第66話 闇オークション③
シャーロットは一部始終をあのバルコニーから見届けていたようだ。
「皇女が二人!? 一体どういうことだ!?」
「これも演出じゃないか?」
「光、魔法だぞ……! 本物の皇女もいるのは間違いないじゃ無いか!!」
誰もがシャーロットとランディを交互に見つめる。
シャーロットは階下の様子を確認すると、二階からそのまま飛び降りた。
光の粒がシャーロットを包むと、落下速度が低減する。
妖精が舞い降りるような軽さで地面に着地した。
観客の半数はすでに散っていた。
残った者は、場の結末がどうなるのかと期待する好奇心が旺盛な者と、スリルを味わいたい刺激欲求が強い者だけだ。
シャーロットが稀少である光魔法を見せたことで、ランディ自体が偽者だということがはっきりした。
二人は向かい合う。
お互い、シャーロットの部屋で過ごしていた時のような気さくな笑みを浮かべている。
「あなたってば、わたくしが用意した場には満足できなかったようね」
困ったように顔に手を当てるシャーロット。
「皇女殿下におかれましては、お楽しみいただけましたか?」
ランディも負けじと嫌味を返す。
「そうね。ここまで苛ついたのは久しぶりよ。もっと最下層にでも投げ込んでおけば良かったわね」
軽口を叩き合う様はまるで仲の良い姉妹にも見える。
「さて、戯れもこのくらいにしておきましょうか」
シャーロットはパンと手を鳴らし、ドレスを翻した。
「お騒がせしていますわね、皆様」
優雅な振る舞いでスカートの裾を軽く持ち上げた。
腰を抜かしている司会者に代わり、シャーロットが場を仕切る。
「事情を説明しますわね。この者はわたくしの影武者でしたの。口ぶりや見た目が似ているのはそのせいですわ。ただ自分の全うすべき責務を忘れ、わたくしの持ち物を盗んだ罪人なのです」
傷ついた顔をしながらも、凜々しく通る声音が場を支配する。
「さすがに表だって処理するわけにもいきません。ただこれまで役立った恩を顧みると、適切な判断をするためには皆様のお力が必要だと考えたのです。ここにいる皆様なら、わたくしの言っている意味がおわかりでしょう?」
観客に向かって手の平を差し向ける。
見え透いた演技に付き合う客席からは同情の言葉が飛び交う。
それから悲しみから立ち直るようにパッと顔を上げた。
シャーロットは明るい笑みを浮かべ、人差し指を立てた。
「そうだわ。わたくし、いいことを思いつきましたわ。お値段の提示ではなく処遇について、一番素敵な提案をした方に彼女をおまかせいたしますわ」
その場にいる者の雰囲気が陰湿なものに変わった。
値段の代わりに耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言が飛び交う。
シャーロットも意気揚々と相槌を打っていた。
その中で、丸々とだらしない体つきの男が立ち上がった。
舐めるように仮面が動く。裏に隠された表情は誰でも予想がつく。
「わしの花嫁にしてやるのはどうだ? 好待遇じゃないかね。毎日毎日、色々な趣向を凝らした楽しい宴を催し、外に出ることさえ拒むような楽しい館生活を送らせる。たっっっぷり可愛がってやることを約束しよう」
男はわきわきと脂が乗った五本指を踊らせた。
周囲からは「さすがは色男。男やもめの期間が短いなぁ」「前の奥方が持ったのは何日だ?」と嘲笑がついた声で溢れる。
「まあ、なんて素敵! きっと平民では味わえないような贅沢が送れるわね。この方に決めたわ――良かったわね、あなた!」
シャーロットは芝居がかった拍手を送り、まるで良いことをしたと言わんばかりにランディに笑みを向けた。
――……あれ? そういえばさっきから……
ランディはふと小さな違和感に気づいた。
それからシャーロットは唖然としている司会者に視線を下ろした。
司会者が慌てふためき、ランディの腕を掴んだ。
だらしない体つきの男の元へと階段に引っ張られる。
が、一瞬の隙を突き、振りほどくとシャーロットの元へと近寄った。
「最後に一つ、教えてください」
「なあに?」
「皇女殿下は、何に怒っていらっしゃるのですか?」
「……それはあなた自身が分かっているのではなくて?」
「はい。もともとわたしを弄ぶために画策していたのですよね? 色んなものを我慢してきた皇女殿下が短絡的な衝動でわたしを陥れるとはとても考えにくいんです。リボンを窃盗の容疑として使えなくなったのなら、また同じことを繰り返したらよかっただけ。わたしが女だと知ったのなら業を煮やすよりも、それを盾に弄ぶ先を広げた方が楽しいはずです。だからわたしが思う方向とは実は違うのでは無いかと思ったんです」
とんでもないことを言い切ると、シャーロットはふいっと背中を向けた。
「ずいぶんとたくましい妄想力ね」
「知ってました? 商売人って常に損得をシミュレーションする生き物なんですよ」
「減らず口を……わたくしのことより自分の心配をしたらどうかしら?」
「……いえ、もう不必要なことです」
ランディは淡々と言葉を返した。
目の端にいきり立って近づく司会者が見えた。
このまま素直に連れて行かれれば、一生、外に出られない生活になるのだろう。
父親の選択肢に従った方が幾分かマシな生涯だっただろうか。
たらればを考えたところで、どちらにしろ生きていくには苦しいこと。
恐らく今、起きる出来事は表に出ること無く消えていくのだろう。
ランディはとん、と舞台の更に後ろへと距離を取った。
シャーロットは瞳を大きく見開いた。
魔石もない。魔法陣紙もない。代替魔法は使えない。
手枷を嵌めたまま逃げ切ることも難しい。抵抗の術はない。
と、くれば――“損切り”が妥当。
ランディは自分の髪に触れた。
手にしたのはダチュラの花。
――わたしの悪あがきもここまでか。
戸惑いは無かった。
「どなたか知らない方の花嫁になるくらいなら、わたしは天におわす神の花嫁になりましょう。あなたがたは立会人としてどうか見届けてくださいませ」
ランディはダチュラの花を唇に近づけた。
大きく口を開けて、そのまま食んだ――
「……っ!?」
――はずだった。
だが、口の中には花ではない、何かが割り込んだ。
刹那、ランディの耳元に柔らかい声が落ちる。
「神の花嫁になるくらいなら、僕でもよくない?」




