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第7話 再就職先での面接①

「ランドルグラッツバイロンさん……長い名前ね。略してもいいかしら?」


「はい、かまいません」


「ではランディさん、でいいかしら。これから面接を始めます。簡単な質問をいくつか答えてくれる?」


「わかりました、よろしくお願いします」


ランディは内心、ほくそ笑んだ。

逃亡先で本名を名乗れば足がつく。

かといって慣れない偽名では、呼ばれた時に反応に遅れる可能性がある。

そこで偽名を略称で呼ばせることで、実質本名呼びに成功した。


家を出て三日目。

ランディは自国から飛び出し、隣国のノーウェリア帝国の宮廷へ面接に訪れていた。

城の掃除や洗濯といった家事一般を請け負う使用人として採用されるためだ。


ノーウェリア帝国に来たと同時に平民向けの職業斡旋所に向かい、求人募集を見つけたのだ。

多少の警戒はあるだろうが、この事実は身元を伏せるにも役立つ。


身なりを軽くするため、家からは必要最低限の服と靴に仕込めるだけのお金しか持ってきていない。

これからは自立するための資金も必要だ。

今の状況で自身が出来そうな一番給金の高い仕事を選んだ。


ノーウェリア帝国は魔法大国ゆえ、魔力のない者は虐げられているとは言えないものの立場は低い。

さすがにケネトもそんな国に逃げているとは思わないだろう。


「まあ! ランディさんの前職はデンガーン王国で有名なスバエ商会で働いていたのね。うちとは全く違う職種だけど、どうして宮廷の使用人に志望を?」


眼鏡を掛けた面接官の女性が、値踏みするように書類とランディを交互に見つめた。


「今まで物の売り買いばかりだったので、他の仕事にも挑戦したいと思いました」


「そう。でもこの仕事は女性向けだけどいいのかしら? 私としては力仕事も任せたいからありがたいのだけど」


「問題ありません」


否定はしない。でも肯定もしない。

勘違いをしているならそれでいい。


今の発言から面接官の女性は完全に男だと判断してくれたようだ。

年齢の割に線が細く、声もハスキー。

男みたいな名前に兄たちからのお下がりの服。

見た目だけなら成長期が遅い少年かもしくは少女か判断に迷うところだ。

性別を聞かれず安堵する。嘘をつくのは得意ではない。


もしケネトが探しに来るとしたら“娘”としてだ。

数年、辺境地を一人渡り歩いていたおかげで、スバエ商会の従業員でもランディの顔を覚えている者は少ない。

それにスバエ商会の規模から、元従業員の肩書きを持っている者はそれなりにいる。

探りが入ってもバレにくいだろう。


「そうだ、スバエ商会の裏の話として、小さな砂粒一つから戦争兵器まで取り扱うという大商会と聞いているのだけど本当?」


「お客様のニーズにはできるだけお応えして売るのがスバエ商会の方針ですが……どうでしょう。わたしは端くれだったので分からないですね」


「そう。確かスバエ商会は魔法陣紙や魔石も取り扱っていたわよね」


「はい。えっと、ご入り用でしたら話を通しましょうか?」


さすがに父親に連絡は取らないが、代替魔法用の導具なら仕入れ先を把握している。

それにしても、やたらとスバエ商会のことばかりに食いつくのはなぜだろう。


首を傾げていると、面接官はクスリと笑いをこぼす。


「ああ、違うわ。あなたが魔法陣紙や魔石が扱えるのか聞きたかったの」


「はい、一応は取り扱えます。売り物の使い方を知らなければ商売は務まりませんので」


「そうよね。ところであなた、魔法は使えないわよねぇ……?」


「? そうですね、魔法は使えません」


魔法が使えたらそもそも商売人にはなっていない。

魔力の資質があれば、おそらく魔法学校に強制的に通うはめになるからだ。


話が脱線しかけていると、ランディは少し困惑した。


採用される方向で話が進んでいると思っていたが、仕事の規則や賃金についての詳細には触れてこない。

質問の意図を汲み取ろうと思考を巡らせる。


――もしかして使用人って魔法が必要な仕事なのでしょうか。


魔法とは誰もが使えるものでは無い。

生まれつき身体に魔力を作り出す魔核を宿して生まれた者が使える超常の力だ。

魔法大国であるノーウェリア帝国では、才を持つ者が貴族につく。

それゆえ一般人は無能力者となる。

しかし“代替魔法”というものも存在する。

魔力の磁場が強い土地が生み出す“魔石”。

魔法の発動内容があらかじめ描かれた“魔法陣紙”。

そして“発動呪文”を詠唱すれば、一時的に魔法が使える。


魔力を持たない一般人でも理論的には使用可能だ。

しかし“魔石”と“魔法陣紙”は高価で、発動条件が合致しなければ不発に終わることもある。

それゆえ一般普及はしていない。あくまで魔導師の魔力切れの代替として存在している。


――職業斡旋所で給料の提示が良かったのは、魔法の資質分をプラスされていると考えた方が妥当なのでしょうか。


才を持つ者が貴族に多いことは確かだが、稀に一般人でも微量ながら魔力を持つ者も存在する。

その者向けの求人広告だったのかもしれない。

ランディの額から冷や汗が伝った。


「あ、あのっ!」


「はい?」


「確かに魔法は使えません。ですが四大元素の魔石と魔法陣紙を用いれば攻撃用でも防御用でも何でも展開できます!」


そう言うと、護身用で持っていた魔法陣紙をテーブルの上に広げた。

靴にはめ込まれている魔石を取り出し、魔法陣紙に向かって放り投げる。


「幻影魔法展開“シャボンフラワー”」


すると円陣から細かい粒のようなものが噴出された。

粒は上昇している最中にするすると花の形を作る。

花が咲ききると今度はくるくると散るように回転しながら弾けた。


観賞用の嗜好魔法。

主に大きな祭りや結婚式といったイベントに使われる。


ランディは行商時代、盗賊から追われている時の足止め用に使っていた。

なかなか流通していない品で、盗賊らも警戒して見入ってしまうので時間稼ぎが出来る。


面接官の女性も目を見開き、感動している。


それを眺めていたランディは心中複雑であった。


嗜好魔法をとりあえず発動させたが、よく考えると実用的ではない。

火か水関連の生活魔法の方がアピールになったかもしれないが、それらの魔法陣紙は持っていない。

それに採用されたいあまり「何でも出来る」と大見得を切ってしまったが、

商売をするために効果を見せる程度には扱えるのは間違いない。

専門職ほどとまではいかないが――。


この時のランディは必死になっていたため気づかなかった。

常識的に考えて、掃除も洗濯も魔法なぞ要らなかったのだ。

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