第68話 闇オークション⑤
「さて、こんにちは皇女様。ちょっと訊いていいかな」
「……」
シャーロットは自身を抱き締め、視線をそらし続けている
「ランディはなんで、死のうとしてたの?」
気まずい沈黙が流れる。
だが元帥は逃がさないと言わんばかりにずっとシャーロットに照準を合わせている。
彼女の反応があるまでは、ずっと硬直しているだろう。
数分後、観念したシャーロットが口を開いた。
「……そのようなこと、本人に訊けばよろしいのでは?」
「僕はランディがその経緯に至った君の行動原理が聞きたいんだけど」
「でしたら、四六時中守って差し上げたらよかったのに……」
金色の髪をかき上げ、冷笑気味に吐き捨てる。
すると突然、シャーロットのスカートに見えない鉄球が当たったような大きな揺らぎが起きた。
「……ひぐ、ぅ、っ!」
シャーロットは体勢を崩し、床に膝をついた。
苦痛に顔が歪み、くるぶしを押さえている。
足元まであるスカートに遮られているため、状態はわからないが、恐らく足を負傷したのだけは確かだ。
ランディは駆け寄ろうとしたがアイヴァーの手で遮られる。
スカートの中がどうなっているのか。
皇女としてのプライドと恥じらいが足を晒すことをためらっており、足があり得ない方向に曲がっているのなどきっと誰も想像がついていないだろう。
そのことまで織り込み済みでの攻撃だ。
アイヴァーがシャーロットに近寄り、静かに腰をかがめた。
耳元まで顔を寄せると――
「謙虚にしてくれないと嬲りたくなるでしょ。ランディの前ではあまり酷いことしたくないんだから、その態度はやめてくれる?」
ぞっとするような優しい声色。
目の前にいる人物は一体誰なのか。
そもそも人なのか。
千年も生きていること自体、なぜ誰もが受け入れられているのだろうと、ふと思い起こされる心底の恐怖。
もしかしたらその昔に葬り去られた魔族ではないのか、そんな疑惑さえも頭をよぎる。
悲鳴にも似た短くて浅い呼吸が苦しくて仕方ない。
「大袈裟だなぁ。そんなの得意の光魔法でちゃっちゃと回復してよ」
アイヴァーは上体を起こし、大きくため息をつく。
その言葉にハッとし、シャーロットは間も置かずに
複数の回復魔法を詠唱した。
「んで、ランディはなんで、死のうとしてたの?」
同じ質問が繰り返される。
彼にとって満足のいく答えでなければどうなるのか、考えるまでもない。
「あれは女で、陛下のこと騙していたのですよ!!!」
たまりかねたシャーロットは、痛みを発散するように叫んだ。
その言葉にランディの心臓が跳ねた。
“僕、隠しごとは嫌いなんだよねぇ。”
かつてアイヴァーに言われた言葉が頭の中を通り過ぎる。
こんな形で知られるのか。心の準備はできていなかった。
アイヴァーの顔を見上げた瞬間――
「それで? 正直、どうでもいいよね。ランディが自分のことを男だっていうなら男なんだし、女っていうなら女じゃない? 君の答えは僕が知りたい事項じゃないし、ねえ、また僕同じことを訊かなくちゃならないの?」
ふと気が付くと、シャーロットの足が地面から離れた。
「ひぐぅ!」
アイヴァーが片手でシャーロットの首を締め上げていた。
彼女は気道を確保するため、必死でもがいているが、腕はびくとも動かない。
「が……っ! 元帥……かっ、いく、ら……あなた、でも一国の皇女を、裁判……も掛け、ずにっ、殺すこ……とは……」
「天災」
「……え?」
シャーロットの口から漏れたのは、拍子抜けする声だった。
「皇女様、知らないの? 僕とノーウェリア帝国及び各大陸との不可侵条約。アイヴァー・シグルザンセンが行った出来事は全て天災と扱われるってこと。パパからは習ってないのかな?」
シャーロットは目を丸くした。
アイヴァーの表情は底抜けに明るい。
「僕がどの国で何をしようが、自然災害として片付けられるの。つまり、僕の行動は天の思し召しで誰も咎められない。もっと付け加えるとノーウェリア帝国が僕を所有しているんじゃない。今や僕の抑止力として存在しているだけ。だから、たかだか希少な光魔法が使えるお姫様を一人殺したところで誰も怒らないけど君は大丈夫なの? 僕に抵抗して、もし機嫌を損ねちゃったらパパに怒られないの?」
表情に乏しい人が満面の笑みを浮かべる時、無意識の深層心理にはとんでもない化け物を隠し持っている。
――その光景が今、体現されている。
「もしかしてそんな理由でランディを追い詰めちゃったの?」
――こわあああああぁぁぁぁ!
たまらずランディはアイヴァーを背中から抱きとめた。
「――……? なんでかばうの?」
「そうですね! なんででしょう!!」
ランディの謎の主張に場に流れていた毒気が抜けた。
アイヴァーは腕の力を緩め、シャーロットの身体を遠くへ投げ飛ばした。
「その、色々ツッコみたいことはあるんですけど……皇女殿下は、憎めなくて……」
アイヴァーの質問は純粋なものなのか、非難めいたものなのかはわからない。
自分を助けてくれたのに水を差す真似をして、気分を害したかもしれない。
ただ、大事に思ってくれているのは確かだ。
ランディは腹を決めてアイヴァーに向かい合った。
「普通、いくら似せて売りたいからって嫌いな人と同じ服を着ますか? 気品ありすぎません!? 私だったら全裸にしてあばらくらい折りますし、逆らったら有無を言わせずすぐに暴力を振るいますよ! そうして何をやっても無駄だと抵抗力を失わせるのです! 皇女殿下はそれをしなかったんです!」
「えー、ランディ。それって想像力が豊かじゃない?」
優しくもどこか冷めた口調でアイヴァーは首を傾げる。
「アイヴァー様、常に最悪を想定しないといけません。死より酷いことなど世の中にはたくさんあるのですよ」
ぎゅっとこぶしを握り締め、少しだけ責めるように言葉を返す。
「君がたくましいことだけは分かった」
アイヴァーは何かを諦めたように息を吐き、ランディの肩をぽんと叩いた。




