第64話 闇オークション①
シャーロットが去ると仮面を付けた黒スーツの男がついてくるように言ってきた。
ランディは再び上体を起こした。
めまいは治まっているが身体が重い。
起き抜けのせいだろうが、つらいと言えるほどではなかった。
男に続きながら長い廊下を歩く。
ランディは嵌められた枷を指でなぞった。
鉄製であった。
縄や木枷であれば外し方も想像がつくが、鉄枷の場合は壊すことを考えること自体時間の無駄だ。
鍵を奪う方法を考えた方が早い。
しかし誰が鍵を持っているのかは見当がつかない。
もし商品として取り扱われるなら、シャーロットよりもオークションの責任者だろう。
舞台裏にたどり着くと、台風の中心にいるかのような慌ただしさで化粧やカツラを施される。
裏方の人間も仮面を被っていた。
ランディの仕上がりを見て感嘆と動揺の声を上げる。
鏡は見せてもらえないが、おそらくシャーロットには似ているのだろう。
ここからでは舞台の様子はわからない。
だがすでに闇オークションとやらは始まっており、司会者と値段を競い合う声で白熱している。
何を競りにかけているかは不明だが、聞こえている金額は一般庶民の年収を遙かに超えている。
シャーロットが告げた“闇オークションに出す”といった言葉の信憑性が増した。
脅しではなかったようだ。
更に――
視線を手元に下ろした。
カツラをつけるために外された白い花飾りは生花だった。
ダチュラ。
清楚で美しい上に、甘い芳香を放つ花の名前。
その見た目とは裏腹に花も実も茎も葉も全て、人を死に至らしめるほどの毒を持つという。
触ったり食べたりするのは危険とされている。
茎は緑色の紙で巻かれたワイヤーとなっているので、実質危険なのは花だけ。
ダチュラを贈るとは皮肉が効いている。
それとも……
死を選ぶ道も与えてくれた、とでも考えた方がいいのだろうか。
ランディはきつく目を閉じた。
――皇女殿下は他人の犠牲において楽しむ娯楽を求めていたのでしょうか。
それならば余計に絶望はしたくない。
ランディは花飾りを再び自身の頭に取り付けた。
これは切り札だ。
そして更に舞台下に移動する。
視線の先に円形の一段高い床があり、ワインレッドカラーの豪奢な椅子が佇んでいた。
座面シートには本革が使用されており、フレームには職人による精細な彫刻が施されており、存在感と威厳を称えるようだった。
その真上の天井は切り抜かれている。
頭上からは観客の談笑や軽やかな音楽が聞こえてくる。
舞台下から迫り上がってくる装置だと想像できた。
この椅子に座って舞台に登場するのだろう。
凝った演出だ。
サプライズ性を狙い、客を楽しませる。
「そちらにお座りください」
仮面を付けた黒スーツの男から指示を受ける。
ランディが椅子に座ると鳥かごのような格子が施された後、足枷が外された。
手枷はそのままだ。
これにはランディも驚きの表情を浮かべた。
競り落とされたらそのまま相手の元に行く段取りなのだろうか。
それなら足枷が外された理由も納得だ。
手枷はそのままだろうが足が自由になるのなら逃げられる隙が出来る。
そのチャンスを辛抱して待つしか無い。
でも。
――それでいいんですか?
“わたし”が問いかける。
逃げても捕まればどうするのか。観念して言うことをきくのか。
否だ。
――わたしは好きでもない人と結婚はしたくない。
――ここで売られて誰かの所有玩具にはなりたくない。
だが嫌だと言い続けても場は好転しない。
何の打開策も講じず、ただの主張では誰も受け入れてくれない。
ならば感情論だけで通用しない相手に、どうすればいいのか。
頭の上からドォンと大きな銅鑼の音が鳴り響き、観客のざわめきが消えた。
厳かな音楽がフェードインしてくる。
床が浮上し、足の裏がむずむずと騒ぎ出す。
“最後にもう一度だけ、わたくしを楽しませてくれる?”
「……そうですね。期待には応えないといけませんね」
昇降音にまぎれてぽつりと漏れた言葉は誰にも聞こえなかった。
ランディは前を見据え、不敵に口角を上げた。




