表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/71

第63話 思惑

「……っ!」


ランディは柔らかいクッションの上で目覚めた。

顔を上げようとするが、未だに視界が回転し平衡感覚が掴めない。

円形のベッドの上に寝かされているようだ。

視線を身体に向ける。

薄萌黄色のドレスを身につけていた。誰かが着せてくれたようだ。

だが仰向けの状態では着心地が悪い上に、全身は大量の汗をかいていた。


更に手首の枷は再び付けられている上に、今度は足首にも追加されており不快感が募る。


寝転がりながら周囲を見渡す。


ドーム状の高い天井。

芸術品とも言える色とりどりのステンドグラスが一面にはめこまれており、優しい陽光が差し込む。

壁と言えば全周が様々な花刺繍が施された薄布が幾重も覆っている。

ランディの周りには大小様々なクッションが置かれていた。


牢獄にしては華美。


「目は覚めた?」


薄布が揺れた先にシャーロットが現れた。

彼女の着ているドレスもランディと同じ色をしており、頭には白い花飾りを付けている。

まるで春の妖精さながら。

そよ風に揺れる花のような笑みを浮かべている。


「あら、まだ立ち上がれないのね。ごめんなさい。あなたってば運動神経は良いし機転も利くと思ったら、手加減が出来なかったの」


激しく点滅する光を放ち、見た相手の脳を錯乱させる状態異常魔法を使ったのだと説明される。

つい最近まで魔法が使えなかった人物には思えないほどの上達速度だ。


「……わたしの、父達はどう、したのです?」


「ああ、人がせっかく作ったきっかけを利用した人達? 腹が立っちゃったからついつい刺してしまったのよね。でも安心して。さすがに他国の人間を殺しちゃったら面倒でしょ。ちゃんと病院には連れて行ったわ。もちろん盗賊に襲われたことにしているけど。まあ、あなたに関しては若いし、そのまま連れ去られておかしくはないわよね?」


シャーロットの物言いは悪戯好きな子供の無邪気さがあった。


「……ここは?」


「うーん」とシャーロットは(あご)に人差し指を立てた。「とある闇市場の中と言えばいいのかしら。あなたも商人の子供ならばどういうところか想像はつくでしょう」


闇市場。

魔獣や奴隷、盗品といった非合法商品を対象に、賭博やオークションなどを行う会員制の娯楽施設だ。

むろん金を持った貴族や権力者が顧客である。

彼らは違法であると知りながらも、暇を持て余しているため刺激を求めに足繁く通ってくる。


知識としては持っているが、同じ歳の、しかも皇女とあろう者が何事でもないように語る姿には違和感しかない。

これが家族に認められていないと嘆いていたシャーロットなのだろうか。


「それにしてもビックリしちゃったわ。あなた……女の子だったのね」


と、ちらりとランディのスカートを摘まむ。

ランディはいぶかしげに眉をひそめ、身をよじった。


「どうして、あんなに優しくしてくださったのに……」


「ふふ、優しくねぇ……嘘つきなあなたを騙しきれたならわたくしの演技力も大したものね」


そう言ってシャーロットはランディの横にごろんと寝転がった。

まるでパジャマパーティーで恋話をするかのような調子だ。


「初めてあなたを見た時、わたくし、なんて思ったか知ってる?」


シャーロットは近場にあったクッションを手に取り、慈しむように抱きしめた。


「――なんて、小気味よいんだろうって思ったの」


クッションから覗く細めた瞳は、まるで恥じらいを見せる少女であった。


「カミラなんて色ボケ女が初っぱなからぶっ飛ばすから、もう二度と宮廷には現れないかもと思ったら悲しくて悲しくて、思わず走り出していたわ。あの光景をもう一度見たくて、あなたにお友達になろうって言ったの。それからわたくしの思惑も知らずに動いているあなたを見て、なんて滑稽なんだろうって毎日が楽しかった。ふふ、わたくしの可愛い侍女があなたに嫉妬してたのも知ってた?」


シャーロットは俯せになり両手に顎を乗せて、足をバタバタと振る。

ランディはじっとその言葉を聞いていた。

彼女の笑みから吐き出される毒は、まだ状態異常の魔法が続いているのいるのだと思いたかった。


「それにあなたはわたくしにたくさんの贈り物をしてくれたわ。魔力の開花、父からの称賛、クソ兄貴の追放。更に元帥閣下に愛されているなんて噂で、誰もがわたくしに一目置いたわ。おかげで虐げられ皇女から一転、愛され皇女となったわけ」


金色のウェーブがこてんと揺れる。

異性を虜にするような妖艶さも現れ、一種の狂気が見え隠れする。

暑苦しい空気がランディの肌にまとわりつく。


「それで、わたしをどうするんです?」


冷静さを務めるランディの髪をくるくると回す。


「別にね、たくさんの贈り物をくれたあなたに酷いことはしたくなかったのよ。リボンだっていつか面白いことを思いついたら使おうと思ってたし、今すぐどうするつもりもなかったの。あなたのお父様から助けてあげて恩を売ろうとも考えていたのだけど……」


シャーロットはふうっとため息をつき、次に顔を上げた瞬間――憎悪を込めた視線を向けた。


「……平民のくせにわたくしを騙しやがったと思ったら、こう色々としらけちゃって」


その声は一段と低く、冷ややかにランディを突き刺した。

こんなシャーロットをランディは知らない。


恐らくあの時、下着姿だったランディを見て男では無いことに気がついたのだろう。

もしかしたらカミラと同様、元帥閣下の側にいたことに元々不満があったのかもしれない。

男ならと許せたものが女だと知って苛立ったのだろうか。


すると――


「レディ」


と、薄布の向こうから囁くような男の声が二人の会話を止めた。


「あーん、もうちょっとお話したかったのに。楽しい時間ってあっという間ね」


シャーロットはパッと表情を明るいものに変え、すくっと上体を起こした。


「あなたの今後を手短に教えるわね」


自身の両指をクロスさせ、ランディに微笑む。


「これからここで闇オークションが開かれるの。こういうのって特殊性癖の方の参加が多くてね。あなたの元の身なりじゃ大した値段がつかないけど、以前、わたくしに入れ替わったのは覚えているわよね。わたくしと瓜二つにして売り出したら面白いかなって思ったの。だから今着ている衣装とお揃いなのよ。ノーウェリア帝国の皇女を擬似的に奴隷にでも慰み物にでもしてもいいなんて提案したら、皆、どういう反応をするのかしら」


シャーロットは頭に付けていた白い花飾りをランディに差し、ほほをそっと撫でた。


「最後にもう一度だけ、わたくしを楽しませてくれる?」


そしてとろんとした青い瞳を向けて立ち上がると、踊るような足取りで薄布の奥へと去って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ