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第67話 闇オークション④

ぽたりとダチュラの花が床に落ちた。

ランディの口を塞いだものはアイヴァーの親指の付け根だった。


「な、なっ……なっ!?」


ランディの顔は赤くなったり青ざめたりと(せわ)しない。


思いっきり噛んでしまった焦り、なぜここにいるのかの疑問、衝撃の発言。

言いたいことがぐるぐると渦巻いて、口をパクパクと動かしている。

するとランディの背後から、複数の足音が勢いよく近づいてきた。


「ここいる全員を確保しろーーー!!」


出入り口から一斉に憲兵隊が押し寄せた。


舞台でのやり取りを呆然と見つめていた連中はやっと事態に気づく。

蜘蛛の子を散らすがごとく、足を走らせるが時はすでに遅し。

会場の周囲は憲兵隊に包囲されていた。

オークションに参加していた客らを次々に連行していく。

その様子をランディは呆然と見守るしかなかった。


アイヴァーは腰を曲げ、ランディの両頬を押さえた。


「それで返事は?」


ふっとアイヴァーは表情を緩める。

ランディは頭の中で一つ一つの出来事を思い返していた。

返事。落札した男との会話を聞いていたのであろう。

花嫁なぞ言葉の(あや)で訊いたはずなのに、追求してくるのはやめて欲しいとランディは眉を下げた。


「……っ、お、恐れ多いことです。アイヴァー様はどうしてここに?」

「どうしてって今日もデートする約束だったでしょう。っていうか、なんで神が恐れ多くなくて僕が恐れ多いの?」


アイヴァーがランディの手元に目をやると、キンという音を立てて手枷が真っ二つに断ち切られた。

腕や顔に怪我が無いかをくまなく確認する。


「どこか痛いところはない?」


その問いにランディはハッとしてアイヴァーの手を掴んだ。

彼の右手にはくっきりと歯形が残っていた。

短い悲鳴を上げ、ランディはうろたえた。


「そっ、それよりもアイヴァー様の手当が先です!」


わたわたと水がある場所を探す。

口の中にある菌が傷跡から体に入る危険があるので、流水で洗い冷やす必要がある。

だが、アイヴァーは落ち着くようにと肩に手を置いた。


「そういうのはあと。君の怪我は?」

「あ、ありません。すみません、わたしなんてことを……」

「別に僕が勝手にしたことだし」

「いや、でも」

「だって君が自分を大事にしないんだから、僕が大事にするかないでしょ」


アイヴァーの何気ない一言に、ランディの張り詰めていた糸がとうとう切れた。

いつもの平凡で非凡な日常に戻れた気がした。

その瞬間に、目の奥がじんと熱くなる。


「あ、れ……な、んで……」


ランディの鳶色の瞳から丸々と涙がこぼれ落ちる。

最初は指で擦っていたが、それでも足りず服の袖でみっともなく涙を拭った。

その様子を見つめながらアイヴァーは現場を仕切っている憲兵隊の隊長に声を掛けた。


「えっと、憲兵隊長。今から三分以内に全員を現行犯逮捕してここから出てって。内部調査は後回しにしてくれる?」

「え、あ、はっ!? 元帥閣下! いや、いくらなんでも無茶ぶりですよ! ここは我らに任せていただけませんか」


現場の証拠を押さえたい隊長が顔を歪めながら渋った。


「人前で泣くのって恥ずかしいんだよ。わかる?」


と、アイヴァーは優しく諭す。


「それはそうですけど、彼女も参考人ですし、一応話を……」


憲兵隊長はランディに視線を配りながら、肩をすくめる。


「もちろん、それには協力するよ。だからちょっとだけ待ってほしいって意味なんだけど。もしかしてデリカシーないの? わかったわかった。もう少しわかりやすくお願いすれば良かったね。今ここにいる全員が死んで全てがなかったことにするのと、今少しの間だけ出て行くのどっちか選んで」


「ちょ、それ狂人の発想ですからね!」


言葉では反論しつつも、部下に外に出るように命令を出した。


「ああ、その子は残しておいて」


アイヴァーの視線の向けた先にいたのは――シャーロットだった。

そこにはいつもの可憐な少女はおらず、その瞳はどこまでも凍てついていた。

憲兵隊長は彼女の表情に息を呑んだ後、素早く会釈し場を後にした。


瞬く間にアイヴァーの命令通り、会場はもぬけの殻となった。

この場にいるのは三人だけ。しん、と重い沈黙が辺りを満たす。

緊迫する空気に耐えきれず、先に声を出したのはランディだった。

おずおずと手を上げ、一歩前に出る。


「えっと、すみません。まずわたしの事情からお話しします……」

「大丈夫。だいたい把握している」

「ええ!?」

「もう少し早くさ、僕に助けを求めてもいいんじゃない? 全部自分で解決するつもりだったから逆にびっくりしたんだけど。ね、あの時、僕の名前を呼ぶのは無駄だと思った?」


アイヴァーは拗ねるように口を尖らせたが、口調に責めた響きはなかった。

仮デートの後からの行動をどこまで知っているのだろうか。


――そもそも、助けを呼ぶ発想さえありませんでしたね。


これまで一人で行商生活であった。万が一、自分の身が危険になったとしたら全ては自己責任だ。


「いえ、そうではありません。全く、考えていませんでした」

「自分で言うのもなんだけど、僕って稀代の魔導元帥と謳われているアイヴァー・ジグルザンセンなんだよ。君が思っている以上に奇跡は起こしきれるよ」

「です……が、その」

「人に頼らない生き方を自立とは言わないからね。まあ、まずは人を頼る方法から覚えていこうか」


ランディは押し黙ってしまった。

アイヴァーは言いたかったことを言い終わると、今度はシャーロットに身体を向けた。


誰もが目を覚ますような、にこやかな笑顔を携えて。

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