うお茶会で話すのはいくら何でもあけすけすぎないかと思ってしまう。現に何人かの令嬢は不快そうに目を逸らしていた。
男爵令嬢の話に出てきたのは、シーカヴィルタ公爵家嫡男で近衛騎士副長のリクハルド様。お母様は現国王陛下の妹君という由緒正しき血筋のお方。彼女はそれが自慢で仕方がないようだ。
でも、騎士という職業に就いていながら、美しい指や華奢な体はいかがなものかと思ってしまう。近衛騎士隊副長というのはただの名誉職なのかもしれない。それでも、騎士として必要最低限の筋肉さえつかないほど鍛えていないのならば、それはただの怠惰だと感じてしまう。
別に筋骨隆々の男性が好きなわけではないけれど、与えられた役割を疎かにするような人は、いくら容姿が美しくても好ましいとは思えない。
「エルナ様の婚約者は第三王子殿下でしたわよね。リクハルド様とよく似ていらして、とても美しい方とお伺いしているわ。よろしければ、殿下のことを話していただけませんか?」
隣に座っている子爵令嬢が私に話を振ってきた。男爵令嬢の自慢話に辟易して、リクハルド様よりもっと身分が高い王子殿下を話題に出せば、男爵令嬢を黙らせることができると思ったらしい。
確かに第三王子のエサイアス殿下は従弟であるリクハルド様とよく似ている。髪と目の色も全く同じだった。
ふと見ると、男爵令嬢が私のことを思い切り睨んできている。主役の座を奪われるとでも思っているらしい。
一番避けたい話題に触れられて思わずため息が出そうになるが、そこはぐっとこらえた。
「エサイアス殿下はとてもお忙しいらしく、最近あまりお会いできていないので、詳しいことは存じ上げなくて……」
貴族の令嬢ならそれ以上追求しないと思っていた。
「まぁ! お気の毒に。エルナ様は婚約者に蔑ろにされていますの?」
嬉しそうな男爵令嬢の声が聞こえてくる。その言葉に嘘はないのかもしれないけれど、普通の令嬢はそんなにはっきりした物言いはしない。彼女のような気遣いのできない女性を恋人に選んだリクハルド様は、やはり趣味がよくないと感じてしまう。
「今度の舞踏会のドレスを新調しようと思って、先日開店したばかりのマダムアニアのお店へ行って来ましたの。デザイン画を見せてもらったのですが、とても素敵なドレスばかりで、まだ決められなくて」
第三王子の話題を出した子爵令嬢は、申し訳なさそうに目礼をして、違う話題を振ってくれた。新しい服飾店の話なら皆興味があるはず。これで話題も変わるだろうと思っていたのに、
「マダムアニアのお店ならば、私もリクハルド様と一緒に行って、ドレスを何着か贈ってもらったのですよ。その他にも、この首飾りや髪飾りも彼から贈られたものなの」
得意そうに私の方を見た男爵令嬢が、どれほど素晴らしい宝飾品やドレスを贈られたか力説している。私と違って恋人に溺愛されていると言いたいらしい。全く興味のないリクハルド様に溺愛されていても羨ましくもなんともない。ちょっとは負け惜しみもあるけれど。
思い返してみても、婚約者のエサイアス殿下からは宝飾品はおろか、花の一つも贈られたことがない。
礼儀作法はともかく、男爵令嬢はとても可愛らしい容姿をしている。私も彼女のような見目をしていたら、エサイアス殿下は贈り物くらいしてくれたのかもしれない。
私の父は二十二歳の若さで爵位を継ぎ、祖父の代で没落しかけたコイヴィスト伯爵家を盛り返した。今ではそれなりに裕福な暮らしができている。父のその手腕が評価され、国王陛下に第三王子の婿入り先に選ばれたのだった。父には第三王子を王に担ごうなどという変な野心もなく、伯爵位を継ぐ子どもは私一人。王位を継ぐ可能性の低い第三王子が婿入りするのには、本当にちょうど良かったと思う。
そう、評価されたのはあくまで父。私が望まれたわけではない。エサイアス殿下は平凡な私との婚約は不本意だったらしく、私が十七歳、一歳上のエサイアス殿下が十八歳の時に婚約してもう五年になるのに、会ったのは両手で数えられるくらい。久しぶりに会っても笑顔の一つも見せてくれない。
予定では私が二十歳になれば結婚することになっていたのに、何かと理由をつけて引き延ばされてきた。
私はもう二十二歳になる。今日のお茶会でも最年長になってしまった。
伯爵家の没落を防いだのは母と結婚したかったからだと公言する父。そんな父を嬉しそうに見つめる母。私も両親のように仲が良い夫婦になりたいと思っていたけれど、それは叶わない願いかもしれない。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまう。しかし、恋人自慢に忙しい男爵令嬢も、うんざり顔の他の令嬢も、私のため息に気づくことはなかった。